緋色ノ叉鬼

越子

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十六、掴めない人

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「ところでヨネさん、そのクマタカを助けるために滝の崖から落ちそうになっていたの?」

 ようやくヨネが泣き止み落ち着きを取り戻したところ、彼女が大事そうに抱えているクマタカを指して右京が訊いた。

「んだ。この仔、様子がおかしくて……」

 佐介がクマタカを診ると、

「こいつ、翼折れてらんでね? まだ若いっけ。親元離れてすぐにイヌワシさやられたがもな?」

 鳥の中でも大きくて力強いクマタカは天敵が少ない。いるとすれば本州では最も大きくて力のあるイヌワシくらいだろう。

「へば、もう飛べねんだか!? ……可哀想だべ」

 ようやく泣き止んだというのに、ヨネは再び目に涙を浮かべていた。困った二人は顔を見合わせると、右京が「あ!」っと目を見開いて突然口を開いた。

「そうだ! 以前見つけた山小屋に行ってみる? もしかしたら鷹匠に会えるかも。こういう時は鷹の専門家に診てもらうのが一番だよね」

 雪崩に巻き込まれる前に、鷹匠の山小屋があったことを右京が思い出すと

「鷹匠!? 行ぐ行ぐ!」

 ヨネの顔色がころっと明るくなった。

(山神様みてえな機嫌の変わりようだな……)

 そう思った佐介は、朝からずっと雪がちらつく灰色の空を見上げて「やっぱ天気は変わらねえよな」と冗談混じりに笑った。



   ◇ ◇ ◇



 彼らが山小屋に辿り着いた頃、すっかり夜が更けて辺りは冷たく真っ暗になっていた。唯一、山小屋から漏れる灯りだけが暖かさを感じる。

「今夜も冷えるしばれるな……流石にこの時間だば誰かいるべ」

 そう言って、かじかんだ手で佐介が戸を叩いた。……だが、誰も戸から出てこない。不思議に思った佐介は更に強く戸を叩くと、戸がゆっくりと開いた。

 戸から出てきたのは、不機嫌そうな顔をした男だった。三白眼で三十路くらいの男が佐介達を無言で睨みつけている。

(うわぁ。おっかねえ男だな)

 出てきて早々に睨みつけられた佐介はたじろいでいたが、彼の背後からヨネが目を輝かせて男に話しかけた。

「ようやく鷹匠さんさ会えたス! あの、オラのこと憶えてねえべか!? 滝の前で会ったことねえべか!?」

 自分を見てくれと言わんばかりに、彼女は男に身を乗り出すと、今度は男がたじろぎ、彼女から目をそらしてボソッと答えた。

「……知らねえな。おめどら、こんた時間に何の用だ?」

 ……俺はてっきり小僧が帰って来たのかと……、と更に小声で呟いていた。

 男のあまりに素っ気ない反応をみて、ヨネがあからさまに落ち込むと、右京が彼女の肩に手を置きながら慌ててクマタカを指した。

「彼女が抱えているこのクマタカが怪我をしているようで……彼女が崖の上から命懸けで助けたんだよ。せめて診てやってくれないかな?」

 右京が柔和な笑みで男にお願いすると、男はぐったりとしたクマタカに視線を向けた。

「……家さ入れ」

 男に言われて彼らは家に入ると、そこには二羽のクマタカが金色のまなこをギョロっと動かし、彼らを睨みつけていた。

「紫吹、伊吹、こいつらは敵でね。客だ」

 男の声に反応した二羽のクマタカは素直に警戒心を解いて互いにじゃれ合い始める。

「へぇ~。上手く手懐けているんだね」

 右京が感嘆して二羽のクマタカを見ていると、ヨネが抱えていたクマタカを男が丁寧に診て答えた。

「片腕の骨が折れでらな」

「治るスか!?」

 ヨネが不安そうに聞いた。男が頷くと彼女はホッと胸を撫で下ろす。

「このクマタカは治るまで俺のどこで預かってやっから、おめどらはもう帰れ」

「嫌だ! オラも鷹匠さんどこさ居させてけれ」

 意外な反応だったのか、男の表情が固まるとヨネはすかさず、彼に顔を近づけた。

「ようやく、ようやく鷹匠さんさ会って、ようやく話っこが出来たのに、このまま帰れなんて……、オラ……オラはこのクマタカが治るまで家さ帰らね! んだから此処さ居させてけれ!」

