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第8章 クストディオ皇国編

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 中央広場にあったドラゴンの彫刻と同じく、3人の少年を変性魔王へと変えた獅子の彫刻は、スガルによって破壊された。
今頃は、他の彫刻もエルリッヒとサナンジェによって破壊されている筈だ。
 ホッ、と安堵の息をついたアストレイは、止せばいいのにハタと気がついてしまった。

(あら? この彫刻って、ブルーゼイの話じゃ物理で壊せないんじゃなかったかしら?)

 そもそも彫刻の破壊に魔法メインで戦っているメンバーだけを選んで編成したのは、それが理由だった筈だ。
だが、どう見てもスガルは普通に光剣を突き刺すことが出来ていたし、何かの魔法を使っているようには見えないのに彫刻を破壊出来ていた。

(アレかしら? 境界侵犯英雄トリックスターの特質で物理で破壊出来るものと出来ないものの境界線を越えてるってことなのかしら?)

 いつぞやの戦闘時にもフィリアがジャハルナラーの本体らしきモノを相手どって言っていた。

境界侵犯英雄トリックスターであられる聖勇者様の攻撃を真に防ぐ手立てなど……この世に存在いたしませんわ』

 だから多分、そんな感じで彫刻もザックリいけたのだろう。
 深く考えるとドツボにハマりそうな ── 1番単純だろう 有り・無し にすら存在するだろう境界線、その全てを意識して越えられるというのならば確かに彼は真の最強無敵である訳で ── グルグルしかけた思考を途中放棄した。

(うん、多分そんな感じよね、きっと……!)

 一応の結論をそこに置いてアストレイは、騎士団の回復を行っているフィリアとスガルの方へと向かった。
その途中には、フィリアによって「本当に反省しているのなら、その姿勢のまま彼女に叱られなさい」と女神の威厳を以って言い渡された3人の少年が正座でエルリーリアの説教を項垂れながら聞いていた。
 別に好きで項垂れて大人しく聞いていたい訳ではないのだけれど、ちょっと身動みじろぎしただけで。

「聞いてるですかっ⁈」

 と怒鳴って彼女の全体重を乗せたトゲトゲメイスが全力で頭に飛んで来るので段々と頭の位置が下がって行って、それに比例するように頭上へとタンコブが積み重なって行くからだ。
 唯一の救いは、彼女が小柄で体重が軽い為に主なダメージはトゲトゲの所為な所だろうか。

「全くっ! また孤児院の皆に迷惑かけてっ! どうしてそういう子供みたいなことをっ、いつまで経ってもやめられないですかっ⁈」

 それは、お前が可愛いから。
喉まで出かけたその言葉を3人が3人とも寸での所で飲み込んだ。
口にしたなら間違いなくトゲトゲアタックが飛んで来ることウケアイだったので。
 実際の所、こうしてプンスコ怒っているエルリーリアなんて見たのは初めてだったけれど、トゲトゲアタックを除けば孤児院の院長に怒られるより、こうして彼女に叱られる方がいい気がしてくるのだから幼いながらも恋心というのは厄介だ。
 要するに構って貰えりゃ何でもいいのか? そうだよ、悪ぃか! 的なノリで彼女をイジメ…いや、いじくり回しているだけなのだから、懲りることも反省することも期待するだけ無駄なのだけれど。

「あれ? もー終わっちゃった? なーんだー。結構急いで来たのになー」

 上空から心底残念そうな声で言いながらエルリーリアの傍に降り立ったのはエルリッヒだった。

「魔王に変性したってのは、コイツら?」
「はいなのですっ」
「ふぅん……どんな欲抱いてたのやら」
「欲、なのです?」
「ああ。変性魔王になる条件の1つにな、強いマイナス方向の欲求や欲望を抱いていることってのがあるんだよ。ほら、広場で魔王になりかけた皇王サン? あの人がそうだったじゃん?」

 弟への嫉妬と劣等感を起因とした、彼より上の存在でありたいという欲求。
この国の全てのものは自分の物、だからどうしようと自分の勝手。
だからこそ他者が勝手をするのは、それが勇者であろうが女神の半身であろうが許せないという独占欲と自己顕示欲。
 この3人は、あっさりと敗れる程度の浅い欲でしかなかった為に魔王としての変性侵食度が大したものではなく済んだのだろうが、あの皇王は多分、全身変性していたらアウトだったろう。
それが互いに確認した訳でもないのに共通したエルリッヒと神殿長の見解だった。

「欲って何だったです?」

 エルリッヒの説明を聞いた後、これまでとは全く違うゴミを見るような目をしてエルリーリアに問われた3人の少年は、どこかイキイキとした目で彼女を見返し、声を揃えて言った。

