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第四章
可愛らしい突撃者
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レベッカは城の中庭を散策中に、見覚えのある少年とはち合わせた。
ヨーロッパに特徴的な、雲ひとつ見あたらない真っ青な空の下。レベッカがちょうど昼食を終えた時間帯だった。
「……、君は…?」
「……げっ!」
お互いの顔を見た途端、二人の動きは止まる。
どこかで見たことある気がする…
“ 誰だったかしら……?この子 ”
レベッカが思い出そうとする間に、赤茶色の髪の小さな男の子は、中庭を囲む柱の裏にさっと隠れてしまった。
「……」
レベッカはその柱を黙って見つめる。
「……」
「‥‥ドキドキ」
「……?」
そー…っ
──バチッ
「……ッ!!!」
「???」
柱からゆっくり顔を出した少年は、再びレベッカと目があって顔をひきつらせた。
なぜか勝手にあたふたしている。
「な、なんだよお前っ…」
「?」
「何とか言えよ!」
「……んー」
この反応は、こちらが困る。
“ 確かに見覚えがあるんだけど……、あっ! ”
その時レベッカはひとつの光景を思い出した。
『 今のうちに逃げようよ 』
『 そうだな… 』
暗い夜のバラ園で、こそこそと話していた二人組を。
「思い出したっ!」
「──…っ」
柱から顔だけ出したその少年を、思わず指差した。
「君はあの夜にクロードと一緒にいた──」
「あの時ののぞき魔!!!」
二人はほぼ同時に叫んでいた。
「のっ、のぞき魔ですって!?」
「だって!上のテラスからこそこそ僕らを見てたじゃないか」
「な……//」
少年の口から出てきた心外(シンガイ)……というか無礼?な言葉に、レベッカは取り乱していた。
「わたしはのぞき魔ではないですし、それに…覗かれて困ることをしてたのはどっち!?」
「べ…べ…、別に…っ…困ることなんて……ししししてないもんね!」
「いい? あなたたちはあの日、ド・ロ・ボ・ウ をしてたのよ。わかってる?悪いことなの!」
「…っ!!…だって…」
彼女のあまりの剣幕に、少年は勢い負けする。
怯んで口ごもったかと思えば、また柱の後ろに隠れてしまった。
「だって…」
「──…」
柱から聞こえる力の無い声──
少し落ち着いたレベッカは、腰に手をあててふぅと溜め息をついた。
…周りを廻廊(カイロウ)に囲まれた中庭では、中央の噴水がアーチ状に水を噴き上げている。
レベッカはその噴水に目をやって、…そして子供が隠れている柱に視線を戻した。
「あの…怒って悪かったわ。もう怒鳴ったりしませんから、出てきなさい」
「……、…ほんと?」
「ええ、本当」
こんな小さな子供を相手に、怒鳴り声ではいけないだろう。
レベッカは熱くなった自分を静めてゆっくりと…柱の奥に語りかけた。
「怒らない?」
「怒らない」
「捕まえたりしない?」
「捕まえない」
少年の言葉を繰り返すレベッカ。
しばらくして安心したのか、彼は柱の影から姿を現した。
「…君の名前は?」
「カミルだよ」
レベッカが名を聞けば素直に答える。
「わたしはレベッカです」
「そっか…、レベッカさまはこの城のお姫さま?」
「──お姫様?」
小さな子供はまだ、貴族の中の呼び名や肩書きなんてわからないのだろう。
城に住んでいる女性は、取り合えずみなお姫様なのだ。
お姫様──
その言葉に含まれているなにかキラキラとしたイメージが可笑しくて、レベッカは思わず笑ってしまった。
「ふふっ…そうね、お姫様かもしれないわ…。あなたは何者なの?カミル」
「何者って…っ、別にドロボウなんかじゃないぞ」
「それはわかっているから。いつもは、何してるのかを聞きたいのです」
レベッカに近づこうとしていたカミルは、一瞬だけその足を止めた。
彼女が信頼できる人かどうかがわからないのだ。
「なに?やっぱり泥棒?」
「ちっ、違うよ!ドロボウじゃないよ!」
「シーッ…!静かにしないと見回りの衛兵に見つかるわよ」
「あ、そっか…」
ハッとしたカミルは両手で口をふさぐ
その裏表のない…ころころと変わる彼の顔が面白くて、可愛くて
「……っ」
レベッカは口許に手をあてて、必死に笑いを噛み殺そうとしていた。
「……へへ」
カミルもつられて照れ笑いをする。
そして彼は中庭に入って噴水にぴょんと飛び乗ると、その上に座ってレベッカに振り返った。
「──レベッカさまってさぁ、他の貴族のおばちゃん達と雰囲気違うよね」
なんだか話しやすい。カミルはそんなふうに言った。
「……、そこにいたら濡れちゃうわよ」
「平気、平気」
噴水の水しぶきがカミルの髪にかかっている。
「こんなのいちいち気にしてたら…僕らは生きていけないんだもん」
レベッカに心を許した様子のカミルは、屈託のない笑顔を彼女に向けていた。
「僕ん家は、父ちゃんと…母ちゃんと姉ちゃんで、畑でお仕事してるんだ」
カミルは、穴だらけの自分の靴をパンパンと叩きあわせる。
「畑仕事…農家なのね。どこの村?」
「ここからは遠いーよ。ちっちゃい村なんだけど、おーきなジャガイモ畑が自慢なんだ!」
彼の目はキラキラしていた。
それはきらめく噴水の水しぶきよりも美しい──。
これが子供の無邪気さだ。レベッカは妙に納得した。
「遠いお家から、どうしてわざわざこの城に来たの?」
「食べ物をはこんでる荷車に隠れるんだ。でね、今日はね、クロードさまに会いにきたんだよ」
「──クロードに?」
彼の名前が出てきたせいで、レベッカの表情に変化がおこる。
そしてカミルは、その変化に気がついた。
「ん、どうしたのレベッカさま」
「な…なんでもないのよ。…それより、何故クロードがここにいると思ったの?」
「それはね…」
カミルが話すには、クロードの別荘が彼等の村のすぐ近くにあるそうで、そこに行ってもクロードがいなかったので、彼がよく出かけるこの城にいると思ったらしい。
「でも来てないんだ~。なぁんだ、せっかくここまで来たのにな」
「残念だったわね…」
遠かったろうに、無駄足と知ればがっかりだろう。
「帰る前に、お菓子くらい食べていく?内緒でメイドに頼んであげるわ」
「お菓子?」
キラーン
カミルの目が光った。
メイドに用意させた焼き菓子は、芳ばしい匂いで二人の食欲を動かした。
人目につかない木陰のベンチで、はしゃぐカミルとお菓子をつまむ。
口一杯にほおばりながら、彼は自分のことをたくさん話した。
好きな女の子の話、かわった形のジャガイモの話、母親が縫ってくれたズボンの話…。それらは楽しく、つきることを知らなかった。
──そうして時間が過ぎてゆく
「──ねぇ、そろそろ帰らなくて大丈夫?お家はここから遠いんでしょう?」
暗くなる前に帰さなければと、心配したレベッカが問いかけた。
「帰りの荷車が出るまでもう少し時間があるんだ。見つからないようにのりこめば、家の近くまで行けるんだよ」
「……。それ…誰に教えてもらったの?」
「へへ、クロードさま~」
「ああ、そうなのね。…………ハァ」
たくましいのは良いことだが、レベッカにしてみれば複雑な心境だった……。
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