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近づく距離と、嫉妬の種
靴底にラブレター
しおりを挟む朝のシャワーを終えた零は、濡れた身体に水滴を纏い、腰にタオルを巻いて部屋に立っていた。
彼の白い肌が風呂上がりのためほんのり色づき、電気のついていない部屋のなかで外の弱々しい日に照らされている。
すらっと背の高い彼の…逆三角形の大きな背中。腕をあげる仕草に合わせて逞しい背筋が現れた。
かきあげた茶髪から床に水が滴っているが、彼はあまりそれを気にしていないようだ。
キッチンカウンターの上に置かれた時計。
零は横目でそれを確認する。
ただいまの時刻 8:03
「‥‥‥‥」
…うん
「……ちょっと急ご」
遅刻する(汗)
1週間の停学を終えて、今日は久しぶりに零が学校へ登校する日だ。助かった。あと1週間停学が伸びたならば暇すぎてナマケモノあたりに変身してたかもしんない。
授業科目がわからないまま、まぁ手近な教科書を鞄に入れて彼は家を出た。
「──ん?なんだ篠田、傘を忘れたのか、その髪」
「いーや、さしてきたよ、濡れたまま来たから」
昇降口に入ったところで茜とばったり出くわす。
「お前のふわふわくるくるした髪も、そうなると印象がガラっと変わるもんだな…」
風呂上がりだから仕方がない。
「茜さんはいつもどーりの綺麗なストレートが美しいよ♪」
「あっ、そ」
「…あらら、反応が薄い」
寂しいな…。面白くなさそうな表情で零は自分の番号の靴箱を開けていた。
そして、パカッと開けた彼の靴箱には──
かかとの踏まれた上履きと…
それと一緒に、白い封筒が入っていた。
(え、また誘拐の報告?)
停学明けに…再びですか
「…ハァー」
封筒を見た零はがっくりと頭を垂れた。
「どうした?」
「これ…」
「そ…っ、それはまさか…!?青崎の連中がまたお前を誘い出そうと…!?」
様子がおかしいのに気付いた茜が零の靴箱をのぞいて、中の封筒に目を見開いた。零と同じことが彼女の脳裏にも浮かぶ。
「それを見せろっ」
茜は自分の靴を投げ、零からそれを手に取った。
白色の封筒の…表には何も書かれていない。彼女は迷うことなく開けにかかった。
裏返したところ、なんだか可愛らしいシールが貼られてあるのだが
ビリッ
うん、気にしない
「何だ?けっこうびっしり書かれてあ……る……!」
便箋を取り出してざっと目を通す。
==================
《 篠田くんへ 》
いきなりこんなお手紙をごめんなさい。この前、先生から、篠田くんが手に大怪我をしたと聞いて驚きました。。。とっても心配です。。。早く痛くなくなるといいなって思っています。
篠田くんがこのお手紙を読んでいるということは手の怪我もよくなったってことだよね。本当に─……──、……
───………。
2年3組 細井絵美より
==================
「‥‥‥‥」
「…どう?茜さん」
どうって言われても…
茜は便箋を零にさしだす。
「ほら…、大切にしとけよ」
「これってー」
「お前宛のラブレターだ」
しかもかなり本気な内容。
便箋を渡したあとの彼女の手には、荒く破いた封筒が残っている…。茜は慌ててそれも零に押し付けた。
「靴箱にラブレター……!」
茜から手紙を受け取った零がぼそりと呟いた。小さすぎて茜には聞こえていなかったようだが。
(取調室でカツ丼、に次ぐ、一度は経験したいベタな展開──!)
