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第二章

Case 23.ミッシングリンク・ディテクティブ!

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 それからも、点数差は開いていくばかり……。
 ウィンドウを見る。

 ”シャーロット 168: メイシア  828”
 ”ジャンル:web小説/ラブコメ or 異世界”。

「『僕を嫌いな幼馴染の金髪メスガキバイリンガル巨乳美少女に初めてを奪われました…返して! 僕の童貞返して!』!」

 メイシアは、意気揚々と私に攻撃を続け……。

『63ポイントなのら!』

「──ぐぅっ!」

 私のライフは風前の灯火だった。もうすぐ100をきりそうだ……。それは、既に勝利の目が潰えているような差だ。

「シャロちゃんが……負けるでヤンス……?」

 斜め下から私を見上げるワトソン君の顔は、蔭りを見せていた。助手に情けない姿を見せてしまっている……。

「ジョーカーたちと戦ったときも割とボロボロだった。そんな、痛めつけられるシャロは、可哀想な目に遭うシャロは、私の心を奪った。今、正直果てそう」

 シャロはまだ発情していた。

「なんか見てて痛々しいし、少し時間あげるよ」

 メイシアは手をやれやれと振った。勝利を確信したように、気が抜けた声音だ。

「痛みは一瞬、まだ……やれる。迷宮入りは、私が諦めたその時だ」

 最後まで戦い抜かない者に、勝利の女神は微笑まない。スポーツ漫画で聞いたときある。私は、しっかりと彼女の方を向く。
 しかし……それで奇抜で崇高なアイディアが浮かぶはずもなく。次にコールした『幼馴染で同級生の美少女と遊園地に行った俺がいつの間にか探偵になっていた件について』は、32ポイントしかダメージにならなかった。

「クソ……私は今まで、本で何を学んできたんだ……!」

 いっぱい哀しかった。悔しかった。
 たとい、100歳まで生きられるとしても、この世にある作品全てに触れることはできない。だけど、私は、人生を本に捧げてきた。
 だが……官能小説を読める歳じゃなかった。web小説より、紙の本を読んできた。
 音声作品を……一度も聞いたときがなかった。

 そんな中、メイシアが口を開く。

「web小説作家の作品を──テンプレだとかオリジナリティがないとかバカにする自称クリエイターに限って、たかが5万文字も書けない。書けたとしても、伸びないという理由だけで無理矢理完結させるか、『あー自分はもっといい作品が書ける。この作品は駄目なんだ』と言い訳して、愛情もなく簡単に没にする」

 私が悲しんでいると、メイシアは突然、独白を始めた。

「その癖、声だけは大きい。感性は十人十色だというのに、たかが自分の好き嫌いを、民衆の総意だと言わんばかりに、子供のように大声でネットで叫ぶ。いや、子供の方がマシなもんだよ? 1年に1度の誕生日に買ってもらったゲームが、たとえつまらなくても、公共の場でギャーギャー騒ぎ立てることはないんだから」

 まだ、口を閉じる様子はない。

「な●う作家には頑張って欲しい。は?おまえが頑張れ似非《えせ》評論家」

「サンプリング?」

「え、通じるの!?」

 一瞬、パッと笑顔の華を開かせるメイシア。だけど、すぐに眉根を寄せて独白を続けた。

「流行とは、読者が作るもの。そして、流行にあやかった商品を作者が創る。これが世の道理だ。それが分からない……だから、君は負けたんだ。このあたし──死ぬまで百合好きユニコーン@減量中にな」

 彼女は中指を立てていた。
 私は、自分がした無礼を思い出す。

「……え、私なんか逆鱗に触れること言ったか!?」

 ずっと自分の無力さをひしひしと感じていただけな気がする。

「就活」

 メイシアは再びスイッチが入るように、滔々と語りはじめる。

「就活は、人生の一大イベント。そんな就活に──多くの企業、多くの就活生は、テンプレを使う。テンプレのエントリーシート、テンプレのガクチカ、テンプレの自己PR。そうやって、一世一代の勝負事にだって、みんなテンプレを利用するし十二分に機能する。自分は社会進出という大切な人生のときに、そんなありふれたテンプレに身を捧げておいて、あたし達の作品に個性がないとか文句言うのおかしいだろ。王道だから売れるんだよ。採用されるんだよ。そう思わん?」

 何を言っているか分からなかった。
 彼女は、止まらない。長年の鬱積があるようだ。

「だからあたしは、定職に就くことを辞めた。この社会が、いかに未完成であることに気づいてしまったから」

「……なんか話ズレてきてないか?」

「大学生の時、そのことを最終の集団面接で言ったらさ。まさかの面接官が泣きながら、『私もテンプレのアットホームな職場に騙されたんだ!』って思わず号泣し始めて面接どころじゃなくなって。しょうがないから学生のあたし達が一丸となって、うんうんってなだめる状況になってさ、そしたら『社会なんてクソだよな!』ってみんな私と同じ結論になって、周りの外国人も立ち上がって拍手大喝采」

