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第1章 ウィムンド王国編 1
第3の被害現場
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ワイバーンのブレスによって起こった火事で、怪我をした者と亡くなった者。
最終的にこの現場でもその数はゼロとなった。
正確に言うならば、怪我をしたものは癒され、死した者は皆、蘇った。
アーウィンは、スライから終了のサインを1つ入れてもらった依頼書を自身の小収納へ仕舞い込んで軽く周囲を見回してそれを今一度確認した。
「大分、時を使ってしまったな。私は3つ目の現場へ向かう。後は任せたぞ」
「ああ! ありがとうよ、王子殿下!」
スライが答える声に小さく笑ったアーウィンは、靴の爪先で石畳をトン、と蹴って描き出した魔法陣によって浮き上がると顔を上向けることによって空へと飛び立った。
「おおっ!」
「飛んだぞー!」
そんな声と大きく手を振る者達、深く頭を下げる者達に見送られながらその場を離れたアーウィンは、3番目の被害現場位置を地図魔法で確認してそちらへ向かった。
そこが倉庫街であることが分かると人の被害は勿論だが、物の被害も凄いことになっているかもしれない、と僅かな懸念を胸に抱いた。
地図魔法を再び簡易に切り替えて、飛んでいると現場に近づくにつれ、一際大きな火の手が上がっているのが見えた。
「……これは最早、水魔法だけでは無理だな」
ここまで燃えてしまうと風魔法と蛇牙魔法を併用しなければ延焼を抑えられないだろうが、この国では恐らく蛇牙の魔法を使える者がいないだろうと判断したアーウィンは、到着してすぐ空中へと巨大な陣を描く。
「アーウィン殿下! お願いです! お助けくださいっ!」
描き終わった陣を発動したアーウィンのことを下から呼ぶ声が聞こえて、そちらへ視線を巡らすと治癒士らしき女性が、上空に向かって祀杖を振り散らかしているのが見えた。
傍には倒れている少年と一匹の犬。
アーウィンは、向きを変えて近くまで飛ぶと彼女からやや離れた所へ着地して数歩の距離を歩いて近づいた。
「どうした?」
「この犬が、燃えている倉庫の中からこの子を助けて出して来たのですけど、自分もこの子も怪我をしているのに治療をさせてくれないのです」
歯を剥き出して低く唸っている犬は、彼女の言う通り燃えてチリチリになった毛も焼け爛れた身体もそのままに倒れている少年をただ只管守っているように見えた。
「この少年が……その、どうやら路上生活者な孤児のようで……倉庫に忍び込んでいたのを持ち主が酷く怒って少年と犬を何度も蹴ったので……それが原因かと……」
「だから言っとるだろう⁈ どうせ1銅片にもならぬのだから例え死のうが放っておけと! それよりも早く火を消せ! ただでさえ低い威力の水魔法しか使える者がおらんのだからそれに集中しろ! 早くしないと儂の財産が全て灰に……!!」
彼女のした説明に責任を転嫁されたような気分になったらしい商人風の男が、威圧するように怒鳴り声を上げると犬が一層態勢を低くして三度吠えた。
「この……!」
「よさぬか」
「何だとっ⁈」
「上を見よ」
カッとなった商人の男が再び少年と犬を蹴飛ばそうと騒々しい足音で近付いてくるのをアーウィンが制止して上空を指し示した。
「火を消し止めることならば既にやって居る。時期、消火が済むゆえ大人しく待っているがよい」
「あ⁈ きさ……ああっ⁈」
アーウィンの口調が気に食わなかったのか、文句を唱え続けそうだった勢いは、示された方を反射的に見てしまったことで途絶え、代わりに驚愕を刻んだ。
これまでどれだけ水魔法で火を消し止めようとしても中々思う通りに進まなかった消火が、緑の球体と幾つもの小さな巻き風によって次々に消され始めていた。
「ここの現場責任者は居るか?」
「俺だ」
アーウィンの問いかけに傭兵らしき男が1人、手を上げて自己申告すると傍へやって来た。
「ここは火元での燃焼が激し過ぎるゆえ、消火は私が引き受ける」
翻した左手で発動した小収納の魔法陣から既に1ヶ所分、依頼を達成し終えたサインをもらっている依頼書を差し出して告げる。
「指名依頼書? ……ギルド長指名⁈」
「水魔法を使える魔法士達は、周辺への延焼防止処置に回すがよい」
「わ、分かった」
既に起動して消火作業を始めているらしい魔法陣を1度見上げて、その速度と威力に喉を鳴らしてから了承を返した傭兵は、その場の様子をやや気にしながらも他の者達に指示を出す為に駆け出した。
それを見送ったアーウィンは少年と犬に向き直り、傍近くで屈み込んだ。
「Deːoːɛnøːumlaut¨eː
yːumlautɛndeː¨ɛɐɛsteːɛːumlautɛndeː
teːhaːɛːumlaut¨eː iːɛsɛːumlaut'ʏpsilɔn?」(私の言っていることが分かるな?)
