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ローストビーフうまぁー!
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その日、俺は珍しく午前中から起きていた。
といっても、ベッドの上でクッションを抱えてぼんやりしているだけだ。
窓の外は穏やかな陽射し。空気はほんのり暖かく、昼寝日和……いや、引きこもり日和。
「今日はお昼も軽くでいいや……」
などと呟いた瞬間、扉の向こうからふわりと漂ってきた。
肉の香りだ。間違いなく肉。しかも焼き立ての、いい肉。
「……これ、肉の匂いじゃないか?」
やがてノックの音。
「失礼します」
入ってきたのは神官服姿のユース。片手で押しているのは銀の蓋を載せたワゴンだ。
「今日は厨房からの差し入れです。ローストビーフ」
「ロースト……!? おいおい、俺そんな元気ないって言ったのに」
口ではそう言いつつ、毛布を払いのけるのは誰だ。俺だ。
ユースが蓋を取ると、立ち上る香りに俺の目は一気に輝いた。
薄くスライスされたローストビーフが皿に整然と並び、艶やかな肉汁がきらめく。添えられた温野菜とハーブが、視覚でも食欲を煽る。
「見ただけでうまい……」
「見ただけでは味わえませんよ」
淡々とナイフを入れ、食べやすく切り分けてくれるユース。
「ほら、どうぞ」
「……あーんは?」
「しません」
即答だったが、皿を渡された瞬間にはもうフォークを握っていた。
──噛んだ瞬間、口いっぱいに広がる肉汁。
塩とハーブの加減が絶妙で、しっとりやわらかな肉が舌にほどけていく。
「……うまっ!! やばい、これ一生食べられるやつ……」
「胃に負担がかからない程度にしてください」
「分かってるけど……ああ、幸せ……」
夢中で頬張る俺を、ユースは静かに見守る。
その視線に気づき、フォークを止めた。
「……なに?」
「そんなに美味しいのかと」
「美味しい。体だけじゃなく魂も回復する」
「それは良かった」
食後のハーブティーまで平らげ、ソファにふんわりともたれる。
「……生き返った……」
「なら、しばらくこの献立を続けましょうか」
「ほんと!? 次はもっと厚切りで!」
「……胃を壊さない程度に」
柔らかなやり取りに、部屋は穏やかな空気で満たされた。
そこへ、ノックもそこそこに入ってきたのは、俺付きの侍女・ミーナだった。
栗色の髪をきちんとまとめた、真面目そうな外見……だが、妙ににやけた顔で銀のトレイを抱えている。
「アディル様。厨房からのデザートをお持ちしました」
苺の乗った小さなタルトが二つ。だが、アディルはその視線の意味に気づいた。
「……なんだ、その顔は」
「いえ、なんでもありませんよぉ。……お二人、仲がよろしいなあって」
にやにや。
実はこのミーナ、暇を見つけては「神官と引きこもり貴族のひそやかな愛」という創作小説を書いているのだ。
もちろん登場人物の名前は偽名にしているが、誰がどう見てもユースと俺である。
そして、その原稿はこれまでに何度もユースの手によって押収・焼却処分されてきた。
「……ミーナ、まさかまた書いてるんじゃないだろうな」
「ええー? なにをですかぁ?」
口ではとぼけるが、目が泳いでいる。
「ミーナさん」
低く、しかし確実に逃げ場を塞ぐ声がユースの口から落ちた。
「……っ」
「まさか、今日の食事の様子を題材にするつもりではありませんね?」
「そ、そんなこと……」
俺はタルトをつつきながら呆れ顔。
「お前……そんなもん書いてどうすんだよ」
「別に……自己満足です……」
「処分しましたからご安心を」
「えっ、もう!?」
「今朝、机の引き出しに隠してあった羊皮紙ごと」
ミーナはガクッと膝を折る。
「……また書きます……もっと巧妙に……」
「「やめろ」」
ユースと俺は声を揃えた。
結局タルトは三人で分けて食べた。
ミーナは渋々部屋を出ていき、俺は湯気の立つお茶を手にする。
「……あいつ、ほんと懲りないな」
「そうですね」
「まあ……退屈しのぎにはなるけど」
「退屈しのぎにされる身にもなってください」
そう言いながらも、ユースの口元はわずかに緩んでいた。
カップの温もりに指を温めながら、俺はぽつり。
「……やっぱ、肉の後の甘いもんは正義だな」
「はいはい。では明日は魚にしましょう」
「えぇー……」
