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第四章
怪盗の正義
しおりを挟むそれからレベッカ達は続けて二曲を躍り、彼女の息があがり顔が火照り出したところで休憩を挟んだ。
ホールの中央ではまだダンスが続いている。
賑やかな場所から離れ、レベッカは窓から暗い外の景色を眺めていた。
「何か見えますか?」
「……っ」
窓の向こうを見ていると、背後から不意に耳元で囁かれる。
振り替えるとそこにはクロードがいて、手には二人分のワイングラスを持っていた。
彼は片方をレベッカに手渡して壁に背を預ける。
「意外と早かったですね」
「…そうでしょうか」
仮面を付けたご婦人たちに囲まれていたと思ったら、いつの間にかレベッカの隣りに戻ってきている。
「ダンスって…こんなに楽しいものとは知りませんでした。初めてそう感じたかもしれません」
レベッカが隣のクロードに話しかけた。まるで…まだこの昂る気持ちが冷めないとでも言いたげに。
そのために、静かな外の世界を眺めていたのだとでも言いたげに──。
クロードは黙って耳を傾け、白ワインをコクりと喉に流し込んだ。
それを見上げるレベッカの顔にいたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「でもわたし、実は、喉が渇いたときはワインではなくてビールを飲みたい女です」
「──…フッ、それは失礼しました」
クロードも笑っていた。
「…ばか、冗談です」
“ ホントのこと言うと冗談でもないけど… ”
レベッカもワインを一口飲むと、グラスについた赤い口紅を指で拭う。
今の自分は着飾らない言葉が素直に出てくる…そんな風に感じながら。
「ねぇ…ひとつ聞いてもいいですか?クロード」
「もちろんですよ」
ずっと気になっていた。いつか…聞きたいと思っていたことを、今なら聞ける気がしたのだ。
「どうしてあなたは物を盗むの?」
「……これはまた」
随分と今さらな質問だ。
クロードはそう言いたげにクスリと微笑する。
「あなたは貴族でお金を持っている。わざわざ危険を犯して盗まなくても、欲しいものは手にはいるはずよ」
にもかかわらず、あなたは《 怪盗 》を名のる
「…わたし、考えました」
「──…」
「あなたが物を盗む、本当の目的を──。あなたが忍び込むのは、決まって貴族かお金持ちの商人なんでしょう?」
メイドたちがそう話していたのをドア越しに耳にしたことがある。
またその時、メイドはこんなことも言っていた──。
『 その怪盗はきまって置き手紙を残していくの
Der Appetit kommt beim Essen
…欲には限度がない、ですって 』
──…欲には限度がない?
つまり怪盗が示唆しているのは、欲にまみれた貴族たちの世界。その世界を、あなたは嫌っているから…。
「だから彼等をこらしめようとして、貴族から物を盗むのですよね?」
「……」
レベッカの問いには、すでに確信のようなものが混じっている。
レベッカが彼を見上げると、クロードは驚いたように目を開いて彼女をまじまじと見つめていた。瞳を隠してしまいそうな長い睫毛(マツゲ)が、パシパシとまたたく。
…彼は動揺しているのだろうか。
「…ね?そういうことなんでしょう?」
「これは参りました……鋭い考察ですね、レベッカ」
その通り
怪盗が彼等を狙う理由は、贅沢な暮らしに明け暮れる貴族や商人たちへの復讐だ。
貧しい生活を強いられている人々を省みない、傲慢な彼等たちへの警告──。
「──なんて、言うとでも思いましたか」
「──…え」
「……フッ、ちょっと、失礼…っ」
「……!」
なんと、口許を隠して顔をそらしたクロードは、肩を震わして笑い出してしまった。
「……//」
「……ククッ」
「なっ…何がそんなに面白いの…!?そんなに笑うことないでしょう…っ」
「……っ」
「失礼です!なら本当の目的を教えてくださればいいでしょう!?」
自信満々に言ってしまったぶん、こんな反応で返されたら いたたまれなさが計(ハカ)り知れない。
今すぐ逃げ出したいほど恥ずかしいレベッカは、顔を沸騰させて彼を問い詰めた。
「ふふっ……ハァ、……何故あなたは……それほど理由にこだわるのですか?」
クロードは彼女から顔をそらしたままそう呟(ツブ)めく。
「財力のある者が他人から物を盗む…それが、それほど不自然なことなのですか?」
だからレベッカ
あなたは理由に拘るのか
「──残念なことに、あなたの話すような複雑な理由はありません」
「ならどうして…」
「…そうですね。あなたは鬼ごっこをした経験はございますか?」
「おにごっこ?」
「でしたら、隠れんぼは?」
「あ…、それなら昨日カミルという子としました」
レベッカは首をかしげた。
え?それがどう関係するの?
