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勇者覚醒

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慟哭の森。ここは人が足を踏み入れてはならぬ禁断の地として語られる場所だ。
そして、僕が捨てられた場所でもある。

僕は冒険者だった、冒険者っていうのは主に魔物を狩る事を生業としている者を指す。強さのランクがあり、ブロンズ、シルバー、ゴールドと大まかに三段階に分けられる。ブロンズの僕はシルバーのパーティメンバーであり、幼馴染でもある2人と3人組でパーティを結成していた。3人で依頼を受けたりして日々を過ごしているとある日の事、パーティのリーダーであるフレックから衝撃的なことを告げられた。

「俺達はこれから王都に向かうことになった」

「王都?」

フレックの言葉に僕たちは首を傾げる。

「ああ、なんでも国王からお呼びがかかったらしい、ついさっき俺のところに王都からの従者ってやつがやってきて早急にこいってさ、あいつら上等な馬車に乗ってやがるんだから俺達も連れて行ってくれればいいのによ。言いたいことだけ言ってさっさと帰っちまった」

「最近調子よかったから、名声が王都まで届いたのかしらね?」

「ふ、恐らくそういう事だろうな」

女剣士のルミスの言葉にリーダーは首肯した。

「王都に行くにはここからだと4日ほどかかる。明日、さっそく王都へと向かう。ライト、俺はルミスと用事があるから先に宿屋に戻っててくれ」

「よ、よかったら僕も手伝うけど…」

「あんた、相変わらず空気が読めないのね」

「…ということだ、早く戻れ。明朝に薬草を採取してから出立する。この町の外れの崖付近に沢山生えているらしい。そこで合流しよう」

何が、ということだ、なのだろうか。ここで揉めても良いことはないなと思い、大人しく宿屋に戻ることにした。
そして2人は宿屋に帰ってこなかった。

明朝、僕は崖から突き落とされることになる。信頼していたパーティメンバーに裏切られて。



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辺りはすっかり暗くなっていた。かなり高いところから突き落とされ、随分と長い間気を失っていたようだ。

「どうして…僕はこんなところにいるんだろう」

僕は自分の声を聞いて驚いた。
僕の声はこんなにも高く、幼かっただろうか? それに身体も小さい気がする。

『あなたが勇者だからよ?』

どこかから女性の声が聞こえた。僕は辺りを見回すけれど誰もいない。
聞こえるのは魔獣の遠吠えや風によって揺れる木々の音だけだ。

「君は誰?」

『私はあなたの中に存在する者。そして、あなたは私の中に存在している?みたいな?』

意味不明な言葉だった。だけど不思議と心が落ち着くような不思議な感覚に陥る。

『あなたは選ばれし存在なんだけど自覚ある?』

選ばれた?何に選ばれたっていうんだろうか。仲間に裏切られ、森にゴミのように突き落とされた僕が?

『疑ってるわね、こほん…さぁ、目覚めなさい。そして、この世界を救うのです!』

謎の存在、仮に物体Xとしよう。こいつは、人の気もしらずに言った。ぬけぬけと。

「嫌だよ」

嫌に決まっている、バカバカしい。いや、悔しい?…なんだ、感情が制御できない。
…だってそうだろ。仲間には裏切られ、殺されかけた上に、謎の声は好き勝手言ってくれる。
あーもう!腹立つなぁ!!

「勇者なんてなりたくもないし…そもそも童話の中の存在だろ!そんな子供じゃないんだ、もう放っておいてくれ!」

そう叫ぶと、目の前の風景が変わった。

真っ白で何もない空間。そこに1人の女性が現れた。

『あら、怒らせてしまったかしら?』

その女性は、美しい顔立ちをしていた。まるで女神のような神々しさがある。
だけど、どこか禍々しい雰囲気を纏っていた。

「あんたが何者か知らないけど、どうせ僕のことなんか都合の良い駒くらいにしか思ってないんだろ?」

イラついていたこともあり、口調が悪くなる。

『そんなことはないわ。私はあなたの味方よ』

嘘くさい。というか、この状況自体が嘘くさすぎる。

「…一体、お前はなんなんだ」

『うーん、それは……何て言えばいいのかしらねぇ…』

急に歯切れが悪くなった。やはり何か隠し事があるらしい。

『うん、まぁ、いいでしょ。私が誰かを教えることはできません。が、貴方の願いを叶える事が出来る存在と思ってもらって結構よ』

「願い……」

『…あなたはこの世界を変えたいと思わない?』

…………世界を変える?この世界を救えとか言ってきたのに?

「…お前は一体何を言っているんだ?」

『そのままの意味よ。なんと、このままでは世界は滅びてしまいます!』

……ますますわからない。話が壮大すぎて理解ができないぞ。

「世界を滅ぼす?一体誰が?」

『魔王に決まってるでしょ』

謎の女はさも当然化の様に言うが…魔王?また突拍子もない話が出てきたな。しかし、確かに魔物が存在する以上、そういう奴もいるのかもしれない、現に勇者や魔王は童話や御伽噺程度には普及している。

『信じていないようですね』

「そりゃあそうだろ、これで信じてたらよっぽどのお人よしか狂人だね」

ただ、この体験自体が異常なものであることは本能的な部分で理解している、してしまっている自分がいる。だが正直、まだ半信半疑である。夢の可能性の方が高いだろう。もしくはもう自分が死んでいる可能性も否めない。

『そこまでいうなら、仕方ありませんね。あなたに力を与えましょう』

「力?」

次の瞬間、身体が熱くなるのを感じた。

『はい!ぱんぱかぱーん!これであなたは勇者になれました!』

「はぁ!?」

ちょっと待て、今こいつは何をした?
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