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第七巻
逃走
しおりを挟むそれからもう二度、リュウは焔来の手管(テクダ)で果てを迎える。
四度目ともなると、香煙によって押し上げられた劣情も大人しくなり、リュウの呼吸はようやく落ち着いた。
「どうだ…? リュウ…。もう、平気か?」
「…ハァ……ハァ、うん……っ」
これならちゃんと、走れるよ。
板塀から背を離してリュウが力強く応える。
「その前に…っ…ハァ、手を出して焔来」
「手を?…いいけど、なんだ?」
「これを拭き取らないと」
リュウは焔来の両手を持ち、自身の着物の袖で汚れを拭った。
自分が散々に吐き出した欲情を──
指の間にまで纏わりついたそれを、一滴も残さぬように拭いとる。
「着物が汚れるだろっ」
「焔来が汚れるより、ずっといい」
丹念に拭いた後、彼は焔来の肩を掴んで背伸びをする。
「こっちは、舐めるね…」
自分よりも少し背の高い焔来に顔を寄せて、濡れた唇に舌先を這わせた。
ペロ...
「……ッ─ぉ」
「ハァ……」
「…リュ…っ…リュウ! くすぐったい、だろ…!」
「…うん…でも、綺麗に……っ、しないと」
丁寧な動きで唇をなぞり…
押され気味の焔来に、リュウがしがみつく。
今の彼は、焔来をからかっているわけではない。香煙の効果で発情しているわけでもなく…
ただ真っ直ぐ、焔来に付いた穢れを嫌っていた。
どうにか早く、綺麗に……しないと……
「本当は…口の、中も、きれいにしなきゃ」
「……っ」
「けど…そんな時間はなさそうだね」
リュウの言葉に続いて、警笛が鳴る。
不夜町に響いた不快な高音は二人のいる路地までしっかりと届いた。
「応援を呼ばれたな」
陰間茶屋から鬼の姿が消えたことに気付いたのだろう。
憲兵たちは花街をしらみつぶしに探すつもりだ。
「まずはあの門を出るよ」
「だが門には見張りがいるんだろ?」
「そうだね。……でも、僕らの顔を知っているわけじゃない」
そう、相手は焔来たちの顔までは知らない。
けれどそれは何の気休めにもならない。それを理解しているから、二人は視線を水平より下側に…静かに路地を出た。
鬼狩り──
人々が鬼を探す時、その手段はいたって単純であり、ありきたりであり、そして曖昧である。
古来より変わることはない。
標的となるのは──" 美しき者 " だ。
この国の人間は「美しさ」を讃えながらも、同時に畏怖する本能を持つらしい。
曖昧な恐怖心が長きにわたり、多くの人間すらをも「鬼」として殺してきたに違いないのだ。
「──待て、そこの」
「……」
花街の出入口である黒塗りのアーチ門で、そこを通過しようとしたリュウが門番の男に呼び止められた。
素直に足を止めたリュウは、男から見えないところで隣の焔来をそっと押す。
焔来は人混みにまぎれて行った。
「…何用で御座いましょうか」
「面をあげろ。お前はここの馴染みでないな?」
ひとりになったリュウは平静を装い、見張り台に立つ番男に向かって顔をあげた。
番男が目を細める。
男にも見えるが、女にも見える…。そんなリュウの容姿を用心深く観察する。
合わせた目線の間には緊迫した空気が絡まった。
「僕は客として来たわけではありません。ここで奉公している二つ違いの姉に、その…会いに行った帰りですから」
「姉だと?それはどこの女だ」
「店の名は字が読めないのでわかりません」
「…姉の名はなんだ」
「お鶴姉さんです。まだ水揚げ前の新造(シンゾウ)だそうで…ご存じないかと思います」
リュウの話す内容はもちろん、その場かぎりの嘘である。
それでもリュウは、無学で姉思いな、健気な少年を男の前で演じ続けた。
「あの…通ってよろしいでしょうか? 急がなければ、家はここから遠いのです」
「待て、行かせぬ」
しかし番男はなかなかリュウを帰そうとしない。
冬だというのにじっとりと汗を浮かべ、白い肌を上気させて気怠げに見上げてくる青年は
それはそれは…妖艶で、花魁(オイラン)顔負けの色気であった。
男は本物の鬼など見たことないが
この青年が人ではないと知らされようと、そこに不思議さは全くない。
「…っ…軍部の者に知らせねば」
男は六尺棒でリュウの前方をふさぎ、見張り台の上から引き寄せた。
──しかし
ガツッ!
「ぐあ!!」
背後から横腹を殴られ、台の上から転げ落ちる。
「こっちだリュウ!」
倒れた番男の代わりに立っていたのは、刀の鞘を両手で握った焔来だ。
呻く男が起き上がる前に、焔来とリュウは花街の門を走り抜けた。
「どうした!なんだ?」
「門番が倒れてきたぞ!あそこの二人組が…っ」
二人は逃げる。
再び警笛が鳴らされて、騒ぎに気付いた憲兵が集まる。
「…っ…リュウ!この先に隠れる場所はあるか!?」
「よくわからない。あの馬に乗るよ!」
左手には、赤レンガを使った馬小屋が大きく軒を出している。
その入り口に繋がれた──おそらく憲兵が乗ってきたと思われる馬の背に飛び乗り、二人は街道へ出た。
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