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序章

花梨転生⁈

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 世界副神アルニーブ世界歴史記録保存映像書ワールドリミティションアカシックレコードから抽出してモニターへと映し出した光景は、一種の衝撃映像として勇者2人の目には見えていた。
 王城の一室目掛けて波のような揺らめきを纏いながら七色の光が粒となって降り注ぐ。
 雲間から真っ直ぐ伸びてゆく神々しいまでに真っ白な光の帯は、さながらオーロラのように瞬き、何か神聖なものの通る道筋を作っているかのようだった。
バックに賛美歌でも流れて天使が2、3人舞っていようものなら地球人の大半は聖人リスペクト映画のスタートシーンではないかと勘繰る所だろう。

「うわぁ…何、この演出ぅ」
「あぁーあ。いくら何でもこいつはサービス過剰なんじゃねぇか? 世界副神アルニーブ様よぅ…」
『いや、待ってくれ。違うんだ。確かに我々は彼女の安全を担保する為、神託くらいはしようと思っていた。だが、これはその結果の産物ではなくてだな? 世界主神エルメシアの力を何割か持ったまま人界へ降りた彼女の魂に女神降臨プログラムが勝手に反応して、専用エフェクトが発動してだな……』

 スガルとブルーの反応に慌てて言い募る世界副神アルニーブを尻目にモニター内では映し出された1人の女性 ── 身形みなりからして王妃であろう ── その腹部へ降り注ぐ光が全て吸い込まれ、彼女の部屋に駆けつけた3人の男性が見詰める前で、ゆっくりと消えていった。

『おお…神よ! 陛下。これは間違うことなく御神託。王妃様が勇者か聖女を身籠みごもられた証しでございましょう』
『何と! それは誠か!』

 にわかに騒ぎが広がり出す光景を眺めながら2人の勇者の目が世界副神アルニーブへと向けられる。

「とぉか何とか言われちゃってますけどぉ?」
「これはそう思われてもしょうがないよねぇ」
『……………』
「魔力文明偏重星は、機械文明偏重星と違って神仏や精霊を知覚できる生き物が大半な分、何かの自然現象が偶々たまたま重なりましたー、みてぇな誤魔化しききにくいんだよなぁ」
「しかもこの神託だって言った人、世界主神エルメシア様の信徒っぽい服装してるし、国王随伴なら王妃の私室に入れるくらいの人でしょ? 結構、上席の人だろうから世界主神エルメシア様の神力は間違えないと思うよ?」
「あ。全員祈った。ダぁーメだ、こりゃ」
「こんな転生状況で、転生神ベルファス様は大丈夫でしたか?」
『倒れたよ』
「だぁろぅなぁ…勝手にシステムが発動したってことは、何の準備もなく世界主神エルメシア様の降臨エネルギーを転生神ベルファス様が肩代わりしたも同然ってこったろ? 消費神力、半端ねぇぞぉ?」
「えっと…管理界から神仏界と星幽アストラル界を経由して人界に移動したとしても合計21次元分下ってて、初期物質マテリアル体の構築と母体干渉…魔王討伐で僕達が来る前によく復活できましたね、転生神ベルファス様」

 ときの整合性を取る為に時空神エネルサによって過去へ飛んだ転生神ベルファスは、とある国の王妃を母体として選び出すことで花梨の魂を人界へと送り込むことには成功した。
だが、その時起こった不測の事態 ── 実はpart-1とでも言うべき代物に過ぎないが ── その映像がこれだったのだ。

『不本意だが、そういう意味では魔王様々だよ』

 魔王が存在する世界線には、その降誕もしくは復活と同時に管理界と神仏界に強制イベントと称して差し障りないような現象が起きる。
それによって、休眠状態の神々にも世界の側から力が注ぎ込まれて万全の態勢を整えることになるのだ。

「何だ。一応、役には立ってたんじゃねぇか。故・魔王あのやろう
「プラマイ考えたらプラスどころかゼロにもなんないだろうけどねー」
「まぁな。しっかし、誕生前からこの騒ぎじゃ、生まれて来た時ゃどうなるんだ?」
『彼女の主観は赤児なのでともかくとして、国と神殿はお祭り騒ぎだったよ。女神の加護を持った娘と神託もしたしね』
「あ。今生こんじょうも女性なんですね」
『男にすると我々が何を言っても国同士の圧力によって魔王戦に駆り出される危険があったからね。矢面に立っていた君達には申し訳ないが彼女には、とにかく安全に過ごして貰うことが肝要だったから』
「僕達はそれが仕事ですから、問題ありませんよ?」
「そもそも討伐に1時間しか必要なかった魔王なんざ、問題になりようがねぇっての」

