明治鬼恋慕 ~ 其の執愛は 美しく歪む ~ 【R18】

弓月

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第六巻

救出

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 何故? 焔来がここに…!?


「──…リュウの声が…聞こえた…っ」

「……っ」

「俺を呼ぶ声が…!…聞こえた」

「どうし て…」


 喘ぎに邪魔されたこんな声が、焔来にだけは届いたと言うのか。

 こうして無事に現れてくれた焔来を前にして、リュウの瞼の裏には涙が滲む。


「一緒に逃げるぞ! リュウ」


 焔来はリュウのもとへと駆け寄り、彼を縛る縄を切るために刀を鞘から抜いた。

 抜いた刀の刀身には──べったりと、赤色の血が付いていた。

 その血はまだ鮮やかで、新しい。


「焔来…平気なのかい? 狂骸湯、は…?」

「…っ…それは」


 焔来はリュウの縄を切り、彼の身体を抱き起こしたが、咄嗟にリュウから目をそらした。


「飲んだけど……もう、なんともない」

「なんとも、ない?…っ…そんな、本当に…!?」

「あ、ああ。偽物だったんじゃねぇの?」

「……!」


 焔来はわざとらしく誤魔化した。

 まだ真実は話せない…。


「俺は死ななかった。…で、あの野郎を──俺が、この刀で」

「……」

「…殺した。斬ったんだ。そのあと、屋敷にいた別の男を脅してここにいると聞き出した」


 ただこれだけは正直に話さなければと焔来は思った。

 自分が初めて、この手で人間を殺したこと…。


「──…俺を信じろって、言ったろ?」

「……うん、ハァ、そう…だね‥‥!」


 するとやっと…リュウが笑う。

 だが、リュウが口の端に浮かべた笑みは実に余裕のないものだった。



「よし行くぞ、…立てるか? 怪我は痛むよなっ…」


 先に腰をあげた焔来が腕を掴んで引っ張ると、リュウはよろけながら立ち上がる。

 彼の乱れた着物を整えながら、部屋の隅で気絶している男を睨んだ。


「くそっ、こいつ……リュウに酷いことしやがって」

「いや……っ、ハァ、あんなの気にしなくていい、僕は…平気さ…!」

「ぜんぜん平気じゃないだろ!」


 焔来から見てもわかるくらいにリュウの様子はおかしかった。

 支えるために触れた背中は熱くて、目も虚ろ。全身から汗が噴き出していて、表情も険しい。

 そんな、どう見ても大丈夫ではないリュウの顔を覗きこむ。

 いったいこの部屋で何をされていたのか……!考えるだけで臓腑が煮えたぎる。


 …そんな焔来の鼻に、ふと、甘い匂いが香った。


「…ンだ、これ…」

 この部屋の中に充満している匂い。

 それは花のように青さのある香りとは違い、もっと甘ったるくて……重たい。

 この切迫した状況に、その甘さが腹立たしくて、焔来は乱暴に鼻をすすった。


「──吸わないで! 焔来」

「え……?」

「この煙‥を、嗅いではいけない……っ」


 するとリュウが突然 態度を変えた。

 慌てて声をあげた彼の──その瞳の力は弱々しく、睫毛(マツゲ)が細かく震えていた。

 そんな目をリュウは部屋の隅へと流す。

 そこには香炉が置かれており、細く揺れる煙が…途切れることなく立ち上っていた。


 まさか、あれが……!?


「あれが毒なのか!?リュウお前っ…毒を吸わされたのか!?」

「少しなら吸っても影響ない…っ…!…だから早く…部屋を、出よう…っ」


 そう言って歩き出したリュウは、もう嫌というほど煙を吸わされたに違いないのだ。


「…この煙は…っ…命に関わるようなものじゃ、ない…。ハァ、だから焔来は気にしなくて、いい」

「ほんとかよ…っ」

「それより速く!…逃げよう、ここから……!」


 いまだ納得できていない焔来だが、リュウの言うとおりに部屋を出た。

 うまく歩けないリュウに肩をかして廊下に出る。

「ハァ…」

 焔来に支えられながら、リュウは申し訳なさそうに下唇を噛んだ。


「ごめんね焔来。…焔来だって…すごく、辛そうなのに」

「馬鹿。俺はもう心配いらない……っ」


 両側を障子にはさまれた仄暗い廊下。

 途中ですれ違った陰間(カゲマ)の少年が、二人を不思議そうに横目で見る。

 何も知らないその少年は、自分の客取りのためにさっさと廊下を曲がっていった。

 そして焔来たちは裏口から密かに抜け出し、音をたてぬように木戸を閉める。


 ...パタン


 外は凍るような寒さだった。





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