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第二章

Case 28.青天の霹靂

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「一体、何が目的なんだ! 彼らを……どこにやった!?」

 私は、二人を睥睨してそう言う。

「どこにやったか、か……うーん、盗んだ、かな」

 平然と、キツネ目の男──ルパン・アルセーヌは返す。

「……余計なことを話すな」

 モリアーティは、まるで別世界から言葉を投げかけているかのように、一人だけ淡々としていた。

「えー、だってボクもホームズと話たいし」

 肩を揺らすルパン。彼も、この地獄絵図を描いた張本人とは思えない態度だった。

「何故、私のことを知っている。㊙情報か?」

「半分正解で半分間違いかな。ボクはルパン、だから、何でも盗めるんだ」

 それはもちろん、魔法だろうが。半分正解というのは、一体……。

「……お喋りが過ぎるぞルパン。”負債”は潰えた」

「オッケー。一回で行けなかったのが不思議だけど、まぁいっか」

 そして。
 カラカラ、と──サイコロが、転がるような音がすると。

「──幸の目≪百罰一戒レジェンダリージャッジメント≫」

 この絶望の濫觴らんしょうたる言の葉が静穏に紡がれる。

「させるか……!」

 そこに重なるは、メイシアの声。
 天に拳を突き出し、ぱっと開くと……二人に光の雨が降り注ぐ。
 すると……二人の姿は白光に包まれ、消えた。

「──物語の中に、閉じ込めたのか」

「やりやがるぷいね、もじゃもじゃ!」

「物語に終わりはくるし、二人の行動で物語が破綻したらリタイアになるけど──かなり長い間出て来られないはずだよ。今、誰にも魔法を使ってなかったから」

「どういうことだ?」

「あーえっと、あたしの魔法はチートとはいえ、人数制限──というか、魔力上限みたいなものがあって。感覚的なものだから上手く言語化できないけど、展開できる物語の規模が、決まってるんだ。例えば100冊の小説の物語しか作れません、みたいな」

「あーカナタんにもありやがるぷいね、そういうの。光の玉のキャプチャ範囲は自由だけど……広くするだけ、配信範囲が狭まりやがるっていう」

 魔法の能力は、デスゲームとしての塩梅が整えられている、ということか。……私以外は。
 しかし、そうなると……。

「……ヤツ──特にモリアーティの魔法は絶大そうに見えるが、その分弱点がありそうだな」

「そうだね。あたしも今思ったけど……各転移者の能力は、ちゃんと殺し合いとして成立するようになってるんだ」

「カナタんは戦闘──攻撃には到底使えねぇぷいけどね」

 私はそもそも魔法自体使えないが。仲間外れなようで少し悲しかった。

「で、どうするぷい? カナメイトが居る以上、逃げやがるのが先決ぷいだけど……みんな気を失ってるぷい」

「いやそれなら、彼らも一回、空想世界に──」

 そう、提案しようとしている時だった。
 
 カラカラっと──賽の音。

 そして……。

「──幸の目≪六根清浄ビューティフルバハムート≫」

 淡雪の声が、破滅を奏で。

 去ったと思った一難は、すぐさま連れ戻される。

 閉じ込められたはずの二人は……光と共に、現れた。

「なにっ──もう一度──」

 メイシアは再び、上空に手を挙げる。

「幸の目≪六根清浄ビューティフルバハムート≫」

 しかし、モリアーティがそう唱えると。

 降り注ぐ煌めく粒子は、飛散した。

「なん……で……!? 魔法には、何がしかの制約が──」

 愕然と、メイシアは言う。

 制約──それを、証明するように……。

 聖なる教会に、血の花が咲いた。

 モリアーティの右目が──破裂したのだ。

 さらに……。

 血しぶきが、乱れ咲く。

 彼女の右腕の半分が──ぼとりと落下した。

「うわっ、流石に転移者の魔法とやり合うんじゃ、ここまでなるのか」

 対価を知っているのだろう。ルパンはそれほど驚いた様子はなかった。

「こんなになってまで、ゲームの言いなりになる理由はなんだ!? こんな状況でも、人を傷つけていい理由にはならない!」

「……ッ」

 彼女は毎回のように答えない。そもそも、この痛撃には耐えられないのだろう。苦しそうな声を漏らしている。

「期限内に生き残りが二人以上いるなら、”あっち”に戻されやがるぷい。確かにカナタんも……クソほど嫌ぷいけど、お前らがやってることは、”あっち”で暴動を起こしやがってる人間と同じぷい! そんな野郎ドモに成り下がるわけねぇぷい!」

 そう。カナタんの言う通り──戻りたくないと思うのが一般的なのは事実。

 破滅の一途を辿る──あっちの世界なんて。

 私達がここに居る間にも──”異能”に目覚めた人は……暴徒は次々と権力者を殺していっているのだろうか。

 多くの血が、流れているのだろうか。

 それに比べれば──このデスゲームなど、軽くみられて当然だ。

「……。それは誤解だなぁ。ボクたちだって、そんな甘言で動いてる訳じゃないよ」

 口を挟むはルパン・アルセーヌ。揚々とはしていたが、目は真剣そのものだった。

「なら、手を取り合うべきだ。私は、君達が罪を償うというのなら、最後の最期まで助けたいと思う。あっちの私は植物状態、死が約束されてるゆえに、戻ってからは何もできないが……私はいっぱい本を読んできたから頭脳明晰だ。恩師の言葉もある。すぐさま名探偵になって、解決策を導き出してやるぞ」

