おっさん、黒の全身タイツで異世界に生きる。

しょぼん

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二章(前編)

第二十三話「サリエル・アバター」

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〈三人称 視点〉


 激しい衝撃は結界を破り、ステージに、その向こうの風景まで見える大きな穴を開けていた。


 倒れる身体が二体。

 その片方――
 彼は満身創痍の身体をさらに鞭打ち、状況を理解するため、這いつくばっている自らを奮い立たせた。


 その身体の持ち主。
 アンリは、衝撃で乱れた自身の前髪をかき揚げ、周囲を見渡す。
 しばらく呆然と佇んでいたアンリは、次第に状況を理解していった。


 彼の美しい金髪は、土埃や、瓦礫、ステージの破片によって薄汚れ、整った顔は絶望で大きく歪む。


 傍らに転がる身体は、クレマン――
 瓦礫に隠れてはいるが、その短さから、明らかに下半身がないのが理解できた。


 スキンヘッドの頭には痛々しい傷が刻まれ、見開かれた双眸はこれ以上ないくらい大きくなっている。
 その様は、その身に起こった出来事に対する衝撃が大きかったことを感じさせるものだった。


 そして、光を失い濁る瞳孔が彼の死を示し、もう動き出すことはないのだということをアンリに理解させる。


「な、なにが……
 いったい何が……、あ……ああっ……」

 アンリは両手を前に出し、探るように空をつかむ。
 彼の目は健在で周囲は見えているのだが、出来事を飲み込むことができずにいた。


 彼の脳裏には先刻のことがゆっくりと思い出され、冒険者の攻撃により結界が破られたことを思い出す。
 が、そんなことを許容することはできなかった。


 それまで培ってきたもの。

 何年もかけて積み重ねてきた思い。
 恥辱に耐えてまで進んできた苦難の道のり。
 必死に歩んだ道は、決して平坦ではなく山有り谷有りの連続だった。

 そして、その道のりは彼の誇りとなり、今の自信にもつながっていたのだ。


 しかし、積み上げたものは脆くも崩れ去り、その道は半ばにして途絶えた。
 そんな現実を許容することができない彼は、未だ何かを掴もうと、宙をつかんでいた。




 ――汝は力を欲するか。




 そんな彼に、何処からともなく声が聞こえる。
 その声は、アンリの頭の中に直接語りかけていた。


「欲しい。
 力が欲しい……」

 その声が誰の声なのか、彼は理解していないが応えた。
 打ち砕かれた夢の欠片を掴むために。




 ――我の召喚は、旧世界の技術を持つ者たちにより阻止された。
 ――じき、実体化されかけていた我が身体も崩れ落ち、塵と化すだろう。




 それは、元、アンリがそれを呼び出そうとしていた場所にある、黒々とした肉塊より発せられたテレパシー
 召喚を阻止された、天使がアンリに語りかける。




 ――汝の身体を我に捧げよ。




 重く、内蔵深くまで響くような低い声が脳裏に木魂する。




 ――今、我は塵と化している仮初めの身体により、この世界にどうにかとどまっている。
 ――だが、この身体の崩壊とともに、アストラル界へ戻ることとなるであろう。




 肉塊は、茸が胞子を放つように黒き破片を宙にまき散らし、脈動している。




 ――今一度聞こう。
 ――汝は力を欲するか。




 その言葉を聞き、アンリは乾きに苦しむように喉を掻く。
 いつの間にか流れ落ちていた涙は、いつの間にか枯れ果てていた。




 ――汝の身体を我に捧げ、我を顕現させるのだ。
 ――幸い、汝の身体と我との相性は良い。
 ――その身を我と融合し、新たな身体として生まれ変わるのだ。




 幼き頃を思い出す。
 式典の壇上で微笑む、美しい王妃の姿。
 その日感じた、幼き胸を焦がす思い――

 蘇る思いを燃え種に、彼の胸の奥、チリチリと最後まで燻っていた炎が姿を現す。


 おそらく天使と融合した自分の意識は消えるはず。
 意識は取り込まれ、この身体の主導権は天使が握るのだろう。

