緋色ノ叉鬼

越子

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六、辰巳と平次

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 翌朝、山神が目を覚ますと、銃の手入れをしている男性の背中が見えた。

「小僧か……?」

 山神は寝ぼけ眼を擦りながら大和を呼んだが、彼とは違う重低音の落ち着いた声が返ってきた。

「山神様、起きだスか? 多江さんがままこしらえてけでるスな」

 それを聞いた山神は目を輝かせて勢いよく起き上がり、白米のいい匂いがする方へ顔を向ける。

「辰巳、朝飯じゃ! 行くぞ!」

 辰巳は嬉しそうに「焦らねぐでも飯は逃げね」と笑って立ち上がった。

 板の間に行くと、

「あい、咲希さん起ぎだすか。まんずこっちゃさ座ってねまってけれ。今、まま持って来るな。辰巳さんも座ってねまってけれス」

「山神様、おはようさん」

「咲希さん、おそようさん。アンタ寝坊助だな。朝はえぐに民子だばままどこ食って良い子しでらよ」

 皆、笑顔で山神を迎え、彼女もご機嫌に応えていた。女を嫌うはずの山神だったが、いつの間にか、多江と佳代には不快感が無くなっていた。どうやら上杉家に胃袋を掴まれたみたいだ。

 昨夜同様に賑やかな朝飯を終えると、佐介はチラチラと辰巳を見ていた。

「佐介くん、なした? 俺さ言いてえごとでもあるんだが?」

 さすがに佐介の落ち着かない視線に気付いた辰巳が不思議そうな顔で尋ねた途端、彼は気まずそうに目を逸らした。

 佐介は平次から辰巳のことを聞いており、興味を持っていた。彼に会えたら一緒に熊撃ちをしてみたいと思っていた。が、自分には家族との生活があるため、家を空けることが出来なかった。

 佐介の様子を黙って見ていた辰巳は、何を思ったか多江に金を差し出した。それは半年は余裕で生活出来る額だった。

「多江さん、気分悪くせねでけれな。コレで佐介くんどこ連れて行ってもいいべか?」

 あまりの高額に、多江は目ん玉が飛び出そうになった。

「あいーしがだね! こいだば度が過ぎるおがだ! 受け取れね!」

「なんもなんも。これは俺どの息子が獲った熊の分だ。俺一人だば使いきれね」

 春先に大和が山神の神社で仕留めた熊のことだろう。旅立つ時に全部辰巳に置いていったのだ。

「何より、俺も年老いだ。娘どこ守りながらの山入りだば、少ししんどいさっとごよいでねな。そこさ熊どこ相手するどなればな……若い佐介くんがいれば心強いべしゃ。俺どこ助けると思っで……なんとだスか?」

 そうは言っているが、辰巳の身体は五十手前と思えない程の体幹をしており、中年男性にありがちな無駄な脂肪が一切無い。そんな鍛えられた彼の身体を知っている山神は訝しんだ。

「辰巳さん……」

 自分の気持ちを汲んでくれたような気がした辰巳に、佐介は羨望の眼差しを向けている。そんな彼らを見た多江は溜息をついて承諾した。

「佐介、いいが!? ちゃんと藤島さんの役さ立たねば駄目だよ!? 農作業のごとだば村長さ話どこつけとくがら、母ちゃんさ、まがへれ」

「わがっでら! 母ちゃん、ありがとな!」

「兄ちゃん、怪我するでねよ?」

 不安げな佳代を安心させるように頭を優しく撫でると、佐介は身仕度を始めた。

「おい、何故あんなまどろっこしい言い方をしたんじゃ? おぬしなら小僧を誘わなくても儂を守れるじゃろう? まあ、小僧が居るに越したことは無いが……」

 辰巳は年老いたとはいえ、まだまだ現役で活躍している手練れ者だ。それを知っている山神は何故、彼が若手の佐介に対して下手に出ているのか不思議だった。

「こうせば、誰も嫌な気持ちにうだでぐならねべ?」

 そういうものなのか? と、首を傾げる山神に辰巳は、そういうものだ、と目を細めて頷いた。



   ◇ ◇ ◇



 準備を終えて旅立つ時、多江が呼び止めた。

「藤島さん、これどこ持って行ってけれ」

 辰巳が受け取った物は、平次の山刀だった。

「こいだば受け取れね。昨日、返したばっかりだで!?」

 辰巳は山刀を多江に突き返そうとしたが、彼女はそれを笑顔のまま拒んだ。

「主人が貴方さあげたものだ。どうか主人どこも山さ連れて行ってけねスか?」

 そう言われてしまうと、辰巳も受け取るしかなかった。

「……わがっだ。へば、平次の山刀どこ貰い受けるス」

 平次の山刀を腰に佩くと、辰巳は気合を入れた。

「へば、行くど!!」

 すぐさま背を向けて歩き出した辰巳の声には熱がこもっていた。

「あれは、平次に言ったのか? 儂らに言ったのか? 二の小僧、どう思う?」

「山神様、俺は佐介だ!」

「はぁ……人間は色々と面倒で難しいな」

「山神様ほどじゃねえべ」

「お前――っ!!」

 そんな言い合いをしながら二人は辰巳の後を追いかけた。

 虫に気を取られて出遅れた民子も慌てて三人の後を追いかけていった。
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