明治鬼恋慕 ~ 其の執愛は 美しく歪む ~ 【R18】

弓月

文字の大きさ
11 / 48
第二巻

残酷

しおりを挟む



 所、変わり──



『 焔来は人間ではありません…── 』



 村へと帰ってきたチヨ。

 彼女は力なく背中を丸めて、とぼとぼと足を動かしていた。

 すぐ後ろをシロが付いて来る。

 シロは主人を気遣いながら、耳をおとして彼女の機嫌を伺っているようだ。


 “ 焔来が、人間じゃない…? ”


『 …鬼です 』


 鬼……?


 “ オニ、って…なんだろう ”


 リュウが告げた事実を受け止められず、チヨは何度も頭の中で繰り返していた。


 “ 鬼って、あの……恐ろしい生き物? ”


 そんな

 そんなわけない

 きっと自分が知らないオニなのだと、そんなくだらない妄言を信じたいと願う。

 だって本当に…焔来が鬼なら

 自分はずっと騙されていたことになる。

 それはあまりに辛すぎた。


「焔来が……鬼?」


 鬼──其れは、人を喰らう化け物。


「そんな…ッッ…」


 忌まわしき名を呟いたチヨの身体が恐怖で震えた。

 信じたくない。

 彼にとって…自分がただの餌でしかなかったなんて残酷な事実だ。


 “ 焔来……焔来…… ” 


 チヨは胸の中で彼を叫び続けた。

 七年前…自分が見付けた、行き倒れの男の子。

 着物は泥だらけだったけれど…お腹を空かせてやつれていたけれど、こちらに向けられた大きな黒色の瞳に釘付けになった。

 一瞬で心も奪われた。

 まだ幼かった自分は…あの瞬間に恋に落ちた。

 この綺麗な子を死なせちゃいけない。自分が助けなきゃいけない。

 そんな使命感を胸に、父様に頼んで彼を村に連れ帰った。

 どこから来たのかと聞いても答えない。とにかく謎が多い焔来だったけれど、自分は全く気にしなかった。

 何故なら焔来は強くて美しかったから…

 そんな彼と一緒にいるだけで、自分は幸福でいられたから。


 “ …その報いが、こんな形で現れたのね ”


 自分は焔来の外見しか見ていなかった。

 もし深いところまで踏み込んだら、鳥のようにどこかへ逃げてしまいそうで。




「……そうだわ」


 ふと、チヨは歩く足を止めた。

 不思議そうに見上げるシロの前で、丸まっていた背筋を伸ばす。

 もう逃げられるのを恐れる心配はない。自分はすでに焔来の深いところまで知ってしまったんだ。

「わたし、焔来に…ちゃんと聞かなきゃ…」

 たとえ本当に彼の正体が鬼でも今までの焔来がいなくなったわけじゃない。

 今までにくれた優しさが消えたわけじゃない。

 泣いてばかりの自分では駄目だ。

 チヨは帰路を引き返し、村の外れにある焔来の家へと走った。




 “ 焔来……帰ってるかな? ”

 けれど正体を告げた彼等は、もう村からいなくなってしまったかもしれない。

 彼の家にたどり着いたチヨは、一抹の不安を胸に戸口の前に来た。

 引き戸は閉まっている。

 訪問を知らせるために戸を叩こうとした時──



「……!」



 彼女は、中の異変に気が付いた。



「…ほむ、ら……?」


 何故か戸を叩く手が止まり、彼女は後ずさった。

 引き戸の横には頭より高い位置に格子がある。

 その隙間からは中の声が、息を呑んだ彼女の耳にはっきりと届いてしまった──。





 ......



「……リュウっ‥違う、俺は別に‥!チヨ様のことが好きなわけじゃあ…」



 それに続いて…

 何とも言えない、聞いたことのない……焔来の艶っぽい喘ぎ声が。



「‥‥‥!」



 全てを察するしかないチヨは顔から色を失い、何も言葉が出てこなかった。




『 俺はチヨ様のことが好きなわけじゃない…──そんな感情はない、本当だ……! 』




 勇気を出して聞こうとした、焔来の気持ち。

 その答えがこうして返されたのだ。

 チヨにはもう焔来への用事がなくなり、早足に駆けてきた道を、また戻るしかない。



「──…」



 彼女はそのまま無言で

 気付いたら、自分の家まで着いていた。




 家には父と母がいた。

 父は帰りの遅い娘をたしなめ、いつものように母が庇った。

「まったくお前ときたら、こんな時間までどこをほっつき歩いておった」

「まぁまぁ、きっと芝居屋の舞台へ行っていたのでしょうに」

「それにつけても、遅すぎる」

 夕飯の準備はとっくにできていた。

「……焔来も、供していたのでしょう? それならば心配には及びませぬ」

「そうは言ってもだなあ」

 何も言い訳を聞かせないチヨの代わりに、母が懸命に父の機嫌をとっている。





 ポタリ




「……おや」




 ポタリ




「おやおや…チヨ、あなた泣いているのですか?」

「…どうしたその涙は?」

「ほら、また、あなたが強く叱るから」




 “ そうじゃあ、ない ”




「チヨ……?」


「……化け物がいます」


「それは、どういう意味だ…!?」


「この…村にッ──…化け物がいます…!」


「これお前、いったい何を言って…っ」


「──…焔来は鬼です」


「……!」



 彼等は鬼だ



「お願い、今すぐっ…! 捕まえて。殺して。
 焔来とリュウは鬼なの……!」



 涙ながらに彼女は告げる。

 その目は悲しみに溢れ、胸の前で握りしめた手は、嫉妬と憎しみでうち震えていたのだった──。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

ふたなり治験棟 企画12月31公開

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...