略奪貴公子 ~公爵令嬢は 怪盗に身も心も奪われる~ 【R18】

弓月

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第五章

宝を守る武器

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「…クロードの大切な女(ヒト)は、もういない」

 レオがいなくなった後、レベッカは寝室の椅子で物思いにふけっていた。

「……」

 クロードには別に好きな女性がいた

 そしてその女性は死んでしまった

“ 一年前なんてつい最近だわ。今でもきっと、その人を忘れられないのね… ”

 これまでのクロードとの関わりで、彼から好意を寄せられているのではと思う時もあった。大切にされているんじゃないかと。

 でもわたしは──その女の人の代わり…なの?

 考えるだけで苦しくなる。

 こんな気持ちで部屋にこもっていてはかえって体調が悪化しそうで、レベッカは部屋の外に出た。


ザワザワ……


「──?」

 ちょうど彼女が扉を開けた時、調理場の中が賑やかなことに気が付く。

「スゴく美味しい!ほっぺた落ちちゃう」

「きゃっ…いい子ねっ」

「ほんとーに可愛いわ♪」

 賑やかなメイドたちに混じって、覚えのある高い子供の声が聞こえてきた。

 レベッカの目が思わずそちらに向く。

 そして歩いていた。

「レベッカさまはどこかな?この前みたいに一緒に食べようっと」

 その声が、懐かしくて懐かしくて…。聞こえてくる無邪気な言葉が可愛らしくて、レベッカは駆け寄ると調理場の戸を開けて覗いていた。

「──! あっ、みっけ!」

「カミル!」

 そこには予想通りの満開の笑顔で、入ってきた彼女を見るカミルがいたのだ。

 カミルが両手にのせた皿の上には、パイ生地の焼き菓子が積まれていた。芳ばしい匂いが調理場に漂っている。

「レベッカさまも、食べて?」

「あなた達が作ったのですか?」

「…っ、申し訳ありません」

 主の許可も得ずに、城外の子どもに勝手に菓子を振る舞うなんて…おとが目のない筈がない。

 料理人とメイドは、レベッカの顔色を伺って小さくなってしまった。

 ──けれどレベッカは笑顔だった。

「良かったわね、カミル」

「うん!ほら、これ…」

「──…ん」

パクッ

 カミルがひとつを彼女の口に押し付ける。

 焼きたてでまだ熱の残ったパイは、噛めば中からトロッとした甘い砂糖が口に広がる。煮詰めた砂糖から果実の酸味があとを追ってやってきた。

「美味しい…わね」

「でしょ?」

「あっ、いけないこぼれた…!」

 いきおいでかじったせいで、パイ生地の欠片がドレスの胸元にこぼれ落ちていた。

 ついでに口のまわりにもちらほら…

「レベッカさま、汚れちゃってる」

「…あら…ふふ、本当ね」

 もったいないね

 レベッカは舌でペロリと欠片を食べる。行儀がいいとは言えない。

 そんな彼女を見て料理人達もやっと気を休めたらしく、穏やかに笑っていた。




 それから雨が降り始めた。

 外には行けないので、二人は菓子の皿を持ったままレベッカの寝室に入った。

 部屋の隅にある小さなテーブルセットには、ちょうど椅子がふたつある。そこに腰かけて皿を置いた。

トク トク トク トク.....

 メイドがティーセットを運ぶ。

 飲みやすいアールグレイの香り豊かなポットと、カミルのための沢山の砂糖を添えて、コップに紅茶が注がれる。

「…………」

 湯気をながめるカミル。

「苦くないのよ?飲んでごらん」

「…貴族さまってへんな飲み物ばっかりだねぇ。クロードさまも面白いのを飲ませてくれたな」

 それはカミルが初めてクロードの別荘を訪ねた時にふるまわれた、ホットミルクのことだ。

「白くて、甘くて、あったかくて」

「何かしらそれ…」

 レベッカは、大きな鍋で白い液体をグツグツ煮込むレオの姿を無意識に想像していた。

“ その飲み物、怪しいわね… ”

