天空国家の規格外王子は今日も地上を巡り行く

有馬 迅

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第1章 ウィムンド王国編 1

蘇生術の行使

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「先に申し渡しておく。蘇生術の難しさは発動や行使にあるのではない。成功率が3割を切る低さである原因は、冥界ネルグリファの長である地獄神デウレマンズに魂の帰還を許可されぬこと。そこが問題なのだ」

 事実は事実として告げるべきだと判断したらしいアーウィンの声にそれでも躊躇や迷いは感じられなかった。
 彼が地に両手をついていることで目線の位置がほぼ同じなこともあって、2人は水色に近い青の瞳が自分の方を向く度、息を飲むような思いで、それでも真剣な面持ちで話しに耳を傾ける。

「だからこそ、必ず子を自分達の手に取り戻すのだという強い意志を持て。この子と過ごすこれからの未来。3人で築いてゆく幸せ。それを思い描いて現実の物とする揺るぎない希望を持ち、その2つを臆すことなく地獄神デウレマンズへと示し、魂の帰還を認めてもらうことこそが何よりも必要なことなのだ。悲しみよりも慈しみを。後悔よりも愛情を強く持て。よいな?」
「はいっ!」
「分かりました!」
「その子の左手を間に挟み、2人で手を繋げ」

 母と父が順に力強く答えるのに頷いてみせ、アーウィンは術を行使するにあたって必要な指示を与え始めた。
 母親が青白い光球の中へと手を伸ばし、息子の左手を握り締め、父親が2人の手を纏めて握り締めると母親が顔を上げて小さく首を横に振ってから1度、手を離して父親と指を組む形に手を握り変えてから息子の手を間に挟み込んだ。
 絶対に自分達の手が離れないように、そして息子の手がそこから抜けてしまわないようにする、という強い意志が、もうこの時点から垣間見えるようだった。

「その手を子の身体の胸元、中心の辺りへ置け」

 アーウィンの言葉に2人が言われた通り、息子の胸上に握り合った手を下ろす。

「子が完全に蘇るまで、何があってもその手は離すなよ? 離せば、その瞬間に術は途切れ、子は助からん。忘れるなよ?」
「はいっ!」
「はい!」
「始めるぞ!」

 自身に気合いを漲らせるように言ったアーウィンが、子供の身体の下へと一瞬で魔法陣を描き出す。
 黒紫と金のラインで図形と天空文字、そして魔導文字で構築されていて、ゆっくりとした動きで地面の上を左回りに旋回し始めた。
 それを確認して地面から両手を離したアーウィンは、右手の人差し指に集中した魔力で子供の頭から足元へ向けて縦線を1本、左肩から右肩へ向けて横線を1本、右脇から左脇へ向けて横線をもう1本、合計3本の金線を描いてから掌を上に向けて両腕を頭上から斜め上へと掲げるように向け、何かを請い願うような眼差しを空へと投げる。
それに応える形で一筋の白い光が空から真っ直ぐに子供へと降り注ぐと共に頭上に光輝く真っ白な門が現れた。
 両腕を下ろしたアーウィンが開いた左手の掌を純白の門へ向け、左手首を右手で掴んで魔力を凝らすと金の光粒が門へと集まって行き、高らかな鐘の音と共に彼方あちら側へ向けて、観音開きの門扉が開く。
 決して大きくはないその門の先には、ただ只管ひたすらに濃密な気配を漂わせる紅一色の何もない空間が広がっていた。
 固唾を飲んで事態を見守る両親と観衆を尻目に再び魔力を凝らしたアーウィンが、金の光と化した魔力を門の向こうへと放つと、そこから子供の啜り泣く声が聞こえてくる。

「この声は……ラディ?」
「ラディ! 返事をして! パパとママよっ!!」
『ママぁ……パパぁ……』

 聞こえてきた我が子の声に反応した両親が、何を言われるまでもなく門の中に広がる紅い空間へと呼びかけると、ぐすぐす鼻を鳴らしている合間のような具合で息子の声が返ってきた。

「ラディ!」
『いたいよぅ……あついよぉ……』
「子に明るい方へ手を伸ばすように声をかけよ!」

 両親と門の向こうに白い線が伸びたのを確認したアーウィンが、2人へとそう指示を飛ばす。

「ラディ! パパとママはこっちよ! 明るくなってる方を見て! お手々を伸ばして!」
『いやだよ、こわいよぉ……』
「大丈夫だ! ママとパパが絶対助けるからっ! 明るく見える所に手を伸ばすんだ!」