「その外国人だれ!?」

「あたしたちの内定どころか面接官の辞表出ちゃってますやん。ちなみにその面接官と、同じグループだったあたしたちは、今誰も定職に就いてなくて、たまに飲みに行ってる」

「そうなのか。よく分からんが、いい話じゃないか」

「でも……問題というか悩みがあるんだ。美容院行くと、いつも聞かれるんだよ。『今日はお仕事お休みですかー?』って。アレなんなん!? え、ちょっと待って、全員が全員働いてると思ってるの!? 無職は美容院来ちゃいけないの!? どう思う!?」

 私は、働くどころか学校にすら行ったことないので、彼女に寄り添えそうになかった。
 なので推理して、導き出す。

「そう聞くのが──美容師さんのテンプレなんじゃないか?」

「……!!」

 メイシアは愕然とし、言葉を失った。
 そして、しばらくして。

「勝負に戻ろう」

 彼女はどうやら納得してくれたようだった。
 それは良かったが……私は自分の問題を解決できてはいない。
 考えろ……どうすれば、いいタイトルを編み出せる?
 ウィンドウを見る。ジャンルは、ラブコメか異世界モノ。どちらも、ミステリー小説に比べれば格段に読んだときがない。
 そして、私自身、恋をしたときがない。一瞬、マキナと付き合ったけど、すぐに振られてしまった。
 異世界は────実際、転移させられた──そうか!
 一つの可能性を見出した。異世界に来ることなんて、そうそうない! 私自身のことだけを話にするだけでオリジナリティが出るんじゃないか!?
 流行性は分からないが……だが、高得点を叩きだすこともできるかもしれない。

 私……私……。

 私は、物心ついたときから、ずっと病院で過ごしてきた。そんな私が、異世界に来て……目標を見つけた。
 すると、まるでパズルのピースが一つになるように……絵が浮かぶ。物語が象られる。

「いくぞ!」

 これなら、いける。私は、大きく口を開く。
 病院は、ほとんど白の世界──”無色透明、無味乾燥”の人生。そんな私が転生して、切磋琢磨する物語!

「──『無色転生 ~異世界行ったら本気マジになる~』!」

 そうコールして、すぐにウィンドウを見る。

『3ポイントなのら!』

「なんでそんな低い!?」

 1ターンを無駄にしたような点数。自信があったのに。

「あるんだ」

 メイシアが、深く頷きながら言う。

「え……?」

 私は首を傾げる。

「もう既に、酷似した作品があるんだ」

「──────」

 私は、愕然とした。
 それは失念していた。同じタイトルの作品は、この世に沢山ある。しかし……今回は独自性を競っている。
 故に……この点数。受け入れるしかなかった。

 そして……次のターン、ジャンルは異世界。メイシアの攻撃を受け、私のライフは──17まで削られた。死の宣告をされたと言っても過言ではないだろう。

「ちょっと待って、流石にハンデが必要だったか」

 もはや同情するような目を、彼女に向けられている。
 せめて、名探偵を目指す者として、何か一つでも見つけ出したい。何も分からないままなんて……プライドが許さない!
 助手の前で、仲間の前で、こんなみっともないホームズでいい訳がない!
 さっきの、自分の経験を元にストーリーを捻出するのは、悪くないと思う。
 だが……足りないのだ。だから、被ってしまったのだ。
 次は、結論を急がない。思案する。
 異世界転移……デスゲーム……私はJOKER……プレイヤーが死んだとき、オランウータンになった理由……ホームズ……私は魔法を使えない……。

 それは、バラバラな謎のようで、繋がっているかもしれない。

 そう、まるで──ミッシング・リンクのように。

 私は、力を宿した目を、かっと見開く。

 そして──。

「『ミッシングリンク・ディテクティブ! ~異世界転移デスゲームに巻き込まれた参加者の中で、唯一私だけが《無能》なのですが!? それでも《名探偵》になれますか? ホームズになれますか?~』」

 強く、言い放った。

「……へぇ」

 感心したようなメイシアが、ニヤリと笑みを浮かべる。

『72ポイントなのら!』

 高得点をついに、叩き出した……!
 しかし──。
 勝負は、既に決まったようなもの。挽回する術はない。
 私のターンは──もう、訪れないだろう。

 予想通り……メイシアが手を抜くことも、ミスをおかすこともなく……。

「これでリーサルだ! 『ぐっぽり耳奥舐めから始まるエチエチサキュバス令嬢の、性奴隷イク成計画実況ナマ配信 ~んほぉぉおほっほ、ワラワの前で跪きなさい♥~』」

 そのタイトルコールによって、私は敗北を喫した──。
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