アーウィンが話しかけるとそれまで態勢を低くして歯を剥き出しにしながら唸っていた犬が、吃驚したような顔をして押し黙った。
(え? これ、何語?)
アーウィンが犬へと語りかけている言葉が分からなくて治癒士の女性も犬と同じ吃驚顔で彼を眺めた。
「Iːɛn teːhaːiːɛs
ɛsiːteːyːumlautɛːumlaut¨eːiːøːumlautɛn
'ʏpsilɔnøːumlautyːumlautɛɐ ɛfɛɐiːeːɛndeː
ɛliːteːɛs 'ʏpsilɔnøːumlautyːumlaut
tseːyːumlautɛɐeː
beː¨tseːɛːumlautyːumlautɛseː
'ʏpsilɔnøːumlautyːumlaut deːiːeː?」(このままでは、そなたの友は死んでしまう。だから治療をさせてくれぬか?)
きゅーん、と鼻を鳴らした犬がその場に力なくペッタリと座り込んで、そのまま伏せてしまった。
怪我の具合を見れば無理もない状態で、アーウィンはすぐさま少年の身体を治癒の光球で包み込むと再び犬へと視線を戻した。
「ɛneːɪksteː iːɛs'ʏpsilɔnøːumlautyːumlaut.
Veːhaːeːɛn iːɛmeː¨teː veːiːteːhaː
aːhaːyːumlautɛɐteː ɛfiːgeːyːumlautɛɐeː,
Deːøːumlauteːɛs Aːɛfɛɐiːeːɛndeː
veːøːumlautɛɐɛɐ'ʏpsilɔn?」(次は、そなたの番だ。怪我をしたままの姿で会えば、友が心配するであろう?)
話しかけたアーウィンに頭を上げてそれを聞いていた犬は、少年の方へと向いて頭を下ろし、じっと彼が治癒されていく様子を見詰めていた。
それを無言の容認、好きにしろという意味に受け取ったアーウィンは、犬の身体にも治癒魔法をかけて光球で包み込んだ。
「ふん! 漸く真面な術師が派遣されて来たようではないか! おい、貴様! そんな浮浪児と野良犬なぞに感けておらんで儂の役に立て!」
それまで数々の魔法に度肝を抜かれて呆けていた商人の男が、彼の力は自分にとって有用だと判断したのか、そんなことを言い出した。
「っ! 無礼だぞ!! この方は他国の王族! 第3王子殿下であらせられるのだぞ⁈」
「はぁ⁈ バカを言うな! そんな高貴なお方がこのような倉庫街の、それも火事の現場になぞ来られるものか! しかもそのガキは浮浪児なんだぞ⁈ 近寄りもせんだろうよ!」
「バカは貴様だ! この倉庫を燃やしたワイバーンを退治されたのとて、こちらに在わすアーウィン殿下なのだぞ⁈」
「そんな与太話を誰が信じるのだ! アレが人一人の力でどうこうなるような生き物か⁈ 本当だと言うなら今! そのワイバーンを目の前に出して見せてみろ! 出来るものならな! はーっはっはっはっはっはっ!」
洋裁店に居た者達が言い募る事にも頓着せずに商人の男がそれを一蹴して笑い飛ばしてみせたその瞬間。
彼のすぐ近くの地面へ、巨大な魔法陣が現れた。
「⁈」
驚く人々の目の前で地面の魔法陣からゆっくりと迫り上がって来たのは、独特の赤い鱗に刺々の頭鰭。
ずらりと並んだ大きな牙列に金の瞳と縦に長い漆黒の瞳孔。
「!!!!」
地面に顎をくっつけて伏せているような姿勢で魔法陣の中から現れたのは、ついさっきまでこの街を襲っていたのと同じワイバーンだった。
今にも息遣いが聞こえて来そうな。
いや、大きな翼で空へと上り、凄まじい咆哮を上げて再びブレスをぶっぱなして来そうな圧倒的存在感。
「…………」
すーっ……と音もなく商人の男の身体が後ろに傾いでいって、ばたり、と無言のまま倒れ込んだ。
