コール様の仰せのままに ・名作RPGの超天才黒幕ボスに転生したゲーマーの末路

歌川博士

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第三章[裏社会の辿る道]

第八十話、サニー生産者の正体

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 帰還したアグラヴェインは子供達を迎えに来た組員に任せて病院へ。
 侵蝕人との戦闘やバイク事故もあって、念の為に検査や手当てを受ける事になった。多種の検査を終えた後、完全個室でナースから擦り傷の消毒などを受ける。

「……ここまでする怪我とは思えませんが……」

 薬品の匂いに顔を顰め、意中の人に想いを馳せながら上の空で呟いた。

「念の為ですから。他に痛むところはあります?」
「いいえ……あなたは研修生ですか?」
「本職のナースですよ。若く見られる事が多くて、おまけに背が低いからよく間違われちゃいますけどね」
「それは失礼しました……」
「全然! いつもの事なので!」

 背も低いが、自覚あるように顔付きが幼いのもあって、学生とばかり考えて接していた。
 名札には、ナヴィ・アクアとある。非常に愛嬌のある可愛らしい人形のような女性だった。

「コール様とドライブしたらしいですね」
「えっ?」
「羨ましいです。楽しかったですか?」

 この会話がおかしい事くらいは、アグラヴェインにもすぐに気付けた。特殊作戦に参加した軍内部、それも二時間以内の情報を、帝都病院のナースが知るわけがない。

 警戒心を抱いたアグラヴェインが、椅子に座った状態から即座に行動できる体勢へ移行する。
 しかし直後、ナヴィに肩を掴まれ――

「――!?」

 ゾッとする程の腕力で取り押さえられる。
 ルーラーの……それもNo.2だったアグラヴェインのステータスを大きく上回る膂力で、力任せに囚われてしまう。
 ナヴィには明らかな余裕があり、その気になれば肩を粉砕できるだろう事は明白だった。

「ヤダなぁ、私は敵じゃないですよぉ。ただお散歩のお誘いをしたいだけなんです」
「散歩っ、ですって……?」

 激変したナヴィの気配は、純真な子供のようなものから色香を醸し出す小悪魔的な女性へ。耳元で熱い吐息混じりに、アグラヴェインへ囁く。

「――六人目・・・に、なりませんか? というお誘いをしたいだけなんです」

 その夜……。

 帝都から一時間ほど南下した森の深く。軍が廃棄した施設の立ち入り禁止区域に、人影があった。
 人の手を離れて自然へ帰りつつある旧研究所は、鬱蒼と植物が生えており、興味本位で立ち入ろうとは思わない。
 だと言うのに、その者は迷う事なく施設を目指して草木をかき分け、敷地内を進んでいく。

「――将軍」
「っ!?」

 突然に背後から発生した呼びかけに、体を打ち据えられる。みっともなく跳ねた体が、どれだけ驚いたかを表していた。

「……」

 ジョン・ラッカス。軍における悪魔討伐部門の幹部だ。つまりは声かけをしたレイチェルの上司であり、大規模な作戦時には何度も顔を合わせた既知の仲だった。

「……レイチェル君?」
「こんばんは、ラッカス将軍」

 月下で見る彼女は、女神の如く美しかった。芸術的で幾度となく目にしても飽きない顔立ち、膨らむ胸元から腰にかけての理想的な曲線。足先までの下半身を見下ろし、自然と溜め息を漏らしていた。
 時も忘れて見入るほど虜になり、情欲が強引に掻き立てられ、返答が大幅に遅れてしまう。

「こんな場所に何の御用ですか?」
「……」

 それはジョンの台詞だ。
 山奥の秘匿された施設に、わざわざやって来る物好きなどいない。
 しかも廃棄されたとは言え、山自体に侵入禁止指定が出されており、民間人でさえ見かける事はない。

 なのに何故、この時間にこの場所で、軍のエースであるレイチェル・フェリルがやって来たのか。

「……私はふと思い出して、気になったからだよ。悪い癖だ。一度気になったら、気になって気になって居ても立っても居られなくなるのだ」

 当たり障りのない返答で、熟慮の時間を稼ぐ。
 もう一つ気がかりなのは、すぐ背後にいたにも関わらず何一つ気配がしなかった事だ。雑草だらけの砂の足場で、何一つ物音を感じなかったのだ。

