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第3章 それぞれのスタートライン

辺境伯家令息 アルフレッド・ヴェスタハスラム

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 俺の家は、西の軍事大国と呼ばれる戦闘狂集団が上層部を占める国から、民を守る為の最前線を自国より任されているのだ、と物心つく前から言われ続けて育った。

 剣と魔法は使えることが当然で、手に出来なければ……強くなければ死ぬしかない。

 実際、国境の砦にも赤子の時から連れて行かれて、敵は歳なんか関係なく、誰のどこの子なのかも考えることもなく俺達、この国の民を等しく殺しに来ているのだということを知った。

 自分が戦えないが為に、その自分を守って果てて行く命から目を逸らすことが許されない環境に置かれることで、俺は自然と自分に対する甘えと敵に対する容赦を心の中から切り捨てていった。

 敵は人間だけとは限らない。

 野生動物だって状況によっては敵だし、魔物だって敵だ。

 ああ……この世に敵しか居なくて、片っ端から全部、殺していいなら楽なのに。

「アルフレッド。私は、お前を殺戮者や暗殺者にしたい訳ではない。あー……その、何だ。丁度、そろそろ社交シーズンだ。ヘルガティーエについて行って、少しの間、戦場を離れてみるか?」

 司令室に呼び出されて、父上にそう言われた俺は、何を言われているのかよく分からなくて首を傾げた。

「ちちうえ、おれはもう、けんもまほうも、つかえるんだよ? まもられるだけのそんざいじゃない」
「………そんなことは知っとる」
「おれが、せんじょうはなれたら、おれのかわりに、だれかがしんじゃうんだよ?」
「………」
「ほら! だから、わたくしは言ったじゃないの! やり過ぎだって! あなたは一体、この子が幾つだと思ってるのよ⁈」

 俺の答えに黙りこくったまま凄い顔をした父上の代わりに、母上が叫び半分で父上を怒鳴りつけて俺の体を抱え上げた。

「もう我慢できません! この子は、わたくしがライオネルと一緒に王都へ連れて行きます!」
「ヘルガティーエ!」

 父上が母上の名を呼ぶのが聞こえたけれど、母上は俺でも分かる激怒オーラを全開にして父上の制止を完無視すると壊しそうな勢いで司令室の扉を叩き開け、廊下へ身を滑り出した。

 父上が追い縋るよりも早く、扉の板端を全力で蹴り飛ばして閉めるが早いか、ヒールの踵音にすら怒りが滲む歩調で、俺を抱えて早足で歩き出す。

 ……扉を蹴るのは、淑女としてどうなのかと思ったが、走らない辺り、まだ母上の理性は残っているらしい。

「ははうえ……?」
「アルフレッド。わたくしは社交シーズンに入るので、領地より離れて王都に行きます。護衛のおじさんやお兄さん、お姉さん達と一緒に、この母の身と貴方の弟である、生まれたばかりなライオネルの身を傍近くで護りなさい。いいわね?」
「……………はい。わかりました」

 俺を砦から引き離すのに、母上が捻り出したらしい理由に納得するフリをした。

 勢いのままに飛び乗った馬車。

 漸く、座席へと下ろしてもらえた俺が座るのも待たずに出発した馬車が、砦から遠ざかっていく。

 馬車のコーチ内には、俺と母上の他にも、まだ赤ちゃんな弟のライオネル、そして、その弟を抱えている乳母のエレンが乗っていた。

 何とは無しに後ろの小窓から砦を振り返ると入口に父上の姿が見えた。

 このままヴェスタハスラム家の血筋に連なる俺とライオネルが領地を離れれば、俺達が王都へ着くまでの期間、2人分の領地補正が戦場から消えることになる。

(……ほんとにいいの? ははうえ? ちちうえ、しんじゃうかもよ?)

 言われるまでもなく、そんなことは分かっているだろう母上は、未だに激怒オーラが全開で体から溢れて出ていた。

 ダメだこりゃ。

 そう思って諦めた俺は、馬車のコーチ内で大人しく母上の隣に腰を下ろした。

(……ちちうえ。りょうぐんのへいしたち。ははうえのいかりがおさまるまで、がんばっていきのこれよ……)

 俺には、そう祈ることしか出来なかった。



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