「そのキャラ設定適当でいいよ」と言われた悪徳領主、デバッグ用の【成長率10倍】で覚醒する~クソ運営ありがとう、おかげで勇者がゴミのようです〜

SAIKAI

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1章【領地編】悪徳領主の爆速レベリング

2. 豚の疾走(ポーク・ラン)

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 シーン……。

 俺の決死の土下座(DOGEZA)に対し、返ってきたのは静寂だった。まあ、無理もない。昨日まで「水がぬるい!」と暴れてメイドを殴っていたクソガキが、一夜明けて地面に頭を擦り付けているのだ。俺が逆の立場なら「あ、こいつ頭の血管が切れたな」と医者を呼ぶ。

「ヴェ、ヴェルト様……?」

 マリアが震える声で俺を呼ぶ。俺はゆっくりと顔を上げた。腹の肉が邪魔で起き上がるのも一苦労だ。くそ、この体型、早急になんとかしないと日常生活で死ぬぞ。マリアは指を抑えていた。落とした水差しの破片で切ったのだろう。

「驚かせてすまない。だが、俺は本気だ」

 俺は散らばった水差しの破片を拾おうとして――マリアが慌てて制止するより早く、破片の一つを手に取り、自分の指先を少し切った。

「ひっ!?」

「痛みで……目が覚めたんだ」

 俺は指先から滲む血を見つめながら、できるだけ真剣な(この脂肪まみれの顔でできる精一杯の)表情を作る。

「昨晩、夢を見た。俺が誰からも愛されず、恨まれ、最後は炎に包まれて死ぬ夢だ。……熱かった。痛かった。怖かった」

 これは嘘じゃない。ゲームのイベントムービーで何度も見た光景だ。俺の迫真の演技(と、豚の悲哀)に、セバスチャンの片眼鏡がキラリと光った。

「……左様でございますか」

 セバスチャンは表情を変えず、淡々と割れた破片を片付け始めた。まだ信用はされていない。当然だ。信頼回復には時間がかかる。だが、マリアの怯えが少しだけ――ほんの少しだけ和らいだ気がした。

 とりあえず、第一段階クリアということにしておこう。

         ◆  

 朝食(脂っこいベーコンとパンケーキの山だったが、心を鬼にして半分残した)を終えた俺は、屋敷の広大な庭に出ていた。

 目的は一つ。現状のスペック確認と、基礎体力の向上だ。

「まずは、今の身体能力を知る必要がある」

 俺は準備運動もそこそこに、庭の端から端まで走ってみることにした。距離にして約50メートル。前世の俺なら、数秒で駆け抜けた距離だ。

「よし……行くぞ! スタート!」

 俺は地面を蹴った。……蹴ったつもりだった。

 ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ。

 遅い。絶望的に遅い。走っているというより、肉塊が重力に従って転がっているに近い。全身の贅肉がブルンブルンと波打ち、暴れまわる。胸の肉が揺れて痛いってどういうことだ。

「はぁ、はぁ、ぐえっ……!?」

 20メートル地点。心臓が早鐘を打ち、肺が悲鳴を上げた。足がもつれる。敏捷値1の弊害がここで出た。

 ズデーン!!

 俺は盛大に転んだ。地面が揺れた気がする。

「がはっ……、ぜぇ、ぜぇ……!」

 空が青い。たかが20メートル走っただけで、死にそうになっている。これが、悪徳領主の息子の現実か。

「大丈夫ですか、ヴェルト様」

 いつの間にか、庭の隅に控えていたセバスチャンが近寄ってきた。手にはタオルと水を持っている。仕事が早い。

「……ああ、問題ない。ただの、準備運動だ」

 俺は震える足で立ち上がり、タオルを受け取って汗を拭った。セバスチャンが怪訝そうに眉をひそめる。

「一体、何をなされているのですか? 急に走り出したりして」

「……ダイエットだ」

「はい?」

「このままじゃ、俺は早死にする。だから体を鍛えることにした」

 俺は真剣な眼差しでセバスチャンを見つめ返した。セバスチャンは一瞬虚をつかれたような顔をしたが、すぐに恭しく頭を下げた。

「……左様でございますか。健康的で、よろしいかと存じます」

 言葉は丁寧だが、その目は「どうせ三日坊主でしょう」と語っている。見てろよ、ジジイ。俺のゲーマー魂を見せてやる。

 俺は再びスタート地点に戻った。

 このゲーム『ドラファン』には、隠された仕様がある。それは『行動によるステータス上昇』だ。レベルアップによる上昇とは別に、走れば敏捷が、剣を振れば筋力が、打たれれば防御力が、微々たるものだが上昇する。いわゆる「熟練度システム」に近い。

 本来なら、気の遠くなるような反復作業が必要だ。100回走って、敏捷が+1されるかどうか。普通のプレイヤーなら、効率が悪すぎてやらない。

 だが、俺には『成長率10倍』がある。

「うおおおおおおお!!」

 俺は走った。転んで、起きて、また走った。肺が焼け付くように熱い。膝が笑っている。汗が滝のように流れる。屋敷の使用人たちが、窓から「坊ちゃんがご乱心だ」とヒソヒソ話しているのが見える。

 知ったことか!俺は生きるんだ!3年後に笑って生き残るために、今は泥にまみれてやる!

