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『編み物男子部』?ができるまで。
36 新しい部員 2
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昼休みになった。昼食をとるため、俺は机の上に真ん丸とした大きめのおむすび三個と最近購入した水筒を出した。
俺の席の前の椅子をぶんどって神崎川が座るのはいつもの光景だ。
前の席の生徒は別の場所にいるから問題はないのだけれど。
椅子を俺の方に向きなおしてから座り俺の机の上に大きな二つの弁当箱を広げ始めた。
ひとつはバランスのとれた色とりどりのおかず。もうひとつは日の丸弁当といわれるご飯の真ん中に大きな梅干しがひとつ。神崎川の定番弁当だ。
「鳴海、今日の具は何?」 俺のおむすびの具を聞いてきた。
「牛肉のしぐれ煮と高菜と梅干し」 梅干し以外は毎日違うローテーションだ。
「じゃあ、牛肉の方半分くれ」
牛肉のしぐれ煮は昨晩のおかずの残り。
相変わらず図々しいけど、こうやって交換するのは結構好きだ。
「いいよ」
ラップに包まれたおむすびをキレイに外し、不格好なりに両手で半分に割ったおむすびの大きい方を神崎川に渡す。
「サンキュー!」
そう言って神崎川は受け取ったおむすびを美味しそうにご飯の方から齧りつく。
齧り残ったおむすびを弁当の蓋に置いて、お箸でほうれん草の入った卵焼きを一つ摘まみ、俺の口許に持ってきて、
「お礼」と言って差し出した。
俺はそれを半分パクッと食べる。あ、やっぱり美味しい!
「鳴海ぃ……いつもならそうやって食べるの嫌がるのに何かあった?」
神崎川が不審がって半分残った食べかけの卵焼きをひょいっと取り上げる。
「あ。俺の!ちゃんと返してよね。え?神崎川、知らなかった?新入部員が入ったんだよ」
嬉しそうに言う俺。
「全然知らねー」 少し不機嫌そうに言う神崎川。
あ、その場にいなかったんだ……。
その言葉を聞いて初めてその事実を知ってちょっと戸惑う。
「今日は何処にいたの?」
気になって聞いてみたら
「……別に」
教える気がないみたいに素っ気なく言われた。
気になっても仕方がないので、ちょっと遠くなった卵焼きに向かって体を伸ばし口を開け頬張る。
んーやっぱり美味しい。
「神崎川のお母さんって、いつも思うけど料理上手だよね!」
「努力って報われるってことを母から学んだ」
「そうなの?」 話が噛み合わない。
「ああ、母の料理は、食べられる代物じゃなかったからな」
遠くを見るかのように神崎川が呟く。
ああ、そういうことね。
神崎川の努力はお母さんの影響なんだ……なんて思いながら中学時代、一位の座に君臨し続けた面影を追いながら神崎川を見つめた。
放課後、いつものように職員室へ行き、鍵を貰って理科室へ向かう。その途中の渡り廊下で足を止め、サッカー部が練習してる箇所のグランドを見る。
此処で神崎川の姿を探す……。
これが俺の日課。
今日はまだ神崎川はグランドにいないようだ。神崎川を見つけるのは得意だ。
もちろん好きな相手だから当然のことだと思う。
必ずここで神崎川を見てから気持ちを満たして部活に入るのが好きなのに……。
心にふと寂しさを覚えながら理科室に足を進めた。
今日は俺一人の予定だったから、名塚君が来てくれると思うと心が弾んだ。
理科室の鍵を開け、扉をガラッとスライドさせ、そのままの状態にする。
最近はそのようにすることが多い。少しでも部の活動が見られるように配慮した結果だ。気になって見に来てくれる生徒がいたらって期待しつつ、そんな思惑はずっと外れていた。
「鳴海くん、入っていいかな?」
聞き覚えがある、名塚くんの声だ。
「どうぞ!『編み物部』へようこそ!……って、ごめん。まだ部じゃないけど」
そういいながら名塚君を理科室へ誘い込み、好きな場所に座ってもらった。
その一つ飛ばしの椅子に俺が座った。
「理科室なのは、部が成立したらここが部活場所になるからなんだ」
「理科室がねー。なんか変な感じするね」
慣れたけど実は俺もそう思ってる。
「家庭科室は『家庭科部』が使用するから俺たちは使えないんだ。顧問になる予定が俺の担任で、担任が科学の教師っていうのもあってここになったんだ。二年前までは科学部があったらしいんだけど廃部になったからここは自由に使用してもいいって担任が提案してくれたっていう訳」
「そんな経緯があったんだね。でも何故まだ『編み物部』はないの?」
「実は、俺が作ろうとしたんだ。『編み物部』を。出来れば『男子だけの編み物部』を。まだ部員が揃わなくて……名塚君を入れてやっと五名集まったんだ。でも、部として認可されるのは十名以上で新規認可は四月末までなんだ……だからまだ『編み物部』は存在しない……ごめん」
そうなんだ。謝るしかない。
「もしかしたら……『部』としては成立しないかも……ってことなの?」
「うん、そうなんだ……。期待させてごめん」
項垂れてしまう。
少し間を開けてから、名塚君が彼らしくきっぱりと話し出した。
「提案があるんだけど……部がなくても一緒に編み物してくれる?」
「もちろん!部員の一人もそう言ってくれてるんだ」
「じゃあ、真面目に編み物がしたいって男子が少なくても三人は居るってことですよね?」
声が嬉しそうで顔も綻んでるのがわかる。
同志がいるっていうのは心強い。
俺はそれが欲しくて『編み物部』を作ろうとしたんだから。
共感してくれることが何よりも嬉しかった。
俺たちは例え部が成立しなくても一緒に編み物をすることを誓い合った。
俺の席の前の椅子をぶんどって神崎川が座るのはいつもの光景だ。
前の席の生徒は別の場所にいるから問題はないのだけれど。
椅子を俺の方に向きなおしてから座り俺の机の上に大きな二つの弁当箱を広げ始めた。
ひとつはバランスのとれた色とりどりのおかず。もうひとつは日の丸弁当といわれるご飯の真ん中に大きな梅干しがひとつ。神崎川の定番弁当だ。
「鳴海、今日の具は何?」 俺のおむすびの具を聞いてきた。
「牛肉のしぐれ煮と高菜と梅干し」 梅干し以外は毎日違うローテーションだ。
「じゃあ、牛肉の方半分くれ」
牛肉のしぐれ煮は昨晩のおかずの残り。
相変わらず図々しいけど、こうやって交換するのは結構好きだ。
「いいよ」
ラップに包まれたおむすびをキレイに外し、不格好なりに両手で半分に割ったおむすびの大きい方を神崎川に渡す。
「サンキュー!」
そう言って神崎川は受け取ったおむすびを美味しそうにご飯の方から齧りつく。
齧り残ったおむすびを弁当の蓋に置いて、お箸でほうれん草の入った卵焼きを一つ摘まみ、俺の口許に持ってきて、
「お礼」と言って差し出した。
俺はそれを半分パクッと食べる。あ、やっぱり美味しい!
