没落令嬢は、もうシンデレラを夢みない。

村井田ユージ

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没落令嬢は、もうシンデレラを夢みない。

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 はい、皆様こんにちは。私はエマ・グリフィス、今年で26歳になります。18歳で没落貴族になり、親の借金でラングレン商会に売り飛ばされました。
 会長のダグラス・ラングレンは、私を娼館に行かせず、性技を教え込み美人局スタッフの1人として働かせ、気がついたら7年目のおつぼねです。
 さあ、本日も迷えるお客様がお越しになりました。

「あなた、歳はいくつ?!そんな年増で夫を誘惑出来るの?あの人は10代の若い女が好みなのよ?」

 エマは笑顔を崩さずに、男爵家のアボット夫人を落ち着かせた。

「奥様、大丈夫ですわ。私こう見えて、どんな男でもベッドの上でなら虜にさせる事が出来ますの。ほほほ。」

 依頼者の夫人はエマの豊満な胸を見て、少し納得したかのように落ち着いた。

「打ち合わせ通りに、今日の8時に夫とホテルのバーで待ち合わせたわ。失敗したら料金は返してもらうわよ。」

 待ち合わせ場所が書かれた紙を投げつけて、夫人は帰ってしまった。

「はーい、エマ頑張りま~す。」

 誰も居なくなった事務所でエマは1人悲しく返事をした。
 この事務所は何でも屋と言う体の、美人局専門の店だ。エマの他に女スタッフ1人と男スタッフ2人。経営はラングレン商会だが、その名を聞くと客足が遠のくので秘密にしている。
 ラングレン商会は言わばギャング?マフィア?エマにはそんな事はどうでも良い。カタギではない仕事でダグラスは私腹を肥やしている。

 エマは親の借金がいくら残っているのか知らない。彼女はダグラスの愛人の1人だ。借金を返済しようとも、彼が手放さない限りエマは自由になれない。
 エマは過去に2度逃げた事があった。
 だが、どこに隠れようともダグラスは必ず見つけ出す。捕まった後の折檻は酷いものだった。暴力ではなく、何日も身体に快楽を叩き込む。一から調教される屈辱にエマの心は諦めを覚えた。

「姐御~戻りました。今日は何時からですか?」
「うーす。」
 
 男スタッフのコリンとブレントが仕事から戻って来た。

「姐御はやめて、姉さんにしてよ。何度も言ってるでしょ。…つか、リタはどうしたの?」

 2人は急に申し訳なさそうな顔をするので、エマは焦った。

「まてまてまて、まさか…また逃げられたの?」

 2人は笑顔でうなずいた。
 事務所にはエマの怒りの叫び声が轟く。

「ふざけんなよ!これで何人目?ダグラスに何て言えば良いのよ!」

「姐御、そこは何とか頑張って下さい。」
「うすっ。」

 エマは2人に書類を投げつけた。
 女性スタッフに逃げられたのはこれで何度目だろうか?娼館とは違い、美人局の女役は自由度が高い。男スタッフは女の監視も仕事だが、目の前のチンピラ2人は仕事が出来ないどころか、全く反省が無い。

「明日、定期報告でラングレン商会に行く日よ。もう…私が逃げたいわよ。」

「姐御、それはダメです!俺たちが殺されます。そんな事言わないで下さい。」
「すっ。」

 コリンは捨て犬のように目を潤ませて、エマの足元にすがり付く。

「はぁ。それよりも今日の8時に仕事よ。ターゲットは男爵家の男、お前達この書類に目を通して。今回は既成事実が必要なの、待ち合わせ場所のホテルに移動するから時間になったら押し入って来るのよ。わかった?」

「はい!」
「うす。」

 頼りない男達の返事を聞き、エマは準備を始めた。
 指定のホテルのバーはドレスコードが必要だ。貴族達が使うホテルだから、今夜はそれなりの格好に変装しなければならない。昔を思い出し、令嬢のような気高さと男を惑わす妖艶な化粧をした。