「ん?」
彼の倒れ込んだ音が聞こえたのだろう。
それまで、少年と犬しか見ていなかったアーウィンが、ここで漸く振り向いた。
立ち上がり、ワイバーンの横を擦り抜けて商人の男を足元へと見下ろせる位置まで来ると不思議そうに幾度か目を瞬かせてその姿を見遣る。
「何故に此奴は意識を失って倒れて居るのだ?」
フリではなく、完全に素朴な疑問を口にしただけと分かる音程で紡がれたアーウィンの言葉に困惑したのは、商人の男と違って気を失うことのなかった冒険者や傭兵達だった。
「なにゆえって……」
「ワイバーン出して、見せた所為だと思いますよ? 殿下?」
「は?」
のーんとした平べったい表情と声音で言われたことにアーウィンの漏らした疑問符が1つ落ちた。
「目の前に出して見せろと言ったのは、此奴自身なのだぞ?」
心底理解出来ない、と言った様子を隠しもせずにそう問い返された。
悪気はゼロ「そう求められたからやっただけ」感満載なそれに周囲を乾いた笑いが満たす。
「ソウデスネ……」
正論と言う名の言葉の暴力。
それは時として、嫌味や悪口雑言などより強く人の心を抉ることがあるのだな、とその場の者達は思った。
倉庫の持ち主である商人の男は、いっそ意識を失えて幸せだったのかもしれない。
正しくワイバーンの鼻面先 ── どちらから見ての「目の前」なのか激しく意見が分かれそうな位置 ── に居て、泡を吹きながら倒れている姿に怒りや侮蔑よりも同情と哀れみの視線が注がれていた。
最終的にこの現場でもその数はゼロとなった。
正確に言うならば、怪我をしたものは癒され、死した者は皆、蘇った。
アーウィンは、スライから終了のサインを1つ入れてもらった依頼書を自身の小収納へ仕舞い込んで軽く周囲を見回してそれを今一度確認した。
「大分、時を使ってしまったな。私は3つ目の現場へ向かう。後は任せたぞ」
「ああ! ありがとうよ、王子殿下!」
スライが答える声に小さく笑ったアーウィンは、靴の爪先で石畳をトン、と蹴って描き出した魔法陣によって浮き上がると顔を上向けることによって空へと飛び立った。
「おおっ!」
「飛んだぞー!」
そんな声と大きく手を振る者達、深く頭を下げる者達に見送られながらその場を離れたアーウィンは、3番目の被害現場位置を地図魔法で確認してそちらへ向かった。
そこが倉庫街であることが分かると人の被害は勿論だが、物の被害も凄いことになっているかもしれない、と僅かな懸念を胸に抱いた。
地図魔法を再び簡易に切り替えて、飛んでいると現場に近づくにつれ、一際大きな火の手が上がっているのが見えた。
「……これは最早、水魔法だけでは無理だな」
ここまで燃えてしまうと風魔法と蛇牙魔法を併用しなければ延焼を抑えられないだろうが、この国では恐らく蛇牙の魔法を使える者がいないだろうと判断したアーウィンは、到着してすぐ空中へと巨大な陣を描く。
「アーウィン殿下! お願いです! お助けくださいっ!」
描き終わった陣を発動したアーウィンのことを下から呼ぶ声が聞こえて、そちらへ視線を巡らすと治癒士らしき女性が、上空に向かって祀杖を振り散らかしているのが見えた。
傍には倒れている少年と一匹の犬。
アーウィンは、向きを変えて近くまで飛ぶと彼女からやや離れた所へ着地して数歩の距離を歩いて近づいた。
「どうした?」
「この犬が、燃えている倉庫の中からこの子を助けて出して来たのですけど、自分もこの子も怪我をしているのに治療をさせてくれないのです」
歯を剥き出して低く唸っている犬は、彼女の言う通り燃えてチリチリになった毛も焼け爛れた身体もそのままに倒れている少年をただ只管守っているように見えた。
