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第二巻
残酷
しおりを挟む所、変わり──
『 焔来は人間ではありません…── 』
村へと帰ってきたチヨ。
彼女は力なく背中を丸めて、とぼとぼと足を動かしていた。
すぐ後ろをシロが付いて来る。
シロは主人を気遣いながら、耳をおとして彼女の機嫌を伺っているようだ。
“ 焔来が、人間じゃない…? ”
『 …鬼です 』
鬼……?
“ オニ、って…なんだろう ”
リュウが告げた事実を受け止められず、チヨは何度も頭の中で繰り返していた。
“ 鬼って、あの……恐ろしい生き物? ”
そんな
そんなわけない
きっと自分が知らないオニなのだと、そんなくだらない妄言を信じたいと願う。
だって本当に…焔来が鬼なら
自分はずっと騙されていたことになる。
それはあまりに辛すぎた。
「焔来が……鬼?」
鬼──其れは、人を喰らう化け物。
「そんな…ッッ…」
忌まわしき名を呟いたチヨの身体が恐怖で震えた。
信じたくない。
彼にとって…自分がただの餌でしかなかったなんて残酷な事実だ。
“ 焔来……焔来…… ”
チヨは胸の中で彼を叫び続けた。
七年前…自分が見付けた、行き倒れの男の子。
着物は泥だらけだったけれど…お腹を空かせてやつれていたけれど、こちらに向けられた大きな黒色の瞳に釘付けになった。
一瞬で心も奪われた。
まだ幼かった自分は…あの瞬間に恋に落ちた。
この綺麗な子を死なせちゃいけない。自分が助けなきゃいけない。
そんな使命感を胸に、父様に頼んで彼を村に連れ帰った。
どこから来たのかと聞いても答えない。とにかく謎が多い焔来だったけれど、自分は全く気にしなかった。
何故なら焔来は強くて美しかったから…
そんな彼と一緒にいるだけで、自分は幸福でいられたから。
“ …その報いが、こんな形で現れたのね ”
自分は焔来の外見しか見ていなかった。
もし深いところまで踏み込んだら、鳥のようにどこかへ逃げてしまいそうで。
「……そうだわ」
ふと、チヨは歩く足を止めた。
不思議そうに見上げるシロの前で、丸まっていた背筋を伸ばす。
もう逃げられるのを恐れる心配はない。自分はすでに焔来の深いところまで知ってしまったんだ。
「わたし、焔来に…ちゃんと聞かなきゃ…」
たとえ本当に彼の正体が鬼でも今までの焔来がいなくなったわけじゃない。
今までにくれた優しさが消えたわけじゃない。
泣いてばかりの自分では駄目だ。
チヨは帰路を引き返し、村の外れにある焔来の家へと走った。
“ 焔来……帰ってるかな? ”
けれど正体を告げた彼等は、もう村からいなくなってしまったかもしれない。
彼の家にたどり着いたチヨは、一抹の不安を胸に戸口の前に来た。
引き戸は閉まっている。
訪問を知らせるために戸を叩こうとした時──
「……!」
彼女は、中の異変に気が付いた。
「…ほむ、ら……?」
何故か戸を叩く手が止まり、彼女は後ずさった。
引き戸の横には頭より高い位置に格子がある。
その隙間からは中の声が、息を呑んだ彼女の耳にはっきりと届いてしまった──。
......
「……リュウっ‥違う、俺は別に‥!チヨ様のことが好きなわけじゃあ…」
それに続いて…
何とも言えない、聞いたことのない……焔来の艶っぽい喘ぎ声が。
「‥‥‥!」
全てを察するしかないチヨは顔から色を失い、何も言葉が出てこなかった。
『 俺はチヨ様のことが好きなわけじゃない…──そんな感情はない、本当だ……! 』
勇気を出して聞こうとした、焔来の気持ち。
その答えがこうして返されたのだ。
チヨにはもう焔来への用事がなくなり、早足に駆けてきた道を、また戻るしかない。
「──…」
彼女はそのまま無言で
気付いたら、自分の家まで着いていた。
家には父と母がいた。
父は帰りの遅い娘をたしなめ、いつものように母が庇った。
「まったくお前ときたら、こんな時間までどこをほっつき歩いておった」
「まぁまぁ、きっと芝居屋の舞台へ行っていたのでしょうに」
「それにつけても、遅すぎる」
夕飯の準備はとっくにできていた。
「……焔来も、供していたのでしょう? それならば心配には及びませぬ」
「そうは言ってもだなあ」
何も言い訳を聞かせないチヨの代わりに、母が懸命に父の機嫌をとっている。
ポタリ
「……おや」
ポタリ
「おやおや…チヨ、あなた泣いているのですか?」
「…どうしたその涙は?」
「ほら、また、あなたが強く叱るから」
“ そうじゃあ、ない ”
「チヨ……?」
「……化け物がいます」
「それは、どういう意味だ…!?」
「この…村にッ──…化け物がいます…!」
「これお前、いったい何を言って…っ」
「──…焔来は鬼です」
「……!」
彼等は鬼だ
「お願い、今すぐっ…! 捕まえて。殺して。
焔来とリュウは鬼なの……!」
涙ながらに彼女は告げる。
その目は悲しみに溢れ、胸の前で握りしめた手は、嫉妬と憎しみでうち震えていたのだった──。
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