公爵様、私は「ざまぁ」されましたので優雅な余生を過ごします。【連載版】

村井田ユージ

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地獄の晩餐会…

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「……ダリル。もう、寝たい……。
 これ以上は嫌……お願いよ……」

 かすれたレベッカの懇願に、公爵はようやく彼女の肌から口を離した。
 夜通し、何度も名前を呼ばせ、愛を叫ばせた。
 そうせずにはいられないほど、彼は追い詰められていたのだ。

 疲れ果てた彼女の顔を見て、ようやく落ち着きを取り戻した公爵の瞳に、深い罪悪感が滲む。

「……すまない。
 風呂へ行こう。身体を、綺麗にしないとな……」

 白い肌には、彼が刻みつけた激しい情交の痕が、痛々しいほど残っていた。

「……もう、眠い……っ」

「いや、そのまま寝かせるわけにはいかない。
 湯船に浸からせてやるから」

 公爵は、うつらうつらとするレベッカを抱きかかえ、浴室へと向かう。
 広い浴槽に、抱き合ったまま身を沈めた。

 背後から彼女の肩を抱き寄せ、汚してしまった肌を、まるで償うかのように丁寧に撫で、洗い流していく。

(あれ……。
 この感じ、前にもあった気がする……)

 温かな湯気の中で、レベッカの脳裏に、ふと既視感がよぎった。
 家でも、誰かにこうして抱きしめられたまま、いたわってもらったような──。

 だが、その輪郭を捉える前に強烈な睡魔が押し寄せ、彼女は公爵の腕の中で、安らかな寝息を立て始めた。

「風呂の最中に寝てしまうなんて……。
 本当に、俺のせいだな」

 公爵は眠るレベッカにバスローブを着せ、ベッドへと運ぶ。
 彼女を腕の中に閉じ込めるようにして、彼もまた眠りに落ちた。

 ──やがて、カーテンの隙間から暖かな日差しが差し込む。

 目を覚ましたダリルは、無意識に隣を探った。
 しかし、さっきまで腕の中にあったはずの温もりがない。

「……レベッカ?」

 跳ね起き、周囲を見渡す。
 だが、静まり返った寝室に、彼女の姿はなかった。

 シーツに残された微かな体温だけが、彼女が確かにそこにいた唯一の証明だった。

「レベッカ……!
 レベッカ、どこだ!」

 その事実に、彼の心臓は一気に凍りつく。

 乱れた装いのまま部屋を飛び出し、廊下にいた使用人たちに詰め寄った。
 執事長が、取り乱した主人の姿に動揺しながらも、努めて冷静に答える。

「レベッカ様でしたら、すでにお帰りになりました。
 公爵様がお休みでしたので、起こさぬようにと仰せつかり……。
 お帰りの際は、当家の馬車をお貸しいたしました」

 公爵は、奥歯を強く噛みしめた。

「……次からは、俺の許可なくレベッカを帰すな」

 低く、冷たく言い放つ。
 逆らえぬ威圧感に、執事長は深く頭を下げた。

「承知いたしました」

 背を向け、自室へ戻ろうとしたダリルは、ふと思い出したように足を止める。

「あと──大広間の装飾は、まだそのままにしておけ。
 ……今夜の晩餐に、レベッカ・ランドルフ侯爵令嬢。
 そして、その婚約者を招待する」

「……畏まりました」

 扉を閉め、一人になった公爵は、壁に背を預けた。

 目を閉じれば、昨夜の舞踏会でのレベッカが、鮮明に蘇る。

 初めて、自分では制御できないほど脆い心を自覚した。
 本当は、隣にいるべきだったのは自分だったのに。

 俺ではない男と見つめ合い、美しく舞う姿。
 目の前で口づけを交わしたあの光景──

 思い出すだけで、視界が真っ赤に染まるほどの激情に駆られる。

 そして、その腹いせのように、彼女の身体に無理をさせてしまった。
 耐え難い後悔が押し寄せる。

 けれど、それでも。

 全部、自分だけのものにしたい。
 誰にも、触れさせたくない。

「どうして君は……
 いつも、俺の手の届かない遠くにいる……」

 誠実でありたいと願う理性と、
 すべてを焼き尽くしてでも奪い去りたいという独占欲。

 公爵の呟きは、誰もいない部屋で、空虚に響くだけだった。



 ※



 揺れる馬車の中で、レベッカはおっさんのような重いため息を吐いた。

「ぐはぁ~~っ……」

 馬車の外にまで丸聞こえの、どでかいため息。
 御者が持つ手綱が、一瞬、手から滑りそうになる。

 無理もない。
 夜通し攻め立てられたSEX。自分の口からは言えないことまでされた。
 ……もはや成人漫画の世界である。

 嫉妬に狂った男の相手が、これほど重労働だとは。
 前世の知識をもってしても、想定外だった。

「あんなの、年に一回でいいわよ……。
 いたいけな二十歳の乙女をあんなにして。
 公爵め、おかげでノーパンで逃げ帰る羽目になるなんて……」

 これまた外まで丸聞こえの、どでかい独り言。
 御者の背中がピクリと震える。
 彼は心の中で、「自分は何も聞いていない」と必死に言い聞かせた。

 正直、あんなのが毎日続いたら、
