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4章【王都・断罪編】裏帳簿と魔神の晩餐会
31. ようこそアークライト領へ
(……『悪徳領主』ヴェルト・フォン・アークライト。奴は、生かしておいてはならない毒だ)
揺れる馬車の心地よいリズムの中で、ロザリアは以前の記憶を反芻していた。場所は王都、聖教会の地下深く。蠟燭の火が揺らめく、カビ臭い懺悔室でのことだ。
『心して聞け、ロザリア。勇者アレク様は、いずれこの世界を恐怖に陥れる魔王を討ち果たす、我らが聖教会の「切り札」であらせられる』
鉄格子の向こうから、枢機卿のしわがれた声が、狂信的な熱を帯びて響く。
『その希望の芽を、あろうことか一介の領主風情が摘み取ろうとしたのだ。勇者の心を折り、その尊厳を踏みにじった……。それだけではない』
枢機卿の声が、憎悪で震える。
『奴は、神より授かりし清廉なる「聖女」までも誘拐し、自らの手元に囲っているというではないか! 聖女を拉致監禁し、慰み者にするなど……万死に値する冒涜だ!』
『……へぇ。勇者イジメに、聖女サマの誘拐っスか。随分と欲望に忠実なこって』
『左様! 奴は神を恐れぬ所業を働いた。慈悲など無用。……ロザリア、お前は商人に扮し、彼に接触せよ。彼の戦力、背後関係、そして……勇者や聖女に対して何を企んでいるかを探り出せ』
『……へぇ。探るだけでいいんスか?』
『あくまで建前は調査だ。だが……神敵に対して振るう刃に、迷いは不要だと言っておこう』
『……御心のままに』
ロザリアは心の中で冷たく嘲笑った。神敵? 魔王への加担?大層な御託を並べているが、要するに「教会の思い通りにならない邪魔な貴族を消せ」ということだ。
だが、その命令には同意できる部分がある。相手は『悪徳領主』だ。民を搾取し、肥え太り、気に入らない人間をゴミのように踏みにじる特権階級。あまつさえ、嫌がる聖女を無理やり連れ去り、監禁しているという。調べるまでもない。そんな奴は、生かしておくだけで世界にとっての害悪だ。
(……パパもママも、そんな奴らに殺されたんだ)
脳裏をよぎる、幼い日の記憶。裕福だった実家。優しかった両親。だがある日、欲深い大貴族の策略にはまり、全てを奪われた。屋敷は燃え、両親は絶望の中で首を吊った。残された自分は孤児院へ送られ、そこで「才能」を見出されて、教会という名の暗殺者養成機関で育てられた。
だから、知っている。貴族なんてものは、皮を剥げばみんな同じ。欲と保身の塊だ。ましてや、勇者という世界の希望すら踏みにじるような男だ。どれほど腐りきった魂をしていることか。
(探りを入れるフリをして、隙を見て首を刎ねる。……それが私の仕事。そして復讐)
ロザリアは薄く目を開けた。目の前には、そのターゲットである金髪の少年――ヴェルトがいる。彼は足を組み、気だるげに窓の外を眺めている。隙だらけに見える。今、隠し持った針を延髄に突き刺せば、それで終わる。
――だが。
カチッ。
ロザリアが指先をわずかに動かした瞬間、隣に座るメイド――マリアが、ティーカップを置く音を立てた。ただそれだけ。だが、その音はロザリアの心臓を射抜くようなタイミングで響いた。
「……お客様。コーヒーのお代わりはいかがですか?」
