公爵様、私は「ざまぁ」されましたので優雅な余生を過ごします。【連載版】

村井田ユージ

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灰の中の真実…





「あら、ダリル。聞いたわよ。レベッカ様が、亡くなったんですってね」

 王宮に寄生するクリスタが放ったその一言が、ファーガソン公爵の世界を止めた。

 国王陛下の命による極秘任務を終え、王宮に戻ったばかりだった。
 かつて切り捨てたはずの女、クリスタが嘲笑混じりに告げた言葉の意味が、すぐには理解できなかった。

「……どういう意味だ。冗談でも笑えないぞ」

 喉がひりつき、心臓が一拍、嫌な音を立てる。

「えー、知らないの?
 数日前、レベッカ様がお住まいだった家が全焼したのよ。跡形もなく、彼女もろとも燃え尽きたそうね」

 数日前だと?
 自分が王命で王都を離れていた、そのわずかな隙に。

 あり得ない。そう断じながらも、公爵は反射的に踵を返していた。
 馬を飛ばし、狂ったように現場へ向かう。
 「そんなはずがない」──その一心で、彼は風を切り裂いて馬を走らせた。

 クリスタは、絶望の淵に叩き落とされた元婚約者の背中を見送ると、可笑しくてたまらないといった様子で喉を鳴らした。

「あはは、傑作だわ」

 残忍な皇帝に国を、すべてを奪われるという悲劇はあったけれど、結局最後には誰かが私を救ってくれる。
 この世界は私を中心に回っているみたい。まるで、お話の主人公のように。
 すべては、私のこの美貌のおかげかしら。

 すでに私は、三人の王子から寵愛を受ける身。
 次期国王の座に最も近い長男のリチャードさえ手中に収めておけば、私はこの国の王妃になれる。

 それに……リチャードが私専用に付けさせてくれた騎士たち。
 彼らは私の望むことなら、なんだって叶えてくれる。

 まさか、あの女を本当に殺してしまうなんて思わなかったけれど……。
 私はただ、「少し怖がらせてあげて」って言っただけ。殺せなんて命じていない。悪いのは、やりすぎた彼らの方よ。

 騎士の一人が私を敬愛するあまり、素晴らしいドレスを贈ってくれた。
 今夜もリチャードは私のために夜会を開いてくれる。

 今日はあのドレスを纏いましょう。
 ああ、なんて素晴らしい夜になるのかしら。




 ※




 ファーガソン公爵が現地に着いた瞬間、その場に立ち尽くした。

 黒焦げになって崩れ落ちた残骸が、公爵の願いを静かに否定していた。
 信じられなかった。信じたくなかった。

「レベッカ……」

 彼女の名を呼んでも、返ってくるのは冷たい風の音だけだった。

 ──だが、遺体が跡形もなく燃え尽きるはずがない。

 公爵はすぐさま踵を返し、ランドルフ侯爵家へと馬を向けた。

 しかし、ランドルフ侯爵は「取り次ぐな」と使用人に命じていた。

「何も話すことはない」

 使用人が代弁したその拒絶に、公爵はわずかに眉を顰める。
 そのまま制止を振り切り、邸宅へと踏み込んだ。

 静かに怒りを滾らせる公爵から放たれる圧倒的な殺気に、誰も怖じ気づいて近寄ることができない。

「ファーガソン公爵! 勝手になんの真似だ!?」

 レベッカの父──ランドルフ侯爵が怒りをあらわにするが、公爵の射抜くような眼光に、本能的な身の危険を感じて言葉を詰まらせた。

「レベッカはどこだ? 死んではいないのだろう。また、貴様が匿っているのか?」

 侯爵は娘を守るために口をつぐむ。
 しかし、公爵は迷わず腰の剣に手を掛けた。

「気でも狂ったか、ファーガソン! この家で剣を抜いてみろ! 公爵家であろうと、許されるはずがないぞ!」

「もう隠し事はなしだ。俺一人の力で、貴様もこの家も簡単に潰せる。俺が狂う前に話せ、俺のレベッカはどこだ? 彼女に何があった」

 ランドルフ侯爵は、目の前の男への憎悪を募らせた。
 何が「俺のレベッカ」だ。娘を捨て、散々恥をかかせた男が、今さら自分の所有物のように抜かしている。

 だが、ファーガソン家の権力は絶大だ。国王との繋がりも深い。
 この男の言う通り、自分をひねり潰すなど造作もないことだろう……。

 侯爵は深い皺を寄せ、諦めたように重い口を開いた。

「……チェンバースの屋敷だ」

 レベッカの父は、もう娘はお前のものではないと突きつけるように、すべてを話した。




 ※



 アダムの邸宅、重厚な静寂に包まれたサロン。
 レベッカは所在なげに、アダムの帰りを待っていた。落ち込む彼女を元気づけるように、使用人のジンジャーが温かい紅茶を淹れる。

