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離婚記念日 二十五年目。「涙の銀婚式」
世の中、うまくいかないことで溢れてることはわかっていた。
今日という日は僕にとっては特別なので、朝から完璧なスケジュールをたてていた。そのために一ヶ月前から仕事を前倒しにこなしてきたし、一週間前から上司にはこの日は午前中で早退したい旨を伝えていたし了承も得ていた。それでもうまく事は廻らない。担当外の仕事で大きなトラブルが発生。さすがに見て見ぬ振りは出来ず、自分が出来る範囲のサポートをした。事なきを得たので心のつかえなくこれからを過ごせそうだ。そう思った時には僕のスケジュールは塵になった。
午前中には仕事を終え、小さな公園から見えるあの食堂で定食を食べて喫茶店で一時間ほど過ごし花屋に行って最後の花束を購入して残りの時間をあの小さな公園で過ごす......これが僕の今日のスケジュールだった。
仕事は結局夕方前までかかってしまい、昼食時しか開いていない食堂での昼食は食べそこね、喫茶店で時間を過ごすこともなく、花屋へ向かった。いつものように真っ赤なバラの花束に今日だけはメッセージサービスを使わせて貰った。「ありがとう」この五文字でいいと思った。英文字もありますよと店主に薦められたけどやんわり断った。
切ないようなやるせないような清々しい気持ちもどこかにあって。
二十五本の真っ赤なバラの花束。いろんなことを思い巡らせ小さな公園まで歩いてく。これで終わりだと思うと心がチクッと痛んだ。
夕方の公園にめずらしく先客がいた。キャッキャとはしゃぐ小さな女の子と親御さんだろう。滑り台で遊んでいた。いつもベンチに座って話をするだけの公園でここに何があるのかなんて遊戯に気にもとめなかった。楽しそうに遊んでいる女の子とそれを見守る親御さんを見て、もし......を想像してしまう。離婚することなく結婚したままだったら、二人の間に子供が産まれてああいう風に遊んでいたかもしれないと。
「タラレバ」なんて、どんなに想像しても「タラレバ」だ。
今日を最後に......そう思えば思うほど、涙が溢れそうで、空を見、上でこらえる。夕陽の赤が夜色に溶け始めてた。
「あの......」
座ったベンチの横に置いてあるバラの花束を見たのだろうか、先ほどまではしゃいでいた小さな女の子の手を繋いで親御さんが僕の方へ歩いてきているような......。
「あ、ばあばのばら」
「こらっ」
手を繋いでない方の手でバラの花束を指差して花束の方へ行こうとする小さな女の子とそれを慌てて制止させる親御さん。背の高い青年はサングラスを外し帽子をとった。
「はじめまして。オレは......」
彼の話を聞きながら、頭が追い付かない。言葉がどんどん入ってきても、内容がわかってこない。それでも、僕の耳が「同じ姓」を脳内に捉え「母」という言葉と「喫茶店」という言葉を聞いた瞬間、バラの花束を持って走り出していた。
彼の顔を見た瞬間、昔の僕そのものだった。
声も若かりし頃の、僕そのものだった。
なにがどうなってる?
僕の......?
喫茶店に行けば......喫茶店に行けば......?
逸る気持ち。
なにもかも......どうでもいい。
本当に?本当に?
信じられない......
夢だったらどうしよう?
お願い、お願いお願いお願い、お願いだ......。
何度も転けそうになりながら走り続けた。
本能だけが僕を動かしていた。
何度も通った、彼女と通った、あの喫茶店。
青紫の花が咲いてるのが懐かしい。
カランカラン
思いっきりドアを開ける。
息が整わない。
時間が戻ったようにいつものテーブルへと。
目と目が合う。
花束を落としてしまうほど、信じられなかった。
どんなに待ち焦がれた瞬間だっただろう?
どんなに期待と絶望を繰り返しただろう?
「逢いたかった......」
「私も......」
聞きたいことはいっぱいある。
話したいこともいっぱいある。
でも、そんなことはどうだっていい。
今は君を......君がいるこの事実だけでいい。
顔にあるシワが年齢を物語っていたが、笑顔はあの頃と変わらなかった。言葉が出てこない。それでもいいたいことがあるとすれば、きっとこれなんだ。
「愛してた......ずっと、ずっと......愛してたんだ......」
「私も......愛してたわよ」
懐かしい君の声だ。
何度も聞きたかった君の声が僕の心に響いてく。
こんな嬉しいことはない。
この二十五年、想い合ってただなんて。
奇跡のようだと今日という日に感謝した。
僕はただただ君を抱きしめた。
君も僕をただ抱きしめ返した。
みつめあって。思わず笑いあって。
ふたりして涙でぐちゃぐちゃだ。
花束を拾い席に着く。僕の前に君がいて、君の前に僕がいる。
ああ、夢のようだ。
テーブルに置いてあった飲み物を手に取った君は一口、ゆっくり飲んだ。ミルクティーだろうと思いながら飲み終わるのを見つめた。
これから僕たちは新しくはじまるのだろうか?
それとも、今日限りなのだろうか?