 午後7時、街の某喫茶店でバート・アボット男爵は友人のエリック・ベイルを待っていた。
 背の高い大柄な男が喫茶店に入り、キョロキョロと人を探している。

「おーい、エリック!こっちだ。来てくれて嬉しいよ、最後に会ったのは1年前かな。」

「うん、久しぶりだねバート。元気そうでなによりだ。ついさっきこの国に到着してさ、少し遅れてしまってごめんね。」

「良いんだよ、エリック。君は忙しいのに、俺の手紙を見てここまで来てくれてありがとう。」

「あはは。学生時代には君にはお世話になったしね。それに何だか面白そうだなって。」

 エリックは子供のように無邪気に笑う。その顔を見てバートは安心した。

「…エリック、本題だが。8時にメイン通りのホテルのバーで、」
「ああ、美人局に狙われてるんだろ。大丈夫、俺が捕まえて夫人が依頼したと白状させるね。」

 バートの言葉を遮り、エリックは楽しそうに言う。

「ありがとう。でも、上手く行くだろうか…。」

 友人のバートは急に自信を失くした。
 アボット夫妻は互いに別れたがっているが、相続の分配の際に夫人は不貞の賠償を嵩増したがっていた。
 バートは確かに若い愛人がいる。その女と結婚するかは定かではないが、なけなしの遺産を少しでも守りたい。逆手に取って、夫人が美人局で嵌めた悪事を公にし、分配金を減らしたがっている。
 エリックは友を励ました。

「大丈夫だよバート。俺と君はブロンドで眼の色も同じ。まずは、その美人局の女を騙してやろうじゃないか。ふふふ、何だかワクワクしてきたなぁ。」

 エリックはバートより筋肉質で体格も良いが、確かに髪と眼は同じ色だった。

「探偵の話だと、妻はラングレン商会の輩に依頼したらしい。この地域を牛耳る奴らなんだが、大丈夫かな…。」

「ああ、ダグラス・ラングレンか…聞いたことはあるなぁ。まあ、大丈夫だよ!俺は世界を旅する植物学者だけど、何故か喧嘩には負けたことないんだ。ははは。」

 またニコニコと無邪気に笑うエリック。バートはまだ不安を拭い切れない。色々と話をしているうちに、待ち合わせの8時になりそうだった。

「じゃあ、行ってくるよ。」

 エリックは待ち合わせのホテルのバーに向かった。そこはドレスコードが必要な高級ホテル。エリックはコートを脱ぐと、中流貴族では着られないような高級な服を着ていた。先ほどまで子供のように笑っていた彼は、急に立ち振舞いが変わった。
 時刻はちょうど、夜の8時。バーのカウンターでブランデーを飲みながらターゲットを待つ。

「あなたがバートかしら。」

 突然横から女の声がした。全く気配を感じなかったので、エリックは驚いた。親しげに名前を呼ぶ女の顔をゆっくりと確認する。
 彼女は黒髪に真っ赤な口紅をつけていた。服装も派手では無いが流行を押さえた、美しいタイトなドレスを着ている。そこら辺にいる娼婦ではない。スタイルの良いセクシーな美しい女だった。

「レディー、どうして俺の名前を知っているの?もしかして、妻の友人かな…。」

「ええ、そうよ。お会いするのは初めてね、私はエマよ。」

 エマは右手の甲を差し出した。エリックは彼女の手に優しくキスをする。

「今日は夫人が急な用事で来られなくて、その事を伝えに来たの。」

「へぇーー。そうなんだぁ。」

 エマは突然子供のような返事をされ、表情には出さないが少し驚いた。彼は完璧に自分に見惚れている。チョロい男で安心した。
 エマはすかさずグラスを持つ手に触れた。

「ねぇ、私もあなたと同じものを飲んでも良いかしら?」

 少し顔を斜めにし、甘えた声を出した。

「わお!もちろんだよエマ。せっかくだから俺と付き合ってよ。」

「あ…ええ、喜んで。」

 エリックはエマの手を掴み目を輝かせて喜ぶ。

(何この男。遠目では上級貴族な立ち振る舞いだったのに、いきなり子供みたいな態度でキモいわね。まぁ、チョロそうだから楽に仕事が終わりそう。)

(わーわー、何この子、めっちゃタイプ!可愛い!美人!それに、急に告白したのに俺と付き合ってくれるんだ。案外尻軽なのかな、それも含めて全部大好き!)

