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第1章 ウィムンド王国編 1
少年と湿原角狼
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「目が覚めたかね?」
「っ!」
傍に誰かが居ると思わなかったのだろう。
弾かれたように顔を上げた少年は、表情を驚きに染めて目の前で膝をついてこちらを見詰めるアーウィンを見返した。
また犬が1度鳴いて鼻を鳴らしながら尻尾を2回ぱったぱった振りながらアーウィンを見ているのを確認するとその驚き顔を犬にも向けて、もう1度、彼の頭がアーウィンの側へと戻って俯いた。
「……お前が、他の人にキュンキュン言ってるの、初めて聞いた……」
「そなたと共に生涯生きてゆける方法を早く教えろと言っているのだよ」
「えっ⁈」
シュンとなってしまった顔にもう1度驚きを浮かべ直して犬を見て、そこで漸く犬と自分自身がいつもとは違う見た目になっていることに気がついて、あちこちに視線を彷徨わせながらそれを確かめた。
「そなたには従魔獣士の才がある。そしてそなたの友は、ただの犬ではない。湿原角狼の幼体だ。冒険者ギルドで正式に従魔として登録すれば、そなたの年齢が登録歳に至っておらぬでも雑用レベルの仕事をしたり、2人で街の外に出て採取や狩りが出来よう。今の暮らしを己が力で変えられるぞ?」
アーウィンの言葉を少年は、ポカンとした表情で口を半開きにしたまま聞いていた。
孤児の自分に才能?
友達の犬が湿原角狼?
提示された情報が現実として上手く飲み込めなくて、戸惑った顔をしていた少年にグイグイと兜に覆われた頭を押し付けて来たのは、友達の犬だった。
「でも……僕もコイツも……名前すらないのに……」
「そんなことか」
少年の言葉に左手を翻して小収納の魔法陣を起動したアーウィンは、そこから1枚の金属板を取り出した。
右手に嵌めた手袋の中指辺りを咥えて引くことで外し、人差し指へ魔力を込めると点高熱でそこへ文字を書き記して最後に指先へ何かの紋章を光で灯すとそれを焼き付けた。
「そうだな。そなたの名はフェンウルフの友という意味から取って、ジーフェンというのはどうだ?」
「……僕に、名前をくれるの?」
少年の問いかけにアーウィンは、笑顔で頷きだけを返した。
「ジーフェン……お前の友達。うん。ありがとう。僕の名前、嬉しい」
「フェンウルフの名は、そなたがつけるがよい。何にする?」
「え? ……僕が……決めるの?」
話しを振られた少年がオドオドしながら答えると隣で「オン!」と一声鳴いた友達犬が、パタパタ尻尾を振りながらまるで期待して待っているみたいに首を傾げてみせた。
「……お前が嫌じゃないなら……ずっと僕と一緒に居てくれて、ずっと友達でもいてくれた。お前が居たから僕は今日まで生きていようって思えたんだ。だから、これからもずっと一緒で、友達でいられるように、希望。僕の希望。僕の友達……」
ギュッと隣の犬に抱きついて口にした名を気に入ってくれたのか、尻尾を振りながら1番近くにあった耳の辺りをベロベロ舐められた。
「くすぐったいよ、エリピーダ」
くすくす笑いながら嬉しそうに名前を呼ぶと前脚甲と自前の爪でカッシカッシ音を立てて前脚を石畳で掻く動きをしたエリピーダは、何かを強請っているように、ひゅんひゅん鳴いた。
「Iːuːɛndeː¨ɛɐɛsteːɛːumlautɛndeːiːteː.
Peːɛleːɛːumlautɛseː veːɛːumlautiːteː Aːɛliːteː¨ɛleː
ɛløːumlautɛngeː¨ɛɐ」(分かって居る。もう暫し待て)
ひゅんひゅん鳴きにそう答えて、手にしていた金属板を点高熱で加筆したアーウィンは、書き終えたそれを2人の目の前に差し出した。
「ジーフェンは、ここに左の中指で触れよ」
「? うん……」
「Eːɛlpeːiːdeːaː, Peːɛleːɛːumlautɛseː
peːyːumlautumlaut¨haːeː ɛleːɛfteː
haːɛːumlautɛndeː haːeːɛɐeː.