「この少年が……その、どうやら路上生活者な孤児のようで……倉庫に忍び込んでいたのを持ち主が酷く怒って少年と犬を何度も蹴ったので……それが原因かと……」
「だから言っとるだろう⁈ どうせ1銅片にもならぬのだから例え死のうが放っておけと! それよりも早く火を消せ! ただでさえ低い威力の水魔法しか使える者がおらんのだからそれに集中しろ! 早くしないと儂の財産が全て灰に……!!」
彼女のした説明に責任を転嫁されたような気分になったらしい商人風の男が、威圧するように怒鳴り声を上げると犬が一層態勢を低くして三度吠えた。
「この……!」
「よさぬか」
「何だとっ⁈」
「上を見よ」
カッとなった商人の男が再び少年と犬を蹴飛ばそうと騒々しい足音で近付いてくるのをアーウィンが制止して上空を指し示した。
「火を消し止めることならば既にやって居る。時期、消火が済むゆえ大人しく待っているがよい」
「あ⁈ きさ……ああっ⁈」
アーウィンの口調が気に食わなかったのか、文句を唱え続けそうだった勢いは、示された方を反射的に見てしまったことで途絶え、代わりに驚愕を刻んだ。
これまでどれだけ水魔法で火を消し止めようとしても中々思う通りに進まなかった消火が、緑の球体と幾つもの小さな巻き風によって次々に消され始めていた。
「ここの現場責任者は居るか?」
「俺だ」
アーウィンの問いかけに傭兵らしき男が1人、手を上げて自己申告すると傍へやって来た。
「ここは火元での燃焼が激し過ぎるゆえ、消火は私が引き受ける」
翻した左手で発動した小収納の魔法陣から既に1ヶ所分、依頼を達成し終えたサインをもらっている依頼書を差し出して告げる。
「指名依頼書? ……ギルド長指名⁈」
「水魔法を使える魔法士達は、周辺への延焼防止処置に回すがよい」
「わ、分かった」
既に起動して消火作業を始めているらしい魔法陣を1度見上げて、その速度と威力に喉を鳴らしてから了承を返した傭兵は、その場の様子をやや気にしながらも他の者達に指示を出す為に駆け出した。
それを見送ったアーウィンは少年と犬に向き直り、傍近くで屈み込んだ。
「Deːoːɛnøːumlaut¨eː
yːumlautɛndeː¨ɛɐɛsteːɛːumlautɛndeː
teːhaːɛːumlaut¨eː iːɛsɛːumlaut'ʏpsilɔn?」(私の言っていることが分かるな?)
アーウィンが話しかけるとそれまで態勢を低くして歯を剥き出しにしながら唸っていた犬が、吃驚したような顔をして押し黙った。
(え? これ、何語?)
アーウィンが犬へと語りかけている言葉が分からなくて治癒士の女性も犬と同じ吃驚顔で彼を眺めた。
「Iːɛn teːhaːiːɛs
ɛsiːteːyːumlautɛːumlaut¨eːiːøːumlautɛn
'ʏpsilɔnøːumlautyːumlautɛɐ ɛfɛɐiːeːɛndeː
ɛliːteːɛs 'ʏpsilɔnøːumlautyːumlaut
tseːyːumlautɛɐeː
beː¨tseːɛːumlautyːumlautɛseː
'ʏpsilɔnøːumlautyːumlaut deːiːeː?」(このままでは、そなたの友は死んでしまう。だから治療をさせてくれぬか?)
きゅーん、と鼻を鳴らした犬がその場に力なくペッタリと座り込んで、そのまま伏せてしまった。
怪我の具合を見れば無理もない状態で、アーウィンはすぐさま少年の身体を治癒の光球で包み込むと再び犬へと視線を戻した。
「ɛneːɪksteː iːɛs'ʏpsilɔnøːumlautyːumlaut.
