17 / 28
離婚記念日 十五年目。「現実」
荷物は少なかったし、引っ越しは簡単に済ませることが出来た。
大切なものがあるとすれば、指に嵌めることのなくなった結婚指輪と彼女からもらった誕生日プレゼントの腕時計だけ。
喫茶店と公園だけのデートだったから二人で撮った記念になる写真は結婚式のツーショットが辛うじて残ってるだけ。さすがに表に出すことなく仕舞っている。
新しい会社に勤めて三年になる。
違った職種だったが、新しいことを覚えることは楽しくて新鮮で毎日が楽しかった。
小さな会社だったからなのか、仕事が終わるのは大抵二十一時が通常で終電に近い時間もちらほらだ。残業手当は出ることは出るが、定時に終わる日が週に一度あればいい方で、月に換算すれば二回ほどかもしれない。
休日は日曜日。休日出勤もあるにはある。
それでも、多忙な年月はありがたかった。
仕事が忙しければ忙しいほど、なにも感じることなく過ごすことが出来た。
以前勤めていた会社より給料が少なかったが、ローンの返済はあと五年。生活を維持するのにはなんとかなる金額。浪費さえしなければ少しの蓄えは作れそうだ。
新天地でいちばんありがたかったのは、女性から誘われることもほとんどなくなったことだ。
会社とアパートの往復。それが僕の日常になった。
季節が変わる頃にこの会社に誘ってくれた友人が飲みに誘ってくれる。
友人は会社の社員ではなく取引会社の社員で、いい人材がいれば紹介してほしいと以前から打診されていたらしい。
僕が離婚してからの生活を気にしてくれていたただひとりの友人だ。
時々連絡を取りあってたし、住む地域は違っても年に一度は飲みに行っていた。
「此処に来て三年になるね。どう?調子は」
いつも最初に話す言葉。社交辞令に聞こえるが、彼からすればこの言葉から話す方が楽なのだろう。
「毎日多忙で、いろんなことを考えなくて済んでるよ」
彼が知りたいのは僕が病んでるか否かだろう。
離婚後の僕の状態が異常だったのに気がついたのは友人の彼だけだった。
疲弊したのをこれ以上気づかれたくなくて、女性の誘いは断らなくなった。
飲食だけ、それでも友人の心配は軽減されたと思う。
他愛ない話をしたり、仕事の話をしたり、畏まって人生論を語ったり、気にすることなくなんでも話せる唯一の友人といえる彼だった。
そんな彼にも、この日の事だけは言えなかった。
仕事が終わるのが二十一時よりも遅かった。
電車を乗り継ぎして、なんとか終電でたどり着ける時間。
今日は記念日の十五回目だ。
どんなに遅れてもこの日に到着してバラの花束を届けたい。
駅に着く前に通りがかった花屋を見て、慌ててバラの花束を買った。
いつもの場所では間に合わない、そう思ったからだ。
十五本の赤いバラを注文して駅に向かう。
真っ赤なバラの花束を持った中年男性だ。車内の視線は痛すぎたがそれでも気持ちは逸った。
何度も乗り継いで駅に着いたときには走り出してた。
目的地の駅に到着した時点で腕時計は二十三時五十分は過ぎていた。
間に合いたい、それだけだった。
僕の中では、二十三時五十九分でもいいから、今日というこの日に間に合いたかった。若くない自分の足は動いてはいるが、なんとか走れてるという状況。
バラの花束を両手でかかえ、花びらひとつ落とさないようにと思いながら足を動かす。
あの小さな公園に着いた頃には......今日は終わっていた。
時計を見ると、針が二分過ぎているのを確認した。
「あはは......」
枯れた笑い声が小さく公園に響く。
バラの花言葉は素敵な花言葉ばかりではない。
本数によって花言葉が違う。
よりによって......この花言葉かぁ......
