小説家の最期

水樹

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「ある小説家が愛した旅人」

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愛するあなたへ手紙を書いてみようと思います。どうか、この手紙が届きますように。

あなたと出会ったのは、少し肌寒い秋の夜のことでしたね。小説家である私は執筆で煮詰まって近所の公園へ行きました。そこで、あなたと出会った。
あなたは冗談を言って話しかけてきましたね。あなたのような美しい人は狼に襲われる、と。きっとこの台詞はあなたの常套手段なのでしょうね。私はぜんぜん美しくないのに、息をするように言葉を出した。でも、そんなことは何も気にならなかった。
あなたは話してみるととても面白い人で、すぐに私はあなたを好きになっていった。そして、あなたも私を愛してくれていた。付き合っている関係じゃない。でも、お互いがお互いを愛していることを分かっていたと思うの。だから、何度も愛を囁き、唇を重ねた。
特に何をしたわけでもない。でも、そんな日々には価値があった。大切な時間だった。
あなたと出会ってから、一ヶ月位たった頃かな。あなたは人に壁を作っていた。ううん、壁なんて分かりやすいものじゃない。相手には知られないように、でも必要以上に相手に近づかないように、そんな間合いをとっているように見えた。あなたは人を愛せる。でも、すぐ傍にはいられない。それを分かっているから、自ら距離をとっていたように思えるの。
それでも、私はあなたのことを愛し続けたいと思った。 それは、今も昔も変わらない気持ち。
出会ってから、三ヶ月位たって、あなたは自分の夢を話してくれたね。いつか、世界中の国を巡りたい。そして、たくさんの人に出会いたい、って。とても素敵な夢だと思った。あなたは、出会いは自分を変えてくれる素晴らしいものだと言っていたけれど、私はそうは思えなかった。確かにあなたに出会えて私は変わった。でも、出会いがあるだけいつか別れが来る。明確な期限はない。でも、別れというのは残酷でなんの準備もしていないのに唐突にやって来る。だから、私はたくさんの出会いを経験したいなんて思えない。私は、少しでも長くあなたといたかった。
四ヶ月ほどたった頃。いつものベンチへ行ってもあなたは姿を表さなかった。私はベンチの上の白い封筒を見つけた。中には、あなたから別れを告げる十行の手紙が入っていた。やはり、別れは突然なのだ。突然の別れは人に悲しみは与えない。その代わりに、心の中で大事にしていた気持ちを丸ごと奪い去るのだ。あなたを渡り鳥のようだと思った。都合のいいときにそばにいて、悪くなると離れて行く。あなたは私があなたを必要としているのに気がついたのでしょう。でも、あなたには夢があった。どうしても叶えたい夢が。私がいたら、叶わないかもしれない夢。だから、こんな形で日本を発った。私はずっとベンチの前に佇んでいた。計り知れない喪失感に飲み込まれながら。
私はそれから何十年も物語を書けなかった。どうすれば良いのか、答えを出すために、あなたのことを考え続けた。
あなたが望むことをしたいと思った。でも、あなたが望むことは私にできることではない。だから、私はこの手紙を書くことにした。これをどこに出せばあなたに届くのでしょうか。いくらの切手であなたに届くのでしょうか。そんなの考えても分かりません。だから、あなたに手紙を書き、それをためていきます。いつか、あなたに再開できたらそのときに何十枚にもなった手紙の束をあなたに渡します。あなたはきっと困った顔をしても全て読んでくれるでしょう。
あなたとの記憶があれば、私は何年だって生きていける。あなたは今もこの世界のどこかにいる。たくさんの人と知り合っては別れて、幸せに生きている。ねえ?きっとそうでしょう?

どうか、幸せに。健やかに。穏やかに。それが私の願いです。あなたに届くはずのない手紙をこうして書き続けるのは無駄なことではないと思うのです。いつかあなたは言っていた。強く願う気持ちは風にのって人々に届くと。 
もし、それが本当なら、私の気持ちもきっと届いている。
この手紙は、私の最後の作品。あなたのためだけに書いた作品。

あなたに出会えて幸せでした。たくさんの幸せをくれてありがとう。
どうか、届きますように。
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