私の人生に貴方はもういらない

三同もこ

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婚約解消された私

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「ジョアンナ。君との婚約を白紙に戻したい」
「はい」


 いつもの習性で反射的にジョアンナは頷く。
 けれど、いつもは当然のような顔でそれを見ている相手は、今回ばかりは少し驚いた顔をした。
 珍しいなぁと思いながら、よくよく相手の言葉を思い返してみる。
 君との婚約を白紙に戻したい。
 ふむ。つまり、私と交わしていた婚約話をなかった事にしたい、と。
 成程、成程。ふむふむ、婚約解消という事ね。

 うんうん、そっかそっか…………はい!?

「…つまりヴィジエール様、私との結婚はなかったことになるのでしょうか」
「そうだ。君にはすまないと思っている」

 いや、そうだって…すまないって…いやいやいや。

「…理由をお聞きしても?」
「縁談が来たのだ。君のディンプル男爵家など足元にも及ばない、トレサイーユ侯爵家から」

 その言葉に、ジョアンナは彼の心変わりの理由を理解した。

 ヴィジエールはジョワイユ伯爵家の三男だ。
 この国の法律では余程問題がない限りは長男が家の跡を取り、長男に何かあった時の為に、次男以下は家が持つ下位の爵位を継ぐ。
 ジョワイユ伯爵家が持っているのは伯爵家と男爵家の爵位が一つずつ。長男が伯爵家を、次男が男爵家を継いでしまえば、三男であるヴィジエールは名ばかりの貴族位である勲爵士となるしかない。
 これは、貴族の出身であるという事を証明してくれるが、全く何の権限も与えてはくれず、この国では事実上、貴族社会からの追放を意味していた。
 ただし、貴族位を持つ女性の家へと婿に入れば、話は別だ。
 この国では女性が爵位を継ぐ事も許されているが、多くの場合、婿入りした男性が爵位を継ぐ事が多い。
 ただし、この場合、家の乗っ取りを避けるため、家の跡継ぎはその女性との子供でなくてはいけないというルールが決められているが。

 ヴィジエールはとても自信家であり、野心家でもあった。
 事実、彼は兄達より明らかに優秀で、目を惹く美しい容姿すら兼ね合わせている。
 けれど、彼の兄達は凡庸だが、決して無能ではない為、国の法律で彼は勲爵士になるしかなかった。

 そこで彼が目を付けたのが、ジョアンナ。いや、『ディンプル男爵家』だ。
 不幸にも幼い頃に両親共に他界してしまっているジョアンナの家は、彼女以外の跡取りがいなかった。
 そもそも、認められてはいるが女性が家を継ぐ事は余りいい顔をされず、貴族は嫡男が誕生するまで子供を作る事が多い。
 その為、爵位を継承する事が決まっている貴族令嬢は殆ど存在せず、その数少ない女性には既に王族などの高位貴族の子息が婿入りすることが決まっている。そこに伯爵の三男が付け入るスキはなかった。
 男爵家は最も下位の貴族で、それ故、高位貴族が婿入りする事は殆どない。
 けれど、勲爵士とは違い、領地もあれば多少の権限もある。
 領地経営に煩く口を出してくるだろう人間がいない事も、彼にとっては都合が良かったのだろう。

 だが、それももっといい条件があれば、全く無意味なものになるのだ。

 トレサイーユ侯爵家は、つい最近、嫡男が事故で亡くなるという痛ましい不幸があった。
 そこで急遽その妹が跡を継ぐ事になったのだが、タイミングが悪く、それが決まったのは高位貴族の令息の殆どが既に婿入りした後の出来事だったのだ。
 トレサイーユ侯爵家は名家で、その令嬢は美しいと評判の美姫。本来ならば、王族や公爵家、侯爵家などの名立たる子息が婿入りしてもおかしくはないほどの女性との縁談。

 自信家で野心家のヴィジエールがジョアンナを切り捨てたのも無理はない。

「そうでしたか。分かりました」
「君はこんな時まで従順なんだな」

 彼は満足そうにそう言った。

(仕方がないじゃないか)

 ジョアンナは心の中で思う。
 今のジョアンナはまだ爵位を継いでいない、何の権限もない只の男爵令嬢。相手はまだ伯爵家の庇護下にいる伯爵令息。その彼に選ばれたのは侯爵家の令嬢。他にどういえと言うのか。

「おめでとうございます。どうぞ、お幸せに」
「ありがとう。君が物わかりのいい女性で助かるよ。僕は君のその従順な所は気に入っていたんだけど残念だ」

 さして残念そうな顔もせず、彼はさっさと去っていった。

(従順な所、ね)

 多分、これは従順とはまるで違うものだと思う。
 だって、ジョアンナはもうとっくに諦めているのだ。


 なんせ彼女は昔からビックリする程、運が無いだから。


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