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第1章 ウィムンド王国編 1

いきなりワイバーン

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「ん? ……この眼は、ワイバーンか」

 放り出された先で、唐突に視界へと飛び込んできた特徴的なドアップ目玉にそんなことを口走った時には、もう手にしていた光剣を一閃していた。
 ずるり、と身体と首がズレて行くことに多分、1番驚いていたのは当のワイバーン自身だったのではなかろうかと後になって思った。
 落下しているのは、視界に映る景色が高速で上に流れて行くことと体内までにも影響を感じる独特の下方牽引で感じ取れていた。
 視界の端に映る緑の群れに樹木の密度を感じ、空中で姿勢制御をして光剣を下へと振り抜いた。
 地に向かって放たれた剣圧によって何本かの木々が薙ぎ倒され、同時に起こった風で軽く上へと舞い上がってから木の根や倒木のない場所に着地した。
 その頃には、ワイバーンも絶命してくれたらしく自動収集機能をONにしていた大収納が、勝手にその巨体と首を仕舞い込んでいて、己が吐き出された魔法によるホールも掻き消えていた。
 深く息をついて周囲を見回す。
背の高い木々、繁る下草の間から覗く大地。
見上げた空は己が居た溶岩島の舞い上がる火の粉で染まった赤とは違い、晴天の青が広がっていた。

(……完全に景色が違う。転移魔法か何かで、どこぞに飛ばされでもしたのか?)

 これまで戦ってきた神代古龍種にもそんな能力を持つものが居た。
そのことからアタリをつけてはみたけれど、ヴォルガニアレガースが転移魔法を使ってくるといった事前情報は完全に把握の外にあった。
だからこそ、咄嗟に無効化をし損ねたのだけれど。

(参ったな……何処なのだ、ここは?)

 単純にそんな疑問から地図魔法を発動しようとしていた青年の耳へ、既に発動済みだった簡易マップが発する探知音が聞こえてきて、そちらへ意識を向け直した。
 三重円の中心を縦横十字で貫いたようなそれには、近づいてくる10人程の存在が表示されていた。
 引出し線で右側へ抽出されたリストには

 識別:中立
 区分:地上人
 人種:人族(7名)
    森妖精族エルフ(2名)
    地妖精族ドワーフ(1名)

の表記がされていて、青年は面倒そうに頭を掻いた。

(地上で戦っていたのだ。飛ばされた先とて普通に考えれば地上であろうな……)

 分かってはいたが自国は、この地上がある高度より、国土全体が約300kmカールメルガ上空に存在している為、地上人達とは限られた交流しか存在していないのもあって、どうしても少し構えてしまう。
 個人レベルならばともかく、地上国家との交流なぞ、その国が魔王出現レベルの国難に見舞われている時以外は、ほぼ皆無と言っても過言ではないのが自国の国柄なのだ。
まかり間違って珍獣扱いでもされたら捕獲の憂き目を見るかもしれない。

(今の所、識別は中立のようだし。取り敢えず相手の出方を見て、ダメそうなら面倒なことになる前に消えるとするか)

 人型相手ならその対応でいいだろう、と近づいてくる者達が姿を現わすのを静かに待った。




 その日。
ウィムンド王国の首都である、ここ港湾王都アティスは大混乱の最中にあった。
 3日前に王国の騎士団恒例、季節始めの魔物討伐隊が予定より1週間も早く騎馬で駆け戻って来て齎された報告がその原因だ。
曰く。

 ── ワイバーンが1体、この街に向かっている ──

 彼等は彼方の空よりこちらへ向けて飛ぶその巨体を発見して、適当にそこいらで狩った動物と魔物の血を輜重隊が運んでいた食糧にブッかけてその場に残し、時間稼ぎの元を作成してから王都へと駆け戻って来たのだ。
 普通の馬なら潰れていただろうが、騎士団が使っているのは魔物である駿足多足馬ブリニアックホース ── あまりにも足が速くて足の本数が多く見えるということからついた呼び名らしい ── との混血だったのもあり、途中でワイバーンに追い越されることもなく辿り着けた。
 そこからはもう王都中を引っ繰り返すような大騒ぎだった。
 傭兵ギルドと冒険者ギルドにも緊急依頼受諾の要請が入り、商業ギルドにも主に食糧の確保とポーション類の確保が通達され、神殿にも回復・治癒魔法が使える神官の動員と医薬品類の確保が通達された。
 街の外壁上にはカタパルトが整然と並び、中壁上には魔法士達が身を隠せるように防御魔法のかかった障壁板が取り付けられる。
 騎士団と魔法士隊、傭兵ギルドと冒険者ギルドの4つで持ち場を配分し、作戦を共有して準備が整った頃には、もうワイバーンの姿が空に目視出来るようになっていた。
 その威容が近づくにつれて勝手に吹き出してくる汗と武者震いなどと強がっていられないレベルで身体が震えてくるのを感じる中、戦闘の火蓋は最悪の形で切って落とされた。
 ワイバーンが、初撃から火炎弾のブレスを3発も街に向かってブッ放して来たのだ。
 1発はギリギリ魔法士隊が防ぎ切ったが、残る2発は街中へと着弾した。
 騎士団の新人部隊と傭兵ギルド、冒険者ギルドの低ランクが中心になっての消火活動が始まる。
 とにかくヤツを空から落とさないことには、弓兵隊と魔法士隊、それに協力する傭兵と冒険者の弓使いと魔法士以外に出番はない。
 早朝から始まった戦いは、昼過ぎになってもこちらが一方的に被害を被るだけで、ワイバーンはカタパルトや魔法士達の攻撃を元気にヒョイヒョイ避けながら上空より火の玉を吐きまくってくれた。
 まるで、低空に降りさえしなければこちらに反撃の策はないと知っているかのようだった。
 その敗色濃厚な膠着状態が変化したのは、それから間もなくのことだった。
 ワイバーンのすぐ傍に黒い渦を巻く円形の何かが現れて、そこから小さなものが放り出されたと思ったら唐突にワイバーンの首と胴体が斬り分けられた。
 吐きかけていたブレスは口の中で立ち消え、落下を始めたその巨体は、地面に激突する遥か上で頭と胴体が順に消え失せた。
 何が起こったのか戦っていた者達は皆、サッパリ分からなかった。
ただ、遠眼鏡で状況を常に監視していた物見の兵と生来の特徴として物凄く目のいい森妖精エルフ、特に城壁上にいた者達だけには、その謎の出来事の詳細が見えていた。

 ── 黒い穴から出てきた人影が一撃でワイバーンの首を刈り、南にあるガゼット林へ降り立った ──

 すぐにそれを目撃していた森妖精エルフ2人を含めた騎士団中心の捜索隊が組まれて、南のガゼット林へと送り出されたのも、彼等の対モンスター戦の常識からすれば無理からぬことだったろう。




 そして、彼らは「その国」と「その種」の実在を知ることになるのだった。




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