緋色ノ叉鬼

越子

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十二、覚悟

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 右京が雪治のもとに帰ってから二週間が経った。

(おかしい。気配を消しているはずなのに、何故捕まるんだ!?)

 この二週間、何度か家出を試みた右京だったが、何故か雪治に気付かれ捕まってしまっていた。何度捕まっても、雪治に動じた様子を見せない右京だったが、内心はかなり焦っていた。

 ――早く、大和と合流しないといけないのに。早く、鬼熊を倒さないといけないのに!

 そんな彼の焦りに反して、雪治を警戒していた紗月と甚太は、徐々に彼の強面な顔とぶっきらぼうな態度に慣れていくと、悪い人ではないと確信したようで彼に心を許していった。

 そんなある日の事。冬支度に備え、右京が渋々薪割りをしていると

「雪治さん、あたしに何か手伝えることねえか? 何か役に立ちてえんだ」

「雪治! その山刀ナガサどこ俺さも使わせてけれ! 俺、はえぐ強ぐなりてえんだ!」

 二人が金魚のフンのように雪治の後を付き纏っていると、動きを制限された彼はさすがに堪えたようで二人にある指示を出した。

「紗月、おは右京どこ見張ってろ。あいつは直ぐにどっかさいねぐなる」

「甚太、マタギさなりてえみてえだが、おに山刀は早い。右京とチャンバラでもやって太刀筋を教われ」

 雪治に指を差された右京は「してやられた……」と、空を仰いだ。

 そもそも毎日金魚のフンのように、雪治に付き纏うよう彼らに仕向けたのは右京だった。子供達の無垢な気持ちを無下にできない雪治は、きっと子供達で手一杯になり、自分への警戒心が解かれるだろう。そのうちに家を出ようという魂胆だった。

 まさか、こちらへ丸投げされるとは……。

 結局、日が暮れるまで紗月の視線を感じながら、右京は甚太のチャンバラに付き合う羽目になってしまった。



   ◇ ◇ ◇



 夜が更け、子供達が寝息をたてている隣の部屋で、右京と雪治は言葉を発する事なく、大小様々な山刀を研いでいた。

 昔だったら、もっと自由に、もっと楽に家を出られたはずなのに――どうにも腑に落ちない右京は思い切って雪治に訊ねた。

「雪治、どうして俺に執着する? 今、二人の子供が居るのに、どうして俺を手放さないんだ?」

 すると、心外だと言わんばかりに雪治は顔を歪めた。

「お、自惚れるなよ。俺はおに執着などしてねえ、何処さでも行きやがれ。おが俺から逃げられねえのは、覚悟が足りねえだけだ」

 意外な言葉に、山刀を研ぐ右京の手が止まった。

「……覚悟? 俺は、鬼熊を倒す為なら死ぬ覚悟はできている。あの頃から覚悟は決まっている! なのに覚悟が足りない?」

「ああ、足りねえな。俺とおでは覚悟が違う」

(雪治の覚悟!? どういうことだ!?)

 珍しく動揺する右京を見て、雪治は愉快げに笑った。

「おのそのツラっこ、久しぶりに見だな」

「……からかっていないで、教えてくれないかな」

 子供のように右京が口を尖らせると、再び雪治は嬉しそうに笑い……そして真顔になった。

「お、鬼熊どこ倒す為なら俺どこ殺せるか? 秋田さ居る仲間どこ殺せるか?」

「!? 何を言って……」

「俺は決めた。おどこ殺してでも、おどこ生かす」

「だから、何を言っているんだ?」

「復讐も仇討ちも贖罪も、おには要らねえ、ただの塵屑ごみくずって事よ。俺の一生どこかけて、おさある塵屑どこ殺してやるって言ってんだ」

 ――それが、俺の覚悟だ。

 マタギ仲間の流れ弾で実の息子を死なせてしまった雪治の言葉に押し潰されそうになった右京は、青褪めて言葉を失った。

「俺なんかに一生かけるなよ……あんたの言う塵屑ってやつを取ったら、俺には何も残らないよ……」

 すると、大きくて温かいものが、右京の身体をぎこちなく覆った。

「だから、俺が居るんだべ。仲間が居るんだべ。鬼熊の為に死んでみろや。おが死んで、おの中から俺らどこ殺したら、それこそおさ何も残らねって事よ」

 雪治は右京から身体を離すと、

「勘違いすんなで。家どこ出るんだばおの自由だ。俺は止めねえよ。だども――」

 右京は目を見開いた。

「右京、必ず生きて帰って来い!! 生きて帰って、おの覚悟どこ俺さ見せでみれ!!」

 ――死ぬ覚悟より、生きる覚悟の方が辛くて重いんだ。

 刃物のように鋭い雪治の眼光は、彼の心を砕いた。

「いつまでも逃げられると思うなで。一生かけて俺は、おの心どこ捕まえて殺し続ける。親父の覚悟、なめるなで」

 ――一生なんか、かけないでよ。俺は既に殺されそうだよ……馬鹿親父。

 身体の力が抜け、右京は呆れた笑顔で彼に応えた。



   ◇ ◇ ◇



 翌朝、右京は寝ている雪治の背に向けて「……それでも、行ってくるよ……父さん」と、小さく呟いて家を出た。

 右京が家を出てから数分後、子供達は右京が居ないことに気づき、急いで雪治のもとへ行ってみると、彼は片手で両目を塞ぎながら背中を丸めて震えた声を出した。

「……それでも、生きて帰ってこいよ……馬鹿息子」
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