天空国家の規格外王子は今日も地上を巡り行く

有馬 迅

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序章

神代古龍種 溶岩竜ヴォルガニアレガース 亜種

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 大地から立ち昇る火の粉が空まで真紅に染め上げて、生命という生命が炎と共に在る……そんな場所だった。
 乾き切った土地はその全てが罅割れ、端々で捲り上がりながら続き、亀裂となり、段差となり、ついには絶え間なく流れる溶岩で埋め尽くされた川へと飲み込まれていく。
 所々で色彩の違う炎が時折、顔を覗かせるのは発生しているガスや鉱石が燃えているからか。
それともそんな性質を持つ何かが潜んでいるからなのだろうか。
 過酷、と表現してもまだ生温い。
そんな環境で、この戦いは経過時間にして既に3日を過ぎ、4日目の早朝に突入していた。
 幾度目かの交錯。
青年の持つ光と雷とを放つ剣。
相対している巨大な者の爪。
その2つがぶつかり合って、硬質な音を周辺に響かせた。
 目の前で吸い込まれて行く空気の流れを感じて、青年が己が剣の向こう側に在る口元と鼻先が一緒になったような部分を横面のやや下側から全力で蹴飛ばして、その場を離脱した。
 普通であれば足の方がイカレそうな所作も身体強化の光に包まれた青年が放ったものだからなのか、その顎先は意図通りに明後日の方を向き、放たれかけていた炎のブレスは、強制的に吐き出された格好になって彼が居る位置とはまるで違う方向へと飛んで行った。
 無理矢理、横を向かされる形となった巨大なものは、目だけをギョロリと動かして青年を睨みつけた。
その一睨みだけで、この世に生きる矮小な生き物共は震え上がって逃げ出そうとするか、それだけでショック死してしまう、そんな視線を受けても青年の表情は動かない。
 これまで幾千年、幾万年の時を重ねて来て、己に挑む矮小な者達を屠ってきた巨大なものは、長く続く戦いに苛立っていた。
 一掻きで深く大地を削り取る鋭い鉤爪をどれだけ振るっても。
 この世で1番硬い金属をも砕く牙を以って、どれだけ嚙みついてやろうとしても。
 一振りで何もかもが吹き飛ぶ尻尾で叩こうとしても。
 炎のブレスを口から吐き出し、焔の星をどれだけ天から降らせても。
 目の前の矮小な者は、それを全て退けて己に剣撃を浴びせ、魔法を放ってくる。
 その全てが、チマチマとけれど確実にダメージとして己に蓄積していく。
だが、それもこれまでだ。
あと少しで待ち望んだ時が来る。
 青年が大きく剣を振りかぶって上空から切り掛かってくるのを避け、翼を動かすことで地に落とそうとしてそれを躱される。
序でのようにその翼を足場にして方向を変えた青年が己の目に向かって剣を突き出して来たその時。
 朝が明けたばかりな東の空に待ち望んだ星が煌めいた。

「 ── 」

 紡がれた一語によって辛くも己と青年の間に生み出されたモノに初めて驚いた顔をした青年が飲み込まれ、直ぐに陽炎のようにそれが閉じ消えることで、飲み込まれた青年ごと目の前からなくなった。
 ばふーっ、と人で言う所の「安堵の溜息」に分類されるそれを吐き出した巨大なものは、あちこちがチリチリと痛むのを感じながら今生で1番、己を苦しめたであろう生き物が、残していった跡を確認する。
 幾つか前脚と後脚の爪がない。
牙も何本かなくなっている。
角も片方ない。
翼も所々持っていかれて破れていたり、穴が空いていたりしている。
尻尾も先端からかなりの部分を切り取られていたし、剥がれた鱗の数など、もう数えるのすら面倒臭かった。
 あれだけ激しい戦いを繰り広げて、治るところばかりの被弾で済んだのは僥倖か。
 彼の青年を己でも分からぬ何処ぞへ飛ばす直前、狙われていたのは目だった。
もしあれを食らっていたなら回復治癒に半年は持っていかれる所だった。
 重い足を引き摺るようにして火口へと辿り着いた巨大なものは、彼の青年に人で言う所の「二度と来んな」に限りなく近い感情を抱きながら溶岩の中へと沈んでいく。
 シュワシュワと音を立てながら溶岩の中に沈んでいく身体は、まるで風呂桶に満たされた回復薬に浸かっているみたいに巨大なものの傷を癒していった。
 しばらく溶岩の底にある巣で寝るとしよう。
疲れた。
そんな声が聞こえてくるような吐息を再び盛大に漏らして、その巨躯は溶岩の中へと沈み込んで完全に見えなくなってしまった。






