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私たちは二人で一つ、…
しおりを挟む「レベッカ、晩ご飯までには戻るからね」
そう言ってアダムは、レベッカのドレスを取りに実家へ向かった。
明日からは本番用のドレスを着て、ダンスの練習をするのだと、彼は少し張り切った様子だった。
今日はほとんど裸足で踊っていたけれど、あの重たいドレスにヒールの靴を履いて、果たしてうまく踊れるのだろうか。
考えれば考えるほど、不安が胸に広がっていく。
舞踏会までは、もう数日しかない。
正直に言えば──
転生して目を覚ましたその瞬間、あの煌びやかな舞踏会の只中に放り込まれたときは、心臓が止まるかと思った。
あのときは勢いと何糞根性で乗り切ったけれど、冷静に考えると、あんなに人の集まる場所へ“見せ物”のように出ていくなんて、絶対に嫌だ。
たとえアダムと一緒だとしても。
それでも。
優しい父と母のためだと思えば、逃げるわけにはいかない。
胸の奥に残ったもやもやが消えず、レベッカは小さくため息をついた。
そして、今日の献立を考える。
「……今日はいっぱい運動したし。ベーコン多めで、キャベツとコンソメのスープパスタにしようかな」
アダムはまだ十九歳。
でも背も高く、すでに立派な大人の男性に見える。
食欲も旺盛で、まさに食べ盛りだ。
彼の顔を思い浮かべながら、レベッカはベーコンを少し厚めに切った。
ふと、今日見たアダムの涙が脳裏をよぎる。
思い出すたび、胸の奥がちくりと痛んだ。
あの涙には、きっと意味がある。
いつか──その理由を知りたい。
一緒に暮らし始めて、まだほんの数日。
もう少し距離が縮まったら、いつか彼のほうから打ち明けてくれる日が来るのだろうか。
そんなことを考えながら、レベッカは静かに料理を始めた。
※
「おい、ジンジャー。公爵家への返信は出したか?」
一度スタッドファームに戻ったアダムは、朝方ジンジャーに託した招待状の返事を確認した。
「はい、アダム様!
主催者のクリスタ様が王宮にいらっしゃるとのことで、王都まで直接お届けして参りました!」
「え……お前、王都まで行ったのか?」
アダムはジンジャーの労をねぎらおうとしたが、彼の報告はまだ終わらなかった。
「はい!
ちゃんと『お嬢様はフィアンセ様とお二人で参加される』と伝えてきましたよ!」
ジンジャーはえっへんと誇らしげに胸を張る。
アダムの思考が、数秒停止した。
「は? え?
……フィアンセって、俺のことか?」
「はい!
アダム様はお嬢様と結婚されるんですよね?
なら、フィアンセでしょう?」
何か間違ったことを言いましたか、とジンジャーは不思議そうな顔をする。
アダムはこめかみを押さえ、小さく呟いた。
「……いや、いずれは、俺はレベッカの婿養子になるんだ……。
き、きっと、たぶん……」
祈るように唱える主をよそに、ジンジャーは慣れた手つきで御者席に乗った。
「ああ、それから。
チェンバース家の使用人から手紙を預かりました。
差出人はレベッカお嬢様です」
「え?」
アダムは馬車の小窓から手紙を受け取った。
宛名は「バリー・チェンバース」。アダムの父の名だ。
内容は、祭りの日に招待された感謝と、泊まらずに帰ったことへの丁寧な謝罪が綴られていた。
正体を隠すために父の名を使ったが、やはりレベッカは自分を覚えていない。
アダムは複雑な思いを抱きながら、馬車の中で返事の言葉を考えた。
一行は、いくつかのドレス一式を積み込むため、ランドルフ侯爵家へ向かう。
元ランドルフ家の使用人であるジンジャーは、帽子を深く被り、マフラーで顔を隠して、懐かしき主屋に足を踏み入れた。
アダムはランドルフ侯爵に、レベッカと舞踏会に参加することを告げる。
侯爵はどこまでも娘想いだった。
「私たちの名誉のために、娘をあんな場所に行かせなくていい」
その切実な言葉に、アダムの胸は打たれた。
ならばなおさら、両親を想うレベッカの決意を尊重してほしいと、アダムは熱心に侯爵を説得した。
「さあ、レベッカが待つ家に帰ろう……。
ジンジャー、レベッカに会わせてやるよ」
「えっ!? 本当ですか!?」
「ああ。
ドレスを運ぶのを手伝ってくれ。
それと、お前は今はチェンバース家の使用人だと言い張れよ」
「はいっ!」
ジンジャーの顔がぱっと明るくなる。
馬車は夕闇の中を急いだ。
※
「ただいま。レベッカ、帰ったよ」
玄関先からアダムの声がした。
キッチンから出迎えに行くと、彼の後ろには懐かしい顔があった。
「ジンジャー!!」
レベッカは思わず駆け寄る。
「会いたかったわ!
どうして急にいなくなったの?
私のせいよね……?
元気にしていた?」
涙目で矢継ぎ早に問いかけるレベッカに、ジンジャーも思わず男泣きする。
「ううっ、お嬢様……!
会いたかったです!
私は元気ですよ。
今は、チェンバース家の使用人として働いております!」
「え?
