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第七章
揺れる想い
しおりを挟む彼と──
彼と会ったのは、たぶん、偶然。
ときめきとは無縁になったはずのわたしに、偶然舞いおりた出会いだった。
この公爵家に嫁いできたまさにその夜
外の異変に気がついて暗闇の庭に目を凝らせば、そこには花壇に身を潜めた彼がいた。
わたしは無意識に、衛兵から彼をかくまってしまって…翌朝、彼が怪盗だったことをメイドの話で知る。
けれど、その怪盗はわたしの前に堂々と正体を明かしてやってきた。
フランスからやって来た伯爵として──
『 またお会いしましょう…公爵夫人 』
すれ違いざまの囁きがもたらした得たいの知れない危険な予感を、今でも覚えている。
その数週間後、ベノルト様が留守のときを狙って
わたしの前に現れては──
『 可愛らしいですね若き公爵夫人。
このまま連れ去ってしまおうか…… 』
わたしの部屋に忍び込んで…
『 安心なさい、ここは花畑……恥ずかしがらず
あなたも内なる花を咲かせればよいのです 』
森の奥、菫の花の咲きみだれる場所で…
『 ここを真に美しい場所へと変えて頂けませんか?
私とともに……レベッカ 』
お忍びで行った仮面舞踏会で手をとりあい
そして
『 上出来です……私だけの姫よ 』
狭く薄暗い馬車の中で、互いを激しく求めあった。
「……っ」
わたしはもう、彼を憎んではいないの
彼のせいで、恋に落ちたの
なのに──
『 私は自身の無力さ故に大切な女を失った 』
『 あの方はずっと、ある女性を探しておられた 』
『 クロードさまは、このお城に狙っている宝物があったんだ 』
どうしてなの?クロード……!
部屋に閉じこもり、悩み苦しむレベッカ。
彼女の頭の中でクロードとの思い出が色鮮やかに駆け巡っては、裏切られた切なさが何倍にもなって押し寄せてきていた。
「わたしは騙されていただけなの…?」
あなたはわたしを利用しようとしただけなの?
カミルが言ったことは本当なの?
『 このお城には…っ…公爵さまの宝物があるんだ、それで…それでクロード様は、その宝物を盗りに 』
『──…』
『 レベッカ様には言っちゃダメだって、言われてたから隠してたんだ…!本当に…ごめんなさい 』
純粋なカミルには隠し通すことなどできなかった。
カミルによって知らされた事実は、レベッカを大きく混乱させた。
公爵家の家宝、アフロディーテの首飾り。
ベノルト様から直接聞いたことはないけれど、噂でなら知っている。
代々受け継がれてきた由緒正しきその首飾りは、正しく、宝と呼ぶに相応しい。
怪盗のクロードなら放ってなんておけないだろう。
「…どこまでが、真実?」
どこからが 、偽(イツワ)り?
《 ──私だけの姫よ 》
あなたの言葉、愛の言葉──
見つめる眼差し、熱い唇
わたしを夢中にさせたそのすべてが
今、これほどにわたしを苦しめる…
「レベッカ様…?」
「…っ…エマ」
「また夕食を残されたのですか?きちんと食べないと身体を壊してしまわれます」
ほとんど手付かずの夕食の皿を見て、メイドのエマが心配する。
「ごめんなさい…なんだか最近、食欲がないの」
何も知らないエマに悩みを打ち明けるわけにはいかない。けれど彼女は、察していた。
「レベッカ様がそのように思い悩まれているのは、ブルジェ伯爵のことですか?伯爵が姿を見せなくなってから長いですもの」
「…どうしてそう思うの?」
「その…っ、失礼ながら、エドガー様が探している怪盗の絵が、伯爵とそっくりで……だから」
「そう…よね。エマも何度かあの人に会ったものね」
「……!レベッカ様はご存じだったのですか?」
「知らないわ」
「……っ」
エドガーが用意した怪盗の人相(ニンソウ)書きについてエマが言及すると、レベッカは即座に否定した。
「知るわけないわ……!あの人が何者かなんてわたしにはわからない」
「し、失礼なことを申しました!」
「……それにね、エマ」
「……?」
「仮に怪盗の正体があの人だったとして──それをわたしが知っていたとして──…、わたしの口から、彼を密告なんてできないのよ」
「レベッカ様……!」
椅子に座るレベッカが、微笑みを浮かべてエマを見る。
若く瑞々しい美しさをたたえた顔がオイルランプで柔らかく照らされ、大きな瞳がランプの灯りでゆらゆらと揺れている。
“ レベッカ様──…本気で恋を…していたのですね ”
儚く魅惑的な彼女の顔を見て、エマはしみじみと感じとった。彼女がどれだけ強く…クロードという男に情を傾けていたのか。
そして
“ 伯爵はもう……レベッカ様に会いにくることは、ないのですね ”
同時に現実をつきつけられた。彼女の美しい微笑みの影に、深い悲しみがひそんでいる。
悪い男に恋をした──。本気で好きになったぶん、裏切られた悲しみは幾許(イクバク)か。
それでも涙は流さない。気丈なレベッカの姿が、今だけは痛ましい。
「わたしはこれで下がらせて頂きます…」
自分のほうが感情的になりそうになったエマは、慌てて顔をふせ、食器をさげるためのワゴンを引く。
「エマ…本当にごめんなさいね」
「いえ…」
──パタン
「…だめね」
食欲もなければ、眠くもならない。
エマが部屋を去った後、レベッカは本棚の書物に手を添えた。
“ わたしは周りの人にも迷惑をかけている ”
勝手に恋してふさぎこんで…自分勝手だ。
「……あ…これ」
ふいにレベッカは、ひとつ下の段に置かれた、ひとまわり小さな、そして厚みのある本を目にした。
「…ギリシャ神話」
それは、過去にクロードから贈られた本だった──。
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