上 下
159 / 258
第7章 マーベラーズ帝国編

ルクサブルクトへ

しおりを挟む
「納得いかん。私も共に行く! ……と主張することが許されぬ我が身が悔しいな」

 この町から去ることを明言してすぐ、そんな言葉を返して来たのは皇太子だった。
どうやら黒薔薇女豹の5人が同行を許されて、アルザスターに搭乗出来たのが羨ましいらしい。

「主張しないだけ評価してやるよ」
「師匠にそう言っていただけるのは光栄だな」
「だからその呼び方やめろ」
「師匠は師匠だ。今回だけで私達は非常にたくさんのことを教わったからな。そうだろう? グルヴェイグ」
「はい。私も殿下と師を同じくする栄誉を賜りたいと存じます」

 こればかりは譲るつもりゼロらしい2人にブルーは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「4時間半が無駄にならなくてよかったじゃない、ブルーゼイ」
「そういう問題じゃねぇ」
「それより、1つ師匠達に報せておきたいことがある」
「だから……」
「何でしょうかー?」

 負けずに否を発そうとしたブルーを遮ったスガルが問うと皇太子は「恐らく黒薔薇女豹の5人もまだ知らぬだろう情報だ」と前置きして話し出した。
それは、クストディオ皇国から唐突に発表された皇太子が皇王に即位した言う布令と周辺国への宣言に関することだった。

「魔王が倒されたばかりなこの時期にですか?」
「それが……先の皇王陛下が、ヴィゼン派と通じていて、危うくジャハルナラー神とかいう非存在神の教義が国教になる所だったという話しで……まぁ、平たく言うと皇太子によるクーデターが起きた訳だ」
「そんな……先のルリム皇王陛下とお妃様は、自然と精霊を愛する穏やかな方々でしたのに。連中と通じていたなど信じられません」

 1度だけ、父であるアルトゥレ国王の生誕祭にほぼ大陸の反対側にあるといっても過言でない土地柄であるにも関わらず駆けつけてくれた2人。
やってきた他国の大半の者が辺境だ田舎だ言う景色を目の当たりにして、たくさんの精霊に愛された豊かな国だと言ってくれた。
 あの価値観はヴィゼン派の破壊と再生を旨とする教義とは異なるものだと断言できた。

「アタシもそう思うわ。ヴィゼン派のことはともかくジャハルナラーのことを知ってることで話しに信憑性を持たせるつもりだったんでしょうけど、今の時期にそれを持ち出してくるとか却って怪しいんじゃないかしら? 邪教とか新興教義とか幾らでも濁す言い方があるでしょうに」
「同感だ。正直、師匠達勇者やフィリア姫を釣り出す罠がセットになっていることすら懸念される。十分注意してください」
「分かりました。情報、有り難うございます」

 スガルの返事で話しにも結びがついた所でフィリアが切り出す。

「では、勇者様方、そろそろ参りましょう」
「うん」
「ギルベルト殿下。お名残惜しいことですが、御前、お暇させていただきます」
「うむ。元気でな、フィリア姫。全て片付いたら、またエーベルハルトも交えて過ごす機会を設けようではないか」
「はい。是非」

 彼からの見送りを受けてそう答えたフィリアが身を翻し、アルザスターの方へと歩き出すのに合わせて、スガル、ブルー、アストレイ、そして黒薔薇女豹の代表として顔を見せていたラリリアがその後に続く。

「んん~。サディウスの殿下ちゃんに強力なライバル出現ね! 兄から絡め手で攻略しようとか中々やるわね、あの皇太子ちゃん!」
「え? あれってそういう話しなのかい?」

 ただの社交辞令な挨拶だと思っていたらしいラリリアが、アストレイの言葉にそう聞き返した。

「フィリアちゃんったら結構あちこちの王子や皇太子から好かれてるっぽいのに、てんで鈍チンなのよ? これはもう他にも候補が居ると思った方がいいわね! フィリアちゃん争奪戦だわ」
「ですから、王女である私の婚姻は国の政略が……」
「ああ! そういうことか! フィリア姫、政略は政略でいいけど、多少なりとも選べる要素があるなら自分と国に利益があるのはこの国って自分から言わないとダメだよ? それだって王女様にとっちゃ、国民への義務なんだからね?」
「……そうなんですの?」

 己の結婚は王族の義務としか考えていなかったフィリアにラリリアが発したこの言葉は刺さったらしく、怪訝な顔ながら伺うように聞いてきた。

「よっし! クストディオに着くまでは黒薔薇女豹の皆とフィリアちゃんの結婚相手について女子トークね! 決定ー!」
「決定なんですの?」
「よっしゃ! 楽しそうだから決定ー!」

 アストレイの提案に疑問を唱えるフィリアのことは捨て置いて、賛成代わりとばかりラリリアも同じ言葉を繰り返した。

「盛り上がってるねー?」
「ま、ここんとこ野郎ばっかに囲まれてたからな。お姫さんには丁度いい息抜きなんじゃねぇの?」
「そうだねー」
「あらぁ、だったらスガルちゃんもラリアルちゃんになってこっち混ざるぅ?」
「えっ」
「ちょっと、勇者様。何よそれ」

 スガルの上げた素っ頓狂な声にラリリアも不思議そうな声音でアストレイへと尋ねた。

「スガルちゃんってね、性別変えられる子だから女の子にもなれるのよ♡ プロポーション抜群の美人ちゃんなんだからぁ。羨ましいわぁ」
「へぇ……」

 お姉兄様なアストレイがこの表現をするのだからそれが女装とかいう類いの話しでないことはすぐに分かって、興味深そうな目がスガルへと向けられる。

「ゆっとくけど、僕の生来の性別は男だからね? 何か知らないけど女の子ってすぐ僕のこと女の子にしてガールズトークっていうのに巻き込みたがるけど、出来ないよ⁈ 分かんないからねそんなのっ⁈」
「やれやれ、賑やかなこった」

 スガルがこうして女の子達に拉致られそうになるのは訓練生時代にもよくあったことだし、自分への実害がほぼないことからブルーの対応も緩やかだった。
尚もわいわい盛り上がりながら5人が半透明の板上に乗って艦へと入って行き、フリールームでは黒薔薇女豹の4人が、艦の発進を今か今かと待ちわびているのが一目で知れる程に窓へと張り付いているのが外からでも分かった。
 程なくして艦首を北西へ向けたアルザスターが後部で白い光の粒を五基のバーニアから吐き出して進み始める。

「フィリー! 色々有り難う! 絶対また会いましょう! それまで元気でねー!」

 元気よく手を大きく振りながら艦を見送るシルヴィアーヌと最大級の感謝を込めて深く頭を下げるデメトリオ子爵が見守る中で、銀色の機体が高度を上げながら空へと溶けるように消えていく。

「あれが “くろーきんぐでばいす” か。師匠達の技術は、やはり凄まじいな」
「はい。短い間でしたが、ご教授いただき目の覚めるような思いをいたしました」
「うむ。父上…いや、陛下に報告ねばならぬことが大いに増えた。私達も城へ戻るぞ、グルヴェイグ」
「はっ」

 皇太子率いる帝国軍一個中隊もその任を終えて、帝都への帰路に着いた。
 デメトリオ子爵とその娘シルヴィアーヌは、そんな彼らの姿が丘上より見えなくなるまで見送ったという。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

能力1のテイマー、加護を三つも授かっていました。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,289pt お気に入り:2,216

【完結】転生後も愛し愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:858

処理中です...