「お嬢様、元気を出してください。アダム様なら必ず犯人を探してくれます」

「……犯人は見つかってほしい。ちゃんと裁かれるべきよ、だって……」

 思い出の詰まったあの家が焼かれた。
 アダムが幼少期を過ごした大切な場所。
 それだけじゃない。私たちはあの夜、命を狙われた。
 小屋にいた家畜たちまで、あの炎の中で奪われた。

 そして何より、アダムの母が遺した、月光を閉じ込めたようなあのドレス。すぐに返せばよかった……。
 あの大切な品が跡形もなく消えてしまったと思うと、胸が締め付けられる。

 ダリルの晩餐会のために贈られたドレスも、誕生日に貰ったサファイアのネックレスも。
 私が持っていた価値あるものは、すべて灰になってしまった。

 レベッカは、隠れてアダムの使用人になっていたジンジャーを見つめた。
 ジンジャーは、ランドルフ家をクビになった後のことを全て話してくれた。もう私に嘘をついたり、隠し事はしないと誓ってくれたのだ。

「ジンジャー、私には隠し事はだめよ。犯人は見つかりそう?」

「……はい。アダム様には内緒ですよ」

 ジンジャーは声を潜めて打ち明けた。

「実は、闇市でお嬢様が持っていたネックレスと似たものが売買されたそうです」

「え?!」

「アダム様はすぐに盗品の持ち込みがないか、宝石商や闇の売買ルートまで目を光らせてました。もしかしたら犯人に辿り着けるかもしれません」

「……アダムって、やっぱり何者なの?」

「若手の実業家だと思います。商人の世界ではトップクラスではないでしょうか。……性格は少々、あ、いや、執念というか、執着が強い気がします」

 言葉を濁しながらも、ジンジャーの言葉に私は頭を抱えた。
 アダムは確かに執着が強い。「レベッカ・ランドルフ」には特に。病的なほど、彼はレベッカが好きだ。

(元レベッカに虐められて、性癖がおかしくなったのかな……)

 とはいえ、今の私はダリルの恋人という位置。あの男がまた浮気なんてしなければ、恐らくこのまま結婚するのだろう。侯爵令嬢として、それが幸せなんだと思う。

 転生したからといって、漫画のように華麗に立ち回れるわけじゃない。
 勝手に生きたいのに、どうしてか周りが放っておいてくれない。

(無駄な足掻きはやめよう。私は疲れ切った三十路女なのよ。柳のように揺られ、流れに任せて生きた方が楽なんだ)