 両親の説得を受けて、怖々と手を伸ばしたのだろう。
門の中から小さな両手が現れたのが見えて、周囲の者達が驚いたように目を見開いたり、口元を手で押さえて驚愕の音を飲み込む仕草を見せた。

「それがあの世に召された子の魂だ! 両手を2人でそれぞれ捕まえて、こちらへ引きずり出せ!」

 アーウィンの指示に息子の左手を母親が握り、右手を父親が握り、互いに目配せし合ってから同時に子供の魂の手を引いた。

『いたいっ! やだいたいよ! ひっぱらないで! パパ! ママ! いたいよー!』

 この世に還ることで生じる痛みと苦しみを訴えた我が子に肘の辺りまで引き出した魂が赤味を帯びたのが見えた。
そのことで両親が躊躇していまい、引き出す力が緩んでしまう。

「ああ……ラディ! そんな……どうしたら……」
「怯むなっ! そなた達がこれまで子と共に過ごしてきた来た思い出と注いで来た愛情を全て込め、語りかけよ! それを感じることが出来れば子の感じておる痛みは弱まる! そなた達の思い描く子と共に過ごす筈だった未来の希望もだ! これからの時間に、己が未来に希望が持てれば、死者は自ずとそこから出て来る! その子に残された時間は決して多くはないぞ!」

 術の維持で精一杯なのだろう。
現状以上に子供の魂へ干渉することが出来ないらしいアーウィンから指示と説明、説得が綯い交ぜとなったような言葉が両親へと投げかけられる。
 確かに息子の頭上にある数字は、今も刻々と減り続けていて、ここで躊躇しているばかりでは息子の蘇りを諦めなくてはいけなくなるのは間違いないだろう。

「ああ……でも何から話したらいいのかしら……?」

 我が子に注いで来た愛情。
そんなものは言われるまでもなく息子を授かってから己の全ての時がそうであった母親は、別の意味で迷ってしまう。
 息子のラディが、それを感じ取ってくれる話とは、どんなものなのだろうか、と。

「なぁ? シスターが、ラディを君が身籠ってるって俺達に教えてくれた日のことを覚えてるかい?」

 彼女の迷いを感じ取ったのか、父親の方がそんな切り出し方をして、息子が生まれて来る前のことを話し始めた。

「ええ、勿論! ずっと念願だった子をやっと授かったって分かって、あなたったら私を両腕で抱き上げて、その場でグルグル回ったのよ? 忘れないわ!」
「そうそう! それでパパはシスターにしこたま怒られてなぁ。その後も男ならこんな子がいい、女ならこんな子がいいってママと2人で毎日話しながらラディが生まれてくるのを待ってたんだよ?」
「パパは、すっごく心配性でね? 最初の内はまるで病気した時、看病するみたいにママにベッタリだったのよー?」

 夫の意図を何となく察したのだろう。
息子が生まれて来てから注いで来た愛情ではなく、その前から2人で注いで来た愛情に関わる事を口へと上らせていく。

「心配し過ぎだって、またシスターに怒られてなぁ。でもいざ、ラディが生まれて来るってなった日、ママは倒れてしまって。難産って言ってね、普通の人より、物凄く大変な思いをしてラディを産まなきゃいけなくなっちゃったんだよ?」

 初産は大変で、難産にもなりやすいとこの大陸では言われていて、出産に関する知識や技術、魔法などもその他の物より進歩が遅れている傾向があった。
 妊婦が子を産むのは、当たり前のように命がけであることは勿論、母体や胎児の出産までの健康維持も経産婦の人達や助産師を兼ねる教会シスターの手腕次第な状況が大陸全土で長く続いていた。

「でもね。ママは絶対にラディを産むんだって頑張ったの。今のラディみたいに、ずっとずっと長~く痛いのも苦しいのも続いて、もう絶対、二度と子供なんか産むもんかって思ったりもしたけど、それでもあなただけは、ラディだけは、ちゃんと産んで大事に育てるんだって。シスター達に励まされながら、ママ、いっぱい頑張ったのよ!」
「パパなんかな? あんまりにも意味なくオロオロウロウロしてるもんだからシスターに『冬眠前の森林熊ロウルベアじゃないんだから落ち着け!』『座れ!』仕舞いには『邪魔だ、出てけ!』って部屋から出されちゃったんだよー?」