 午前中いっぱい、俺は走り続けた。限界を超え、視界が白み、ついに意識が飛びかけたその時。

 ピロン♪

 脳内で、待ちわびた電子音が鳴り響いた。

「……ステータス、オープン……!」

 俺は地面に大の字になりながら、ウィンドウを開く。

 【敏捷】1 → 6  
 【体力】15 → 20  
 【スキル】<忍耐 Lv.1>を習得しました

「……ははっ」

 乾いた笑いが漏れた。たった半日だぞ?半日走っただけで、敏捷が5も上がった。普通のキャラなら、レベルを3つ上げてやっと届く数値だ。おまけにスキルまで生えてきた。

 バグ万歳。手抜き工事万歳。これならいける。このペースで鍛え続ければ、あるいは――。

「ヴェルト様、昼食の準備が整いました」

 セバスチャンの声で、俺は現実に引き戻された。起き上がろうとするが、体が鉛のように重い。筋肉痛の先取りだ。

「……セバス、すまん。手を貸してくれ」

 俺が手を伸ばすと、セバスチャンは一瞬ためらい、それからしっかりと俺の手を握り、引き上げてくれた。その手は、意外と温かかった。

「……午後は剣術の稽古をする。木刀を用意しておけ」

 俺は荒い息を整えながら、セバスチャンに命じた。膝は笑い、肺はゼーゼーと悲鳴を上げている。立っているだけで精一杯の状態だ。普通なら「午後は泥のように眠る」と言うべき場面だろう。

「……本気、でございますか?」

 セバスチャンが片眼鏡の奥の目を丸くした。無理もない。今まで「箸より重いものは持ったことがない」と豪語していた肥満児が、自ら剣を握ると言い出したのだから。

「ああ。俺は生まれ変わるんだ。……最強にな」

 泥だらけの豚(俺)が、顔を引きつらせながらもニヤリと笑う。それは、ただの強がりではない。この世界の理不尽な運命(シナリオ)をねじ伏せるための、宣戦布告だ。

 すると、セバスチャンは初めて、その鉄仮面のような無表情を崩した。片眼鏡の奥の瞳を細め、どこか眩しいものを見るように、口元をわずかに緩める。

「かしこまりました。……では、最高に『重い』木刀をご用意いたします。それと、稽古の後すぐに気絶できるよう、お風呂と湿布のご用意もさせておきますね」

「……フン、気が利く執事だ」

 こうして、俺の地獄の特訓初日は幕を開けた。目指せ、脱・肥満児。目指せ、打倒勇者。

 だが、その前哨戦はすぐに訪れた。昼食の時間だ。

 ダイニングテーブルに並べられたのは、山盛りのグリーンサラダと、パサパサに茹でられた鶏のささ身、そして申し訳程度の全粒粉パン。  昨日までの「脂ギッシュな厚切りベーコン」や「クリームたっぷりのポタージュ」は影も形もない。

(……これが、俺のメシか……?)

 俺がフォークを持ち上げると、脳内で『デブ人格(ヴェルトの本能)』が暴動を起こした。

『ふざけるな! 肉をよこせ! 脂を飲ませろ! 糖分が足りない! こんな草と消しゴムみたいな肉で、このわがままボディが維持できると思っているのかァァァッ!!』

 強烈な飢餓感。胃袋がキュルルルと抗議の声を上げ、手が震える。目の前のサラダが「ただの雑草」に見え、ささ身が「味のしないゴム」に見える。視界の端に、メイドのマリアが俺の反応を恐る恐る窺っているのが見えた。もし俺がここでちゃぶ台返しをすれば、彼女はまた怯え、俺の死亡フラグは積み上がるだろう。

(……だまれ、贅肉! これも修行だ!)

 俺は震える手でフォークを突き刺し、サラダを口に運んだ。バリボリ、という味気ない音。青臭い味。

「……う、美味い(血涙)」

 精神力で本能をねじ伏せ、俺はそれを飲み込んだ。これも戦いである。勇者と戦う前に、まずは自分自身の脂肪(よくぼう)に勝たねばならないのだから。
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