 思い詰めた様子で更に彼女は男に顔を近づける。男は目を見開くと緊張したのか額から汗が流れ、ゴクリと喉仏が動いた。これ以上は……と思った右京と佐介が慌てて彼女を止めようとした時、

「……無理だ……」

 三白眼で強面な男の口から、か細い声が出た。彼らは聞き取れなかったようで耳をすませると

「駄目だ! 無理だ! そいだば出来ね! はえぐ帰れ!! 帰れ!!」

 今度は怒号が響いた。そして男は物凄い剣幕で三人を家の外に追い出した。

「み、耳が壊れるかと思ったで……」

「ちょっとヨネさん、強引過ぎるよ。流石に引いちゃうよ?」

 追い出された先で、右京が溜息をつくと、佐介も「なしてそんたに必死なんだか?」と呆れ顔で片耳をほじくった。

「……五年……」

「え? 五年?」

 佐介が聞き返したが、それだけ呟くと彼女は黙り込んでしまった。そして彼女はそのまま山小屋の前でドスンと正座をした。

「ヨ、ヨネさん!? 何してらんだ!?」

「オラ、家さ帰らね。此処さ居る!」

 ヨネは微動だにせず、真っ直ぐに山小屋を見据えている。

 四月といえど、夜は冬のように寒い。だが、一ヶ月間菊地家で過ごし、彼女が頑なで絶対に意思を曲げないことを知っている右京と佐介は、困り果ててしまった。

「佐介、どうしようか? 俺達だけ帰るわけにいかないよねえ」

「んだな。俺達も彼女さ付き合うしかねえな……とりあえず、暖取るために木の枝どこ集めて来るっけ」

「うん。そうしてもらえると助かるよ」

 そう言って右京が佐介を見送ろうとしていると、

「……あれ!? 右京さんに、佐介さんじゃないですか!?」

 聞き覚えのある声に、二人が振り向いた。

「うお!? 清兵衛さんでねが!?」

 佐介は驚いた声を出し、右京は信じられないものを見るように目を見開いていた。

「二人共、生きていたんですね!? 大和さんと山神様の言ったとおりだ! ……それはそうと、此処で一体何やってるんです!?」

 目を丸くしながら清兵衛が訊くと、ヨネを横目に二人はこっそりと彼に事情を説明した。

「――そんな事が……。あなた達も大変だったのですね」

「清兵衛さん、さっき大和とおかっぱ様って言ったよね? 彼らも此処に居るの?」

 すると、清兵衛が気まずい表情で雪崩に遭った日の事から順に話をし出した。

「――そういう事で飛吹は帰って来たのですが、また鳥小屋に引き籠もってしまいました。四月に入って一週間が経った今でも大和さんは帰って来てません。それだけじゃなくて……」

 山神も大和が居なくなってから鳥小屋で引き籠もってしまったとのこと。

 佐介と右京は、驚いた。大和に対してではない。山神に対してだった。

「あの山神様が引き籠もりだど!?」

「信じられない……」

 彼らは、山神が黙って居られない性格であることを知っている。普段であれば怒りながら山に入って自ら大和を捜しに行く筈だ、と清兵衛に教えた。

「そうなんですか!? それで民子さんも様子がおかしかったのですね」

 どうやら、民子も普段と違う山神の様子に困惑していたようだ。

「とにかく、外は寒い。皆さん、鳥小屋へ入ってください」

「そうしたいのは山々なんだけど……」

 右京はヨネを見やる。彼女は一向に山小屋の前から動こうとはしなかった。

「まるで石像みてえだ……」

 彼女を見て、ぼそりと佐介が呟く。

「俺達はとりあえず一晩彼女に付き合うよ。あ、彼女の分だけでも良いから掛け布団あれば助かるな」

 そうして彼らは清兵衛から掛け布団を借り、山小屋に住んでいる鷹匠は弥彦という名であることを教えてもらった。
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