そんな何気ないやり取りの中、日常は今日も、ゆるく、穏やかに続いていくのだった。
といっても、ベッドの上でクッションを抱えてぼんやりしているだけだ。
窓の外は穏やかな陽射し。空気はほんのり暖かく、昼寝日和……いや、引きこもり日和。
「今日はお昼も軽くでいいや……」
などと呟いた瞬間、扉の向こうからふわりと漂ってきた。
肉の香りだ。間違いなく肉。しかも焼き立ての、いい肉。
「……これ、肉の匂いじゃないか?」
やがてノックの音。
「失礼します」
入ってきたのは神官服姿のユース。片手で押しているのは銀の蓋を載せたワゴンだ。
「今日は厨房からの差し入れです。ローストビーフ」
「ロースト……!? おいおい、俺そんな元気ないって言ったのに」
口ではそう言いつつ、毛布を払いのけるのは誰だ。俺だ。
ユースが蓋を取ると、立ち上る香りに俺の目は一気に輝いた。
薄くスライスされたローストビーフが皿に整然と並び、艶やかな肉汁がきらめく。添えられた温野菜とハーブが、視覚でも食欲を煽る。
「見ただけでうまい……」
「見ただけでは味わえませんよ」
淡々とナイフを入れ、食べやすく切り分けてくれるユース。
「ほら、どうぞ」
「……あーんは?」
「しません」
即答だったが、皿を渡された瞬間にはもうフォークを握っていた。
──噛んだ瞬間、口いっぱいに広がる肉汁。
塩とハーブの加減が絶妙で、しっとりやわらかな肉が舌にほどけていく。
「……うまっ!! やばい、これ一生食べられるやつ……」
「胃に負担がかからない程度にしてください」
「分かってるけど……ああ、幸せ……」
夢中で頬張る俺を、ユースは静かに見守る。
その視線に気づき、フォークを止めた。
「……なに?」
「そんなに美味しいのかと」
「美味しい。体だけじゃなく魂も回復する」
「それは良かった」
食後のハーブティーまで平らげ、ソファにふんわりともたれる。
「……生き返った……」
「なら、しばらくこの献立を続けましょうか」
「ほんと!? 次はもっと厚切りで!」
「……胃を壊さない程度に」
柔らかなやり取りに、部屋は穏やかな空気で満たされた。
そこへ、ノックもそこそこに入ってきたのは、俺付きの侍女・ミーナだった。
栗色の髪をきちんとまとめた、真面目そうな外見……だが、妙ににやけた顔で銀のトレイを抱えている。
「アディル様。厨房からのデザートをお持ちしました」
苺の乗った小さなタルトが二つ。だが、アディルはその視線の意味に気づいた。
「……なんだ、その顔は」
「いえ、なんでもありませんよぉ。……お二人、仲がよろしいなあって」
にやにや。
実はこのミーナ、暇を見つけては「神官と引きこもり貴族のひそやかな愛」という創作小説を書いているのだ。
もちろん登場人物の名前は偽名にしているが、誰がどう見てもユースと俺である。
そして、その原稿はこれまでに何度もユースの手によって押収・焼却処分されてきた。
「……ミーナ、まさかまた書いてるんじゃないだろうな」
「ええー? なにをですかぁ?」
口ではとぼけるが、目が泳いでいる。
「ミーナさん」
低く、しかし確実に逃げ場を塞ぐ声がユースの口から落ちた。
「……っ」
「まさか、今日の食事の様子を題材にするつもりではありませんね?」
「そ、そんなこと……」
俺はタルトをつつきながら呆れ顔。
「お前……そんなもん書いてどうすんだよ」
「別に……自己満足です……」
「処分しましたからご安心を」
「えっ、もう!?」
「今朝、机の引き出しに隠してあった羊皮紙ごと」
ミーナはガクッと膝を折る。
「……また書きます……もっと巧妙に……」
「「やめろ」」
ユースと俺は声を揃えた。
結局タルトは三人で分けて食べた。
ミーナは渋々部屋を出ていき、俺は湯気の立つお茶を手にする。
「……あいつ、ほんと懲りないな」
「そうですね」
「まあ……退屈しのぎにはなるけど」
「退屈しのぎにされる身にもなってください」
そう言いながらも、ユースの口元はわずかに緩んでいた。
カップの温もりに指を温めながら、俺はぽつり。
「……やっぱ、肉の後の甘いもんは正義だな」
「はいはい。では明日は魚にしましょう」
「えぇー……」
そんな何気ないやり取りの中、日常は今日も、ゆるく、穏やかに続いていくのだった。
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