略奪貴公子 ~公爵令嬢は 怪盗に身も心も奪われる~ 【R18】

弓月

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第四章

可愛らしい突撃者

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 後日

 レベッカは城の中庭を散策中に、見覚えのある少年とはち合わせた。 

 ヨーロッパに特徴的な、雲ひとつ見あたらない真っ青な空の下。レベッカがちょうど昼食を終えた時間帯だった。

「……、君は…?」

「……げっ!」

 お互いの顔を見た途端、二人の動きは止まる。

 どこかで見たことある気がする…

“ 誰だったかしら……?この子 ”

 レベッカが思い出そうとする間に、赤茶色の髪の小さな男の子は、中庭を囲む柱の裏にさっと隠れてしまった。

「……」

 レベッカはその柱を黙って見つめる。

「……」

「‥‥ドキドキ」

「……?」

 そー…っ

 ──バチッ

「……ッ!!!」

「???」

 柱からゆっくり顔を出した少年は、再びレベッカと目があって顔をひきつらせた。

 なぜか勝手にあたふたしている。

「な、なんだよお前っ…」

「?」

「何とか言えよ!」

「……んー」

 この反応は、こちらが困る。

“ 確かに見覚えがあるんだけど……、あっ! ”

 その時レベッカはひとつの光景を思い出した。


『 今のうちに逃げようよ 』

『 そうだな… 』


 暗い夜のバラ園で、こそこそと話していた二人組を。

「思い出したっ!」

「──…っ」

 柱から顔だけ出したその少年を、思わず指差した。

「君はあの夜にクロードと一緒にいた──」

「あの時ののぞき魔!!!」

 二人はほぼ同時に叫んでいた。



「のっ、のぞき魔ですって!?」

「だって!上のテラスからこそこそ僕らを見てたじゃないか」

「な……//」

 少年の口から出てきた心外(シンガイ)……というか無礼?な言葉に、レベッカは取り乱していた。

「わたしはのぞき魔ではないですし、それに…覗かれて困ることをしてたのはどっち!?」

「べ…べ…、別に…っ…困ることなんて……ししししてないもんね!」

「いい? あなたたちはあの日、ド・ロ・ボ・ウ をしてたのよ。わかってる?悪いことなの!」

「…っ!!…だって…」

 彼女のあまりの剣幕に、少年は勢い負けする。

 怯んで口ごもったかと思えば、また柱の後ろに隠れてしまった。

「だって…」

「──…」

 柱から聞こえる力の無い声──

 少し落ち着いたレベッカは、腰に手をあててふぅと溜め息をついた。

 …周りを廻廊(カイロウ)に囲まれた中庭では、中央の噴水がアーチ状に水を噴き上げている。

 レベッカはその噴水に目をやって、…そして子供が隠れている柱に視線を戻した。

「あの…怒って悪かったわ。もう怒鳴ったりしませんから、出てきなさい」

「……、…ほんと?」

「ええ、本当」

 こんな小さな子供を相手に、怒鳴り声ではいけないだろう。

 レベッカは熱くなった自分を静めてゆっくりと…柱の奥に語りかけた。

「怒らない?」

「怒らない」

「捕まえたりしない?」

「捕まえない」

 少年の言葉を繰り返すレベッカ。

 しばらくして安心したのか、彼は柱の影から姿を現した。

「…君の名前は?」

「カミルだよ」

 レベッカが名を聞けば素直に答える。

「わたしはレベッカです」

「そっか…、レベッカさまはこの城のお姫さま?」

「──お姫様?」

 小さな子供はまだ、貴族の中の呼び名や肩書きなんてわからないのだろう。

 城に住んでいる女性は、取り合えずみなお姫様なのだ。

 お姫様──

 その言葉に含まれているなにかキラキラとしたイメージが可笑しくて、レベッカは思わず笑ってしまった。