マリアが微笑む。その瞳の奥は、絶対零度。『動けば殺す』。無言の圧力が肌を焼く。
(……チッ。やっぱり、このメイドは厄介だねぇ)
ロザリアは人好きのする笑顔を貼り付け、体を起こした。
「あ、もらうもらう~。喉乾いちゃってさ」
殺気を霧散させ、カップを受け取る。焦るな。まずは、外堀から埋めるか。
「ねぇ、ヴェルト君。さっきから思ってたんだけどさぁ」
ロザリアはカップの縁に口をつけながら、上目遣いでヴェルトを見た。
「君さ、なんで私みたいなのを助けてくれたの? ほら、貴族様って、平民なんてゴミくらいにしか思ってないじゃない?」
これは挑発だ。『悪徳領主』としての本性を引き出すための。
「……ゴミ、か」
ヴェルトは視線をこちらに戻し、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「否定はしないな。有象無象の平民なんざ、俺にとっちゃ道端の石ころと変わらん」
(ほら、出た。典型的なクズのセリフ)
ロザリアの胸中で、どす黒い殺意が鎌首をもたげる。やはりこいつは、あの時両親を殺した連中と同じ穴の狢(ムジナ)だ。
「だがな、ロザリア」
ヴェルトは続けた。
「俺の領地(にわ)に落ちている石ころは、俺の所有物だ。……他所の誰かに勝手に蹴飛ばされるのは、持ち主として不愉快だろう?」
「……え?」
「お前を拾ったのは、単なる気まぐれと独占欲だ。俺の視界に入った以上、お前の運命を決めるのは野盗でも野垂れ死にでもない。この俺だ」
その言葉は、傲慢で、支配的で、独善的だった。人を人とも思わず、所有物として扱う特権階級特有の思考。
(……なるほど。やっぱり、こいつも『そっち側』か)
ロザリアの胸中で、冷たい納得と共に嫌悪感が広がる。自分たちをゴミや石ころと呼び、所有権を主張する。かつて両親を追い詰めた連中と同じ、吐き気がするような支配者の論理だ。恐らく、あの聖女もそうやって「所有物」として扱われているのだろう。
だが――不思議なことに、そこには「使い捨てにする」ような冷徹さまでは感じられなかった。拾った石ころを、わざわざ懐に入れて持ち歩くような、奇妙な執着。
(……なんなの、こいつ。ただの欲深い豚とは、少し毛色が違う?)
ロザリアはわずかに警戒レベルを引き上げた。単純なクズなら御しやすい。だが、独自の美学を持つクズは厄介だ。ならば、その歪んだ独占欲、逆に利用させてもらうまで。
「……ふぅん。ヴェルト君って、意外と独占欲強いんだねぇ」
ロザリアは口元だけで笑い、値踏みするように目を細めた。
「そういうの、嫌いじゃないよ? ……今のところは、ね」
ロザリアは誤魔化すように笑い、視線を他のメンバーに移した。この男の底は見えない。今はまだ、猫を被り続ける必要がある。
なら、周りはどうだ?
まずは、隅っこで小さくなっている少女――。彼女からは、教会特有の清廉な魔力を感じる。間違いなく聖職者だ。
(あの子が、噂の『誘拐された聖女』かな?)
怯えたように小さくなっている姿。やはり無理やり連れてこられた被害者なのだろう。教会の報告通りだ。……だが、違和感がある。さっき、「オーガを殴り倒した」とか物騒なことを言っていなかったか?
(……それに、あれは『聖女の鉄甲』?)
