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舞台2ー27 終幕3 

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 春画とは違う、いつもの肌襦袢とも違う那智のそれは、見世物小屋に通いつめる客の中でも春を買えない客達にとっては正真正銘、那智のお宝物であった。

「絶対買うぞぉー!」
「手持ちが……」
「なんだって今日なんだ?」
「金子、取りに行ってもいいか?」

 那智のお宝とあっては客達は色めき立つ。
 騒々しくなる客達に一切の情をかけないのがここの主、辰なのである。

「手持ちの金子で賄っていただきます。本日は異例中の異例、此処の舞台に居合わせたのも刻の運というもの。手持ちも運ならでは。金子に限っては見世物小屋では特例は認められませぬ。悪しからず」

 主の辰は顔色ひとつ変えずに客達を一蹴した。

 最前列と中段列の客達は落胆の色を隠せない。
 彼らの殆どが舞台子の演舞とその後のお楽しみの肌襦袢しか買えないのだ。
 今回の肌襦袢は那智のからだのいちばん大切な場所を白濁で拓本にしたもの。本来の拓本は墨で行うのだが此処は見世物小屋、舞台子達のものなら舞台で放った白濁以外での拓本なんてあり得はしない。

「まずはいつもの肌襦袢から始めます」

 いつもの肌襦袢でさえ金子が飛び交う。
 本来なら肌襦袢は舞台子ひとりに付三枚。
 そのうち舞台子の肌襦袢は「初出し」と「中に入った極上」の二枚のみ。

 誰が那智のお宝を競り落とすのか、客達は固唾を飲んで見守るしかなかった。

 見世物小屋の舞台の場では歓声が響く中、一段と大きな歓声とどよめきが小屋中を震わせる。

 それを舞台裏で床で寝かせられた那智の耳にうっすらと届いていた。


 下賎な客に好きなように弄ばれ、那智の身も心も……プライドさえズタズタにするものになってしまった。
 だが、那智は主の腕の中に居られることに意識を手放していた筈なのに喜びで溢れたまま夢心地でいた。
 
 なにも知らないまま……



 幸せなひとときの中、那智にとって最も不本意な舞台の幕が終了した……。
  
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