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第7章 マーベラーズ帝国編

聖脈穴にて

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 結論から言うと聖脈穴の中はブルーの懸念していたことの内、2つが現実のものとなっていた。
 1つ目は聖脈穴の中がフラットな状態ではなく、ゴツゴツとした岩があちこちで隆起や陥没を繰り返すデコボコした形状になっていたこと。
そして、2つ目は内部が障力で満たされており、このままでは中の空間が聖光力と入れ替わるのに年単位の時間を要しただろうと思われる視界ゼロ状態だったことだ。

「やっぱり僕で正解だったんだろうな、これ」

 再びブルーと連絡を取り合って、中の障力をある程度処理してからフィリアを呼ぼうと決めて〈聖〉の力を使って障力を散らしつつ、序でのように聖脈穴の中を進んでいたスガルは発見した代物を見詰めて思わずそう声を零していた。
その声に反応したのか、ぐりん、と一斉に顔らしきものが此方へと向く。

「コイツらじゃ、まー、生体反応は出ないよね。動きはするし意思もあるけど生きてはいないもんね」

 納得とも諦めとも取れるような呟きと共に腕輪の収納から手の中へと剣の柄を射出して握り込み、親指で認証を解く。
光魔法と炎魔法で出来た剣身が即座に現れ、その周囲を雷魔法の放電が舞う。

「魔王倒すの最優先にしちゃって、城のあるダンジョン掃除しなかったからなー。せめてハミ出して来た奴くらいは片付けないとねー?」

 わらわらと走り寄ってくる人や獣の骨達と中身が空っぽな筈の傷んだ鎧の群れ。
そして岩石に擬態しているスライムの1種で、バトウスライム。

「うわっ! バトウスライムがいるー! 嫌だなぁ」

 飛びかかってきた獣の骨をサイドステップで避けてすぐ元の位置へ戻るような具合で踏み込み、頭の骨を光剣で寸断する。

[ジェヒッ]

 砕かれた骨の音に混じって呻き声のような物が上がった。
次いでそこいらにいたバトウスライムを掴んで頭上に掲げた人の骨が棍棒でも振り下ろすみたいな動作でしてきた攻撃を掻い潜って、腰骨部分へ攻撃を加える。
ただでさえ弱くなっている骨が微塵に砕けて、掴んでいたバトウスライムを支えきれずに地面へと攻撃の勢いのままに倒れ込んだ。

[ヒドイワッ! アタシ、ナニモシテナイノニッ⁈]

 避けたスガルへ向けたものなのか、自分ごと倒れ込んだ人骨へ向けたものなのか良く分からないタイミングで岩石状の代物から罵倒が漏れた。
 決して意識した訳ではないのだけれど、地面を蹴って飛翔魔法を発動させたスガルの踵から生えた羽が小石を飛ばしてしまい、別のバトウスライムに当たった。

[イッタァイ! ヒドイワッ! チモナミダモナイノネッ⁈]

 何故かどいつもこいつもアストレイ顔負けのオネェ言葉で告げてくる罵倒にスガルが無言のまま口端を歪める。
きっとブルーなら即座に「何が痛いだ! 物理攻撃効かねぇスライムの分際で!」とやり返しただろうが、スガルは無言を貫いた。
 どうにも自分は、訓練生時代からこのスライムが苦手だった。
ドスの効いたオッサン声で罵倒してくることもあれば、幼い子供の声で罵倒してくることもあるお喋りスライムの仲間だが、1回コイツの特徴を知らぬまま模擬試験戦をやらされた時に今のような調子で罵倒され、反射で謝ってしまったことがあったのだ。
 当然、周囲には吹き出されたり笑われたりしたし、教官にもスライムに謝るヤツが居るか! と叱られた。
だが、普段の習慣というのは恐ろしいもので、他人がやってる時には笑えたそれもいざ自分が相手をするとなると勝手が違うようで、スガル以外にもついつい「ごめんなさいっ」「ヒッ! すいません!」なんて謝る訓練生が続出して史上稀に見る減点祭な模擬試験戦となった。
この時、満点で通過したのはただ1人。
ブルーだけだった。

(あの時、ブルーどうやって突破したって言ってたっけ?)