その両手に嵌められた、無骨な鉄塊。一体どこで手に入れたのか、あれは国宝級の聖遺物だ。さらに、服の上からでも分かる、研ぎ澄まされた筋肉の付き方。ただの聖女じゃない。格闘家(モンク)に近い。か弱い被害者にしては、随分と破壊的な装備をしている。
(……脅されて戦わされているのか、それとも壊れてしまったのか。どっちにしろ、歪んでるねぇ)
次に、窓際で魔道書を読んでいる灰色の髪の少年――。態度は悪いし、子供っぽい。だが、ページをめくる指先から漏れ出る魔力の残滓は、一流の魔術師のそれに近い。
(……ふん。田舎領主の遊び相手にしちゃ、随分と豪華な面子を揃えたもんね)
ロザリアは心の中で鼻を鳴らした。底知れない実力を秘めていると思われるメイドと執事、国宝を装備した聖女、優秀そうな魔術師。そして、正体不明の貴族女性。前衛、後衛、回復、遊撃。役割(ロール)だけ見れば、高水準で埋まっている。
(ま、正面から全員まとめて相手にするのは、少しばかり『面倒』か)
ロザリアは冷徹に計算する。彼らの実力は認める。だが、所詮は金で雇われたり、成り行きで集まっただけの寄せ集めだろう。対して自分は、教会の闇で磨き上げられた高レベルの処刑人だ。
(所詮は連携も取れていない烏合の衆。……寝込みを襲うか、一人ずつ確実に始末すれば、どうとでもなるレベルね)
彼女はカップの縁で口元の笑みを隠した。どんなに堅固な守りでも、内側から崩せば脆いものだ。
「……ねぇ、ロザリアさん」
不意に、シャルロットが扇子を閉じて話しかけてきた。
「貴女、先ほど『王都の方へ行けばなんとかなる』と仰っていましたわよね? 王都へ向かうなら、このまま街道を進んだほうが近いですわよ? アークライト領へ戻るのは、随分と遠回りになりますけれど」
痛いところを突いてくる。だが、ロザリアは用意していた設定(ウソ)を並べた。
「あー、それね! でもさ、ほら私、商売道具をなくしちゃったじゃない? 王都に行っても元手がないとキツイでしょ? 実はさ、ヴェルト君の領地って、最近すっごく景気がいいって噂じゃん? だからさ、あっちで一旗揚げてからでも遅くないかなって!」
意味深にウインクしてみせる。
「商人にとって一番の武器は『在庫』じゃなくて『交渉術』と『度胸』だもん。私、口は上手いからさ、向こうで仲介業でもなんでもやって稼ぐよ!」
「あら、口が上手い、ですか? ……ふふ、確かに。それだけ『舌が回る』のなら、働き口には困らないかもしれませんわね」
シャルロットは意味深に微笑んだ。その目が、「調子のいいことですこと」と呆れつつも、どこか楽しんでいるように見えて、ロザリアは少し居心地が悪くなった。
(……この女も、ただの貴族じゃない。王都の貴婦人みたいな顔して、随分と肝が据わってる)
全員が全員、一筋縄ではいかない。ロザリアは軽く息を吐いた。探るつもりが、逆に値踏みされているような感覚だ。
と、その時。御者台のセバスチャンから声がかかった。
「ヴェルト様。見えてまいりました」
馬車が峠を越え、視界が開ける。眼下に広がった光景に、ロザリアは言葉を失った。
「……え、嘘。これが……悪徳領主の街?」
そこにあったのは、荒廃した貧民街でも、搾取に喘ぐ寒村でもなかった。整然と区画整理された街道。豊かに実る農地。活気に満ちた市場。そして、街全体を包む防衛結界の輝き。行き交う領民たちの顔には、悲壮感など欠片もなく、笑顔と活力が溢れていた。
「ようこそ、我がアークライト領へ」
ヴェルトが誇らしげに腕を広げた。
「俺が贅沢をするために、効率よく金を稼がせている『牧場』だ。……どうだ? 悪くない眺めだろう?」
言葉は悪役そのものだ。だが、その『牧場』の羊たちは、あまりにも幸せそうに見える。
(報告と違う……。勇者を退けた極悪非道な領主? 民を苦しめる暴君? ……どこが?)
