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神殿にて-ユース
しおりを挟むレフェリア大神殿の書庫は、昼下がりでもひんやりとしている。
積み上げられた帳簿と依頼書の山の向こうから、同僚の神官が顔を出した。
「ユース、最近ほとんど神殿に顔を出さないじゃないか」
「……アディル様の具合が優れませんので」
「それは聞いてるけど、君は彼にかかりきりだ。王家絡みの案件だし、あまり深入りしすぎると……」
その“深入り”の意味を察して、ユースは小さく息を吐く。
(深入りせずに看病なんてできるものか)
午後の残務を片付け、神殿を出ると、外は穏やかな春の空気が流れていた。
花の香りがするのに、どうにも心は晴れない。
(あの方は今日も、ほとんど動けていないだろうな……)
***
屋敷の自室に戻ると、ふんわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
思わず足を速めると――
「おかえり、ユース」
ベッドの上で、アディルが湯気の立つ串を片手に、満足そうに笑っていた。
「……塩焼き鳥ですか」
「そう。厨房の子が焼いてくれたんだ。うまいぞ」
小皿には、しっかりと焦げ目のついた串が二本。
片方を差し出され、思わず受け取る。
「……ん。確かに美味しいです」
「だろ? こういうの食べてると、生きてるって感じがする」
塩と肉の匂いが、張り詰めていた心をほぐしていく。
神殿での苦言も、このひとときの前ではどうでもよく思えた。
(……深入りしすぎだって? 構いませんよ。だって――)
私のすべきことは、ただひとつ。
この笑顔を守ることだ。
串の最後の一切れを口に放り込み、アディルは満足そうに息をついた。
「……ふー、幸せ」
「それは結構ですが、食べ過ぎでは?」
「うーん……もしかしたら、太ったかも」
そう言って、アディルは寝間着の上から自分の脇腹をつまんだ。
「……ちょっとつまんでみろ、ユース」
「は?」
「ほら、このあたり」
指差された場所に手を伸ばすと、自然と距離が近づく。
ベッドに腰掛けたアディルと、かがみ込むユース。
視線の高さがほとんど同じになって――
(近い……)
つまむだけのはずなのに、指先の感触がやけに意識に残る。
そして、少し顔を上げた瞬間――鼻先が、触れそうな距離にあった。
「……」
「……」
沈黙。
お互い、視線を逸らすこともできない。
心臓の音が、自分のか相手のか分からないほど耳に響く。
「……で?」
先に口を開いたのはアディルだった。
「太ってた?」
「……問題ありません。むしろ、健康的です」
ようやく距離を取り、背筋を伸ばす。
けれど耳の奥まで熱いのは、塩焼き鳥のせいじゃない。
(……危なかった。あと数センチで、唇が――)
アディルはというと、何事もなかったように串の皿を片付け始めていた。
……多分、ユースと同じくらい耳まで赤いのに。
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