 互いの思惑を知らず、2人は酒を飲み干した。

「ねぇ、良かったら私の部屋で飲まない?ここのホテルに泊まっているの。」

「うん、うん!行く行く~!エマ、今すぐ行こうよ。」

 エリックは強引に手を引っ張り、エレベーターに乗ろうとする。

「待って、バート。部屋は2階だから階段で行きましょう。」

「エマ、僕の部屋は最上階なんだ。エレベーターで行くよ。」

 「え?」とエマが驚いた顔をすると、急に足に力が入らなくなった。彼女はこの感覚は薬を盛られたとすぐに気がつく。これはまずいと真っ青な顔になる。

「エマ、あとね、俺はバートじゃないんだ。ごめんね。ここではエリックって呼んで欲しいな。」

 エマの腰を引き寄せて耳元で囁いた。力が入らず、抵抗出来ないエマは苦しそうに『エリック』を見上げる。
 エレベーターの扉がゆっくりと閉まる間に、彼はエマの赤い唇に口づけた。



 

「あ!」

 エマは気がつくと、スイートルームのベッドに寝かされている。しかも裸で手を拘束されていた。

「気がついた?まだ何もしてないよ。意識が無い子に乱暴する趣味は無い。俺はちゃんと愉しい事は一緒に共有したいタイプなんだ。」

 エマには目の前の男が何を言っているのか理解出来なかった。これまでも何度も危険な目に遭ってきた。レイプだって経験がある。話せる相手なら、抵抗せずに合わせるのが一番身を守れる手段だ。
 だが、この男は今までとは遭遇した事の無いタイプに感じた。

「はぁ。抵抗はしないから拘束を解いて。色々とバレてるなら観念するわ。それにあなたの愉しい事にも付き合ってあげる。」

 その言葉にエリックは悲しい顔をした。

「エマ、なんでそんな悲しい事を言うんだよ?全てを諦めたような事を言わないで。君は今までどんな目に遭ったんだ。」

「はぁ?何変なこと言ってるのよ、とっとと抱きなさいよ。付き合うって言ってるんだから早く終わらせて、私は家に帰りたいの。」

「お言葉に甘えてSEXはするけど、君を絶対に喜ばせるからね。」

「は?」 

 エリックはエマの拘束を解き、頬にキスをした。優しく微笑む男は、自分は無害だとアピールしているようにも感じた。
 でも、エマは7年も身体で男たちを魅了してきた実績がある。ここは主導権を取らせまいと、エリックを押し倒した。

「いいわ、エリックだったわね。私と愉しい事を共有しましょう。」

「エマ、君のような女性は初めてだ。大好き、愛してる。」

 戯言を言うエリックの口を塞いだ。舌を絡めるキスはエマより彼の方が上手かった。

「次は俺の番だよ。」

 エリックは彼女の首筋を甘噛みし、全身を愛撫するようにキスをする。
 ヘソから下は、舌を這わせて女性器まで舐めた。

「私を喜ばせなくても良いわよ。早く私の中に入りたいでしょ?」

 エマは足で優しく勃起したペニスを触り、両手で秘部を開いて見せた。

「エマ、駄目だよ。そんなはしたない誘惑。余計に俺を本気にさせてしまうよ?」

 エリックは口でエマの感じる場所を愛撫し続けた。彼女を絶頂まで導き、そして彼女の希望を聞く。

「…はぁ、だめ、…まだ舐めて…気持ちいい…。」

「良いよ、エマが好きなこと沢山してあげるよ。」

 エマは初めて自分だけが愉しむSEXをしてしまった。挿入で揺さぶられるのが嫌になったら、彼は言う通りに止めてくれる。ずっと気持ちの良いことしかしない、彼の愛撫に全く嫌悪感は無かった。

 仕事では最後までSEXをするのは月にあるかないか。後はダグラスに月1~2回の嫌というほど快楽に溺れさせる苦痛なSEXしかしていない。
 エリックとの夜は、恋人に愛されているような感覚に陥る。いつか夢見たような、とても満たされた時間だった。






