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君がくれたもの

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 ……君が迷子になったのは初めてじゃない。


 四年前に、夏の、雨の日に


 あそこのベンチに座ってた俺の前に、ふらふらと現れた黒猫。







 その黒猫は、信じられない図々しさで、よりにもよって俺に助けを求めてきた。


 俺は死のうと思っていたのに


 生きる気力を失っていたのに


 ずぶ濡れでぼろ雑巾みたいに汚れた黒猫は、それでも『 死にたくない 』と──





 必死に俺に訴えてきた。


 しばらく無視を続けた。


 はらいのける気力も無いから、大人しくなるのを待っていた。


 お前もさっさとラクになれ。そんなふうにさえ思ってた。


 なのに……







 そいつは諦めない。


 必死な姿に苛立ちがつのる。なんで希望なんて持つんだ。やめろ。そんなものさっさと捨ててくれ。


 捨てさせてくれ


 希望なんて、温もりなんて……!




『 ……っ 』




 ──で、結局、俺は折れた。


 いつまでたっても離れようとしないそいつを抱き上げて、交番まで連れていったんだ。











「……おかげで俺まで病院に連れ戻されるはめになった」


「……っ」


「ホント、君って……変わってないよね」


 こうして、死んでしまった今ですら、なんとか飼い主のもとに戻ろうとする諦めの悪さ──


 その図太さは本当に、あの時から少しも変わっていない。


「猫なら猫らしくもうちょっと……っ、警戒心、持てば?」


 振り回されるこっちの身にもなれっつーの。


 俺は優しさの欠片もない言葉を吐き捨てる。 





 だが何故かこのタイミングで、君の嗚咽は止まったみたいだ。


 君はこちらに振り向いて、赤くなった大きな目をパチパチと瞬かせていた。


 その瞳にどんな感情が映りこんでいたとしても、変わらず君の瞳は綺麗に透き通っている。


 俺は仏頂面のままその瞳に吸い寄せられるように近付く。


 君の隣に立って、砂場に片膝を付けて座った。


 涙に濡れた黒髪が張り付いたほっぺたに、そっと指で触れた。


 「もう泣くな」と言う代わりに


 目尻にたまった雫をぬぐってやった。


 俺の指が縦に滑るのに合わせて、君は……くしゃりと目を細める。



 そして泣きながら笑い始めた。まるで蕾が花開いたかのように──可憐に頬を染めて。



「思い……出した、わたし…っ…。あなたのこと忘れてないよ」


「……」


「あなたの服もびしょ濡れで、ね。抱っこされてる間……わたし、凍え死んじゃいそうだったもん…っ」 



 この自分勝手な性格は、猫の特権なのか。


 俺のおかげで助かっておきながら贅沢言うなよ。



「……、そりゃー悪かったな」


「うん。──…でも…なんだか胸の奥があったかくなったの、覚えてるわ」



 ただ、頭に浮かんだ文句も一瞬でどうでもよくなってしまうほど、泣き笑う君は美しかった。







 ホントもう、目を背けたくなるくらいに


 眩しくて……






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