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淫らな罠
淫らな罠_2
しおりを挟む「──…此処にいたのか」
ちょうど腰を下ろしたセレナの背が幹の窪みにおさまった時、木の陰から銀狼が姿を現した。
人の姿をした彼は長いマントの裾で周りの鳥達を払うように歩いてくる。
一瞬固まったセレナはすぐにツンと顔を背けて、両手で包み持つ果実を口に運んだ。
銀狼はそんな彼女の前で立ち止まる。
「……時間だ。日が暮れる前に私は此の森を降りねばならない」
「……、い、嫌です」
「口答えをするな……」
「……っ」
彼の言葉に反抗して動かないセレナだったが、同じく銀狼もその場を離れない。
「言った筈だ。此処は私の任された地ではない……。自らの森を離れたところを、天の目に入れるわけにはいかぬのだ」
「……天?」
「──我を見張るは、闇夜に浮かぶ月の影。私の天は其処に在られる」
彼にとっても譲れないのだ。
「天が現るまで時…僅か。
──…此処を降りる。早くしろ」
黒毛のマントから覗く白い手が、掌を向けて彼女に差し出された。
その状態で銀狼は、彼女の手の内の臼桃色の果実──もう実はなくなり今は皮が残るだけだが
それを見てふっと笑みを浮かべた。
「セリュスの実…、丸々ひとつを食べたのか」
「…っ…わたしの勝手だもの」
「別に私は構わない。……そろそろ、自覚症状が出てくると思うがな」
「……!? 」
彼の言っている意味がわからない。
が、少し嫌な予感がする──。
「……?…あっ」
自覚症状──?
確かに、言われてみれば先程から…
身体が、熱い…!
彼の言葉によって灯された不安は、セレナの身体に早くも変化をもたらし始めた。
そして一度異変を自覚すれば、後は早かった。
「…え?…熱い…ッッ」
ただ熱いだけではない。
少しずつ少しずつ、自らの鼓動が速く……大きくなっていくのを感じる。
「何…したの……!?」
「私は何もしていないだろう。お前が口にした果実が原因だ、セレナ」
「…ッ…こ れ?」
セレナは持っていた果実の残骸に目を見開いた。
嗅ぐ者を惑わす魅惑的な香りが、まだ辺りに漂っている。
「セリュスの実は、口にした者に癒しを与え、その身体に精気を宿す」
いわば薬
「……だが一口で十分だ」
「……ハァ…っ…」
「つまり此の実は強い媚薬。微量であれば無害だが──食べ過ぎればそれだけ……その者の意識を蝕む」
今さら言っても、遅いだろうが──。
銀狼は彼女の前に腰を下ろした。
「…ハァ…ハァ‥‥うそ‥‥っ!…ハァッ」
セレナの息が次第に荒くなる。
額には汗が滲み、意識が霞むような錯覚に陥る。
「苦しいか? 折角の薬も加減を間違えば毒と変わる」
「……ッ‥く‥‥ハ ァ…っ」
目の前の男を睨み付けたつもりでも、彼女の目はとっくに蕩けてしまっていた。
ガシッ
「──はぁッん…っ」
手当てのために袖を破りとられていた左腕を銀狼が掴むと、たったそれだけなのにセレナの身体は異常な反応を見せる。
身体を支配する神経の全てが、肌の表面に浮き上がってきたかのような……それほど敏感になっていた。
「…‥ぁぁ‥っ‥ハァ‥ッ‥ハァ……//……さ……触ってはダメ‥‥っ」
「なるほど随分と熱くなっている。この様子では意識以前に、肉体の方がもたない」
過度な量は毒となる。
薬の筈が、強い媚薬となり…
媚薬の効果を通り過ぎて、命までが危なくなる。
──セレナの状態は少々危険だ。
「‥‥‥た‥…た、‥すけて‥‥ッ……ハァ‥ハァ…っ‥……苦しイ…‥!!‥ぁっ//……ハァ…」
「──…いいだろう」
こんなくだらないことで死なれても……困るからな。
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