 だがしかし。
 この身体は残るのだ。


 霊が身体の檻に捕われれば、その檻に合わせるように変質する。この身体に秘められた執念は天使に影響を与えるはずなのだ。


 ならば、己の欲望をこの身体に刻み付けよう。
 天使と融合しても、己の欲望を失わぬために。


 そして、天使はその欲望を叶えるため力を振るうであろう。自分はそれをこの身体の中から夢見るのだ。


 湧き上がる欲望は、天使の呼びかけに応える。

 欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい……。

 望むもの全てを手に入れられる力が欲しい。


 アンリの口角は自然に上がっていた。
 肉塊は、身もだえるように身体を震わせると、アンリの身体を包んだ。


 これまでに無いほどの喜びが身体を駆け巡る。
 こうしてアンリと天使は融合したのだった。




§




 大穴の空いた音楽堂は、そのカタチを維持することができなくなり、崩れ落ち始めた。
 俺はそれを車上から、後ろへ振り向き眺める。



『コウゾウッ!
 大音楽堂の残骸より、妖魔のエネルギー反応があります!
 気をつけてくださいッ!!』

 イノリさんが警告を発した。

「反応って――
 今ので死んでないってこと!?」

『いえ、儀式は完全に阻止しました。
 しかし、新しい反応が生まれたのです』


 新しい反応ってなによ。
 俺は視界をズームさせて音楽堂の残骸を眺める。

 すると、その残骸から一体の人影が立ち上がった。


 その姿は、黒い翼を持つ天使。
 宇宙で出逢ったポベートールを彷彿させるものであった。

 だがしかし、違う点がある。
 その手には、さっきの死神の持っていたものと形は違うが、大鎌を携えていた。


 ん、よく見ると、羽根は生えているが、その本体その身体は金髪王子だ。
 あの金髪王子が生きていて変身したのか??
 わけがわからない。


『外見はアンリ――
 神炎旅団のリーダーですが、もう中身は違います。
 完全に妖魔として生まれ変わり、身体の構造もそれと化しています。
 ――今、スキャン完了しました。表示します』

―――――――――――――――――――――――――――
種族:上級妖魔
サイズ:8

筋力:85
耐久:38
知覚:7
魔力:188
機動:10
教育:5

攻撃力(名称:貫通力:ダメージ:動作)
・素手:0:85:1
・大鎌:20:95:2

防護値(名称:装甲値:緩衝値)
・漆黒ローブ:7:15
―――――――――――――――――――――――――――

 お、これなら倒せそうだ。
 一角熊より弱いかもしれない。

『まだ、不完全な状態なのかもしれません。
 完全な状態になる前に始末しましょう』



 ヤツは瓦礫の上で、しばらく手のひらを見つめている。

「そうか、黄金の果実により真実の姿へと――
 さしずめ、サリエル・アバター化身といったところか……」

 集音マイクが金髪王子(今は黒髪)のつぶやきを捕らえた。
 が、彼は、俺たちに気がつくと、逃げるために駆け出していた。


『――追いましょう』

 バイクに乗ったまま、その羽根つき金髪王子を追う。
 だが、スピードは速くない。すぐに追いつくと、その進行方向を塞いだ。


「悪いけど、ここで倒させてもらいます。
 恨みはありませんが、逃がしてしまうと後々やっかいになりそうですから……」


 俺はダガーを出しながらバイクを降りる。
 そして、一歩一歩、ヤツの攻撃を警戒しながら近づいていった。

 金髪王子は、コチラを正面に捕らえながらもじりじりと後退する。黒い翼を揺らめかせていた。

 身体全てを隠せるわけではないが、その大きな翼は、自身の身体を覆うようにして動く。
 そしてその隙間から――

「――ッ!」



 大鎌が、俺目がけて振り下ろされた。

 瞬時にゾーン集中状態に入る。
 ゆっくりと流れる時の中、俺は大鎌を躱しつつ、それを持つ手にダガーの一撃を浴びせた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁッ!!」
 悲鳴とともにヤツの左腕が飛ぶ。