まさかこの現世にいまだ残っていた風習だったとは…!零の目は感動でキラキラしていた。
「悪い…っ、私が先に読んでしまって」
「……」
「送り主は3組の細井さんか…。なかなか可愛い子だ、良かったな」
「…うん(キラキラキラァ)」
「──…!」
手紙を眺めて固まっている零。
放心状態?の彼は、茜の言葉に上の空のようである。
茜は回れ右で振り返り、投げた靴を拾ってから、改めて自分の靴箱に向かった。
「心配して損したな…っ。──…お」
そして彼女が靴箱を開けると……バサリと落ちてくるものが。
「茜さん?その手紙って──」
「…ハァー」
靴箱を開けてからの反応が零と同じだ。
落ちた1枚と、上履きの上に置かれた3枚。合計4枚の手紙を、彼女は鞄に押し込んだ。
「読まないの?送り主はだ…」
「じゃあな」
「──っ」
零の言葉には耳をかさず、茜はさっさと階段を上がって消えてしまった。
いつになく連れない…
(いや、いつものことだけど)
彼女の自分への素っ気なさに不満が残る零だった。
それに──
「──…」
やっぱり人気者だな……茜さん
あんなにラブレターもらっちゃってさ、誰からだよ
口を尖らせた彼がすねているように見えるのは気のせいか…。まだ靴を履き替えていない彼は、底の泥を落とすようにコツコツ爪先を床にあてる。
靴底から落ちた少しの土が……まわりに散らばる。そして
ジャリ.....
零の靴底が、散った土を再び踏み潰していた。
────
《 靴箱にラブレター 》
凰鳴女子校の古くからの伝統?なのだが、今では男子生徒もこの風習にのっかっていた。
入れる人間は学園中に溢れている。しかし入れられる側はだいたい固定されている。
「直接、口頭で伝えてほしい…!」
「茜ちゃん最近多いわねぇ」
昼食の時間。いつかと同じように屋上で食べようとしていた茜と梗子だったけれど、雨が降って湿っていたので、梗子の提案で生徒会室に来ていた。
いつもの重箱弁当の包みをほどき、弁当と一緒に鞄から出てきた手紙たちを眺めながら茜が悪態をついていた。
そんな彼女をよそに、梗子は穏やかに微笑んでいる。
「昨日も5枚くらい貰ってなかった?」
「…7枚」
「すごーいっ」
げんなりする茜と…嬉しそうに喜ぶ梗子。
気が乗らないが、茜は今朝の1枚のラブレターを開封した。
===================
《 久藤せんぱいへ 》
はじめまして!わたしは一年の〇〇〇〇です!お手紙書くのは初めてで緊張するけどどうしても伝えたくて…。わたしがこの学校に入学してから、久藤せんぱいを見かけるたびに素敵な人だな~って思ってました★
そしてこの前にあった体育祭でのせんぱいは本当にかっこ良くて本当に素敵でした、とくに──。……
………───、……──。
===================
たしかにここ最近、茜宛のラブレターが増加傾向にある。
それはおそらく…9月に行われた体育祭の影響であり、また3日後にある球技大会のせいに他ならない。
送り主は、もちろん女子。
体育祭での茜の姿に惚れ込み、次なる球技大会へのエールをおくるという内容がほとんどだった。
「体育祭の茜ちゃんはすごかったものね」
梗子は、体育祭での茜の勇姿を思い出していた。
1000㍍走では、ただ一人の女子として参加して1位。
学年対抗リレーでは、スタートからいきなり他年生をぶっちぎる。
障害物競争では、壁登りからパン食いまで…鮮やかなまでの突破力で会場をわかせる。
アンカーを任されたクラス対抗リレーでは、はなされた距離をみるみる縮めて3人をぬきさり、4組を堂々の1位に導いた。
普段は茜を恐れてやまない男子生徒も、この瞬間だけは彼女を大声で応援し…ゴールと同時にお祭り騒ぎだった。
走る彼女にふりそそぐ、女生徒の悲鳴に近い歓声と、男達の野太い声援。梗子は思い出すだけで幸せだった。
『やっぱ久藤はヤバイな!』
大盛り上がりの4組の男子生徒を見て、梗子は誇らしく思ったものだ。
(やっとみんな茜ちゃんの可愛さに気が付いてくれたのね。そうよ…!彼女はとっても素敵な子なんだからっ)
