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第1章 到達確率0.00001%の未来
蘇生、回復、そして修繕
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「そう来なくちゃな」
にやり、と口の端だけを持ち上げた祀刕が、右手を頭上へ持ち上げる。
「〈刻の精霊王クロノリーゼルダよ 我が名に於いて その力を示せ〉」
指示句を唱えた祀刕が、右手の指先を1つ、鳴らして指示名を口にする。
「〈時空間位相操作〉」
一瞬、ほんの一瞬の出来事だったけれど、この場に居合わせた全ての人間が視界の歪みを感じて驚きに瞬いた。
「蓮兄。行くぞ」
「あ! や、やめてください! 退室を……! っ、ヒッ⁈」
蓮夜を連れて氷美子の方へと足を進めた祀刕に先程の看護士が再び制止の言葉をかけて押し留めようとしたけれど、掴もうとした腕は看護士の手を擦り抜けて、2人は処置を施している医師や看護士に重なって見える場所へ陣取った。
「凄ぇな、コレ。呪文みてぇの言ってたけど、何の力なんだ?」
「きっと後で纏めて説明することになると思うから、今はこういうもんなんだって思っとけ。それよか、すぐ行けるか?」
祀刕の飛ばした確認に、もう13年使っていない〈戦士〉としての自分の力を意識した蓮夜は、感じることの出来た “それ” に嫌そうな、仕方なさそうな表情を浮かべた。
けれど、この力が今は母の助けになることも理解は出来ているのだろう。
「………………がんばる」
大分、長い間を置いてからそう答えた。
「よし。氷美子さんの身体は今、妖魔人から受けた攻撃ダメージとは別に、ごく初期ではあるけど癌を発症してる状態だ」
「えっ⁈」
「癌ですって⁈」
祀刕の言葉に驚きの声を上げたのは、蓮夜だけではなく、処置中の医師や看護士達も全く同じタイミングで驚愕を口にした。
「癌ってのは知っての通り、遺伝子の病気だ。コイツを修復しないまま回復魔法や治癒魔法を使っても癌が活性化したり〈戦士〉遺伝子に影響が出るだけで意味がねぇ。だから」
そこで一旦、言葉を切った祀刕は先程、自分の病室でも見せた淡い黄色の幾何学図形を空中に浮かべてその中へと手を突っ込んだ。
左の手首から先が、その境目になっているような場所から消えて見えなくなり、引き出された時には掌へと収まるくらいのサイズをした丸い光玉が2つ、その手に握られていた。
「これを氷美子さんの脳内で使って、ブッ壊れた遺伝子を狙い撃ちで修繕する命令を実行するのと死にかけてる身体自体を蘇生、回復するのを同時進行しなくちゃならねぇ。だから……? おい、医者ども! 手ぇ止めんな! 処置続けろや! 何の為にお前らの作業邪魔しねぇ形にしたと思っとんだ!」
自分の説明を蓮夜と共に聞いてしまい、氷美子の蘇生処置をやめてしまった医師や看護士達に祀刕の檄が飛ぶ。
「あ! アンカロン300、ボーラス投与!」
「は、はいっ!」
「そっちはそっちで医科学的な処置として必要なんだよ! 氷美子さんに残されてる時間、後26分しかねぇんだぞ⁈ 気張れや! 医療従事者のプライドかけて目の前の患者、連れ戻してみせろ!」
「っ‼︎」
言われるまでもない。
世界中で。
目の前で。
次々と億単位で消えて行く命の灯火を成す術なく見送って、何度も何度も折れまくった心をそれでも奮い立たせてここまで医師や看護士として生き続けて来たのは。
それでも。
だからこそ。
1人でも多くの人を救いたいと。
医療従事者は、それだけを望んでいるのだから。
「蓮兄。こっちの白いのが、脳内の死滅細胞を増殖回帰させる治癒魔法が入ってる玉、こっちの灰緑の玉が、ブッ壊れた該当遺伝子を見つけてくれるヤツだ。今回は脳内への物理体内潜入になる。脳内に潜入ったらすぐ、こっちの灰緑を使って、蓮兄の力で遺伝子を修復してから白い方を使ってくれ。俺は、これが使われたのを合図に外側から回復魔法と治癒魔法をダブルでかける。いいな?」
やや口早にされた説明を真剣な顔で聞いていた蓮夜は、最後にされた確認の問いかけに頷いて、2つの玉を受け取った。
「分かった。行ってくるよ」
医師や看護士とはどれだけ身体が重なってもぶつかったり、邪魔したりすることはなかったので、蓮夜は遠慮なく氷美子の枕元へ歩み寄った。
「ごめんね、母さん。気持ち悪いかもしれないけど、母さんを助けたいから……許してくれ」