Veːhaːeːɛn iːɛmeː¨teː veːiːteːhaː
aːhaːyːumlautɛɐteː ɛfiːgeːyːumlautɛɐeː,
Deːøːumlauteːɛs Aːɛfɛɐiːeːɛndeː
veːøːumlautɛɐɛɐ'ʏpsilɔn?」(次は、そなたの番だ。怪我をしたままの姿で会えば、友が心配するであろう?)
話しかけたアーウィンに頭を上げてそれを聞いていた犬は、少年の方へと向いて頭を下ろし、じっと彼が治癒されていく様子を見詰めていた。
それを無言の容認、好きにしろという意味に受け取ったアーウィンは、犬の身体にも治癒魔法をかけて光球で包み込んだ。
「ふん! 漸く真面な術師が派遣されて来たようではないか! おい、貴様! そんな浮浪児と野良犬なぞに感けておらんで儂の役に立て!」
それまで数々の魔法に度肝を抜かれて呆けていた商人の男が、彼の力は自分にとって有用だと判断したのか、そんなことを言い出した。
「っ! 無礼だぞ!! この方は他国の王族! 第3王子殿下であらせられるのだぞ⁈」
「はぁ⁈ バカを言うな! そんな高貴なお方がこのような倉庫街の、それも火事の現場になぞ来られるものか! しかもそのガキは浮浪児なんだぞ⁈ 近寄りもせんだろうよ!」
「バカは貴様だ! この倉庫を燃やしたワイバーンを退治されたのとて、こちらに在わすアーウィン殿下なのだぞ⁈」
「そんな与太話を誰が信じるのだ! アレが人一人の力でどうこうなるような生き物か⁈ 本当だと言うなら今! そのワイバーンを目の前に出して見せてみろ! 出来るものならな! はーっはっはっはっはっはっ!」
洋裁店に居た者達が言い募る事にも頓着せずに商人の男がそれを一蹴して笑い飛ばしてみせたその瞬間。
彼のすぐ近くの地面へ、巨大な魔法陣が現れた。
「⁈」
驚く人々の目の前で地面の魔法陣からゆっくりと迫り上がって来たのは、独特の赤い鱗に刺々の頭鰭。
ずらりと並んだ大きな牙列に金の瞳と縦に長い漆黒の瞳孔。
「!!!!」
地面に顎をくっつけて伏せているような姿勢で魔法陣の中から現れたのは、ついさっきまでこの街を襲っていたのと同じワイバーンだった。
今にも息遣いが聞こえて来そうな。
いや、大きな翼で空へと上り、凄まじい咆哮を上げて再びブレスをぶっぱなして来そうな圧倒的存在感。
「…………」
すーっ……と音もなく商人の男の身体が後ろに傾いでいって、ばたり、と無言のまま倒れ込んだ。
「ん?」
彼の倒れ込んだ音が聞こえたのだろう。
それまで、少年と犬しか見ていなかったアーウィンが、ここで漸く振り向いた。
立ち上がり、ワイバーンの横を擦り抜けて商人の男を足元へと見下ろせる位置まで来ると不思議そうに幾度か目を瞬かせてその姿を見遣る。
「何故に此奴は意識を失って倒れて居るのだ?」
フリではなく、完全に素朴な疑問を口にしただけと分かる音程で紡がれたアーウィンの言葉に困惑したのは、商人の男と違って気を失うことのなかった冒険者や傭兵達だった。
「なにゆえって……」
「ワイバーン出して、見せた所為だと思いますよ? 殿下?」
「は?」
のーんとした平べったい表情と声音で言われたことにアーウィンの漏らした疑問符が1つ落ちた。
「目の前に出して見せろと言ったのは、此奴自身なのだぞ?」
心底理解出来ない、と言った様子を隠しもせずにそう問い返された。
悪気はゼロ「そう求められたからやっただけ」感満載なそれに周囲を乾いた笑いが満たす。
「ソウデスネ……」
正論と言う名の言葉の暴力。
それは時として、嫌味や悪口雑言などより強く人の心を抉ることがあるのだな、とその場の者達は思った。
倉庫の持ち主である商人の男は、いっそ意識を失えて幸せだったのかもしれない。
正しくワイバーンの鼻面先 ── どちらから見ての「目の前」なのか激しく意見が分かれそうな位置 ── に居て、泡を吹きながら倒れている姿に怒りや侮蔑よりも同情と哀れみの視線が注がれていた。
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