ロザリアの脳内で、教会から植え付けられた情報と、目の前の現実が激しく衝突する。混乱するロザリアを乗せて、馬車はアークライト領の正門をくぐる。
「さあ、着いたぞ。……ロザリア、お前もゆっくりしていくといい」
ヴェルトがニヤリと笑った。
「俺の領地は逃げ込んだ者には寛容だ。……ただし、牙を剥く『害獣』には容赦しないがな」
その言葉は、明確な警告だった。ロザリアは背中に冷や汗をかきながらも、へらりと笑って誤魔化した。
「あはは、怖いなぁ。私はただのか弱い商人だってば~」
――嘘つきめ。互いにそう思いながら、狐と狼たちの化かし合いは、新たな舞台へと移っていく。
揺れる馬車の心地よいリズムの中で、ロザリアは以前の記憶を反芻していた。場所は王都、聖教会の地下深く。蠟燭の火が揺らめく、カビ臭い懺悔室でのことだ。
『心して聞け、ロザリア。勇者アレク様は、いずれこの世界を恐怖に陥れる魔王を討ち果たす、我らが聖教会の「切り札」であらせられる』
鉄格子の向こうから、枢機卿のしわがれた声が、狂信的な熱を帯びて響く。
『その希望の芽を、あろうことか一介の領主風情が摘み取ろうとしたのだ。勇者の心を折り、その尊厳を踏みにじった……。それだけではない』
枢機卿の声が、憎悪で震える。
『奴は、神より授かりし清廉なる「聖女」までも誘拐し、自らの手元に囲っているというではないか! 聖女を拉致監禁し、慰み者にするなど……万死に値する冒涜だ!』
『……へぇ。勇者イジメに、聖女サマの誘拐っスか。随分と欲望に忠実なこって』
『左様! 奴は神を恐れぬ所業を働いた。慈悲など無用。……ロザリア、お前は商人に扮し、彼に接触せよ。彼の戦力、背後関係、そして……勇者や聖女に対して何を企んでいるかを探り出せ』
『……へぇ。探るだけでいいんスか?』
『あくまで建前は調査だ。だが……神敵に対して振るう刃に、迷いは不要だと言っておこう』
『……御心のままに』
ロザリアは心の中で冷たく嘲笑った。神敵? 魔王への加担?大層な御託を並べているが、要するに「教会の思い通りにならない邪魔な貴族を消せ」ということだ。
だが、その命令には同意できる部分がある。相手は『悪徳領主』だ。民を搾取し、肥え太り、気に入らない人間をゴミのように踏みにじる特権階級。あまつさえ、嫌がる聖女を無理やり連れ去り、監禁しているという。調べるまでもない。そんな奴は、生かしておくだけで世界にとっての害悪だ。
(……パパもママも、そんな奴らに殺されたんだ)
脳裏をよぎる、幼い日の記憶。裕福だった実家。優しかった両親。だがある日、欲深い大貴族の策略にはまり、全てを奪われた。屋敷は燃え、両親は絶望の中で首を吊った。残された自分は孤児院へ送られ、そこで「才能」を見出されて、教会という名の暗殺者養成機関で育てられた。
だから、知っている。貴族なんてものは、皮を剥げばみんな同じ。欲と保身の塊だ。ましてや、勇者という世界の希望すら踏みにじるような男だ。どれほど腐りきった魂をしていることか。
(探りを入れるフリをして、隙を見て首を刎ねる。……それが私の仕事。そして復讐)
ロザリアは薄く目を開けた。目の前には、そのターゲットである金髪の少年――ヴェルトがいる。彼は足を組み、気だるげに窓の外を眺めている。隙だらけに見える。今、隠し持った針を延髄に突き刺せば、それで終わる。
――だが。
カチッ。