 メイシアと分かり合えたように。
 いや、違うか。
 こんな私でも、先生やサムさんに心を開くことができたのだから。
 両親にさえ、妹にさえ、好かれなかった私も、幸せを教わったのだから。

「あは……あはははははは! 面白いなぁ、ホームズ!」

 哄笑し、視線をモリアーティに向けるルパン・アルセーヌ。

「……っ、私……が──」

 唇を噛み締めるモリアーティ。

 そして──。

「幸の目≪三面六臂グレートスーパーヒール≫」

 そう唱えると、切断された腕は、磁石のようにくっつき──傷口がみるみる塞がっていった。何事もなかったかのように、機能し始める。

「──! 君は、強力な魔法を使えるが、代償がある。今なら──」

 メイシアは、今度こそはと、手を掲げる。
 しかし……降りしきる光は、紅い粒子に飲み込まれた。

「そりゃ、君だって同じだろ。連続で使えば、摩耗する。だから、奪える」

 それを成したのは、そう言うルパン・アルセーヌ。彼もまた、天井に手を向けており、紅に光っていた。
 ちっ、と舌打ちするメイシア。

 そんな中……モリアーティは天井に手を翳す。

 賽を転がす音が、波紋する。

「幸の目≪百罰一戒レジェンダリージャッジメント≫」

 そして、瞬く間に。

 先程の惨状が──発露する。

 今度は……カナタんのファンに対して。

 焼かれ、疾風に身を包まれ、氷結し、雷電が降り注ぐ。

 ルパン・アルセーヌの粒子に包まれる。

「あ……」

 カナタんが声を漏らしたときには……体は消えていた。

「……ッッ! お前ら……絶対許さない……!!」

「──貴様に用はない、幸の目≪五里霧中パーフェクトジャスティスロスト≫」

 向かっていくカナタんの体は、あっけなく、賽の音と共に崩れ去る。

 麗ちんが不自然に転倒したときと同じだった。

 そして……鷹揚と、モリアーティはメイシアに近づいて。 

「貴様は私の仁義に害成す者。ここで退場してもらおう──幸の目≪百罰一戒レジェンダリージャッジメント≫」

 その言葉に、背筋が凍る。

「やめ──」

 口に出すも、杭で打ち付けられたように、動かない。

 それは──あの時と同じだった。

 理解した瞬間。ブラックアウトする。

『メイシアの正義とは、自己中心的で、強欲である──』

 ジョーカーが殺されたときの──あの機械音声が脳内に鳴り響く。

 彼女のしてきたことを、焼き付けられる。

 繰り返されようとしている。それなのに、私の意識は体と隔離されている。

 動いて欲しい。

 だって、このままでは。

『《Choice》──メイシアは、生きるべきか、死ぬべきか』

 死ぬべきじゃない。

 だって彼女は……本当は、優しいんだ。

 優しすぎて、間違えちゃったんだ。

 だから…………。

 だから……。

 だから。

『──結果、生きるべき2%。死ぬべき98%。よって、メイシアの処刑を執行する』

 メイシアが。

 漆黒が晴れて。

 切り刻まれた彼女の体が──血の海に沈んでいい訳がない。

「メイ……シア……?」

 名前を呼ぶ。近寄る。屈む。息はある。けれど、動かない。

「……ありゃりゃ、大丈夫かな、この状態で」

 ルパン・モリアーティの声。

 傍目に、紅い光。

「──がっ────」

 メイシアの体が輝いて、跳ねる。

 後ろを向く。彼が何かしたのだと思ったから。

 彼の手に──何かが握られ、蠢いていた。

 実際に見たときはないが──それは、腎臓のようだった。

「これなら大丈夫そうか」

 そして、その軽快な言葉と共に、腎臓は先程消え去った人達のように姿を消す。

 少し、冷静さを取り戻した私は、二人を睨んだ。

「メイシアは、確かに悪いことをした! でも……いっぱい純真で、誰より温かい心を持っていたんだ……!」

 くすくすと、笑うルパン・アルセーヌ。

 溜息をつくモリアーティ。一歩、二歩と、こちらに向かって足音を鳴らす。

 彼女は……私を、冷たい顔で見つめる。

 それは何故か──どこか懐かしくて。包み込んでくれて。

「別のプレイヤーなんて──どうでもいいじゃないか、ミコちゃん」

「え……」

 私の胸の中に、幸せが広がった。

 流星のごとく、思考回路が駆け巡る。

 私のことをそう呼ぶのは──。

「サムさん……? サムさんなのか……?」

「…………君が頑張る必要なんてない」

 しかしアンサーはない。表情は既に、新雪に染まっている。

「不憫だけど、そういうことだからごめんね、ホームズ」

 彼の言葉はほとんど耳に入ってこない。

 訳が分からない。

 だって、あり得ない。

「嘘だ……サムさんが……こんな酷いことするなんて、あり得ない!!」

 色んなこと教えてくれたのに……。

「──幸の目≪四荒八極ウルトラテレポート≫」

 今、一番知りたいとこを教えてくれない。病院のように白い光に包まれて、消えてしまう。

 それは、とっても悲しいことだ。

 だけど……。

 サムさんがこんなことするには、理由があるんだろう。

 サムさんは賢いし、理にかなっているのだろう。

 でも……私は、間違いだと思う。そう思う感情を教えてくれたのも、彼だったから。

「……っっ!」

 私は、いっぱい痛いくらい、歯を食いしばる。

 立ち上がる。

 そして、決起する。

 ……今度は、私が教えてあげるんだ。

 この命が、枯れ果てる前に。
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