ピンときていない彼女に、クロードは説明を付け足す。
「──ですから、私は隠れんぼが好きなのですよ。……レベッカ」
「???」
「つまり彼等の館に忍び込み、その目を欺いて宝石を頂き立ち去る──私にとっては隠れんぼと同じゲームのようなものです」
「ゲームですって…?」
クロードにとって怪盗とは、ゲームを楽しむための仮の姿。
どうせゲームをするのなら、より難しく…スリルある方が楽しめる。だから狙うのは貴族の館。財ある者の住処なのだ。
「農家のボロ屋に忍び込んでリンゴをひとつ頂いたところで…なんのスリルもないでしょう?」
「……っ」
「狙うのは…大物だけで十分だ」
言葉をなくしたレベッカの横で彼は平然と言い放った。
彼は盗品を自分の手元におかない。
レベッカの言う通り彼は貴族であり金に困ってはいないので、本来なら必要のないものなのだ。
クロードが盗品を引き渡す裏売人は
彼の古くからの友人──だそうだ。
“ その友人とどういう経緯で知り合ったのかは聞かないでおこう…… ”
話を聞けば聞くほど、 踏み込んではいけない領域に入り込んでいる気がする。
「で、も、カミルは? あの子に協力してあげたのはどうしてですか?」
「──あの子供か」
きっと…困っているカミルを放っておけなくて協力してあげたのよね
ね?そうよね!?
「協力してあげたといいますか…協力させたといいますか…」
「……」
「手伝わせたのは真実です」
クロードがこの国に訪れて数日後。
別荘の向かいにある小さな農村から、ひとりの少年が訪ねてきたのだと、クロードは彼女に話し始めた。
───
『 おーい!貴族さま、貴族さま 』
『 ──? 』
『 クロード様、子供が門の外で叫んでおりますが…追い返しますか? 』
『 どうりで騒がしい…。通してやれ 』
それは人を訪ねるには相応しくないまだ早い朝だった。
クロードに命じられた通り、付き人のレオが小汚ない格好をした子供を迎えにいく。
ギイッ──
門の鍵が開かれた。
『 ……何かご用でしょうか 』
『 あ、貴族さま!お願いがあってきたんだ 』
門を開けたレオを主(アルジ)だと思い込み、カミルは彼に話を始める。
『 僕の父ちゃんが病気になったんだ、だからお医者さんのところに連れていきたいんだよ 』
『 …… 』
『 でもお金がないんだ 』
『 …… 』
『 だからお金をください! 』
無言のレオを、負けじと見上げる真っ直ぐな目。
『 ……、少々お待ちください 』
『 うん 』
お願いを聞いてくれるまでここを一歩も動かない
その意志が強く見てとれた。
コンコン──ガチャ
『 失礼します。あの子供が医者を必要としているのですが 』
『 ああ…話はだいたい聞こえていましたよ 』
『 …この周辺に医者はおりません。私が代わりに診て参りましょうか 』
『 …… 』
『 …クロード様? 』
『 子供を部屋に通しなさい 』
早朝のバルコニーで読書をしていたクロードは、本を置いて自らも立ち上がった。
部屋の中に通されて席についたカミル。
『 …すご 』
この館はクロードにとっては滞在に使う別荘でしかないために、必要最低限の部屋しかない。
それでもカミルにとっては信じられないような豪邸だ。
レオが彼に運んできたホットミルクからあがる湯気をしげしげと見つめていた時──
客間の扉が開き、クロードが部屋に入ってきた。
『 ……っ 』
クロードの姿を見たカミルはその雰囲気に圧倒され緊張し、思わず背筋を正す。
『 …名前は? 』
『 カミル 』
カミルの隣の椅子を引き、彼はそこに腰掛けた。
クロードはレオに席をはずさせた。そして彼が部屋から出たところで、カミルに話しかけた。
『 あの男は私の従者で、医者でもある 』
『 え…っ、それじゃあ…! 』
『 今からカミル、お前の父上のところに彼を遣わせましょう 』
『 ホントに!? 』
カミルの顔が輝く
──シッ
大声で礼を言おうとした彼の口を、クロードの人差し指が制した。
『 ──ただし 』
『 …? 』
『 ただというわけにはいかない 』
『!!』
『 …当然だろう? 』
カミルは難しい顔をする。
もとはと言えば、その金がないからクロードを頼ってここに来たのだ。
『 でも僕……お金がないんだ 』
『 わかっている。必要な額は…今から私と共に、自分で調達してもらいます 』
『 自分で?ってどうやって…?』
『 ──私の言う通りにすればいい 』
信頼できるかもわからない者に、安易にすがるな
自分の力で必要なものを手に入れるのです
『 父上を救いたいのでしょう? 』
『 …うん 』
『 ──いい子だ 』
早く飲まないと冷めてしまう
クロードは目の前に置かれたホットミルクを飲むように、カミルの頭を撫でて催促した。
───
「……と、そういう経緯です」
「それって…つまり」
クロードの話を聞き終わり、レベッカは頭の中を整理してみる。
「──つまり、お父様の診察代として、カミルに泥棒の手伝いをさせたのですか?」
「そういうことです」
もとより裏売人に流す予定だった戦利品を、今回はカミルに渡しただけ…。
それの一部はすでに診察代としてクロードに払われた。残りを何に使うのかは、カミル次第だが──。
「…レベッカ、勘違いしてはいけない」
「…?」
クロードの声の雰囲気がふっと変わった。
「私は決して善人ではない。…あなたが願うような慈悲深い人間ではないのです」
「わたしが…願っている?」
「怪盗はただの怪盗でしかない。美化することなどできないのですよ」
「──…」
彼は…、クロードは、自分の行為を正当化する気などさらさらなかった。
ただレベッカが彼の行いを正義だと思いたかった。それだけのことだったのだ。
「……不味いな」
不意に
クロードがその言葉とともに溜め息をもらした。
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