天空国家の規格外王子は今日も地上を巡り行く

有馬 迅

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第1章 ウィムンド王国編 1

アイラという少女

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「さて。確か、アイラ嬢と申したな?」
「うん」

 アイラの傍で再び膝をついて目線を揃え、確認するような口調で問いかけたアーウィンに彼女は、こっくりと頷いた。

「この白い球体は神聖魔法で出来ていて、この中に怪我が治るまで入って居れば、そなたの母は安全だ」
「うん」
「だが、1つだけ困ったことがあってな。それを何とかする為、私にそなたの力を貸して貰いたいのだ」
「……魔法なんて、使えないよ?」
「大丈夫。それは私が使おう。魔法なぞよりずっと大切なことで、そなたにしか出来ぬことなのだ」
「……何すればいいの?」
「そなたの母は、ワイバーンのブレスによって起こった火事に巻き込まれてしまった。この球体で傷は跡形もなく治るが、神聖魔法単体では着ていた服の再生までは出来ぬ」
「!」

 言われてみれば当たり前のことだが、命あっての物種なんて言葉通り、この場の誰もがそんなことなど失念していた。
 助け出された者達全員が、これだけ酷い火傷を身体中に負っていて、服だけが無事に焼け残っているなど普通にあり得ない筈なのに、だ。

「このまま傷が治っても母が恥ずかしい思いをするのは、可哀想であろう?」
「うん……!」

 もし自分が母の立場だったならこんなに大勢の人の前で全裸を見られるなんて軽く死ねる。
絶対に阻止しなくては! とアイラは両手を拳の形にして強く握りながら頷いた。
 隣にいる伯父も全力で同意するように真顔で何度も何度も頷いていたから、この判断に間違いはないと思えた。

「では、そなたのほんの少しの魔力と記憶を使って、この球体の中に居る母に服を着せてやりたいと思うのだが、協力してはくれないか? そなたが覚えておる、この服を着た母が1番だと思えた姿を思い浮かべてくれるだけで良いのだ」
「それだけでいいの⁈」
「ああ」
「協力するっ! それでママが恥ずかしくないなら頑張ってママの服、思い出す!」
「うむ。では、私の手の上にそなたの手を乗せてくれ」

 そう言って手袋に包まれた右手を差し出され、柔らかな微笑みを向けられて、アイラは急に目の前の青年が御伽噺の王子様のように見えてきた。
 お話の中で挿絵と想像でしか見たことのない、お城の舞踏会。
カッコイイ王子様にこうして手を差し伸べられ、乗せた手を引かれて踊り出すのだ。
 目の前の青年は、御伽噺話の王子様なんて大役を割り振っても問題ないくらいの好青年だったから、想像は簡単に膨らんでしまった。

「わたし、これ知ってるわ! えすこーとって言うのよね!」
「物知りだな。その通りだ」

 得意満面で言いながら彼の手に自分の左手を乗せたら何だか本当に、お姫様になれたような気がした。
 彼の手に導かれて、先程は表面で止まってしまった筈の手が神聖魔法の球体へと何の苦もなく入っていくのを目にして、驚きに目を見開いた。
ふんわりと暖かく優しい温もりが中には満ちていて、とても気持ちがいいと感じる。
 心地よさに身を任せるように目を閉じたら、額の中央に意識が勝手に集中されて、指先で外側から強く押されるのとは全く違う、内側からの痛みが生じた。

(嫌だっ! 何これっ!)

 思わず、乗せていた手で彼の手をギュッと握ってしまった。

「大丈夫、怖くはない」

 傍近くでした青年の声が、はっきりとそう言い切った。
その声を耳にしても目を閉じたままだった彼女の頭が連鎖反応で勝手に思い出したのは、あの轟々と激しい音を立てながら真っ赤な火を舞い踊らせて燃え盛る建物だった。
 自分の代わりに柱の下敷きとなって逃げられなくなった母。
 同じ従業員の男性に抱えられて無理矢理、店の外へと連れ出され、どれだけ母のことを呼んでも叫んでもどうしようもなかった目の前の現実。
 そう遠くない未来に訪れることを嫌でも予感して、心へと降り積もっていく絶望感。

「そなたの傍には、私が居る。成さねばならぬことを成せ」

 そう。
 この声を持ち、今も己の手をしっかりと握り返してくれている暖かな手を持つ青年が現れ、その姿を見た時の微かな疑問。
 絶望しかなかった光景を搔き消すように、あの真っ白な光を放つ魔法陣が現れた驚き。
 次々に消えていく炎と舞い上がる建物の残骸、その間に母の姿を見つけた時の信じられないような期待を孕んだ高揚した気持ち。
 この白い球体に包まれて、火傷であちこち酷い有様だった母の身体が癒されているのを目の当たりにして「ああ、ママは助かったんだ」「もう大丈夫なんだ」と心の底からそう思えた安堵感。

(そうよ、大丈夫。このお兄ちゃんは信じられるもの。怖くなんかないわ。ママのためなんだし!)

 青年の言葉に「こくん」と1度頷いて、先程言われた通り、母の姿を思い浮かべるように努めた。
 このままにしておくと恥ずかしい思いをすることになるから、と母に着せる服を思い浮かべるように言われていたのだから、それをしなければ。
 母の服。
去年の冬に、お店の年納めで着た母と自分の2人がかりで1年かけて作っていた揃いの服。
そう、あれなら鮮明に思い出せる。
 頑張って、いっぱい縫い物のお手伝いをした。
お菓子も玩具も我慢して、お小遣いだって全部使って飾りに使う布の端切れを買って、パパにも伯父さんにもお店の人達にもママと2人でお姫様みたいだねってたくさん褒めてもらえたワンピース。
 脳裏にそのワンピースを着た時の母を思い浮かべたら急に身体から何かが抜けていって、額中央の痛みもなくなった。

「おおっ!!」
「すげぇっ!!」

 周囲の人達が驚いた声を上げているのが聞こえる。

「もう、目を開けてもよいぞ?」

 優しい声が隣から促して来るのに、そっと瞼を持ち上げると白い球体の中、思い浮かべた通りの姿となった母が横たわっていた。

「素敵なワンピースでしょ? わたしとママで頑張って作ったのよ。わたしも同じワンピース持ってるの。ママとお揃いなのよ!」

 これって上手く出来たんだよね? と聞く代わりにそう主張すると隣の青年は、朗らかな微笑みで言ってくれた。

「そうなのか。そなたと母の頑張りが、こうして記憶から形になれる程、素晴らしいものだったのが良く分かるな」

 母を助けて、治してくれて。
 いっぱい頑張ったのを真っ直ぐな言葉でちゃんと褒めて、その全部を認めてくれて。
 優しく微笑んでくれた王子様みたいな青年が、アイラは、とっても大好きになった。




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