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最終章 ガルディアナ聖王国編

16分 その2

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「この場所は名指しで被害ヶ所から外れておったな」

 丸平たい代物から羅列された大まかな被害予想を真剣な顔をして聞いていたラッツァリーノ伯爵は、神妙な顔をしたままそう呟いた。

「ええ。建築神フレドリアグレイス様御自らお造りになられた建築物な上に勇者様方が残してくださっていた “きんきゅうまにゅある” のお陰で、ここの守りは万全でしょうからな」

 彼の言葉にギルド総会長がそう言って頷く。
 国土の地下部分全てがほぼ迷宮と言われているエレンザクティア迷宮王国でさえ被害予想が出ていたのだから、このギルドが名指しで無事な理由は、それしか思いつかなかった。

「このギルド地下にある迷宮が産業ダンジョンで、食糧確保には困らぬことと食事処が併設されておること、ある程度の広さがある会議室と緊急時には本来の使用目的で起動できなくなる代わりに広さだけは無限に確保できる仮想戦闘室が民の避難所として使えるようになっておることも幸いしましたな。いやはや、勇者殿達は、一体どこまで事態を見越しておられたのやら」
「全くだ。もしこんな事態を予想しておらなんだとしても戦時や災害時にもこの “きんきゅうまにゅある” に則った避難所としてここは十二分に使えよう。有り難いことだ」

 今は緊急時の司令所と化している受付で受け渡し資料の一部として残されていた紙束をペラペラとめくりながら話していた2人の所へサンサラーディ駐在軍の兵士が駆け込んできた。

「申し上げます! 隣のシャンザクティ領より、領主様以下、領民の方々がやってきて受け入れを要請されています。対応は、如何なさいますか?」
「受け入れると伝えよ。今、入口だけ結界を開けるゆえ、慌てずに。領主様と兵達は2階会議室へ、民達は仮想戦闘室へそれぞれ誘導せよ」
「はっ!」

 ラッツァリーノ伯爵の返答を聞いて、敬礼した兵は、再び入口へと駆けて行った。

「シャンザクティ子爵は中々の慧眼よな。この事態になるより先に動き出さねば領民を説得してここまで移動してくるなど難しいだろうに」
「前回、此奴の親玉に張り付いとったヤツが虫魔物を暴れさせた時のことが頭にあるのでは?」

 ギルド総会長は、席を立ちながら横合いに浮かんでいる機械兵を指先で1度突いて、受付の囲みを出る為に角端へと足を進め、伯爵もその後に続く。

「うむ。本来ならば兵を連れて他領の領主が領境を越えて来るなぞ正気を疑う所だが、理性を失った魔の者達が辺りを跋扈しとる以上、今回ばかりは責められまい。快く受け入れておいて、あれこれ全部貸しにしておく方が今後のことを考えれば、やりやすくなろうよ」
「そうですな。ただ……」

 伯爵の言う今後のこと、というのがこのギルドの地下にある迷宮とその産出品であることは明らかだった。

「ただ?」
「この機に乗じて乗り込んで来た可能性も捨てきれません。男爵であった貴方がリゾート地の隆盛で子爵、そしてフィリア王女殿下と勇者達との繋がりや地下の迷宮のお陰で伯爵と順調に陞爵してきたことを妬む輩は確実にいるでしょうからな」
「もし乗り込んで来たと言うならば、馬鹿なことを、と嘲るより他あるまいな。この迷宮とギルドの建屋は、いわば建築神フレドリアグレイス様の監視下にあるも同然だ。今のこの情勢下でそれを私利私欲のみでこの地の民から奪ってみろ。どうなるか知れたものではないぞ」
「……それを理解出来る方ならよいのですがな」

 そんなギルド総会長の危惧は、吃驚するくらい大当たりした。
開けた筈の入口の結界をシャンザクティ領の領民は難なく通り抜けられるのに領主以下、領軍の兵達は1人たりとも通れなかったのだ。

「おおっ! ラッツァリーノ伯爵! 早くこの見えない壁を退けてくれぬか⁈」
「いや……貴君の領民を見れば分かる通り、そこは通れるようになっておるのだが?」

 困惑気味に答えたラッツァリーノ伯爵の目の前でもう1度、そこを通り抜けようとした兵士の1人がまた結界に阻まれた。
 その瞬間、けたたましい警告音と共に彼の前の空間に「3TRY Error. Search : malicious. Class : Temporarily Enemy. 3回の通過認証に失敗しました。悪意の検出により一時的に敵性存在へ区分されます」とデカデカとした赤字で表示された。