「鳴海ぃ……いつもならそうやって食べるの嫌がるのに何かあった?」
神崎川が不審がって半分残った食べかけの卵焼きをひょいっと取り上げる。
「あ。俺の!ちゃんと返してよね。え?神崎川、知らなかった?新入部員が入ったんだよ」
嬉しそうに言う俺。
「全然知らねー」 少し不機嫌そうに言う神崎川。
あ、その場にいなかったんだ……。
その言葉を聞いて初めてその事実を知ってちょっと戸惑う。
「今日は何処にいたの?」
気になって聞いてみたら
「……別に」
教える気がないみたいに素っ気なく言われた。
気になっても仕方がないので、ちょっと遠くなった卵焼きに向かって体を伸ばし口を開け頬張る。
んーやっぱり美味しい。
「神崎川のお母さんって、いつも思うけど料理上手だよね!」
「努力って報われるってことを母から学んだ」
「そうなの?」 話が噛み合わない。
「ああ、母の料理は、食べられる代物じゃなかったからな」
遠くを見るかのように神崎川が呟く。
ああ、そういうことね。
神崎川の努力はお母さんの影響なんだ……なんて思いながら中学時代、一位の座に君臨し続けた面影を追いながら神崎川を見つめた。
放課後、いつものように職員室へ行き、鍵を貰って理科室へ向かう。その途中の渡り廊下で足を止め、サッカー部が練習してる箇所のグランドを見る。
此処で神崎川の姿を探す……。
これが俺の日課。
今日はまだ神崎川はグランドにいないようだ。神崎川を見つけるのは得意だ。
もちろん好きな相手だから当然のことだと思う。
必ずここで神崎川を見てから気持ちを満たして部活に入るのが好きなのに……。
心にふと寂しさを覚えながら理科室に足を進めた。
今日は俺一人の予定だったから、名塚君が来てくれると思うと心が弾んだ。
理科室の鍵を開け、扉をガラッとスライドさせ、そのままの状態にする。
最近はそのようにすることが多い。少しでも部の活動が見られるように配慮した結果だ。気になって見に来てくれる生徒がいたらって期待しつつ、そんな思惑はずっと外れていた。
「鳴海くん、入っていいかな?」
聞き覚えがある、名塚くんの声だ。
「どうぞ!『編み物部』へようこそ!……って、ごめん。まだ部じゃないけど」
そういいながら名塚君を理科室へ誘い込み、好きな場所に座ってもらった。
その一つ飛ばしの椅子に俺が座った。
「理科室なのは、部が成立したらここが部活場所になるからなんだ」
「理科室がねー。なんか変な感じするね」
慣れたけど実は俺もそう思ってる。
「家庭科室は『家庭科部』が使用するから俺たちは使えないんだ。顧問になる予定が俺の担任で、担任が科学の教師っていうのもあってここになったんだ。二年前までは科学部があったらしいんだけど廃部になったからここは自由に使用してもいいって担任が提案してくれたっていう訳」
「そんな経緯があったんだね。でも何故まだ『編み物部』はないの?」
「実は、俺が作ろうとしたんだ。『編み物部』を。出来れば『男子だけの編み物部』を。まだ部員が揃わなくて……名塚君を入れてやっと五名集まったんだ。でも、部として認可されるのは十名以上で新規認可は四月末までなんだ……だからまだ『編み物部』は存在しない……ごめん」
そうなんだ。謝るしかない。
「もしかしたら……『部』としては成立しないかも……ってことなの?」
「うん、そうなんだ……。期待させてごめん」
項垂れてしまう。
少し間を開けてから、名塚君が彼らしくきっぱりと話し出した。
「提案があるんだけど……部がなくても一緒に編み物してくれる?」
「もちろん!部員の一人もそう言ってくれてるんだ」
「じゃあ、真面目に編み物がしたいって男子が少なくても三人は居るってことですよね?」
声が嬉しそうで顔も綻んでるのがわかる。
同志がいるっていうのは心強い。
俺はそれが欲しくて『編み物部』を作ろうとしたんだから。
共感してくれることが何よりも嬉しかった。
俺たちは例え部が成立しなくても一緒に編み物をすることを誓い合った。
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