異世界転生したけど、生きるのが無理ゲーなのでフラグ折ります。

千宮寺みるく

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神殿にて(夜)-ユース

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 侯爵家から神殿に戻ったのは、夕刻を過ぎた頃だった。
 回廊の窓の外はもう茜色から群青へと変わりつつあり、街の明かりがぽつぽつと灯り始めている。

 自室に荷物を置く間もなく、記録室へ向かった。
 昼間はほとんどアディルの元にいたから、神殿での仕事は丸一日手つかずだ。
 机の上には、相談記録や寄付物資の管理簿が積まれ、薬草庫の在庫報告書もまだ白紙のまま。

「……これは、夜が長くなりそうですね」

 誰にともなく呟き、椅子に腰を下ろす。
 ペンを走らせ、昨日届いた物資の仕分けから始める。
 乾燥ハーブは湿気を避けるため密封棚へ、痛みやすい果実は厨房に回す――手は止まらない。

 次に、治療の予約表を確認する。
 明日来る患者のうち、一人は侯爵家の使用人だと気づく。
 アディルの様子もさりげなく聞けるかもしれない……そんなことを考えながら、予定を書き込む。

 外の鐘が九つを告げる頃、背もたれに身を預けて大きく息を吐いた。
 肩が重い。指先はインクで黒く染まっている。
 それでも、まだやり残しはある。

 机の端に置かれた小さな包み――昼間、アディル様の薬草ポットの土を少し持ち帰ってきたものだ。
 念のため神殿の温室で検査し、肥料の調合を整えるつもりだった。

 温室は夜でもほんのり暖かい。
 棚に置かれた鉢や苗木の間を縫い、調合台に土を広げる。
 触れてみると、まだ水分が程よく残っている。ユースは少し笑った。

「……ちゃんと生きてますね。アディル様も、これくらい安定してくれれば」

 薬草の状態を見ながら、どうしても彼の顔が浮かぶ。
 あの、具合の悪い時の青白さを二度と見たくない――その一心で、今日も足を運んだのだ。

 気づけば、窓の外が完全に闇に沈んでいた。
 神殿の明かりも減り、残っているのは自分と夜番の神官だけだ。

「……帰って休め」と言われる前に、書類の束を片付けよう。
 そう思いながら、再び記録室に戻り、ペンを取った。

 深夜、ようやく最後の書類に署名を終える。
 肩を回し、ランプの火を落とすと、廊下はしんと静まり返っていた。

 部屋に戻る途中、ふと窓の外を見上げる。
 星が冴えている。
 明日、あの人にもこの空を見せられたら……そんな考えが頭をよぎり、苦笑が漏れた。

「……まずは、布団から出てもらうところからですね」

 誰もいない廊下にその声は溶け、ユースはようやく自室の扉を開けた。
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