あのバリー・チェンバースさんの家で?」
再会を喜び、抱擁せんばかりの二人の間に、アダムがさりげなく割って入った。
「そうなんだ。
彼は今、チェンバース家の使用人なんだよ。
レベッカ、チェンバース氏への手紙の返事、ジンジャーが預かってきてくれたよ」
アダムは、馬車の中で自ら書いた返信を、あたかも預かってきたかのようにレベッカに手渡した。
「なんでも、社交界の『高嶺の花』にふさわしいドレスを贈りたいそうだ。
ジンジャーがこれから急いで取りに向かうから、どうせならそのドレスで舞踏会に参加してみない?」
「……え?」
なんの話だとジンジャーが間抜けな声を出す。
アダムはにっこりと笑みを浮かべたが、その瞳は
「さっさと衣装を取りに行け」
と無言の圧力を放っていた。
「と、いうことで……。
私はドレスを取りに戻りますね!
それでは!」
ジンジャーは風のような速さで去っていった。
その日の夜。
アダムは玄関で毛布にくるまり、猟銃を傍らに置いて座っていた。
(レベッカがフィアンセと舞踏会に出席すると知れば……。
公爵の奴、夜中だろうが押しかけて来かねないからな)
寝ずの番をしてでも、レベッカには指一本触れさせない。
だが、予想に反して公爵は現れなかった。
「……あいつ、来なかったな。
まあいい、当面はここで寝ることにするか」
アダムは小さく呟き、そのまま玄関で夜を明かした。
翌朝、アダムが焼いたパンの香りでレベッカが目を覚ました。
「おはよう、アダム。いい香りね」
「おはよう、レベッカ。
飲み物は何がいい?
俺のコーヒーを分けて、カフェオレにしてあげるよ」
眠そうなレベッカは嬉しそうに頷き、一通の手紙を差し出した。
「あと、アダム。
チェンバースさんにお手紙を書いたの。
これ、出してきてくれる?」
朝食後、アダムは預かった薔薇柄の封筒を手に外へ出た。
道すがら、我慢できずに封を切り、中身に目を通す。
そこには、ジンジャーを雇ってくれたことへの感謝と、
彼をよろしく頼むという優しい言葉が綴られていた。
「ちぇっ。
ジンジャーめ、レベッカに大事にされてて腹立つなあ……」
思わず本音が漏れる。
だが、手紙の最後には、彼女の本音が隠されていた。
『舞踏会に行くのは、本当は少し怖いのです』
その一文に、アダムの足が止まる。
普段は決して見せない弱音。
アダムは手紙を胸に抱き、静かに誓った。
──彼女の不安は、全部俺が引き受ける。
それからの数日間は、まさに猛特訓だった。
練習用のドレスに着替え、本番さながらのヒールを履く。
「……重い。
アダム、これじゃあ足が動かないわ」
「大丈夫、俺が支える。
重心を俺に預けて。
君はただ、俺の目だけを見ていればいい」
無音のリビングで、アダムは何度も何度も、彼女の腰を抱いてステップを刻んだ。
重い裾に足を取られそうになるたび、アダムの強い腕がレベッカを抱き寄せる。
「心配しなくていいよ。
不安な時は、俺だけを見るんだ」
「……ありがとう。
頼もしい王子様だこと」
二人は優しく微笑んだ。
アダムの笑顔に、レベッカは不安に染まる心を救われた気がした。
そして舞踏会前日。
チェンバース家から、一際大きな箱が届いた。
中には、月の光を織り込んだような極上のドレスと、
それに完璧に調和するタキシード。
ペアのデザインの衣装だった。
「……綺麗。
これ、本当に私が着てもいいの?」
「勿論だよ、レベッカ。
明日はこれを着て、戦場に乗り込むんだ」
「あはは。
そうね、戦ってやるわよ。
堂々と会場のど真ん中で踊って、見せつけてやりましょう!」
強気ではいるが、レベッカの不安は拭えないことを、アダムは知っている。
今すぐに抱きしめて、「大丈夫だ」と伝えたい。
君を抱き寄せる距離にいるのに、その願いは叶わない。
ならばせめて、
君をその腕に抱くことが許されるダンスの時だけは──
君のことだけを想い、慈しむように踊ろう。
絶対に、なにがあろうとも、レベッカは俺が守る。
「明日に備えて、今日は早く寝ようよ」
「……ええ、そうしましょう」
レベッカはまだダンスをギリギリまで練習したそうだったが、
二人はそれぞれの部屋へ向かう。
部屋に入るレベッカに、アダムは冗談っぽく言った。
「寂しかったら、俺の部屋で一緒に寝てもいいんだよ?」
「ふん、もう間に合っているわ。
おやすみなさい」
笑い合い、扉が閉まる。
鍵をかけ、ベッドに横たわると、やはり胸がざわついた。
そんな時、夜の十二時を知らせる、ファーガソン公爵の城の鐘の音が聞こえる。
「ダリル……。
今、あなたは何をしているのかしら……」
あの日、激しく求められた思い出は残っているが、
もう身体には、ダリルの跡は消えていた。
今の私は、これからもこの屋敷から出ることはないわ。
あなたを追い求めて、外に飛び出す勇気なんてないのよ。
ただ、待っているだけの女。
でも──明日は特別だ。
両親のためにも。
そして、自分自身のためにも。
「レベッカ、私たちは二人で一つよ。
……だから、明日はあなたの力を貸して」
レベッカは、静かに目を閉じた。
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