 目が覚めると、部屋は日差しが入り明るい。今、何時だと、起きあがろうとした時、手荒に口を塞がれベッドに押し倒された。

「よお、エマ。定期報告の時間過ぎてるから、迎えに来たぞ。」

 目の前にはダグラス・ラングレンが居た。
 血の気の引いた顔で彼を見つめる。ただ、恐怖で怯えて動けないでいる。
 ここはダグラスの所有するホテルだった。
 昨日エリックに連れ去られたが、スタッフの助けを期待していた。
 しかし、見つけ出したのはダグラスだった。

「お前、昨日失敗した挙句にやり逃げされて。それで、また女にも逃げられたよな?これで何回目だよ。俺にお仕置きされたくてわざとやってるのか?」

 口を塞がれて何も返事が出来ない。ただ、ダグラスの目を見つめるしか出来ない。
 この男は18歳のエマの処女を奪い、20歳まで毎日のように抱いた。20歳を過ぎると新しい若い女を囲い、抱く回数も減っていく。
 それは寧ろ、エマにとっては好都合だ。彼女は他の愛人達とは違い、ダグラスに愛嬌など振りまかない。ただ義務の様に抱かれている。
 そして、もう自分は26歳だ。この国だと既に婚期を逃した年齢。早く私に興味を無くして欲しい。エマは毎日のように祈っていた。
 
「エマ、脚を広げて良く見せろ。」

 全てを諦め、言われた通り彼女は脚を広げた。ダグラスの目には赤くなった女性器が映る。

「はは。クリめちゃ腫れてるじゃん。何回やったの昨日?すげーエロいね。もうブチ込みたい。」

 いつも口淫からさせるのに、今日の彼は既にそそり勃っていた。
 拒絶は出来ない。嫌と言った所で止めてはくれないし、余計にダグラスを喜ばせる。
 ゆっくりと、凶器の様なペニスをねじ込ませる。
 エマはただ、ダグラスから与えられる快楽に鳴く事しか出来ない。何も考える事が出来なくなるまで追い詰める。彼女にとってこれは一方的で苦痛でしかないSEXだ。
 エリックがしてくれたのは、愛のあるSEXだったと身体で思い知った。





「会長…、私もう26歳です。この間ね、年増って言われちゃった。なんでまだ私をまだ抱くの?」

 隣でダグラスはタバコをふかせていた。
 あれから2日、このスイートルームからエマは出れないでいる。

「お前は絶対に俺に媚びないよな。だから気に入ってるんだ。俺に抱かれるの嫌がりながら、気持ちよくなるお前を見るのが好きだ。」

「でも、8年間も抱いてますよね…飽きないんですか?」

「ああ、飽きないね。悪いがお前を手放す気はねーよ。明日もこの部屋使え。明後日から事務所に戻れよ。」

 ダグラスはエマの頭を優しく撫でて、部屋を出た。
 せめて、彼から愛を口にする言葉が出たら、何かが変わっていただろうか?8年と言う時間の間に情が湧かなかったわけでもない。
 でも、エマは無理やりこの世界に引きずり込まれた。彼はカタギでは無い、住む世界が違う男をどうやって愛する事が出来たのだろう。
 ただ娼館に堕とされて、短命な人生を送らなかった事を喜ぶしかない。
 ずっと、自分にそう言い聞かせてる。

「優しい魔女のおばあさんが、私にシンデレラのガラスの靴をくれないかな?」

 エマは涙を流しながら、昔読んだ少女が幸せになれるおとぎ話を思い出した。

「いいえ、もうガラスの靴なんかいらないわ。綺麗なドレスもいらない。お姫様になんて、ならなくて良い。突然、目の前に王子様が現れて、私を攫って欲しい。何処か遠い場所に連れてって…。」