 左腕の切り口からは黒い煙が立ち上り、斬り飛ばされた腕自体からも溢れていた。

「おのれ……おのれ……憎い……憎い……」

 金髪王子は斬られた傷口を押さえながら、ブツブツと呪詛の言葉を呟いていた。


 本当は俺だって人を殺したくはない。
 だけど……ここで逃がすのは無いなと思っている。

 絶対これは後で厄介になって戻って来るヤツだろ。
 元の世界のラノベでは散々読んできた話だ。



「本当にごめん……」

 今まででも、逃亡する際、追っ手を殺しているかもしれなかったが、殺すという意志を持って人間を殺すのは初めてだった。

 だがしかし――
 戦闘術の影響か、スッ――と殺す覚悟できる。

 よし、殺ろう。
 俺は、ダガーをヤツの首目がけて振り下ろした。



「――ッ!」

 俺の腕にはオリハルコンワイヤーが絡まっていた。
 
「だめだよッ!! おじさん!!
 その人……その人……もう動けないじゃんッ!!」

 莉奈さんだった。


「その人、殺さないとダメ??
 コレで縛って、警察に渡しちゃだめなの??

 ねぇ……ねえ、おじさんっ、おねがいっ!!
 ――わざわざ殺さなくたっていいじゃんッ!!!」

 必死に呼びかけながら近づいていた莉奈さんは、俺の腕をとり抱きしめていた。

「お願いっ……お願いっ……」


 まあ、莉奈さんの殺しに関する忌避感は今に始まったことではない。
 しかし、初の人間と言うことでそれは尚更強いモノとなっていた。

「おじさんっ! そんな顔しないでよッ!!
 ――恐いよッ!!」


 殺す覚悟をした瞬間。
 自分でも、自分の表情がなくなったのがわかった。
 それが恐いのだろう。

 わかる――わかるのだが――



『――コウゾウッ! ヤツが逃げますッ!!』

 イノリさんの声で我に返る。


 ヤツは自身の身体を黒い煙と化し、超高速で姿を消した。

『南西100m先で実体化。
 力が無いせいか、一秒ほどしかエーテル化できないようです。
 しかも連続使用は不可能――今ならまだ追いつきます』

 イノリさんの教えてくれた方向を見ると、視界でも確認ができた。
 だめだ、莉奈さんの気持ちはわかるが、ヤツを逃がすのはない――


 俺は、莉奈さんを振り払い、全力でダッシュする。
 そして人間では出すことのできないスピードでヤツの背中を追うのだった。




§




 もう少しで、金髪王子の背中を掴むことができる。


 しかし、目の前の鉄格子の門扉を、ヤツは霧化してすり抜けた。

『ヤツは公園周辺の大通りに出ました。

 人払いの結界の効果がまだ持続しているようで、人が居ない様子です。
 公園から外れた人通りの多い路地に行き、人を盾にして逃げ切るつもりのようですね』



 ――ッ。
 その前にはどうしても止めたい。

 もう、門は目の前まで迫っている。
 飛び越えることもワイヤーを出せばできるのだが――

 俺はそのまま鉄格子の門へとタックルした。


 ――ギャァァァァッン

 扉に掛けていた金属が折れ、鍵が外れる。
 そして、俺のタックルに耐えきれなくなった扉が弾けて開いた。


 転がり出るように大通りへと出る。
 それと同時に、俺の後ろから追ってきていたイノリさんが乗ったバイクも路地へ出た。


 金髪王子は翼を消し、大通りを渡っている。
 イノリさんは俺を追い越し、ヤツへと向かった。

 ヤツが路地へ逃げ込もうとした所を、イノリさんがバイクを滑らせるように差し込み塞ぐ。

 迂回しようと後ろに下がった金髪王子を、後から来た俺が塞いだ。



『妖魔よ、大人しく滅ぼされなさい。
 いくら逃げようと我々は、アナタを感知することができます。人ごみにまぎれようとしても無駄ですよ――』


 イノリさんは妖魔に警告を発する。
 いや、警告というより死刑宣告か。


「俺たちにアナタを逃がすという選択肢はありません。
 後顧の憂いを断つってヤツです――」

 俺はダガーを出し、ヤツへと近づく。
 金髪王子は俺に斬られた左腕を押さえ、身を丸めていた。
 その肩、背中は上下し、ヤツの体力も限界が近いことを物語っている。



 ――ゴオオォォォォォォォン

       ――ゴオオォォォォォォォン


 夜十時を告げる鐘が鳴る。
 大気を震わせるような振動が、数十ブロック離れた時計塔から伝わってきていた。



 ――ゴオオォォォォォォォン