 復活直後を叩かれたとは言え、300年振りに出てきて酷い言われようだ。
尤も自世界産の勇者であったなら復活から半年弱、対戦時間は正味1時間などというスピード解決で事態は片付かなかっただろうけれど。

「所で世界副神アルニーブ様? お嬢さん…いや、お姫さんの誕生時の話がさらっと流れたトコみると、問題視されてる話はもっと先で? まさかこれで終わりってんじゃないでしょう?」
『残念ながらこの先だ。それも複数回に渡って起こっている』
「複数回?」
「中々に聞き捨てならねぇ台詞が出てきたなぁ? 文明圏相違とカラーチャートギャップが、どう表面化してるのか見物だぜぇ」
『…………』

 完全に面白がっている口調でモニターへと目を戻したブルーの仕草に合わせた訳でもないのだろうが、表示されていた歴史は場面を変える。
 数年のときを重ねて、転生した花梨が3歳くらいの少女となって映し出される。
どうやら夕食時のようで、花梨の他にも年若い少年少女が同席している。
彼等は年嵩の順から今日、自分達が何をして過ごしていたのかを両親である国王と王妃に報告しているようで、彼等の背後に佇む教育係と思しき人物がその補足をしているようだった。
 最年少の花梨は最後に報告の順序がやってくる。
ここまでは、映像の中の彼等にとっても何てことない日常のありふれた風景であった。

『ではフィリア。貴女は今日一日、何をして過ごしていたのかしら?』

 食後の紅茶を嗜みながら王妃の口から定型文とも言える質問が紡がれる。

『はい、おかーしゃま。フィリアはねー、きょう、まほうをいっこつかえるようになったの!』

 完全に爆弾発言だった。
その場に居る人間の丁度真ん中の空間に「は⁈」という疑問を示す書き文字が見えるようだった。
 思わず全員の目が花梨の背後に佇む女性教育係に向けられるが、寝耳に水は彼女も同様であったらしく、知らないとばかりに小さく首が左右へと何度も振られる。

『そ、そうか。フィリアはどうやって魔法を覚えたのだ?』
『んとねーぇ、アルニーブしゃまが、フィリアはエルメシアしゃまのかごをもって、このくにをまもらないといけないから、このくにからでたら、めーよ?ってゆったの』
『!』
『らから、くにのためになるまほう、あげゆねって』
『ほ…おぅ……』

 確かに近隣諸国から花梨─…フィリアに対する婚約の打診は幾つもあった。
 世界の主神たる女神の加護があることは神託でも告げられおり、世界主神エルメシアを頂く創世教の神殿がある国では、そのことを知らぬ者はいないだろう。
 それ故か、こぞって多額の婚姻準備金を提示してきており、国王クリストハルトは内心「足元見とるつもりか!」とはらわたが煮え繰り返っていた。
それはそうだろう。
いくら辺境の小国とはいえ、一国の王に向かって奴隷商人が奴隷を買い叩くのと変わらない態度で加護を持つ己が娘をこの金品で売れ、と言われているも同然なのだから。
 政略結婚は為政者として呑み込まねばならぬものと分かってはいるが、態度や有り様には限度というものがあるだろう。

(なるほど。神々は国ではなくフィリア自身に更なる価値を持たせることで端金程度ならば出直せと突っ撥ねる道をくださったということか)

 国王が心中にて思い浮かべた事柄が、そのまま音声となってこちらへ届いた。

「そうなんですか?」
『誕生時の神託以降、我々は2、3度しか彼女に接触しなかった。2度目の時、じきに魔王が現れることになるからそれを討伐し終えた勇者2人が貴女を迎えに行けるよう取り計らうので、彼等が来るまで安全確保の為にこの国からは出ないでくれ、と伝えてあったのだよ』
「はーん? つまり今のは、この国に居残る為にお姫さんがかました作り話で、何となくいい感じに国王陛下が誤解してくれたって理解していい訳か」
『そういうことだ』
「ってこた、ここまでは問題ナシと看做みなしていい…と」

 モニター内で流れて行く情景は、食堂用の広間から家族用の談話室に移っていた。
どうやらフィリアの魔法を皆で見ようという話になり、攻撃魔法でもなければ大規模魔法でもないから談話室で十分だと彼女が答えたからのようだった。

『では、おみしぇしましゅ! おかーしゃま。おむねのまえで、おててをこーしてあわしぇてくらしゃいましぇ』
『……こうで、いいのかしら?』

 見本を示すように胸の前で真ん中を膨らませるようにして両の掌を合わせたフィリアを真似て、王妃ジェニフェールが同じような仕草をしてみせる。

『はい。(呪文とかよく分かんないし、ホントは魔法じゃないから、そこら辺はやっつけでいいよね!日本語で言えばバレないバレない!)』

 短く答えたフィリアの声。
だが、その後に物凄く適当感満載の心の声が追随した。

「をい」

 その発言から彼女が使おうとしているのは、魔力ではなく神力なのだろうと察しはついたものの、ついつい突っ込まずには居られなかったらしいブルーが「お」ではなく、限りなく「を」に近い発音で既に過去の物である映像に異を唱えた。