 エマはもうシンデレラを夢見る事は無かった。




 ダグラスに言われた通り、今日から事務所に戻り仕事を始める。
 部屋に入ると、ボッコボッコに殴られたコリンとブレントが居た。

「姐御、すみませんでした。お怪我はありませんでしたか?」
「すっ。」

「あ、あんた達…。ダグラスに殴られたのね。そうよ、ブレント!あんたバーテンしてたのに、あいつに薬を飲ませなかったの?」

「飲ませたっす。」

「姐御、俺はターゲットが最上階に行ったのを確認して部屋に向かったんですよ。でもボコ殴りにされて気を失ってて…。それで会長に連絡しました。」


「コリンの傷はエリックにやられたのね…。」

 エマはため息を吐いた。
 ますますエリックは何者なんだろう。謎が深まるばかりだ。

 その日の昼過ぎに、メイド服を着た若い女が訪ねてきた。

「私はアボット夫人に仕える者です。本日は依頼の返金で伺いました。」

「ああ、この度は期待を裏切る結果になってしまい申し訳ございません。ただいま返金の準備を致しますね。」

「いいえ、ここでは受け取りません。直接の謝罪が欲しいとの事で、返金額を用意してこちらの住所にお越し下さい。」

 メイドは住所の書いた紙を渡すと、すぐに部屋を出た。
 エマはまた深いため息をついた。あのヒステリーな夫人に何を言われるのか、想像するだけで心が辛くなる。

「あんた達は留守番してて。私だけで行くわ。」

 紙に書かれた住所は街のホテルだった。その地域はラングレン商会の管轄外だった。エマは念のため、2人に行き先を共有した。


 目的地に着くと、そこは誰もが使える庶民的なランクのホテルだった。
 指定された番号の部屋の呼び鈴を押した。扉を開けて出てきたのは見知らぬ男。
 エマは危険を感じで後退りするが、手首を強引に掴まれた。

「これはこれは、凄い美人の美人局だったんだな。」

 悲鳴を上げる前に部屋に引きずり込み、手荒に床に押し倒された。

「俺が本物のバート・アボットだよお嬢さん。エリックに匿えと言われたけど…こんな美人が来るなら彼に頼まなくても良かったよ。逆に金を積むから俺と一晩過ごそうよ?」

 エマは自分の詰めの甘さに反省する。
 立ち塞がる男は興奮しながらベルトを外した。

「ふふ。貴方がバートさんだったの?こんなハンサムな人なら、私よろこんで買われたかったわ。」

 バートは興奮してベッドに上がれと命じる。言われるがまま移動し彼を誘った。
 男はズボンを脱ぎ捨て、エマに襲いかかる。

「うわああ!!」

 突然、男の悲鳴が部屋に響く。
 エマはバートの急所を爪を立てて握り潰す。怯んだ隙に、足で力強く蹴り上げる。

「たく、汚ねーもん触ったから爪が割れたわ。サイアク。」

 暫く身動きが取れない間にエマは部屋を出ると、血だらけのコリンとブレントがこちらに走って来た。

「姐御、逃げて下さい!!やばい奴が来ましたっ!」
「すっ!!」

「はあ?そいつならこの部屋いるわよ。丁度良いわね、後始末宜しく。」

 エマは2人がバート・アボットの事を言っていると勘違いした。

「違いますよ、姐御!か、会長が襲われました!アイツがここまで来てます!早く逃げて下さい!」

「コリン、落ち着きなさい。状況がわからないわ。」

 エマはパニックになった2人を落ち着かせようとする。長い廊下の先に、誰かが音を立ててゆっくりと向かって来る。
 血塗れの角材を持った男、その角材の先端には釘が何本も刺さっていた。