ロザリアが指先をわずかに動かした瞬間、隣に座るメイド――マリアが、ティーカップを置く音を立てた。ただそれだけ。だが、その音はロザリアの心臓を射抜くようなタイミングで響いた。
「……お客様。コーヒーのお代わりはいかがですか?」
マリアが微笑む。その瞳の奥は、絶対零度。『動けば殺す』。無言の圧力が肌を焼く。
(……チッ。やっぱり、このメイドは厄介だねぇ)
ロザリアは人好きのする笑顔を貼り付け、体を起こした。
「あ、もらうもらう~。喉乾いちゃってさ」
殺気を霧散させ、カップを受け取る。焦るな。まずは、外堀から埋めるか。
「ねぇ、ヴェルト君。さっきから思ってたんだけどさぁ」
ロザリアはカップの縁に口をつけながら、上目遣いでヴェルトを見た。
「君さ、なんで私みたいなのを助けてくれたの? ほら、貴族様って、平民なんてゴミくらいにしか思ってないじゃない?」
これは挑発だ。『悪徳領主』としての本性を引き出すための。
「……ゴミ、か」
ヴェルトは視線をこちらに戻し、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「否定はしないな。有象無象の平民なんざ、俺にとっちゃ道端の石ころと変わらん」
(ほら、出た。典型的なクズのセリフ)
ロザリアの胸中で、どす黒い殺意が鎌首をもたげる。やはりこいつは、あの時両親を殺した連中と同じ穴の狢(ムジナ)だ。
「だがな、ロザリア」
ヴェルトは続けた。
「俺の領地(にわ)に落ちている石ころは、俺の所有物だ。……他所の誰かに勝手に蹴飛ばされるのは、持ち主として不愉快だろう?」
「……え?」
「お前を拾ったのは、単なる気まぐれと独占欲だ。俺の視界に入った以上、お前の運命を決めるのは野盗でも野垂れ死にでもない。この俺だ」
その言葉は、傲慢で、支配的で、独善的だった。人を人とも思わず、所有物として扱う特権階級特有の思考。
(……なるほど。やっぱり、こいつも『そっち側』か)
ロザリアの胸中で、冷たい納得と共に嫌悪感が広がる。自分たちをゴミや石ころと呼び、所有権を主張する。かつて両親を追い詰めた連中と同じ、吐き気がするような支配者の論理だ。恐らく、あの聖女もそうやって「所有物」として扱われているのだろう。
だが――不思議なことに、そこには「使い捨てにする」ような冷徹さまでは感じられなかった。拾った石ころを、わざわざ懐に入れて持ち歩くような、奇妙な執着。
(……なんなの、こいつ。ただの欲深い豚とは、少し毛色が違う?)
ロザリアはわずかに警戒レベルを引き上げた。単純なクズなら御しやすい。だが、独自の美学を持つクズは厄介だ。ならば、その歪んだ独占欲、逆に利用させてもらうまで。
「……ふぅん。ヴェルト君って、意外と独占欲強いんだねぇ」
ロザリアは口元だけで笑い、値踏みするように目を細めた。
「そういうの、嫌いじゃないよ? ……今のところは、ね」
ロザリアは誤魔化すように笑い、視線を他のメンバーに移した。この男の底は見えない。今はまだ、猫を被り続ける必要がある。
なら、周りはどうだ?
まずは、隅っこで小さくなっている少女――。彼女からは、教会特有の清廉な魔力を感じる。間違いなく聖職者だ。
(あの子が、噂の『誘拐された聖女』かな?)
怯えたように小さくなっている姿。やはり無理やり連れてこられた被害者なのだろう。教会の報告通りだ。……だが、違和感がある。さっき、「オーガを殴り倒した」とか物騒なことを言っていなかったか?
(……それに、あれは『聖女の鉄甲』?)