「何ということだ……」

 青年と巨大なものとが戦っている溶岩ばかりの島。
そのあちこちに取り付けられていた魔導具で記録映像を撮っていた者達は、4日3晩続いた戦闘が予想外の終結を迎えたことに茫然としていた。

「主任! 時空間魔法の発動痕を発見しました! 第3王子アーウィン殿下は、一方通行型の転移魔法で地上の何処かへ飛ばされたものと見られます!」
「探せ! あの方が死ぬとか冗談でも有り得んが、仮にも王族の1人だ、行方不明のままは不味い!」

 例え見知らずの過酷な地にたった1人で飛ばされようが何の問題もなく生き抜くことの出来る人物であるのは自国内ならば周知の事実である。
だとしても流石に王宮や彼の婚約者である令嬢の実家である公爵家から文句が来ない筈はないと彼は考えていた。
 特に彼を猫っ可愛がりしている第1王子にして王太子である長男のバルディール。
 次いで、幼い頃から今に至るまでずっと共犯戦線絶賛並列爆走中の宰相候補である次男にして第2王子のベールハイム。
そして、共同で財産形成をしており、その商材アイデアと新規開発の殆どを第3王子に依存している1番末の妹姫であるアキュノーラ。
 極め付けは第3王子自身の婚約者の家だ。
王国騎士団の団長を務めるラッファエラ公爵家、その唯一の愛娘であるルクレンティア・ラッファエラ公爵令嬢。
この4人は、自分達以上に血眼になって彼を探し出そうとするだろう。

「上に報告を上げて、そこから王宮へ情報を渡すように言え。我々はこのままアーウィン殿下の捜索に移行する」
「待ってください! 殿下が一緒に居るんじゃないんですから燃料も食糧も保ちませんよ! 我々も一旦、研究所に戻ってそこで転移先を調べる方が総合的には早いです」
「あぁ⁈ 転移で飛ばされたっつっても、どっか近場なんじゃないのか⁈」
「違います! これ、見てくださいっ!」

 まだ分析途中ではあるものの、違うと言い切れる要素を既に見つけてしまっているらしい部下の言葉に彼は、示されたデータを見る為にその側へと向かい、彼の前にあるモニターを覗き込んだ。

「おい、何だこの波形?」
「ヤツが発動したと思われる転移魔法は、惑星霊介在です。この星の上なら何処にでも飛ばすことが出来ますが、代わりに術者でも制御不能な完全ランダム……つまり、殿下が何処に飛んだのかは術を発動したヤツ自身にすら分からないってことなんです! なので、ここでどれだけ痕跡を洗っても無駄ってことですよ。研究所の広域探査を使って殿下の魔力を探した方がまだ望みがあります。それに……」

 正論ではある部下の言葉を聞いていた彼は、途中で不自然に途切れた台詞の切れ端に目を鋭くしかめた。

「それに何だ?」
「我々が見つける前に自力で帰って来ちゃいそうです……何せ、あの・・アーウィン殿下ですから」

 促されたから仕方なく口にしたらしい部下も王族相手に不敬である自覚はあるのか、苦虫を噛み潰したような顔をして口を噤むと下を向いてしまった。

「 “規格外王子” の異名は伊達じゃねぇな。俺までそんな気がしてくらぁ」

 部下の言い分に納得出来てしまう時点で色々と終了な気がしないでもない。
だが、これまで彼自身が築き上げてきた数々の功績を考えれば、その予測が現実となりそうなのだから仕方ない、と思えるのは何故だろう。
 結局彼らは帰投を選択し、道すがら通信の魔導具で研究所へと連絡を入れた。



 第3王子へこちらから連絡する手段が現状、皆無である事実と共に。



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