「ふふっ…そうね、お姫様かもしれないわ…。あなたは何者なの?カミル」

「何者って…っ、別にドロボウなんかじゃないぞ」

「それはわかっているから。いつもは、何してるのかを聞きたいのです」

 レベッカに近づこうとしていたカミルは、一瞬だけその足を止めた。

 彼女が信頼できる人かどうかがわからないのだ。

「なに?やっぱり泥棒?」

「ちっ、違うよ!ドロボウじゃないよ!」

「シーッ…!静かにしないと見回りの衛兵に見つかるわよ」

「あ、そっか…」

 ハッとしたカミルは両手で口をふさぐ

 その裏表のない…ころころと変わる彼の顔が面白くて、可愛くて

「……っ」

 レベッカは口許に手をあてて、必死に笑いを噛み殺そうとしていた。

「……へへ」

 カミルもつられて照れ笑いをする。

 そして彼は中庭に入って噴水にぴょんと飛び乗ると、その上に座ってレベッカに振り返った。

「──レベッカさまってさぁ、他の貴族のおばちゃん達と雰囲気違うよね」

 なんだか話しやすい。カミルはそんなふうに言った。

「……、そこにいたら濡れちゃうわよ」

「平気、平気」

 噴水の水しぶきがカミルの髪にかかっている。

「こんなのいちいち気にしてたら…僕らは生きていけないんだもん」

 レベッカに心を許した様子のカミルは、屈託のない笑顔を彼女に向けていた。

「僕ん家は、父ちゃんと…母ちゃんと姉ちゃんで、畑でお仕事してるんだ」

 カミルは、穴だらけの自分の靴をパンパンと叩きあわせる。

「畑仕事…農家なのね。どこの村?」

「ここからは遠いーよ。ちっちゃい村なんだけど、おーきなジャガイモ畑が自慢なんだ!」

 彼の目はキラキラしていた。

 それはきらめく噴水の水しぶきよりも美しい──。

 これが子供の無邪気さだ。レベッカは妙に納得した。

「遠いお家から、どうしてわざわざこの城に来たの?」

「食べ物をはこんでる荷車に隠れるんだ。でね、今日はね、クロードさまに会いにきたんだよ」

「──クロードに?」

 彼の名前が出てきたせいで、レベッカの表情に変化がおこる。

 そしてカミルは、その変化に気がついた。

「ん、どうしたのレベッカさま」

「な…なんでもないのよ。…それより、何故クロードがここにいると思ったの?」

「それはね…」

 カミルが話すには、クロードの別荘が彼等の村のすぐ近くにあるそうで、そこに行ってもクロードがいなかったので、彼がよく出かけるこの城にいると思ったらしい。

「でも来てないんだ~。なぁんだ、せっかくここまで来たのにな」

「残念だったわね…」

 遠かったろうに、無駄足と知ればがっかりだろう。

「帰る前に、お菓子くらい食べていく?内緒でメイドに頼んであげるわ」

「お菓子?」

 キラーン

 カミルの目が光った。




 メイドに用意させた焼き菓子は、芳ばしい匂いで二人の食欲を動かした。

 人目につかない木陰のベンチで、はしゃぐカミルとお菓子をつまむ。

 口一杯にほおばりながら、彼は自分のことをたくさん話した。

 好きな女の子の話、かわった形のジャガイモの話、母親が縫ってくれたズボンの話…。それらは楽しく、つきることを知らなかった。


 ──そうして時間が過ぎてゆく


「──ねぇ、そろそろ帰らなくて大丈夫?お家はここから遠いんでしょう?」

 暗くなる前に帰さなければと、心配したレベッカが問いかけた。

「帰りの荷車が出るまでもう少し時間があるんだ。見つからないようにのりこめば、家の近くまで行けるんだよ」

「……。それ…誰に教えてもらったの?」

「へへ、クロードさま~」

「ああ、そうなのね。…………ハァ」

 たくましいのは良いことだが、レベッカにしてみれば複雑な心境だった……。







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