その両手に嵌められた、無骨な鉄塊。一体どこで手に入れたのか、あれは国宝級の聖遺物だ。さらに、服の上からでも分かる、研ぎ澄まされた筋肉の付き方。ただの聖女じゃない。格闘家(モンク)に近い。か弱い被害者にしては、随分と破壊的な装備をしている。
(……脅されて戦わされているのか、それとも壊れてしまったのか。どっちにしろ、歪んでるねぇ)
次に、窓際で魔道書を読んでいる灰色の髪の少年――。態度は悪いし、子供っぽい。だが、ページをめくる指先から漏れ出る魔力の残滓は、一流の魔術師のそれに近い。
(……ふん。田舎領主の遊び相手にしちゃ、随分と豪華な面子を揃えたもんね)
ロザリアは心の中で鼻を鳴らした。底知れない実力を秘めていると思われるメイドと執事、国宝を装備した聖女、優秀そうな魔術師。そして、正体不明の貴族女性。前衛、後衛、回復、遊撃。役割(ロール)だけ見れば、高水準で埋まっている。
(ま、正面から全員まとめて相手にするのは、少しばかり『面倒』か)
ロザリアは冷徹に計算する。彼らの実力は認める。だが、所詮は金で雇われたり、成り行きで集まっただけの寄せ集めだろう。対して自分は、教会の闇で磨き上げられた高レベルの処刑人だ。
(所詮は連携も取れていない烏合の衆。……寝込みを襲うか、一人ずつ確実に始末すれば、どうとでもなるレベルね)
彼女はカップの縁で口元の笑みを隠した。どんなに堅固な守りでも、内側から崩せば脆いものだ。
「……ねぇ、ロザリアさん」
不意に、シャルロットが扇子を閉じて話しかけてきた。
「貴女、先ほど『王都の方へ行けばなんとかなる』と仰っていましたわよね? 王都へ向かうなら、このまま街道を進んだほうが近いですわよ? アークライト領へ戻るのは、随分と遠回りになりますけれど」
痛いところを突いてくる。だが、ロザリアは用意していた設定(ウソ)を並べた。
「あー、それね! でもさ、ほら私、商売道具をなくしちゃったじゃない? 王都に行っても元手がないとキツイでしょ? 実はさ、ヴェルト君の領地って、最近すっごく景気がいいって噂じゃん? だからさ、あっちで一旗揚げてからでも遅くないかなって!」
意味深にウインクしてみせる。
「商人にとって一番の武器は『在庫』じゃなくて『交渉術』と『度胸』だもん。私、口は上手いからさ、向こうで仲介業でもなんでもやって稼ぐよ!」
「あら、口が上手い、ですか? ……ふふ、確かに。それだけ『舌が回る』のなら、働き口には困らないかもしれませんわね」
シャルロットは意味深に微笑んだ。その目が、「調子のいいことですこと」と呆れつつも、どこか楽しんでいるように見えて、ロザリアは少し居心地が悪くなった。
(……この女も、ただの貴族じゃない。王都の貴婦人みたいな顔して、随分と肝が据わってる)
全員が全員、一筋縄ではいかない。ロザリアは軽く息を吐いた。探るつもりが、逆に値踏みされているような感覚だ。
と、その時。御者台のセバスチャンから声がかかった。
「ヴェルト様。見えてまいりました」
馬車が峠を越え、視界が開ける。眼下に広がった光景に、ロザリアは言葉を失った。
「……え、嘘。これが……悪徳領主の街?」
そこにあったのは、荒廃した貧民街でも、搾取に喘ぐ寒村でもなかった。整然と区画整理された街道。豊かに実る農地。活気に満ちた市場。そして、街全体を包む防衛結界の輝き。行き交う領民たちの顔には、悲壮感など欠片もなく、笑顔と活力が溢れていた。
「ようこそ、我がアークライト領へ」
ヴェルトが誇らしげに腕を広げた。
「俺が贅沢をするために、効率よく金を稼がせている『牧場』だ。……どうだ? 悪くない眺めだろう?」
言葉は悪役そのものだ。だが、その『牧場』の羊たちは、あまりにも幸せそうに見える。
(報告と違う……。勇者を退けた極悪非道な領主? 民を苦しめる暴君? ……どこが?)
ロザリアの脳内で、教会から植え付けられた情報と、目の前の現実が激しく衝突する。混乱するロザリアを乗せて、馬車はアークライト領の正門をくぐる。
「さあ、着いたぞ。……ロザリア、お前もゆっくりしていくといい」
ヴェルトがニヤリと笑った。
「俺の領地は逃げ込んだ者には寛容だ。……ただし、牙を剥く『害獣』には容赦しないがな」
その言葉は、明確な警告だった。ロザリアは背中に冷や汗をかきながらも、へらりと笑って誤魔化した。
「あはは、怖いなぁ。私はただのか弱い商人だってば~」
――嘘つきめ。互いにそう思いながら、狐と狼たちの化かし合いは、新たな舞台へと移っていく。
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