『〈集え山の精霊 集え石の精霊 集え光の精霊 形を成し彩りに満ちよ 製出=緑柱石 成形=マーキーズブリリアンカット〉』

 日本語でそれっぽい呼びかけと望みの内容を口にし、最後に神力を行使してエメラルド ── こちらの世界では緑輝石という ── を王妃の掌が合わさっている中心に発生させる。

『!!』

 突然、掌の間に感じられるようになった冷たく硬質な感触と重み。
娘の発した言葉は1つも意味が分からなかったけれど、この手の中のものを作り出す為の呪文だったのだろうと考えながら小指側をくっつけたまま、親指側から外へ手を開いて見て、王妃はハッキリと目を剥いた。

『おかーしゃまのおしゅきな、りょくきしぇきをつくったのでしゅー!』
『⁉︎』

 フィリアの言葉に全員が、それぞれの驚愕を体や表情で見せながら座っていた場所から立ち上がり、未だ固まったままの王妃の元へと駆け寄る。
その手の中には、上下の両端が尖った形をした縦楕円形の宝石が存在していた。
 地球においては主にダイヤモンドに用いられる57面カットを施された5cm程もあるような大きな石。
透明度と輝きを最大限に生かすよう計算されている上、実際のカラットよりも大きく見えるようなカット方法で成形された深緑色の石は、この世界では見られないレベルの煌めきを以って一同を魅了していた。

『アデラおねーちゃまのおしゅきな、ももきしぇきも。ベルテおねーちゃまのおしゅきな、あおきしぇきもつくれるのでしゅー!』

 得意げに言ったフィリアの言葉に2人の姉が一斉に彼女へ振り向き、我先にその側へと駆け寄る。

『フィリア! おねーちゃまが嫁いでも作ってくれる⁈』
『フィリア! 今度の夜会用に青輝石を作ってくれる⁈』
『はーい!』

 凄まじい形相で迫る姉2人にも ── 恐らくそうなることは計算済みだったのだろう ── フィリアは笑顔で、そう言い切った。

『あなた?』
『………何だね?』

 普段、子供達の前では「陛下」と呼びかけるのが常な王妃が、夫婦としての呼びかけ方をしたことに、別の驚きを引き出されつつ、国王が答える。

『王妃として嫁いで来てわたくしは、ここに居る子達全てをお産み申し上げましたわ。第1王子エーベルハルトは成人を迎える15歳…後2年で王太子になり、国と国民達の為に生きるようになる。第1王女のアデラードは隣国バータルの王家へ輿入れ。第2王女のベルティエーユと第2王子のフェリクハルトは、それぞれ辺境伯家と公爵家への降嫁と婿入りが決まっております』
『う、うむ…』

 言葉を切り、見上げるようにして目を向けてきた王妃へ歯切れの悪い相槌だけを国王が返す。

『王妃として、息子や娘の未来が明るいのは喜ばしいことです。ええ…売れ残りだの嫁き遅れだの言われるより余程ね。でも最年長のエーベでさえまだ13歳。もうちょっと長く手元に残ってくれる子がいてもいいんじゃないかと思ってしまうのはわたくしの我儘でしょうか?』
『う? …うーむ…』

 決して好みの宝石を作ってくれるからなどど言う俗物的な理由からではなく ── まぁ、それも少しはあるかもしれないが ── あっという間に子供達が次々といなくなるのは、嬉しいが寂しいという意味で、正直な心情を吐露した王妃に国王クリストハルトは言葉を詰まらせた。

『父上。フィリアは世界副神アルニーブ様に国外へ出ず、この国を守れと言われて今、見せてくれた魔法を授かったのでしょう? ならば、他国へ嫁がせるのは些か不味いのではないでしょうか』

 言い淀む国王に王太子としての勉強も兼ねて国政へ参加だけは許されているエーベルハルトが進言する。
 母の援護もあったろうが、彼は家族の中で王妃の次に諸国から齎されるフィリアへの婚姻打診現場を目撃していた。
こんな国に妹をかせたくない、と思っても無理からぬことだろう。
それほどまでに各国大使の態度は上から目線で横柄だったのだ。

『フィリア。アルニーブ様は何からこの国を守れと仰られたの?』

 フィリアの側にいたアデラードが兄の口にした言葉から気になった単語をピックアップして尋ねる。

『んとねー、まおうがふっかつすゆんらって!』
『!!』

 フィリアがにっこり笑顔で告げたことに、その場の空気が凍り付いた。





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