「…エリック。」

 エマは彼の名を口にした。

「エマ、遅くなってごめんね。王子様が迎えに来たよ。」

 エリックは優しくエマに微笑んだ。
 彼も血で汚れていた。彼女は不思議と怖がらずに歩み寄ろうとする。
 エマの手をコリンとブレントは掴み、行かないように止めた。

「姐御、逃げて!俺たちは姐御の監視と護衛だけを会長に任されているんです。また何かあったら俺たち殺されます!」
「すっ!!!」

 その言葉にエマは立ち止まる。
 エリックは困った顔のエマを愛おしそうに眺めた。

「じゃあ、お前らが逃げろ。さもなくばここで撲殺し、俺はエマを攫ってハッピーエンドだ。」

「エリック、この子達を怖がらせないで。」

 エマに叱られ、エリックは反省した顔で黙った。

「お前たち、この騒動に紛れて事務所の金を持って逃げなさい。国外なら確実に逃げられるわ。」

 エマは持っていた金も渡し、2人を逃した。

「ごめんね、エマ。もっと王子様らしく登場して攫いたかった。俺は君にガラスの靴も綺麗なドレスだって与えられるよ。俺のお姫様になってくれないか?」

「…あなた、あの部屋に居たのね。」

 エリックは顔を赤くして、小さく頷いた。

「ごめん、いつでも君を助けられたけど。君があの男にどんな事をされていたか気になって…。全部を盗み見ていた訳では……無いよ。」

「嘘が下手な男ね、全部見てたんでしょ。」

 エマはエリックに近寄り、間近で顔の傷を見た。

「あなたの血ではなさそうね。怪我してる?」

「うん!いっぱいしてるよ!骨もたくさん折れてるんだ!」

 嬉しそうな声で、彼はエマに甘えた。

「大嘘つきな王子様だこと。私はもうシンデレラを夢見る少女では無いの。」

 エリックに右手の甲を差し出した。

「私を攫ってくれるなら、血塗れの王子さまでも選んでしまう頭のイかれた女よ。」

「それでこそ、俺が恋したお姫様だ。」

 エマの手に優しくキスをした。
 エリックはこの余韻に浸っていたかったが、時間切れだ。

「さあ、お姫様。俺のカボチャの馬車に乗って悪い王子様から逃げようか。」

 ラングレン商会の組員が近くまで来ている。恐らく、ダグラスはエマを探している。急いで2人は馬車に乗り、国境の近くまで馬を走らせた。

「あなた、いつから王子様じゃなくて優しい魔女になったの?」

 こんな状況で、エマは笑顔を見せる。なんて肝の座った女性だろうと、エリックは愛しそうに眺めた。

「言っただろ、俺は君のためなら何にでもなれて、欲しい物を与えられる。目的地に着くまで、しばらく話をしよう。お互いを良く知ろうよ、エマ。」

「ええ、良いわよ。でもお互いを知ったところで、あなたの感情は一時のものよ。おとぎ話のような永遠の愛なんてこの世界には無いの。」

 エリックはいつものように優しく微笑んだ。

「そうだね。理想とは違う王子さまで、君が俺に冷めてしまうかもしれない。捨てられたって構わないさ。でもこの先、君が自由に生きられるのなら俺はそれで良いんだ。」

 エマは少し驚いた顔をして、目を潤ませた。その一つ一つの表情さえも、エリックには愛おしく感じる。

「そのかわり、俺は執着が普通の人より強いんだ。捨てられても、めげないからね。覚悟してね。」

「何それ、変な人ね。」

 今度は楽しそうに笑い出す。

「エマ、君の名前を教えて?」

「エマ・グリフィスよ。」

「エマ・グリフィス…グリフィス、…ラストネームはグリフィスだったんだぁ…。名前の響きも可愛いね!」

 少年のような顔に戻ったエリックを、エマは優しい顔で眺めた。

「あなたは謎が多すぎよ。それも魅力的ではあるけど、この先も私と居たいなら隠している事を教えてよ。」

 エリックはどこから話そうか、「うーん」と考えている。

「俺の職業は植物学者です。おかげで葉っぱから出来た薬には強いんだよ。若い時、皆んなをハッピーにさせる草を見つけたんだ。褒美にこの国では子爵を授与されたよ。あと、俺は『エリック』では無いんだよ。騙しててごめんね、エマ。」

「はぁ、偽名でも驚かないわよ…。それで詐欺師の植物学者さん、本当の名前は?」

「ふふふ。俺はローレンス・ベイル。隣国の出身で実家が少~し太いんだけど、俺の家に行っても驚かないで欲しい。」

「あはは。馬鹿ね、これだけの事をしたのよ?もう驚くことなんてないわよ、ローレンス。」

 ローレンス・ベイルはエマ・グリフィスを引き寄せて抱きしめた。彼は彼女の髪を優しく撫でる。
 エマは彼の優しい手が心地よくて、身を委ねた。

「キスして、私の王子さま…。」

 ローレンスは、おとぎ話の王子さまのような優しい口づけをした。これだけでも、エマの心は救われた。この先、何があろうとも幸せに生きていける気がする。

「エマ……本当に本当に、俺の領地に着いても、実家の事とか、いろいろと驚かないでね。でもここまで来たら逃さないんだけどね。」

「え?」

 ローレンスは、ぎゅっと更に強く抱きしめる。
 エマは急に、この先の未来が少しだけ不安になった。




END
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