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第8章 クストディオ皇国編

条件提示とその見本

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「ある程度、情報が出揃ったんで共有だ。注意して欲しいのは、重要度・優先度・危険度が高い割に確定情報が少なくて、あくまで確率の高い情報程度しか話しがないのを理解しといてくれ。ヴィゼン派の連中の動きによっては、こっちも柔軟に対応を変えてく必要がある。黒薔薇女豹の5人は、話を全て聞いた上で、俺達を町に案内したらそこで手を引くか、俺達の出す条件を4つ飲んで最後まで付き合うか決めてくれ」

 スガルを除く全員がその言葉に頷くのを確認してからブルーは、フィリアの話しを除外して管理界からの情報と勇者派遣隊本部からの情報を全て開示した。
 彼女達が特に驚いたのは、ジャハルナラーが非存在神ではなく侵略戦を仕掛けてきている異界の神である可能性がある、という話しとヴィゼンがその転生体であるかもしれないこと、そして今はあくまで人の身でありながら、その彼がこの世界で神へと成り上がる方法が存在していることについてだった。

「あのさ、聖銃士様? ……いつもオークだゴブリンだワイバーンだで、すったもんだしてるアタイらにはスケールがデカ過ぎて、ついてけないんだけど?」
「無理についてこいとは言わねぇが、知らんぷりしてるといつの間にやらジャハルナラーが夫神に収まって、神々の人界に対する管理体制が変わっちまう世界になるかもしれないぜ? 普通に地上滅ぼされたりとか、そんなん? なんせヤツが司ってると主張してんのは、破壊と再生だかんな。手始めにって、やりかねねぇぜ?」
「………」
「脅し過ぎよ、ブルーゼイ……って言いたいとこだけど、さっきの話しを聞くと否定要素少ないのが困り物よね」

 黒薔薇女豹の面々もバルカンザイムで実際に自爆る信徒の存在を知っているが故にブルーとアストレイの言葉に表情を曇らせてしまった。

「つー訳で、アストレイ。預かってたお前の武器は、お姫さんの安心の為にも大幅に仕様変更した上でバージョンアップしてあるからな。ほいよ」

 軽い調子でブルーがアストレイへと投げよこしたのは、回収時に渡した棒状の物が2本…という形状ではなくなっており、煌めく銀の幅広形状に一段高くなった両外側の縁取り。
 以前もあったアストレイの髪色と同じライラック色の石が彼(女)の名とライラックの花を模した柄で装飾され、色違いで5色ある石が所々に埋め込まれていた。

「……腕、輪? アタシのワンド2本がこの腕輪2本に変わったの?」
「ああ。そっちのが持ち歩きメンドくないだろ? 手首に嵌めた後、前と同じに名前のトコで認証通すとピッタリの大きさになるように作ってる」
「!」

 言われた通り手首より上の位置まで腕輪を嵌めて反対側の手でそれぞれの名前部分に触れると、金属製に見えるそれは即座に形状を変化させてピッタリと腕に沿う形へと変化した。

「お前さんの勇者としての扱いが変わって、解禁になった技術や魔法も増えたからよ。俺達が使ってる収納も追加でつけといたぜ。後、使わなくなった武器は解除を意識した瞬間に霧散する仕組みになってる。同じ武器を2本出すことも可能だし、別々のもんを同時に出すのも可能だ」

 言われてアストレイは、これまで比較的使用頻度の高かった魔法杖を出そうとして、そう考えただけで収束してきたトリマプトロンエーテルが、あっという間に杖を形作って具現化したことに目を見張った。

「きれー、なのですっ!」
「この模様みたいな意匠、紫の石で出来てるように見えるけど、どうやって作ってるんだい?」
魔導錬金マギステルアルケミーって聞いたことあるかい?」

 現れた武器の美しさと醸し出す神々しさに賞賛を送ってきたエルリーリアと質問をしてきたラリリアにブルーが問うものの、当然のように彼女達は5人とも首を横に振る。

「じゃあ分かんねぇかもな。俺が仲間に供給する武器は、基本その技術で作ってる。最低でもトリマプトロンエーテルと9つ全部の九界精霊力を必要とするんだが、俺は星の力を使えるんでそれも使って、オリジナルのもんをあれこれ作ってるんだ」

 さらっとした口調で簡単そうにそれを告げられて、一瞬、ふーん…となりかけた黒薔薇女豹の面々は、いやいや違う違う! と思い直した。
 この星では彼らと接触した極一部の者しか知らない原材料、トリマプトロンエーテル。
そして、高水準の全属性法術使い1名、若しくは各属性1人ずつで9人の人間を必要とするだろう技術。
それだけでも条件が厳しいのにその技術は、彼女達にとって完全に未知のもので、でも出来上がってきたものは王侯貴族が持っていてもおかしくないような装飾品なのに用途は武器。
考えれば考えるだけ、頭が混乱していくような気がした。