期待と不安がぐるぐるするけど、今はもう、それさえもどうでもよかった。君が目の前にいる。それだけが真実だから。
君はいたずらっぽく話を切り出した。
「何から話したらいいかなぁ......」
そういうところも、僕の好きな君だった。
今日という日は僕にとっては特別なので、朝から完璧なスケジュールをたてていた。そのために一ヶ月前から仕事を前倒しにこなしてきたし、一週間前から上司にはこの日は午前中で早退したい旨を伝えていたし了承も得ていた。それでもうまく事は廻らない。担当外の仕事で大きなトラブルが発生。さすがに見て見ぬ振りは出来ず、自分が出来る範囲のサポートをした。事なきを得たので心のつかえなくこれからを過ごせそうだ。そう思った時には僕のスケジュールは塵になった。
午前中には仕事を終え、小さな公園から見えるあの食堂で定食を食べて喫茶店で一時間ほど過ごし花屋に行って最後の花束を購入して残りの時間をあの小さな公園で過ごす......これが僕の今日のスケジュールだった。
仕事は結局夕方前までかかってしまい、昼食時しか開いていない食堂での昼食は食べそこね、喫茶店で時間を過ごすこともなく、花屋へ向かった。いつものように真っ赤なバラの花束に今日だけはメッセージサービスを使わせて貰った。「ありがとう」この五文字でいいと思った。英文字もありますよと店主に薦められたけどやんわり断った。
切ないようなやるせないような清々しい気持ちもどこかにあって。
二十五本の真っ赤なバラの花束。いろんなことを思い巡らせ小さな公園まで歩いてく。これで終わりだと思うと心がチクッと痛んだ。
夕方の公園にめずらしく先客がいた。キャッキャとはしゃぐ小さな女の子と親御さんだろう。滑り台で遊んでいた。いつもベンチに座って話をするだけの公園でここに何があるのかなんて遊戯に気にもとめなかった。楽しそうに遊んでいる女の子とそれを見守る親御さんを見て、もし......を想像してしまう。離婚することなく結婚したままだったら、二人の間に子供が産まれてああいう風に遊んでいたかもしれないと。
「タラレバ」なんて、どんなに想像しても「タラレバ」だ。
今日を最後に......そう思えば思うほど、涙が溢れそうで、空を見、上でこらえる。夕陽の赤が夜色に溶け始めてた。
「あの......」
座ったベンチの横に置いてあるバラの花束を見たのだろうか、先ほどまではしゃいでいた小さな女の子の手を繋いで親御さんが僕の方へ歩いてきているような......。
「あ、ばあばのばら」
「こらっ」
手を繋いでない方の手でバラの花束を指差して花束の方へ行こうとする小さな女の子とそれを慌てて制止させる親御さん。背の高い青年はサングラスを外し帽子をとった。
「はじめまして。オレは......」
彼の話を聞きながら、頭が追い付かない。言葉がどんどん入ってきても、内容がわかってこない。それでも、僕の耳が「同じ姓」を脳内に捉え「母」という言葉と「喫茶店」という言葉を聞いた瞬間、バラの花束を持って走り出していた。
彼の顔を見た瞬間、昔の僕そのものだった。
声も若かりし頃の、僕そのものだった。
なにがどうなってる?
僕の......?
喫茶店に行けば......喫茶店に行けば......?
逸る気持ち。
なにもかも......どうでもいい。
本当に?本当に?
信じられない......
夢だったらどうしよう?
お願い、お願いお願いお願い、お願いだ......。
何度も転けそうになりながら走り続けた。
本能だけが僕を動かしていた。
何度も通った、彼女と通った、あの喫茶店。
青紫の花が咲いてるのが懐かしい。
カランカラン
思いっきりドアを開ける。
息が整わない。
時間が戻ったようにいつものテーブルへと。
目と目が合う。
花束を落としてしまうほど、信じられなかった。
どんなに待ち焦がれた瞬間だっただろう?
どんなに期待と絶望を繰り返しただろう?
「逢いたかった......」
「私も......」
聞きたいことはいっぱいある。
話したいこともいっぱいある。
でも、そんなことはどうだっていい。
今は君を......君がいるこの事実だけでいい。
顔にあるシワが年齢を物語っていたが、笑顔はあの頃と変わらなかった。言葉が出てこない。それでもいいたいことがあるとすれば、きっとこれなんだ。
「愛してた......ずっと、ずっと......愛してたんだ......」
「私も......愛してたわよ」
懐かしい君の声だ。
何度も聞きたかった君の声が僕の心に響いてく。
こんな嬉しいことはない。
この二十五年、想い合ってただなんて。
奇跡のようだと今日という日に感謝した。
僕はただただ君を抱きしめた。
君も僕をただ抱きしめ返した。
みつめあって。思わず笑いあって。
ふたりして涙でぐちゃぐちゃだ。
花束を拾い席に着く。僕の前に君がいて、君の前に僕がいる。
ああ、夢のようだ。
テーブルに置いてあった飲み物を手に取った君は一口、ゆっくり飲んだ。ミルクティーだろうと思いながら飲み終わるのを見つめた。
これから僕たちは新しくはじまるのだろうか?
それとも、今日限りなのだろうか?
期待と不安がぐるぐるするけど、今はもう、それさえもどうでもよかった。君が目の前にいる。それだけが真実だから。
君はいたずらっぽく話を切り出した。
「何から話したらいいかなぁ......」
そういうところも、僕の好きな君だった。
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