「お前が泣いたとこ見たかった!」
「普通に最低だな、おい」
「何だよ! お前も男なら分かるだろ⁈ 泣いてるコイツ可愛いんだぞ⁈」
「あ、何だ。そっちの意味?」

 端的な感想を紡いだことで返ってきた反論に、エルリッヒは嫌そうな顔をした。

「どういう意味なのですっ?」

 ずっと分からなかったエルリーリアは、分かったらしいエルリッヒに聞いてみた。

「んー……正直、マジもんのイジメだっつーなら俺の〈罪科審判クライムスジャッジメント〉を叩っ込んでやろうかと思ったんだけど? コイツらは、ただの変態の卵みてぇ」

 エルリッヒが真面目な声でそう言った瞬間、その場の大人達が盛大に吹き出した。
 どうやらあれこれと動きつつも耳だけは、その会話へ傾けていて、何がマズイ動きがあったら即座に仲裁に入ろうと思ってのことだったようだが、それが仇になった形だ。

「へ、変態なのですっ……⁈」

 思ってもいなかった結論だったのだろう。
エルリーリアが、驚愕と恐怖でガクブルしながらもササッと彼らから距離を取り、エルリッヒの背後に隠れながら聞き返した。

「そ。コイツらはまだ子供だけどな。このまんま育つと変態オヤジって生き物にクラスチェンジすんだ」
「変態が職業になるですかっ⁈」
「そーそー。女の子が本気で、嫌だとかやめてって言ってるのに、それを自分の都合の良いようにだけ解釈して『嫌よ嫌よも好きの内って言うからあの女は実は喜んでるんだ』とかウルトラ勘違いする常習セクハラ野郎になるんだ」
「……カジェンターノみたくなるですかっ⁈」
「ダレソレ?」
「子爵令嬢を領地の借金のカタに家柄ごと寄越せって要求した挙句、その領地をすっかり自分のもの扱いして嫌がる街の女性に片っ端から手を出したり街の人達に食料供給なんかで圧力かけてた所為で軍に連行されてく道すがら、住民から石投げられまくって瀕死になった男のことよ」

 治療に1段落着いたのだろう。
アストレイがカジェンターノの所業を概略説明しながら此方へとやって来た。

「ザックリ聞いた感想としては死ねばいいのに、としか思わねぇけど?」

 そう言ってエルリッヒは、3人の少年を見下ろした。

「そもそもイジメやってるってだけでさー、俺のトラウマにザクザク来んのよー? しかもさー、その対象が女の子で、自分の気持ちを把握しきれてないモヤモヤをイジメって形で本人にぶつけてるだけってのがさー? ホント心底頭悪いって言うかー?」
「まだ発展途上で人間に進化しきれてないんだよ」
「聖勇者サン」
「魔王になっちゃうレベルの欲っていうのは、確かに問題だし、女の子に対して自分達の『もの』って言い方するのは、支配欲の表れでもあるからこの年でそれが前面に出て来るのは良くない傾向ではあるけどね」
「そうね」

 こちらへと歩み寄って来ながら言われたことに同意したアストレイは、少年達の前に屈み込んで含みのある笑みを浮かべた。

「ねぇ? 害獣駆除とか魔獣駆除ってあるじゃない? 実際には人に迷惑かけてなかったとしても将来的にその危険がある獣や魔獣を殺しちゃうヤツ」

 薄く紅の引かれた唇が、細い三日月を思わせる角度に持ち上がる。
向けられる瞳に見えるのは、蔑みなどという生易しいものではなく、真実、この世に不要な物を映し出しているような彩。

「魔王になっちゃうようなコに、同じ考えが適用されないといいわね?」

 低く、深い声で脅すように言って立ち上がり。
振り向いた時には、彼(女)はすっかりいつもの調子に戻っていたけれど。

「スガルちゃん、ここもそろそろ大丈夫そうだし、中央広場経由で艦に戻りましょ」
「そうだね」
「女神姫サマー? 聖勇者サン達、そろそろ戻るってー」
「分かりましたわ」

 エルリッヒがかけた声にフィリアも立ち上がり、治癒した騎士達に礼を言われながらもそこを離れた。

「さ、エルリーリアちゃんもアタシ達と一緒に戻りましょ。まだまだやることは残ってるわよ!」
「はいなのですっ」

 ようやくとエルリッヒの陰から出て来て答えたエルリーリアは、歩き出した皆について行きつつ、1度だけ3人を見返った。

「イジメをやめてっ、変態じゃなくなったらっ、またっ、孤児院の仲間だってくらいには覚えててやるですっ」

 それだけ言い残して去っていった後ろ姿に。

「怯える愚図エル可愛い」
「でも怒ってるのも悪くなかった」
「最後のツンデレ最高」

 懲りない少年達の行く末が、確実に変態道となりそうで、その場の騎士達は限りない不安を覚えていた。




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