「見た目は同じなのに前と魔力の通りが全然違うわ! ブルーゼイ! アンタほんと天才! 最高よっ!」
「おいおい、それでもまだ星の力を使う部分は解禁されてねぇから表出してる出力は半分くらいなんだぜ? ……ああ、そうだ。隣に仮装戦闘室の飛び地作っといたから試してくるか?」
「行くわ!」

 いつの間にやら、これまでただの壁面でしかなかった場所に開閉ボタンが現れていて、それを示されたアストレイが、意気揚々とそこを押して中へと入って行く。
入口はすぐに閉じ、変わって中の様子がこちらからも分かるように壁面が透過された。
 投影されている景色は荒野。
相手は手始め、と言った様子でゴブリンソルジャーからキングまで居るゴブリンの1軍だった。
 アストレイが手にしていた杖を手放して光の粒となって消え去ってすぐ、彼(女)の手に握られたのは弓。
 火、水、土、風、光、雷、闇、氷、と次々に属性矢をぶっ放す姿は、非常に楽しそうに見えた。

「聖銃士様?」
「ん?」

 そっと傍寄ってきたフィリアに呼びかけられたブルーがそちらへ目を向けるとアストレイの弓無双を眺めたままで告げられた。

「有り難う存じます」

 そこに込められた意味は、きっと色々あったのだろうと思われた。
夢なんて、普通ならどんなにそれが凶夢だろうと「ただの夢」で済まされておかしくないようなものなのに、彼は真剣にそれを汲んで対処に動いてくれた。
 たくさんの情報を集め、スガルと共に管理界や本部にかけあい、アストレイの武器もこうしてパワーアップしてくれた。
きっと魔導具なんかにも負けないような結界とか作れるようになっているんじゃないか、なんて見なくても信じられた。
 信頼に対して当たり前みたいに返される信頼。
それが、とても嬉しかった。

「アンタは安心できて、俺達も安全度が上がる。やる価値あるだろうと思ったまでさ」

 そしてまた、こうして当たり前みたいに返ってくる言葉。
それに自然と微笑みが浮かんだ。

「ねぇ、ちょっとアレ凄くない?」
「ちょっとどころではありませんわ。これまで話に聞いたり、実際目にしてきた聖杖や魔弓が霞むレベルですわよ」
「幾つでも代えがきく上に4種類も武器が使えて、持ち運びの手間もない。おまけに収納魔法までついてる。伝説級レジェンダリーでもここまでの性能なんかない」

 アストレイ無双を眺めながら黒薔薇女豹が、そんなことを話し合っていて。

「アストレイだって勇者なんだし、羨むもんじゃないんだろうけど、それでも普通にいいな、とか思っちまうよねぇ」

 リーダーのラリリアが発したその言葉にブルーが会心の笑みを浮かべたのをフィリアは直で見てしまった。

「その言葉を待ってたぜ。ラリリア、リジェンダ、サナンジェ、エルリーリア、ユリアーヤ。こっからは、お嬢さん方、黒薔薇女豹に指名依頼と言う形で受けて貰いたいビジネスの話しだ」

 そう切り出したブルーの傍にスガルがやってきて、収納から冒険者ギルドの正式な指名依頼受理証と冒険者に手渡される条件提示書、そして依頼受諾書が差し出される。
 冒険者ギルドで依頼を受理した担当官の署名には、ギルド総会長のサイン。

「依頼内容は、今日からお姫さんを国に送り届けるまでの期間、お姫さんの専属護衛として常に傍についてて貰いたい。報酬はそこに書いてある通りの4つ」

 ブルーの言葉に合わせてスガルが笑顔のまま依頼書の紙を捲る。

「1つ。達成報酬として1人大陸白金貨10枚、計50枚の報酬金」
「大陸白金貨⁈」

 王国依頼でもドラゴン退治くらいでしか聞いたことのない貨幣の名に全員がギョッとした目をしながらスガルの持つ依頼書を直接見ようと傍へ詰め寄った。

「2つ。期間中はアルザスターのフリールーム自由使用及び、付属部屋の宿泊と施設使い放題。当然、飲食は自由」
「!」
「マジで⁈」

 これに反応したのは、エルリーリアとユリアーヤの2人だ。
スイーツが相当お気に召したようだ。

「3つ。今、アストレイが使ってる仮装戦闘室の自由使用」
「………」
「へぇ……」

 これに反応したのはリジェンダとラリリアだった。
未だ無双を続けるアストレイに少しの間だけ視線が集まる。

「最後に。多少性能を落とすことだけは了承してもらうしかないが、俺作成のお嬢さん方、それぞれの専用武器ワンオフ、依頼中無制限使用許可。及び、依頼達成後に生涯譲渡ってトコでどうだ?」

 ブルーの意味ありげな笑みと言葉に、ぐりん! と音が鳴りそうな勢いで仮装戦闘室のアストレイに再び5人全ての視線が戻る。
 相手がゴブリンの1軍からワイバーンの群れに変わっても武器の性能を吟味しているかのように彼女達は無言のまま、戦闘を見詰め続けていた。




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