略奪貴公子 ~公爵令嬢は 怪盗に身も心も奪われる~ 【R18】

弓月

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第五章

憐れな公爵夫人

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 そして日が西の空に消え去り…雨が一段と激しくなったその夜のこと。

 クロードの別荘の門の前で、ひとりの子供が彼の名を叫んでいた。

「──クロード様、門前でびしょ濡れの子供が貴方の名を呼んでおりますが…どうされますか」

「ハァ……お前は相変わらず意地の悪い男ですね。早く入れてやりなさい」

「かしこまりました」

 寝室まで尋ねにきたレオに、クロードは溜め息とともにそう言葉を返した。

 命じられたレオは少年を迎えに外に出ると、屋敷の中に彼を入れて、その濡れた身体をタオルで拭いてやった。

 少しして、そこにクロードが現れる。

「カミル、雨がひどくなり大変でしたね」

「クロードさま…」

「鍛冶職人は見つかりましたか?」

「…うん」

「そうか、なら──」

 クロードは彼の目の前まで足を進めると、その場にさっと座り目線を合わせた。

「…何故泣いているのです?」

「…グスッ…、クロードさまっ…ごめんなさい」

「……」

 クロードは目を細める。

 カミルは泣きながら話した。

「…僕っ言ったんだ…レベッカさまに、首飾りのこと」

「──…」

「ごめんなさい…!」

「──カミル」

「…っ」

 謝るカミルは名を呼ばれて、その小さな肩をビクりと反応させた。

 クロードは、そんな彼の肩に優しく手を添える。

「謝る必要などない」

「…! でも」

「風邪をひく前に帰りなさい。お前の母上が夕飯をつくって待っていることだろう」

 そしてクロードは立ち上がった。

「私の心配なら不要です。お前は気にせず帰りなさい」

「クロードさま…僕は」

「……」

「──レベッカさまが、心配なんだ…!」

「…なるほど」


カツ カツ カツ ....


 彼はゆっくりとカミルに背を向けて廊下を歩く。


《 それは私も同じだ── 》


 振りかえることなく…心の中で呟いていた。





 自室に戻ったクロードは椅子に腰かける。

 長い脚を組んで座り、右手の机に置かれた読みかけの本を手に取る。

 手に取った本の表紙を眺めながら、口を閉ざしたクロードは……なかなか本を読もうとしない。

パラッ…

 しばらくして、やっとページをめくる音がする。

「──…」

 挟まれた栞をぬき取って

 本を片手にその栞を机に置く。



 ……ハァ



「ノックぐらいしてはどうですか」

「…いたしましたが」

 それから、扉の前に黙って立っている男に、クロードはため息まじりに声をかけた。

「何の用です?」

「ノックにも気がつかないほど物思いにふけておられる、我が主の様子を伺いに」

「…レオ、言いたいことがあるのなら早く言ってはどうですか」

「……」

 村へ帰るカミルを見送った後、クロードの寝室に入ってきたレオは、本を読む主の背中に無言で視線を送っていた。

パラッ

 その後の数分──

 部屋を包む沈黙に、しびれを切らしたクロードが再び口を開く。

「あいにく私は読心術など心得ていない」

「──…」

「文句があるならさっさと言え……私はそう命じている」

「文句とは心外です」

 レオは扉の前から動かない。

「…ただ、いつまでもそうやって構えていらっしゃる余裕はないように思えますが」

「…余裕がない?」

「あの憐れな公爵夫人──
 彼女は貴方の裏切りに気づかれたのでは?」

 裏切りに気づいたあの夫人はどんな行動をおこすのだろう。

 自分ならば

 知ってしまった事実を全て公爵に話し、自らの潔白だけは晴らそうと直訴(ジキソ)する。



 ……ああ、なんて面倒な事態だ



「これ以上、子供のお遊びに振り回されては…ブルジェ家から貴方を任された私としましても、非常に迷惑なのでございます」

「…レオ」

 クロードは本を置いて振り返った。

 伏し目がちにこちらを見ている、自分と同じグリーンの瞳と目を合わせる。

「私を子供扱いとは愚かなことを…。もう十年前とは違うのですよ」

「ですがクロード様、…たとえ十年が経とうとも、貴方の子供じみた困った性格は変わっておりません」

「……」

 クロードのこめかみが僅かに動いた。

「レオ、今から庭の草むしりをしなさい」

「かしこまりました。いつまですれば宜しいのですか?」

「そうですね…、雨が止むまでで構いませんよ」

「…承知いたしました」

 主(アルジ)を怒らせたこの付き人は、悪びれず、自分の胸に手を当てて丁寧に礼をする。


 ──そして顔をあげた。


「最後に申し上げたいことがあるのですが」

「聞きません。早く行きなさい」

「…では独り言を」

「──…」

 ドアノブに手をかけたレオ。

「公爵夫人が余計な行動をおこす前に…クロード様は先手を打たねばなりません」

 彼は《独り言》を呟き始めた。

「首飾りを盗むのなら、急ぐべきだ」

「──…」

「怪盗の正体が公爵の耳に入る前に…」

「…いや」

 レオの独り言を、クロードが遮る。



「レベッカは…──彼女は

 怪盗の正体を誰にも話さないだろう」



「……!」



「…私の裏切りに気付いて、なお」



 そう言ったクロードの声は切なかった。

 窓を見つめる彼の目は細まり、誰かのことを想っている。

「……」

 レオはそっと振り返り、クロードの目線を追って自身も窓の外を見る。



 ……だから、憐れと言っているのだ



「…クロード様、どうやら雨は止んだようです」

「……」

「草むしりは終わりですから、私は部屋に戻って休むとします」

 掴んでいたドアノブをひねり、レオは寝室を出ていった。

 雨音が止み

 クロードひとりとなったその部屋で、物音の消えた真の沈黙が続くなか──彼は部屋の灯りを吹き消し、その暗闇で静かにレベッカのことを想っていた。








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