 愛があろうがなかろうが、絶対に逃げたくなる。

 中身は三十路。経験もそれなりにある。
 だから相性の良し悪しも、わかっているつもりだ。

 公爵とは悪くない。
 むしろ、相性だけなら良い方だと思っていたのだが。

「あの男……何度も中出ししやがって……っ」

 レベッカは、まだ熱の残るような下腹部を、そっとさすった。

 女の勘だが、あれは絶対に確信犯だ。
 言葉は悪いが、外堀を埋めるために、
 自分を孕ませる魂胆に違いない。

 もし、妊娠したら──。

 その瞬間、公爵の手からは、二度と逃げられなくなる。
 子供のことを思えば、不自由な暮らしはさせられない。
 一人で育てるにしても、実家の支援は不可欠だ。

 そうなれば、また両親に迷惑をかけてしまう。
 ……なら、公爵夫人となった方が賢明なのだろう。

 安全で、優雅な生活。
 約束された未来。
 彼が注ぐ、惜しみない愛。

 公爵との結婚。
 そして、彼との子供。

 それは、元のレベッカが、
 心の底から渇望していたものに違いない。

 前世の自分ですら手に入れられなかった、
 完璧な「幸せ」の形。

 ──それなのに。

 本当に、それでいいの?

 もう一人の自分が、冷めた声で問いかけてくる。

「私はただ、
 穏やかで幸せな余生を過ごしたいだけなのよ……」

 煌びやかな貴族の世界。
 あんな窮屈な箱庭なんて、本当は興味がない。

 しがらみのない世界で、自由に生きたい。

 しかし、それは侯爵令嬢のレベッカとして転生した以上、
 簡単ではないことも、身に染みて分かっている。

 私は、レベッカ・ランドルフの人生を、
 決められた通りに歩まなければならないのか?

 公爵が嫌いなわけじゃない。
 いつかは誰かと結婚して、
 家族を持ちたいと思う日が来るかもしれない。

 でも、それは「今」じゃない。

 私は人生をやり直している。
 自分が納得できる生き方を、
 今度こそ、この手で選び取りたい。

 馬車の窓から、
 見慣れた我が家の景色が映る。

 それだけで、レベッカの心は、ふっと安らぐのを感じていた。



 ※


 ようやく家の前に馬車が止まると同時に、勢いよく扉が開かれた。

「レベッカ!」

 飛び出してきたアダムは、彼女を力強く抱きしめる。
 その姿は、夜の闇に置き去りにされた子供のようだった。

 見れば、彼の瞳は赤く潤んでいる。
 アダムは一睡もせず、泣きながら彼女を待ち続けていたのだ。

 レベッカは彼を安心させるように、その広い背中を優しく撫でた。

「遅くなって、ごめんなさい。ただいま、アダム」

「……おかえり、レベッカ」

 彼の声は掠れていた。

 レベッカはアダムの手を取り、ようやく我が家へ入る。

「ご飯は食べた? すぐに湯浴みの準備をするね」

 甲斐甲斐しく立ち働こうとするアダムに、レベッカは困ったように微笑んだ。

「湯浴みは向こうで済ませてきたから、大丈夫よ。
 アダムこそ何か食べた? 私、まだ朝食を摂ってなくて」

 その瞬間、アダムの表情がすっと暗くなった。
 まるで凍りついたかのように。

 だが、それも一瞬のこと。
 彼はすぐに、いつもの穏やかな笑みを浮かべて応えた。

「俺もまだなんだ。すぐに用意するよ。一緒に食べよう」

 キッチンで向かい合い、いつものように食事を摂る二人。
 しかし、レベッカの切り出した一言が、その静寂を破った。

「アダム、お願いがあるの。……お医者様を呼んでほしいの」

「えっ?
 ……どうして!?
 公爵は、君に怪我をさせたのか!?」

 アダムは椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。
 その顔には、隠しきれない殺気が滲んでいる。

「怪我なんてしてないわ、大丈夫。
 ただ……少し、相談事があるだけなの」

「……わかった。
 すぐにランドルフ家の主治医を呼んでくる。
 ここで待っていて」

 食事を中断し、アダムは外へ飛び出していった。

 この世界に、現代のような避妊薬があるとは思えない。
 けれど、万が一の可能性に賭けたかった。

 アダムを心配させたくはなかった。
 だが彼は、見たこともない見事な馬に乗り、年配の医師を連れてすぐに戻ってきた。

「アダム、先生と二人だけで話したいの。
 席を外してくれる?」

「……わかったよ、レベッカ」

 アダムが部屋を出るのを見届けてから、レベッカは医師に内密な相談を持ちかけた。

 案の定、便利な錠剤などは存在しなかったが、避妊効果が高いとされる煎じ薬を処方してもらうことになった。

 医師が部屋を去り、アダムが送りに出たあと。
 誰もいなくなった屋敷で、レベッカはすぐに薬を煽った。

 鼻を突くような、強烈なハーブの匂い。

「うぇえ……っ、苦い!
 何これ、不味すぎる……っ」

 口の中に広がる猛烈な苦味に、慌てて水を飲み、貴重な角砂糖を口に放り込む。

 甘みが苦味を打ち消していく中で、ふと奇妙な感覚が彼女を襲った。

(あれ……
 この不味さ、前にも知っている気がする……)