 鍋を混ぜるレオの後ろで不適に笑うクロードが見える…。ただの想像なのだが、少し怖い。

「…っ…これは全然怪しい飲み物じゃないから!
 安心して飲んで大丈夫よ」

「わかった!いただきまっす」

ゴック ン 

「甘い~♪」

 出された砂糖をほとんどいれてしまったので、カミルがたった今飲んだのは紅茶というよりは砂糖湯。

 砂糖入れすぎかも

 レベッカはそう感じていたのだけれど、砂糖を見たときのカミルの目の輝きっぷりを見たら何も口出しできなかった。

「それで今日は、何をしにここまで来たの?またクロードを探して来たのかしら」

「ちがうよ。クロード様はいま、お屋敷にいる」

「そう…」

 やはりクロードは、今は人前に姿を見せるわけにいかないのだろうか。

「僕はね、この近くの街までおつかいに来たんだ」

「何のおつかいに?」

「これっ」

 カミルが上着のポケットから取り出したのは、折り畳まれた小さな羊皮紙。

 ここに書かれているのは、何かの道具の絵だろうか?

「畑を耕すのに使うんだ」

「ふ~ん」

 貴族であるレベッカには馴染みのない道具だった。

 絵の横にそえられたメモの文字にも目を通す。




 ◇◇◇



 職人である貴方の腕を見込み、これら農具の製作を依頼します。製作にかかる費用はこの少年が支払うでしょう。


 …では。


 Claud─Michel・Geofrroy・de・Bourgeat



 ◇◇◇



「──クロード!?」

 羊皮紙の右下に書かれたサインの名を見て彼女は驚いていた。

「これをクロードの命令で買いに来たの?」

「…良い道具を使うことはひつようふかけつ」

 カミルはクロードの口調を真似て胸を張る。

「職人は見つかった?」

「地図に書いてある鍛治屋さんに行ったらちゃんといたよ。それがね…!

 ──そこにね、この前会った怖い目付きの黒髪の兄ちゃんがいたんだよ!」

 …黒髪の兄ちゃん?

「もしかして…アドルフ?」

「僕びっくりしちゃった」

「──…」

 クロードが、カミルをアドルフの所へ行かせた?

 二人はいつからそんな仲になったのだろうか…。レベッカの知らない二人の関係に、彼女は疑問を抱くしかなかった。

「黒髪の兄ちゃんに、渡された紙を見せたんだ」

「……」

「そしたらますます怖い目になってさ…っ、黙っちゃったもんだから」

 カミルは口を尖らせる。

「依頼は受けてやるから七日後に取りに来い。って、それだけ言って奥の部屋に入ってったんだよね」






───




 そのころ城下街では──

 雨が降り出したので、店前の道具を中にしまうアドルフがいた。   

「……」

 彼は道具をしまう片手間に、一枚の羊皮紙を手に持ち眺めていた。





 ◇◇◇



 農具は少年から…


 そしてこれは、私からの依頼です。


《 悪党から宝を守りぬくために必要な武器 》


 ──それを作って頂きたい。


 期限は定めないが、なるべく急いだ方がいいでしょうね。


 Claud─Michel・Geofrroy・de・Bourgeat




 ◇◇◇




 アドルフはその文字をゆっくり目で追う。

 レベッカに読み書きを教わったおかげで、彼は周囲の職人仲間には珍しく識字ができるのだ。

「……」

 羊皮紙を裏返すと、そこには細身で長い刃の剣が、白い柄と剣帯とともに描かれていた。

「……っ」

グシャ…ッ

 顔をしかめたアドルフが、羊皮紙を握りつぶす。

 そして農具の製作に取りかかるため、分厚い鉄を棚から抜き出し、彼は火をおこす用意を始めた。





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