((↑それは違うと思うぞ花崎さん))
実は梗子は、茜が受け取ったラブレターは男からのものだと勘違いしている。
まぁ、その勘違いも無理はないかもしれない。なぜなら……
「そういう花崎さんも相変わらずじゃないか」
「…うーん、まぁ…ね」
梗子自身が、毎日のように男からのラブレターをもらっているからだ。
茜がこの時期に大量のラブレターを受け取っているのに対して、梗子は一年間を通して《 靴箱にラブレター 》が途絶えることがない…。
高嶺の花だとわかっていても、ぶつかって砕ける男達は後を断たない。
「でも…お手紙って何だかんだで嬉しいじゃない?心を込めてくれてるというか」
…そう、確かにそれこそが手紙の良さだ。しかし
「だから困る。捨てるに捨てられない…!」
茜にとってはそれこそが悩みの種。
ダンボール地で作られた保管用レターボックス
(大きさ 60×40×50)
が茜の部屋に仲間入りしたのが5日前だ。
(今度、アイドル事務所あたりに相談の電話をかけてみようか。手紙の始末について案外いいアドバイスをくれるかもしれない…)
噛んでいた鶏肉のかたまりを一気に呑み込んだ茜だった。
「そういえば、最近ね…」
その横では、赤色の弁当箱から玉子焼きをとって口許に運ぶ梗子。
「3組のわたしの友達、絵美ちゃんっていうんだけど…篠田くんにお手紙を送ったと言っていたわ」
「…そ…そうか」
梗子の弁当の玉子焼きはいつもふわふわだ。半分だけをかじった後の断面からは、半熟の黄身がしみでている。
「その子だけじゃないわ。篠田くんが入学してから他のクラスの子も意識してるみたいだし…」
「──…」
茜もとっくに気づいていた
零はモテる──と。
新たなカリスマがもうひとり、凰鳴に降臨したというわけだ。
零が停学で学校に来ない間にも、その人気は爆発的に急上昇。見舞いをつくって茜に手渡した2年の女子はものすごい数だった。
そのうち、他の学年にも零の人気は広まるだろう。
「わたし…嬉しいの。今までこの学校には、男の子と女の子の間に壁みたいなのがあったでしょう?それが薄らいでる証拠のような気がして、ね♪」
女生徒にとって、凰鳴の男達はだらしがなくて下品な存在だった。だから、こんな風に特定の男子に盛り上がる女子の姿がここでは珍しい…。
(花崎さんは会長として、男子と女子の間の溝がなくなっているこの現象を喜んでいる。それなら、私にとっても──喜ばしいことなのか?)
「──…茜ちゃん、どうかした?」
「…っ…いや…」
茜は箸をおいて牛乳パックに手を伸ばす。梗子と反対の方向を向いて、表情を見られないように牛乳を飲みほした。
ゴキュ、ゴク.....、ゴク
──べつに
篠田が女子にモテようが、何の関係もない話だ。
まさか中身があんな変態だとも知らず、見た目に騙されている女の子達は可哀想だな。いや、彼女たちはそのギャップが好きなのだといつか話していた…から、ますます篠田はモテるわけだ。
───…
『送り主は3組の細井さんか…。なかなか可愛い子だ、良かったな』
『……うん』
…あんな風にラブレターまで貰いやがって
「……っ」
あんな…露骨に嬉しそうな顔しやがって
(なんだってこんなにイライラする…? )
思えば、停学明けのあいつと会ったのは今朝が初めてだった。昇降口に駆け込んできた篠田と会ったのも偶然だ。
改めて礼を言っておこうか…そう考えていてのに、手紙を受け取った時のあの反応が癪(シャク)に触った。
「……その子から手紙、篠田はもらって嬉しそうだったよ」
「まぁっ♪そうだったの?」
弁当を食べ終わった梗子が、包みを広げながら茜の言葉に反応する。
「なら、これで二人がお付き合いするようになったら素敵ね」
「…うん」
茜の目が、飲みほした後の牛乳パックを意味もなく凝視していた。
イライラが止まらない。
だが…それはけっして、カルシウム不足などではないはずなのだ。
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