「何が気になるのですか? サニーの生産施設を破壊しに来ただけでしょう?」
「……何の話かね」

 悪い予感が的中したらしい。
 どうやらレイチェルは特別な任務で、サニーで資金集めを行うジョンを見張っていたらしい。
 誰の指示か……ペンドラゴンだろうか。

「ああ、ちなみにですけど、私がここにいるのは誰の命令でもありません。軍とは全く無関係です」
「……読めないな。君は何をしにここへ?」

 腕組みをして本格的に謎の美女へ構え、その真意を訊ねる。どうやら事と次第によれば、彼女を殺害する事なく問題を解決できそうだ。常識的な金銭なら払うのも手だろう。

「〈空の器〉の一員であるあなたを、始末しに来たんだ」

 投擲用の短剣を“内”から取り出し、鏡面のような刃を見せながら告げた。

「〈空の器〉……? 何を言っているのか、まるで見当が付かないな。だがサニーの話は話し合おう。君が望むものを教えてくれ」
「もうすぐ革命が起こる。その為の資金は集まったのかな?」
「……何処まで知っているんだ?」

 革命の内容は〈空の器〉どころか、数名の間でのみ共有されているものだ。仲間達が裏切る事は有り得ない。漏洩すらも有り得ない。文書すら存在しないのだから。

 狼狽を秘めるジョンは、レイチェルの殺害を決意する。殺すにはあまりに美しく、息子の嫁か自身の新たな妻にと企んでいたが、組織と革命を持ち出されては見逃せない。
 たとえレイチェルと言えど、〈空の器〉に身を置くジョンならば、勝利は決して難くない。
 手に剣を握り、構えようと腰を落とした。

「――あなたがやるの?」
「っ……」

 その声はまたもや気配も察せない内に、施設の方面から上がった。しかもまたもや聞き覚えがある声質だ。
 けれど今回は、レイチェル以上に異常な乱入者だった。

「ろ、ローズマリー・エンタックだとっ……?」
「呼び捨てにしないでもらえる? 淑女に対して失礼よ」

 施設の壁へもたれかかる姿は、見間違える事などない。
 今宵の月明かりは強く、顔立ちまでハッキリと鮮明に認識できる。

「おや、ローズ君が倒したいのかな? 構わないよ。将軍は博士が軽く調整をした侵蝕の芽を持っているから、それを使わない限りは誰でも倒せるだろうからね」
「はい、はい! じゃあ私がやります! ナヴィにやらせてください!」

 また気配を掴めないまま、建物の屋上から声が上がる。
 元気よく天真爛漫に挙手して立ち上がる幼い少女。何が起こっているのか、ジョンが把握するには奇怪な展開すぎた。

「……どうします?」
「構わないんじゃないかな。新しい魔物も手に入れたわけだしね」
「じゃあ、ナヴィ……お許しが出たけど、調子に乗ってなぶらないようにね?」

 隣にいた清楚な少女から注意を受けたナヴィなる者は、頬を膨らませて不満を表しながらも、手の平に何か・・が渦巻く球体を生み出した。
 怨霊のようで、生き霊のような何かが玉の中で蠢いている。

「【魔天牢まてんろう】」

 不気味な球体から五つの影が飛び出し、ジョンを取り囲むように現界する。影は人型へ形を変え、すぐに本来の形態を取り戻した。

「マッドオーガだとッ!?」

 ジョンよりも二十レベルは高いマッドオーガが五体。それも鞭を取り出す少女の指示を待つように彼女を見上げ、今か今かと蹂躙の時を待っている。
 まるで、母親と子供達のように見えるほどだ。

「何者なのだ、お前達は……!」
「私達は〈議会ぎかい〉。のペットとなって彼を幸せにする代わりに、その知識で世界を救済しようという組織だよ」

 問われたナヴィに代わって、発起人であるレイチェルが答えた。自分達をペットと呼び、自虐的な呼称にも誇らしげな顔付きを見せ、同時に〈空の器〉へ宣戦布告する。

「君達は犠牲者を出し過ぎている。今日のような下らない事件を起こして、私達の手を煩わせているんだ。だから目障りなので、始末していくからよろしくね」

 帝国軍が期待する次代の象徴、代表の娘、魔物を従える謎の少女、あとの一人も秘密があるのだろう。
 どのような軍隊や組織よりも強大で、謎めいた秘密があるのだろう。まだ底知れないと容易に察せられる。
 だが……。

「ハッハッハ! どうやら私はここまでのようだ!」

 〈空の器〉に勝る組織は有り得ない。全容はジョンですら計り知れないのだから。
 あの《夜の王》と並ぶほどの結社である〈空の器〉は、たとえどれだけの戦力を保有しようが、彼女等に勝機はない。