 相手にしなきゃいいとかいってたヤツも「頭が高いぞチビハゲ人!」と言われて平静を失ったり、言わせなきゃいいのよ、と息巻いて沈黙魔法サイレンスを使った子も「絶壁まな板ブラ要らず…」と岩のような触手で地面に書かれてブチキレたりして、カオスになったことしか覚えていなかった。

「もういいや。別に今、試験中じゃないんだし。ブルー、ちょっと聞いてもいい?」
『あ? どした?』

 発した念話の問いかけには、すぐ反応が返ってきてスガルはそのまま話し始めた。

「聖脈穴の中にね、人と獣の骨で出来たスケルトンとバトウスライムが居たんだ」
『あー……そういや、出現階層は別々のトコだったけど、魔王城のダンジョンにも居たなぁ、それ』
「スケルトンは〈聖〉持ってれば普通に殴るだけでいいからいいんだけどさー? バトウスライムが地味にウザくて……」
『何か知らんがアレ、苦手なヤツが多いよなー』
「だって、スッゴイ的確にこっちの嫌がること言って来るからメンタル削れるんだもん。ブルー、コイツらとっととやっつける方法ない?」
『通常手段として考えるなら範囲凍結で一気に仕留めるのが早いんじゃねぇか? 岩に擬態してるだけでスライムだからな。あくまで』
「模擬試験戦の時もそうしてたっけ?」
『俺ん時か?』
「うん」

 何となく、薄ぼんやりと残っている記憶では、そんな平和的な解決方法を彼はしていなかったような気がしたのだ。

『最終的には凍らせただけぜ?』
「その前に何かしたよね?」
『何かしたってのしか覚えてねぇのな?』
「うん」
『まぁ、別に大したこたしてねぇぞ? バトウスライムが罵倒してくるより先に俺がヤツらを罵倒しただけだから』
「えええええええ⁈ そんな方法だったっけー?」
『だってあいつら模擬試験のコロシアム会場、何の変哲もない土の地面だったのに岩に擬態したまんまだったからよー? “岩のねぇとこで岩に擬態とか擬態って言葉の意味知ってんのかよ? 頭悪っ。そんなんだからスライム止まりで進化しねぇんだよ、お前ら” とか適当に言ってせせら笑ったら勝手に心折れてくれたのか黙ったまま言い返して来なかったから凍らせて終わり』

 これこそ「ヒドイ」とか言ってきそうなものなのに言われた内容が正論過ぎて即座に言い返せなかったらしいバトウスライムに、ちょっぴりだけ同情した。

「スケルトンって凍ったっけー?」
『冷却程度じゃ意味ねぇけど、凍結までいけば問題ねぇ筈だぜ?』
「分かったー。じゃ、全部凍らせちゃってから聖脈穴の真ん中まで行ってまた声かけるねー?」
『おう。よろしくな』

 疑問が晴れて、序でにそこは実践しなくてもいい気がしたりもしたので、スガルは空中で静止したまま水と闇の魔力で凍結術式を編み上げて足下へと投げ下ろした。
一瞬で骨達もスライム達も凍りついた世界に降り立ったスガルは、ふと岩肌に刻まれている文字に目が行った。
 この星の言葉で「空を飛ぶとは卑き」まで書いて凍ったらしいバトウスライム。

「うん。お前達が住んでるとこの言葉覚える能力と人の嫌がることを瞬時に見抜く観察眼が鋭いとこだけは、素直に凄いと思うよ」

 例え世界や言葉が変わってもこの種族的特性が変わらないのも密かに凄いと思えたスガルだった。




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