無理に走った足の疲労でドカッとベンチに座った。隣にバラの花束をそっと置く。
夜の帳と星たちを眺めて、間に合わなかったため息を空に溢す。
「ごめん......」
こんな花言葉、あの日以外に伝えたくなんてないんだ......。
公園の小さな明かりが真っ赤なバラを美しく照らしていた。
大切なものがあるとすれば、指に嵌めることのなくなった結婚指輪と彼女からもらった誕生日プレゼントの腕時計だけ。
喫茶店と公園だけのデートだったから二人で撮った記念になる写真は結婚式のツーショットが辛うじて残ってるだけ。さすがに表に出すことなく仕舞っている。
新しい会社に勤めて三年になる。
違った職種だったが、新しいことを覚えることは楽しくて新鮮で毎日が楽しかった。
小さな会社だったからなのか、仕事が終わるのは大抵二十一時が通常で終電に近い時間もちらほらだ。残業手当は出ることは出るが、定時に終わる日が週に一度あればいい方で、月に換算すれば二回ほどかもしれない。
休日は日曜日。休日出勤もあるにはある。
それでも、多忙な年月はありがたかった。
仕事が忙しければ忙しいほど、なにも感じることなく過ごすことが出来た。
以前勤めていた会社より給料が少なかったが、ローンの返済はあと五年。生活を維持するのにはなんとかなる金額。浪費さえしなければ少しの蓄えは作れそうだ。
新天地でいちばんありがたかったのは、女性から誘われることもほとんどなくなったことだ。
会社とアパートの往復。それが僕の日常になった。
季節が変わる頃にこの会社に誘ってくれた友人が飲みに誘ってくれる。
友人は会社の社員ではなく取引会社の社員で、いい人材がいれば紹介してほしいと以前から打診されていたらしい。
僕が離婚してからの生活を気にしてくれていたただひとりの友人だ。
時々連絡を取りあってたし、住む地域は違っても年に一度は飲みに行っていた。
「此処に来て三年になるね。どう?調子は」
いつも最初に話す言葉。社交辞令に聞こえるが、彼からすればこの言葉から話す方が楽なのだろう。
「毎日多忙で、いろんなことを考えなくて済んでるよ」
彼が知りたいのは僕が病んでるか否かだろう。
離婚後の僕の状態が異常だったのに気がついたのは友人の彼だけだった。
疲弊したのをこれ以上気づかれたくなくて、女性の誘いは断らなくなった。
飲食だけ、それでも友人の心配は軽減されたと思う。
他愛ない話をしたり、仕事の話をしたり、畏まって人生論を語ったり、気にすることなくなんでも話せる唯一の友人といえる彼だった。
そんな彼にも、この日の事だけは言えなかった。
仕事が終わるのが二十一時よりも遅かった。
電車を乗り継ぎして、なんとか終電でたどり着ける時間。
今日は記念日の十五回目だ。
どんなに遅れてもこの日に到着してバラの花束を届けたい。
駅に着く前に通りがかった花屋を見て、慌ててバラの花束を買った。
いつもの場所では間に合わない、そう思ったからだ。
十五本の赤いバラを注文して駅に向かう。
真っ赤なバラの花束を持った中年男性だ。車内の視線は痛すぎたがそれでも気持ちは逸った。
何度も乗り継いで駅に着いたときには走り出してた。
目的地の駅に到着した時点で腕時計は二十三時五十分は過ぎていた。
間に合いたい、それだけだった。
僕の中では、二十三時五十九分でもいいから、今日というこの日に間に合いたかった。若くない自分の足は動いてはいるが、なんとか走れてるという状況。
バラの花束を両手でかかえ、花びらひとつ落とさないようにと思いながら足を動かす。
あの小さな公園に着いた頃には......今日は終わっていた。
時計を見ると、針が二分過ぎているのを確認した。
「あはは......」
枯れた笑い声が小さく公園に響く。
バラの花言葉は素敵な花言葉ばかりではない。
本数によって花言葉が違う。
よりによって......この花言葉かぁ......
無理に走った足の疲労でドカッとベンチに座った。隣にバラの花束をそっと置く。
夜の帳と星たちを眺めて、間に合わなかったため息を空に溢す。
「ごめん......」
こんな花言葉、あの日以外に伝えたくなんてないんだ......。
公園の小さな明かりが真っ赤なバラを美しく照らしていた。
あなたにおすすめの小説
『お前の針仕事など誰でもできる』——なら社交界のドレスの裏地を、めくってごらんなさい
歩人
ファンタジー
「地味な針仕事しかできない令嬢は要らない」——公爵家の嫡男にそう言い渡された伯爵令嬢ティナは、
裁縫道具だけを持って屋敷を出た。その翌週、社交界が凍りつく。王妃の夜会服も、公爵令嬢の舞踏会
ドレスも、第一王女の外交用ローブも——仕立てた職人が消えたのだ。しかもティナが十年かけて縫った
全てのドレスの裏地には、二重縫いで隠された署名が残されていて——。
辺境の小さな仕立て屋で穏やかに暮らすティナの元に、王都から使者がやってくる。
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
『お前の絵は壁の染みだ』と塗り潰した婚約者が、3年後に国宝を壊した罪で裁かれた件
歩人
ファンタジー
宮廷画師として王城の壁画修復を担ったエレオノーラは、婚約者の公爵子息に「お前の絵は壁の染みだ」と蔑まれ追放された。彼女の去った後、公爵は壁画を白く塗り潰した。辺境に流れたエレオノーラは、崩れかけた教会の壁に聖女の絵を描いた。旅人が涙し、病人が癒され、やがてその絵は「辺境の奇跡」と呼ばれるようになる。3年後、王立美術院が彼女の絵を国宝候補に推薦。同時に、公爵家が塗り潰した壁画の下から、エレオノーラが密かに描いた建国王の肖像が発見される。建国王の唯一の肖像画——それを「壁の染み」と呼んだ男の顔を、社交界は忘れなかった。
「お遊戯で子を育てるな」と追放された宮廷養育係——前世の保育士が作った遊びの教育を、王立学院が丸ごと導入した
歩人
ファンタジー
「子供に歌を教え、絵を描かせ、庭で走り回らせる——それが教育だと? ふざけるな」
侯爵令嬢マリカは婚約者にそう嘲笑され、宮廷養育係の職を解かれた。
前世で保育士だった彼女が行っていたのは、遊びに見せかけた発達支援プログラム。数を数える鬼ごっこ、言葉を覚える歌遊び、協調性を育む共同制作——子供たちは「楽しい」と笑いながら、同年代の二年先を進んでいた。
マリカが去り、旧来の家庭教師が戻った途端、子供たちは勉強を拒否し始めた。
王立学院の入学試験で辺境の子供たちが首席を独占したとき——「お遊戯」の本当の意味が明かされる。
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。
ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。
ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。
この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。
毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。