 けれど、アダムのあの言葉が耳から離れない。

『自分の人生を諦めないで』

 私を縛り付けない、嘘の無い言葉。
 公爵と結婚しなくても、アダムを選ばなくても、本当に自由に生きても良いのだろうか。

「……なんか、生きるために保身に走った考え方で嫌だわ」

「んん?」

 私の独り言にジンジャーが不思議そうに眉を寄せた、その時。
 廊下を駆け寄る足音が聞こえた。

「レベッカ! ただいま! 見て、見て!」

「えっ……うそ!」

 アダムの腕には、彼の母が遺した、あのドレスが抱えられていた。

「アダム! ドレス、無事だったのね!」

「ああ、俺のタキシードも一緒に見つかったよ。ただ、縫い付けていた宝石は引きちぎられてたけどね」

「ああ……、でも、燃やされていなくて良かった」

 涙ぐむレベッカを、アダムは愛おしそうに見つめた。

「レベッカ、犯人が見つかりそうなんだ」

「……本当?」

 アダムが話しだそうとした時、使用人が震える声で来客を告げた。

「アダム様、ファーガソン公爵様がお越しになられました! レベッカ様を引き取るとおっしゃっております」

「えっ、ダリルが来てる? 引き取るって……」

 アダムは反射的にレベッカを引き寄せた。

「何でアイツがこの場所をわかったか知らないけど。丁度いい、公爵にも聞かせる話がある。レベッカ、一緒に来て」

 応接間の重たい扉を開けると、そこには凄まじい剣幕のダリルがいた。

「レベッカ! 大丈夫か?!」

「わっ、ダリル……」

 襲いかからんばかりの勢いに、私は思わず後ずさる。
 さっと、アダムが身を挺するように私を守った。

「ファーガソン公爵様、座って下さい。大事な話があります」

「ふん……詐欺師風情が本物の侯爵になるそうだな。
 レベッカを渡せ。彼女はファーガソン公爵家で預かる」

「レベッカは渡しません。
 その前に話を聞いて下さい。彼女を襲った犯人がわかりました」

「なんだと……」

 公爵は怒りを押し殺すように息を吐くと、黙ってソファに腰を下ろした。

「レベッカが所持していたサファイアのネックレスとドレスが売られました。既に売りに来た者たちをこちらで拘束しています」

「一体そいつらは誰なんだ?」

「なかなか口を割りませんでしたが、……その男達は王家直下の騎士でした」

「なにっ!」

「誰の元に所属する騎士なんだ?」

「……あなたが良くご存じな方でした」

 アダムは冷たい目で公爵を見た。

「クリスタ様の専属の騎士達でしたよ」

 その言葉に、私とダリルの思考が止まった。

「え? なんで、そんな……私を殺したいほど憎んでるなんて。……ねえ、ダリル。もしかして、円満に別れることができなかったの?」

「……君が現れた舞踏会の日に、城を追い出した」

「は?」

(こ、この男……今、何て言った……)

「……ちょっと待って。追い出したって……どういうこと? ちゃんと話し合ったの?」

 私の問いに、ダリルは気まずそうに視線を逸らした。

「……話し合うことなどない。君とちゃんと付き合うために、使用人に命じて、即刻荷物をまとめて出て行くよう伝えた」

「はあぁ!?」

 あまりの短慮さに、開いた口が塞がらなかった。私は、本来この物語の主人公だったクリスタの立場を知っている。

「あのね、ダリル。相手は家も身寄りもない女の子なのよ? それを話し合いもせず、使用人伝てに追い出すなんて……逆恨みされるに決まってるじゃない! 彼女のプライドを粉々に砕いて、路頭に迷わせた自覚はあるの!?」

「だが、俺が愛しているのは君だ。もう俺には君のことしか考えられない」

「……話にならないわ。あなた、そんな人だったの?」

 ダリルは何も変わっていなかった。

 愛が冷めた相手を、言葉もなく切り捨てる人なのだと、私はようやく理解した。

 自分の愛を証明するためなら、他人の人生がどうなろうと知ったことではない。
 その独善的なまでの傲慢さが、今の私にはひどく空虚に感じられた。

 この人の隣にいても、いつか私も同じように「不要」と判断された瞬間、言葉もなく切り捨てられるのではないか。
 そんな寒気が背中を走る。

 絶句する私を横目に、アダムが静かに場を納めるように口を開いた。

「これ以上の言い争いは時間の無駄です。犯人が判明した以上、次は責任を追及する番だ。幸い、実行犯の騎士たちはすでに拘束してあります」

「……ああ、その通りだ。クリスタ……あの女を直接問い詰める」

 ダリルが殺気立った声で立ち上がる。
 その瞳には、かつての恋人への情けなど微塵も残っていなかった。

「準備をしろ。今すぐ王都へ向かう。レベッカ、君も来てもらうぞ。俺が守る」

「守る、ね……」

 皮肉な独り言を漏らしながら、一人で立ち上がる。ダリルの差し出した手は無視した。

「ええ、行くわ」

 屋敷の裏手には、縄で縛り上げられた騎士たちが転がされていた。
 殴られた顔で彼らは私を見るなり、信じられないと言いたげに喚き散らした。

「ま、まさか、あんなボロ屋に侯爵令嬢が住んでいるなんて知らなかったんだ!」

(うるっせーわよ! こちとら貯金して、節約して、必死に生活してたんだぞ。心は庶民なのよ。私の大事な家をボロ屋なんて言うじゃないわよ!)

 喉まで出かかった怒鳴り声を、ぐっと飲み込む。
 今の私は凛とした侯爵令嬢レベッカでいなければならない。

「アダム。残忍なことをした、この人たちもちゃんと罪を償わせるわ」

「もちろんだよ、レベッカ」

 アダムは手際よく配下に指示を出し、騎士たちを荷馬車へと放り込ませた。

 冬の冷たい風が吹き抜ける中、私たちは王都へと馬車を走らせた。
 公爵は自分の馬があるからと、同乗しなかった。

 公爵に対して冷たい態度を取るレベッカに、アダムは少し驚いたようだった。

「レベッカ……その、大丈夫?」

 何が大丈夫なのか、私はあえて聞かなかった。

「うーん。まあ、アダムが側にいてくれるなら、大丈夫な気がする」

「えと、……うん。証拠はあるんだ。クリスタを捕まえよう」

 彼はいつもの微笑みをくれた。
 今の私には、それだけでも心が安まった。

 ──待ってなさいよ、クリスタ。
 私の安らぎを、アダムの思い出の家を、そして必死に生きてきた場所を灰にした代償、きっちり払わせてもらうわ。




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