謝罪と許しを乞う言葉を口にして、蓮夜が氷美子の額に自分の額を重ね合わせる。
「体内潜入」
キーワードのような言葉が蓮夜の口から紡がれて、彼の姿は病室内から消え去っていった。
にやり、と口の端だけを持ち上げた祀刕が、右手を頭上へ持ち上げる。
「〈刻の精霊王クロノリーゼルダよ 我が名に於いて その力を示せ〉」
指示句を唱えた祀刕が、右手の指先を1つ、鳴らして指示名を口にする。
「〈時空間位相操作〉」
一瞬、ほんの一瞬の出来事だったけれど、この場に居合わせた全ての人間が視界の歪みを感じて驚きに瞬いた。
「蓮兄。行くぞ」
「あ! や、やめてください! 退室を……! っ、ヒッ⁈」
蓮夜を連れて氷美子の方へと足を進めた祀刕に先程の看護士が再び制止の言葉をかけて押し留めようとしたけれど、掴もうとした腕は看護士の手を擦り抜けて、2人は処置を施している医師や看護士に重なって見える場所へ陣取った。
「凄ぇな、コレ。呪文みてぇの言ってたけど、何の力なんだ?」
「きっと後で纏めて説明することになると思うから、今はこういうもんなんだって思っとけ。それよか、すぐ行けるか?」
祀刕の飛ばした確認に、もう13年使っていない〈戦士〉としての自分の力を意識した蓮夜は、感じることの出来た “それ” に嫌そうな、仕方なさそうな表情を浮かべた。
けれど、この力が今は母の助けになることも理解は出来ているのだろう。
「………………がんばる」
大分、長い間を置いてからそう答えた。
「よし。氷美子さんの身体は今、妖魔人から受けた攻撃ダメージとは別に、ごく初期ではあるけど癌を発症してる状態だ」
「えっ⁈」
「癌ですって⁈」
祀刕の言葉に驚きの声を上げたのは、蓮夜だけではなく、処置中の医師や看護士達も全く同じタイミングで驚愕を口にした。
「癌ってのは知っての通り、遺伝子の病気だ。コイツを修復しないまま回復魔法や治癒魔法を使っても癌が活性化したり〈戦士〉遺伝子に影響が出るだけで意味がねぇ。だから」
そこで一旦、言葉を切った祀刕は先程、自分の病室でも見せた淡い黄色の幾何学図形を空中に浮かべてその中へと手を突っ込んだ。
左の手首から先が、その境目になっているような場所から消えて見えなくなり、引き出された時には掌へと収まるくらいのサイズをした丸い光玉が2つ、その手に握られていた。
「これを氷美子さんの脳内で使って、ブッ壊れた遺伝子を狙い撃ちで修繕する命令を実行するのと死にかけてる身体自体を蘇生、回復するのを同時進行しなくちゃならねぇ。だから……? おい、医者ども! 手ぇ止めんな! 処置続けろや! 何の為にお前らの作業邪魔しねぇ形にしたと思っとんだ!」
自分の説明を蓮夜と共に聞いてしまい、氷美子の蘇生処置をやめてしまった医師や看護士達に祀刕の檄が飛ぶ。
「あ! アンカロン300、ボーラス投与!」
「は、はいっ!」
「そっちはそっちで医科学的な処置として必要なんだよ! 氷美子さんに残されてる時間、後26分しかねぇんだぞ⁈ 気張れや! 医療従事者のプライドかけて目の前の患者、連れ戻してみせろ!」
「っ‼︎」
言われるまでもない。
世界中で。
目の前で。
次々と億単位で消えて行く命の灯火を成す術なく見送って、何度も何度も折れまくった心をそれでも奮い立たせてここまで医師や看護士として生き続けて来たのは。
それでも。
だからこそ。
1人でも多くの人を救いたいと。
医療従事者は、それだけを望んでいるのだから。
「蓮兄。こっちの白いのが、脳内の死滅細胞を増殖回帰させる治癒魔法が入ってる玉、こっちの灰緑の玉が、ブッ壊れた該当遺伝子を見つけてくれるヤツだ。今回は脳内への物理体内潜入になる。脳内に潜入ったらすぐ、こっちの灰緑を使って、蓮兄の力で遺伝子を修復してから白い方を使ってくれ。俺は、これが使われたのを合図に外側から回復魔法と治癒魔法をダブルでかける。いいな?」
やや口早にされた説明を真剣な顔で聞いていた蓮夜は、最後にされた確認の問いかけに頷いて、2つの玉を受け取った。
「分かった。行ってくるよ」
医師や看護士とはどれだけ身体が重なってもぶつかったり、邪魔したりすることはなかったので、蓮夜は遠慮なく氷美子の枕元へ歩み寄った。
「ごめんね、母さん。気持ち悪いかもしれないけど、母さんを助けたいから……許してくれ」
謝罪と許しを乞う言葉を口にして、蓮夜が氷美子の額に自分の額を重ね合わせる。
「体内潜入」
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