 ああ、分かる分かる、なんて感じの空気が周囲のお父さん方や経産婦の皆さんから漏れ出て、何とも状況にそぐわない柔らかな空気が、ほんの少しだけ漂うと、赤味を帯びていた子供の魂の色合いが少し元の白っぽい色合いに戻ってきているのが分かった。

「見えなくなったら見えなくなったで、余計落ち着かなくなっちゃってね。パパはもう男でも女でもどっちでもいい、例え目が見えなくても声が出なくても身体のどこかがちゃんと育ってなくてもいい、ママもラディもどっちも無事で生きててくれたらそれ以上、何も望まないから、どうか2人とも無事でって神様の像に必死になってお願いしてたんだ」
「パパもママもね、生まれる前からラディのことが大好きで、元気に生まれて来てくれたラディのことがもっと好きになって、これからもきっとね? ずーっとラディのことが大好きで居られるのよ!」

 両親の言葉に息子の魂が、完全に元の青っぽい白色に戻った。
それに勇気づけられた父親が、もっと何か息子の気を引くことはできないか、と模索して次の話しを思いついたままに口へと上らせる。

「ああ、そうだ。なあ? ラディの周りには、いっぱいお友達が居て、毎日楽しそうにしてるだろ? それを見てるとな? パパも頑張ってお仕事するぞって。ママとラディの為にたくさん稼いで来るぞって思えるんだよ? ……そういえば? ラディが仲いい男の子は、マグスとテドラーだよな? 女の子で仲が良いのは? サミューか? ソレイユか? ラディはどっちの子がタイプなんだ? んっ?」
「えっ⁈ 仲が良いってそのレベルの話し⁈ 彼女なの? お嫁さん候補なの⁈ ちょっとラディ? ママ、聞いてないわよ⁈ お嫁さんなんてまだ早いわよっ!!」

 メッチャ話し飛んだ。
揶揄の色が強そうだった父親の言葉を聞いて、焦ったのか母親の方が物凄く飛躍したコメントを口にして、周囲の者達が思わず同じ感想を抱きながら苦笑いを漏らした。

「いやいや、ラディはモテるんだぞー? きっと若い内からキープっとこうって女の子は居る筈だ! 何せ俺の子だからなっ! 嫁さんになる子だって、きっとママみたいに綺麗で可愛くて気立てが良くて、料理上手で笑顔の素敵な女の子に違いない!」
「待って! ママ、まだお姑さんになる覚悟なんて出来てないからね、ラディっ⁈ あっ、でも、そうね! そうよねっ? いつかはお嫁さん欲しいわよねっ? 孫だって見たいし! やだっ、ちょっと駄姑なんて言われないように、お嫁さんと仲良いご近所さんに秘訣聞きに行かなきゃあ!」

 本人そっちのけで勝手に進んで行く話しに、当の息子ですら反応に困っているのか返事すら魂からは発せられない。

「ん! んっ!」

 流石にこんなデリケートな話しを大勢の前で公開されるのは子供が可哀想だと思ったのか、ズレていく話しの軌道修正を図ろうとしたのか、スライがこれみよがしに咳払いをかました。

「はははっ。構わぬではないか。聞いている者が思わず笑顔になってしまうくらいの未来予想図だ。死した者を連れ戻すのには、丁度よいくらいだよ」

 場を締め直すように紡がれたアーウィンの言葉に一瞬だけ真剣な面差しを浮かべた両親は、それでも子の魂に向き直った時には、慈愛をそのおもてに浮かべていた。

「ね? ラディ。お願い。パパとママの所に、戻って来てちょうだい? これからラディがどんな風に成長していくのか、パパとママは絶対、絶対、傍で見ていたいのよ!」
「ラディ。もうすぐ、お前の誕生日だよ? 楽しみにしてただろう? ママとパパと……そうだな、お友達も呼んでさ、楽しく過ごそう? だから、帰っておいで!」
『……かえりたい……パパとママのところにかえりたいよお!』

 両親から示された愛情と3人を繋ぐ確かな絆に、それまで紅一色だった門中の景色が白く輝いて高らかな鐘の音が響き渡った。

「今だ! 手を引けーっ!」
「!!」
「っ!」

 アーウィンの合図に即座、反応した両親が我が子の両手を引くと門の向こうから横たわる子供の身体と寸分違わぬ姿をした青白い姿が、すぽん、と全て引き抜かれた。


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