       ――ゴオオォォォォォォォン


「君の言葉は帝国訛り……。
 この街には最近来たのかな……」

 金髪王子の乱れた黒髪がはらりとおちる。
 彼は俺に問いかけた。


「この街はね、妖魔結晶石からできる魔燃水で発展したといってもいい。

 クッククク……。
 だから、魔燃水を活用した様々な技術が、不断に使われているんだ――」


 ヤツの揺れている肩は、呼吸の乱れだったものから、いつの間にか笑いを堪えるものへと変わっていた。



「ふふっ、クッククク……。
 特にね、公共のものなんかそう。
 蒸気と水しか排出しないから、煤が出る石炭に比べ色々なことができるんだよ……クク……あはははは」


「なにが可笑しい……」


 なにか癇に障るヤツの笑い声に、俺は思わず返していた。


『――振動がコチラへ……コウゾウッ!!
 すぐにヤツを攻撃してくださいッ!』


 何かに気がついたイノリさんが叫ぶ。


「……このブリストルのね、公共機関は結構時間に正確なのも有名なんだ。
 もうわかるだろ。ここに来た時点で僕はもう逃げ切っていたんだ――」



 俺はダガーで金髪王子に切り掛かる。
 しかし、霧化したヤツにはその攻撃が届かなかった。

 ダガーは空を斬る。
 だが、ヤツもそんなに遠くは行けないはずだ。

 俺は、すぐにヤツの姿を捉えるため、周囲を見渡した。



 ――ゴゴゴォォォォォォォォッ

 振動とともに足元から風が巻き上がり、地下鉄の排気口から風が巻き上がってくる。
 その風は無色で、彼のいった通り煤等の含まれていない綺麗なものだった。



「――ッ!」

『……逃げられましたね。
 汽車とともにヤツの反応が遠ざかっています。
 すみません。ワタシが周囲をもう少し警戒していれば――』


 イノリさんが珍しく、落ち込んだ顔をしている。
 だけど、これはイノリさんの所為じゃない。
 どちらかというと、グダグダと止めを刺さなかった俺に責任があるような気がしていた。


「イノリさんの所為じゃないよ……」
 俺はそう呟く。


 地下鉄の振動は、もう遠くなっており、今から先の駅で待ち伏せたとしても途中で逃げられているのは確実だった。


 やっちまった感があるがしょうがない。
 今は、とりあえず街が壊滅することは防げた。
 元の世界では引きこもりだった俺が、異世界の大勢の命を救ったのだ。


 今回はそれでよし、として欲しい。




§




〈三人称 視点〉


 蒸気と喧騒が混じる駅舎にアナウンスが響くと、大陸横断鉄道の汽車がホームへと入ってくる。
 その面構えは重厚で洗練され、一目見ただけで大陸横断鉄道のモノだとわかるデザインだった。


 ブリストル・セントラル・ターミナル――
 その駅は大陸横断鉄道の線路を除けば、九本もの線路を持つ大きな駅。

 アングリアにて生産される高品質な鋼鉄を用い作られた鉄筋造りの駅で、高級な石材を惜しげも無く使った豪華な駅であった。

 駅はアングリア王国の各所に物資を運ぶため、ベイズ川に繋がる運河も併設しており、さらにはバスターミナルまである。そのことで移動のみならず物流のハブとしての役割もはたしていたのだ。


 当然、そんな大きな駅だからだろう。
 周辺は賑わい、訪れた者たちを対象にした商店や露店が立ち並んで繁盛していた。そしてそれは更に人を呼び、その賑わいに拍車をかけているのだった。



 その駅の一角。

 大陸横断鉄道の汽車。
 エウロア急行から降りる人ごみから少し外れた所で、とりわけ人目を引く容姿の女性が二人、駅にあるクッションの効いたベンチに座っていた。



「――これは?」
 その声を発した女性は、渡された紙束を持ち、眉間に皺を寄せ、片方の眉を上げてそう言った。

イエロートップスゴシップ誌ですよぉ~」
 気の抜けたような声で返す女は、緩やかにウェーブのかかった髪をいじりながらその言葉を返した。


 返された女は、キツそうな顔つきを、更に険しいものへと変え、気の抜けた女へと――
「それはわかっている。
 私が聞いているのは、なぜこんな物ゴシップ誌を渡すのかということだ」

 そう言って、気の抜けた返事をするユルい女へ、その紙束を押し返した。


「――あの、お嬢様~。
 私は思うんですけどぉ。
 お仕事の時は、あれほど、どんな情報でも情報は大切だといってるのに~、なんでコレゴシップ誌をこんな物だと言って返すんですかぁ」