「あー……」

 ちゃんとこの国の言葉に翻訳したものも一緒に表示されていて、それを読んだラッツァリーノ伯爵は、呻くような1音を吐いた。

「そら、ご覧なさい。どんな時だろうと居るのですよ、こういう輩は」
「うんむー……」

 ギルド総会長の言葉にチラッと横を見たラッツァリーノ伯爵は、怪訝そうな顔をしながら入ってくる領民達に、ついつい視線を上に逃して困ったような声を出してしまった。
 己が領主や領兵達がまだ入れないにも関わらず、案内する場所が違うからと横からスイスイ入ってしまった領民達は、やや申し訳なさそうな顔をして振り返り、文字の読める者達が描かれている文字を見て、スンと表情を消していた。

「ラッツァリーノ伯爵! とにかく早く中へ入れてくれたまえ! いつ魔物どもが…!」
「すまないな、シャンザクティ子爵」

 これはダメなヤツだ、と諦めの表情を浮かべたラッツァリーノ伯爵は、彼の言葉を億劫そうに遮って話し出す。

「今、この建物は建築神フレドリアグレイス様のご威光の下、勇者様方がお作りになられた “きんきゅうまにゅある” に則って “じどうぼうえいじょうたい” に移行しておる。私やギルド総会長が、どうこう出来る状態にも限りがあってのう。この表示されとる “えらーめっせーじ” とやらを見る限り、ここへ入れぬ者達は皆、この建物や地下の迷宮、この建物内に居る者へ対する悪意が検出されておるゆえ、入れぬようにされてしまっておるらしい……心当たりはあるかね?」

 上に逃がしていた視線を彼へと戻し、目の上を平たくして告げると一瞬だけ頬を歪めた子爵が言い募る。

「冤罪だ!」
「では、建築神フレドリアグレイス様か勇者様方にそう申し立ててくれ。私やギルド総会長ではどうすることも出来ぬ」
「そ、そんなことを言って、よもや……⁈」

 尚も不平を口にしようとしたシャンザクティ子爵の横をすり抜けた2人の女性が難なくギルドの建物内へと入って来る。

「あら、入れるじゃない」
「まぁ、本当ねぇ」
「ご機嫌よう、ラッツァリーノ伯爵様。お久しぶりでございます。建築神フレドリアグレイス様と勇者様方は、私とお母様は通してくださったようですわ。お部屋で休ませていただいてもよろしいですかしら?」
「おお。シャンザクティ子爵夫人、メレディア嬢。ご機嫌よう。遠路お疲れでございましょう。今、案内の者をつけますゆえ。ここは安全ですのでな、ごゆりとどうぞ」
「有り難う存じます」
「御高配、感謝いたしますわ」

 ラッツァリーノ伯爵には笑顔を向けていたメレディア嬢は、チラッと見た赤文字に視線を走らせると己が父と兵達にゴミを見るような目を向けた。

「こんな時にまで空気読めないとか、ホント最悪っ! 行きましょ、お母様」
「はいはい。あなた? 入って来られないならせめて生き残れるように頑張ってくださいましね?」

 娘同様、辛辣な台詞を全くそぐわない、ふやふやした微笑みとともに投げつけた夫人は、案内の駐留軍兵士について歩を進め始めてしまう。

「あーあ。ラッツァリーノ伯爵様がお父様だったら良かったのに! 仕事は出来る、陞爵は早い、何より空気読める男って貴重だもの!」
「あらあら、メレディアは男性を見る目が厳しいのねぇ」

 聞こえよがしに言う娘を嗜めるでなし、変わらぬふやふや口調で言った夫人は本当に娘と共に行ってしまった。
 どしゃあ、と崩れ落ちた子爵と「お気を確かに!」と叫ぶ兵達を尻目にシャンザクティ領の領民を全て収容したギルドの結界は、無情にも入口を閉じてしまった。

「神も勇者も女子おなごという生き物もいざとなれば容赦のないことよのう」
「皆、誰しも敵の数は少ない方が良いですからなぁ」

 2人がそう言った途端、兵の1人が剣を抜いて入口を強行突破しようとした。

「死にたくないっ! 入れろー!」
「あ」

 途端、これまでの見た目が透過した結界とは異なった石造りに見える扉が、入口という入口を物理的にバシャン!と閉めてしまい、外の景色は一切見えなくなってしまった。

「おいおい。流石にどうなんだ? この扱いは」
「攻撃しようとしてきましたからなぁ……ある意味、無情ではありますけれども」
『告。反作用拡散まで60ctaセクトアール(約7分)』

 呆れ返ったような2人の言葉に呼応するように、もっと無情なアヘーシュモー・ダウェーワーのカウントダウン進行が機械兵から響く。

「………人間、諦めが肝心だ! なっ? ギルド総会長? そうであろう?」
「自業自得ですからな。後は彼等の悪運の強さ次第ということでよろしいかと?」

 この石造りに見える扉の開け方など、こうして閉まることすら知らなかった2人に分かる筈もなく。
 残り時間内に彼等が改心することもなさそうなので。
 悪意があると判断された者達の救助を潔く諦めることにした2人だった。




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