 素のままでは勝てないと諦めた瞬間に、後を仲間に託して最後くらいは派手に暴れようと、ある種の欲が疼き始めた。

「悪いが、コレを使わせてもらうよ?」
「あ~、それは構わないとも……ナヴィ、申し訳ないのだけど、彼は私がご所望みたいだ」

 苦笑いを向けて諭され、ナヴィも唇を尖らせてマッドオーガを回収した。魔物使いとして実戦をと息巻いた次の瞬間だ。不満は理解できる。
 と、レイチェルが視線を戻した時には既に、ジョンは侵蝕の芽を飲み込んだ後だった。

「っ……! これは効くなっ……」
「かなり苦しんで変異したと聞いたけど、将軍はそうでもないんだね」
「苦しいさっ……しかし、それよりも……一瞬でも“最強”になれる喜びの方が強いんだよ!!」

 会話しながらに膨張するジョンの肉体。レベルは倍にも跳ね上がり、紛れもなく悪魔や人も超える超越者へと駆け上がった。

「は……ハハハハハ!! これが力かッ!!」
「まさか自我まで保つなんて……」

 目を細めるレイチェルも、馬鹿げた怪物と化したジョンへ警戒心を抱いたようだ。
 侵蝕人となっても自我を完全に保ち、灰色の巨人は正しく怪物の肉体と人間の知性を併せ持った新人類へ到達する。

「……将軍には悪いけど、初めから全力で臨ませてもらうよ」
「の割りには悠長じゃないかッ――!!」

 その俊敏さはモードレンドを思わせる。既に巨人の姿は背後にあり、格闘術の挙動により巨岩の拳が振り下ろされた。
 接触の瞬間に拳圧は弾け、辺りの雑草を軒並み舞い上がらせる。

 嵐を思わせる突風が収まり、再びの静寂と虫の音が聞こえ始めた頃、事態は動き出す。

「グッ――!? ヌオオ――!!」
「……」
 
 半身まで振り返り、そっと翳した美女の左手で受け止められる。添えられた手の平から先へ、微動だに出来ないでいた。
 巨人がいくら押し潰そうと試みようが、レイチェルは冷ややかな目をくれるばかりだった。
 重量、サイズ感、常識、まるで無視。

「待ちなさいよっ、レイチェルってあんなに強かったの!?」
「わ、私達もここまでとは知りませんでした……」

 仲間も驚愕するレイチェルの実力は、まだ先があるように思えてならなかった。
 これまではコールから教えられたレベリングに彼女等を連れ、見張りや警戒のみに徹していて実力などは知られていなかったのだ。

「っ……」

 隠れて窺う白髪のルーラーもまた、コールと遜色ないのではと思わざるを得ないレイチェルに瞠目を強いられる。

「クカイ和尚にはまだ手が出なかったけど、〈空の器〉ならもうやれそうだね」
「む、ムダだ! 我らは必ず新人類に至るッ! 人間の君達が勝てる道理など無いッ!!」
「どんな結社でも、魔王でも、私達は必ず勝利する。私達に教えをくれるご主人様は、彼なのだから……」

 巨人へ幸福そのものの笑みで微笑みかけ、天使の使徒は経験値を見上げて告げる。
 そして指を振って投擲短剣を複数も取り出し、配置し、白々と輝く雷撃を滞留させた。ジョンの周囲を取り囲んで浮かぶ短剣には強烈な稲妻が走り、次の瞬間には――

「さよなら、将軍」

 短剣が雷光の速度で射出される。

 ♤

 ん……?
 今、何か大事な物が失われたような……。

「まあ、いいか」

 将軍の豪邸に侵入し、睡眠薬を混入させた家族をディナーの席で眠らせた後で寝室へ。
 将軍秘蔵の酒を飲みながら、読書をして経験値という名の貴重な人材が戻って来るのを待つ。ワクワクしながら待つ。

「上がるかなぁ、レベル。この時間が一番楽しいんだよ」

 ゲームと違って、あとどれくらいでレベルが上がるか分からない。この焦らしプレイがまた何とも癖になる。

「……遅いな、将軍。残業か?」

 時計を見上げ、時刻は日付が変わりそうな頃合いだ。
 けれど俺はいつまでも将軍を待つ。何と言ってもクカイ和尚と同じく、数少ないイベント経験値なのだから。

 なので読み終えた本を閉じ、本棚を漁って次なる書物を吟味する。とにかく待ちの一手で、持て余す時間を潰していく。

「あ~、将軍めぇ……まったく焦らし上手なんだから」
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