 女は、押し返されている紙面を見ようともせずに、周囲を見ながらそう言う。

「お嬢様は~。
 ただでさえ、世間知らずの脳筋女子なんだから~。
 そーいうの見るべきなんですよぉ、絶対。

 ――あ、あれ見てくださいよ~。
 美味しそうなパン屋さん。
 いい匂いがすると思ったらぁ、ちょっと私、買ってきますねぇ」

 彼女は長い髪と大きな胸を揺らしながら、パン屋へ向けて走り出す。
 キツめの女はその姿を見て「ぐぬぬ……」と声を漏らした。


 手に残ったのはイエロートップスと呼ばれるゴシップ誌。

 これまで、その女は、このような新聞を読んだことがなかった。
 しかし、自分はこの国へと家名を捨て亡命してきた身。
 今までの地位を捨て、生活を捨てる覚悟で、ここに居るのだと思い出していた。


 ただ同時に、今のまま、落ちぶれたままで、済ませるつもりも無かった。彼女は泥を飲んででも、這い上がる覚悟も持っていたのである。


 ――いいだろう。

 と彼女は心の中で思う。
 私が以前のように、しかるべき地位に返り咲いた際には、このような下賎な泥ゴシップ誌をすすって情報を集めたという話も、美談へと変わるだろう。

 今だけの辛抱だと彼女は自分に言い聞かせる。



 そして、その新聞の一面を覗いた。

 「神炎旅団団長 アンリ・フィリップ失踪」


 その記事が最初に飛び込んでくる。

 それを詳しく読んでみると、元フィリス王国オルレアン家出身の冒険者アンリ・フィリップが数日前から失踪しているといった情報だった。

 そして続きには、その失踪したと思われる日、なぜかブリストルの街にて集団昏倒事件が発生したという。

 昏倒原因は集団ヒステリーだと判断され、中には神炎旅団のメンバーも複数含まれていた。
 特に数が多かったのが、中央公園の破壊された大音楽堂付近で倒れていた者たちだったのだ。

 ブリストル市警は、その大音楽堂爆破事件と集団ヒステリー事件、神炎旅団団長失踪事件との関連性があるとみて、目下捜査中であると書かれていた。



「へぇ~、どこかの、お嬢様と同じじゃないですかぁ~」

 いつの間にか帰ってきてたユルめの女が、キツめの女の読んでいた雑誌を覗き込んで言う。
 そして手に持った紙袋からパンを取り出し齧った。


「アングリアの食事は不味いとか混ぜ物が多いとか聞きますけど、案外美味しいですよ、この白パン~。
 この街だけなんですかね、美味しいのって~」

 キツめの女は、そんな彼女の様子を見ながらため息をついた。そして続けて紙面の続きを読み進めると、ハタと手を止める。


 そこのはこう書かれていた。

 「新進気鋭の冒険者。
  過去最小人数でタルタロス五階層を破る」

 さらに読み進むと、その冒険者たちは五階層を破った後、同じパーティで六階層へと向かうという。
 その記事には写真付きで、恥ずかしそうに黒いヘルメット片手に抱えた、間の抜けた中年男が写っていた。




 ――ぐしゃり

 握りしめた手が、紙面をクシャクシャにしていた。
 そして滓かにだが肩が震えている。


「どおしたんですかぁ~、お嬢様~」

 ユルめの女は、再びキツめの女の読んでいた記事を覗くと「って、これってあの男じゃ――」と言いかけて、途中で自分の口を塞いだ。


 キツめの女は無言で、スッとベンチから立ち上がり、大きな旅行用手提げカバンを持って歩き始めた。
 その歩調に合わせ、高い位置で縛られたブリュネット栗毛の髪が左右に揺れる。


「お、お嬢様~、何処へいくんですかぁ~」

 ユルめの女がウェーブの髪を左右に揺らしながら、そして大きな尻と胸を揺らして追う。
 すると、キツめの女はピタリと立ち止まり、新聞の先ほどの記事、そこに書かれた記者シャーロット・ブラウンという名前を指差した。


 そして続けて「イエロートップスだ――」と言う。

 彼女は再び歩き始めた。
 その瞳には炎にも似た揺れを宿して。





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