 また、昨夜の浴室と同じ既視感。
 遠い記憶の底で、誰かにこの苦い液体を飲まされたような──。

 一方その頃。
 医師を送り届けたアダムは、人通りのない道で足を止めていた。

 目の前にいるのは「侯爵家の主治医」ではない。
 アダムの専属医だ。

「レベッカとは何を話した」

「避妊薬を所望されましたので、処方いたしました。
 ……他には、ご命令通り検診を勧めましたが、断られました」

「……そうか。ありがとう、もういいよ」

 馬を走らせ、我が家へと引き返す。
 アダムの拳は、白くなるほど強く握りしめられていた。

 考えたくもない。
 公爵が、自分の愛する人をどのように汚したのか。

 想像するだけで、血の滲むような憎悪が全身を駆け巡る。

 けれど──
 彼女がそれを選んだのなら。

 レベッカの意志を、尊重したい。

「……どうか、彼女をこれ以上傷つけないでくれ」

 たとえ相手が最低な男でも、
 レベッカが幸せになれるのなら、それでいい。

 俺は、それを見届けたい。

 アダムはレベッカの幸せだけを願い、家路を急いだ。




 我が家の前には見慣れぬ馬車が止まり、玄関先でレベッカが男と話し込んでいる。

「レベッカ!」

 慌てて馬から飛び降り、アダムは男を遮るように詰め寄る。

「お前は誰だ?この家に何の用だ!」

「あ、アダム、落ち着いて。公爵様のご使用人よ」

 男はアダムの気迫に圧され、震えながら言葉を紡いだ。

「は、はい。
 本日の晩餐会へのご招待に伺いました。
 公爵様より、お二人のための御衣装もお預かりしております」

 届けられた大きな箱。
 中には、レベッカのための豪奢なドレス。
 そして、アダムのために仕立てられたタキシードまで用意されていた。

「こ、こちらは……
 レベッカ様のフィアンセ宛にと……」

 使用人は恐る恐る一通の手紙を差し出すと、逃げるように去っていく。

 アダムは忌々しい公爵からの手紙をその場で目を通す。

『我が家に、レベッカの大事な忘れ物があるんだ。
 必ず、二人で取りに来い』

 心当たりのない、不気味な文面。

 アダムは無言で手紙を握りつぶした。
 その険しい表情を見て、レベッカが不安そうに声をかける。

「……アダム。
 行かなくていいわ。
 こんな誘い、二人で無視しましょう」

「ううん……。
 公爵は君の恋人なんだろう?
 招待を受けるよ」

 彼は、いつものようにはにかんで笑った。
 けれど、その笑顔はどこか無理をしているようにも見えた。





 ──陽が沈みかけた頃。

 迎えに来たファーガソン公爵家の馬車に、二人は乗り込んだ。

「レベッカ、疲れてない?」

「ふふ。
 アダムにヘアメイクを頼めたから、ギリギリまで昼寝できたわ。
 おかげでだいぶ回復したわよ!」

(本当に、二十歳の身体って素晴らしいわ……)

 中身が三十路の女は、その驚異的な回復力に密かに感動していた。

 馬車が公爵の本邸へ到着すると、
 そこには主であるダリル・レオ・ファーガソン公爵が、自ら出迎えに立っていた。

 二人が、自分の贈った衣装を纏っているのを見た。
 公爵の唇に満足げな笑みが浮かぶ。

「レベッカ。
 俺が寝ている間に勝手に帰るなんて、冷たいじゃないか」

 アダムにエスコートされていたレベッカに、
 公爵は無造作に手を差し出す。

 ──偽りのフィアンセなどと腕を組むな。

 そう無言で圧をかけるような鋭い視線。
 レベッカは抗えず、アダムの腕からそっと手を離し、公爵の手を取った。

「さあ、中で食事を楽しもう。
 俺たちには、話し合わなければならないことが山ほどあるからな」

 勝ち誇ったようにアダムへ笑みを向ける公爵。
 対するアダムは、表情一つ崩さない。

 ただ、いつもの眩しいほどの笑顔で立っている。

 その不気味な静寂に、レベッカは顔を真っ青にさせた。

(やばい……。
 こんなところ、絶対に来るべきじゃなかった……!)

 地獄のような板挟み。
 今、最悪の晩餐会の幕が開こうとしていた。


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