'ʏpsilɔnbeːeːtseːøːumlautɛmeː
Aːbeːɛleː teːøːumlaut teːɛːumlautɛlkaː
veːiːteːhaː ɛːumlaut geː¨ɛfeːɛn
iːɛf'ʏpsilɔnøːumlautyːumlaut
deːøːumlautɛsøːumlaut.」(エリピーダは、ここに左前脚を置いてくれ。そうすればジーフェンと話せるようになる)
ちゃんとアーウィンが話している内容が分かっているようで、エリピーダは金属板の自分の名が書かれた右端に左前脚を「たしっ」と置いた。
両者が触れた板が淡い光を放って、ゆっくりとそれが収まった。
[できた? これでいい? おれ これで ずっと ともだち?]
「えっ?」
これまで聞いたことのない、男の子の声が聞こえてジーフェンはそちらへ目を向けた。
そこには当然ながらエリピーダしか居なくて。
「エリピーダの話して居ることが分かるようになったか?」
「えっ?」
[おれ もう ともだちと はなし できる?]
「そうだな。まだ慣れが足りぬようだが、それは時間が解決しよう。これからずっと共に居るそなた達には時間など、たっぷりとあるのだからな」
[ずっといっしょ うれしい! うれしい!]
驚きに次ぐ驚きの連続を体験しながら、この拙く喋っている男の子の声がエリピーダであることだけは理解できた。
その上、自分とずっと一緒に居ることを喜んでいる発言が聞こえてジーフェンの表情が喜色に染まる。
「ホント⁈ エリピーダ! 僕と一緒に居るの、嬉しいって言ってくれるの⁈」
[ともだち おれ いってること わかってくれた! うれしい! いっぱい たくさん うれしい!]
「凄い! お前の言ってること分かるようになった! 何で⁈」
喜び合いながらも疑問を呈するジーフェンにアーウィンは、手にしていた金属板の右角にある丸い部分を押して掌に収まるくらいのサイズになったそれを差し出した。
「そなたの従魔獣士としての才をほんの少しだけ拓く手助けをしたまでだ。この板を冒険者ギルドの受付に居るミューニャという猫獣人の女性に見せるとよい。優秀な女人ゆえ、多少は便宜を図ってくれよう」
差し出されたそれを受け取って、じっと視線を注ぐ。
何が起きているのかは、今ひとつよく分からないけれど、この板に一緒に触れたことで話せるようになったのだから大事な物である気がして、ギュッとそれを両手で握り込んだ。
「ありがとう! でも……僕、何もお礼とか……できないから……」
「では、そなたがいつか一人前の従魔獣士となり、エリピーダが最終進化した後にでも、まだ今日のことを覚えていたならば、私の国へ遊びに来てはくれぬか?」
「 “さいしゅうしんか” ?」
「ああ。フェンウルフは幼体から成体になった後は派生進化する個体であることが研究から明らかになっていてな。どのような個体になるかは、育てるそなた次第な所もあるが、最終進化形では翼が生え、全ての個体が空を飛べるようになるのだ」
「そ、空、飛ぶ、の……⁈」
[おう! おれ そら とべるんだぞ! いまは まだ むり だけどな!]
「ふああああっ」
つい今し方まで今日の夜御飯すらままならなかった身だったのに、火事に遭って目が覚めたら上等なものを着せられていて。
名前をもらえて、エリピーダと話せるようになって、いつかは一緒に空を飛べるなんて言われて。
この短時間で、これまでの人生で損してた分を取り返してるみたいにいいことずくめだったのもあって飽和しかけている感情は、もう感嘆しか表に出してくれなかった。
「我が国の名は、天空国家ヴェルザリス。気が向いたなら、その板の裏を使って来るがよい」
「裏?」
言われて握り込んでいた手を開いて、金属板の裏側を覗き込むと何かの模様みたいなものが刻まれていた。
「これ、何?」
「成長したそなたとエリピーダが協力することでしか、それは使うことが出来ぬゆえ、失くすでないぞ? コートの内側にポケットがあるから入れておくがよい」
「分かった」
[おれと ともだち……ともだち……じーふぇん? じーふぇん!]
確認するようにこれまで友達としか認識していなかった少年の名を呼んで、ジーフェンに頭を撫でてもらったエリピーダは、満足そうにフリフリと尻尾を振ってからアーウィンの方を向いた。
[おれと じーふぇん でっかくなって おまえに あいに いくからな! まってろよ!]
「ああ。待って居るぞ」
最悪、それまでには私も何とか国に戻らねばな……などと口には出さず考えたアーウィンは、そっと息をつきながら立ち上がって振り返り。
呆然とこちらを見つめる者達の視線に漸く気がついたのだった。
「っ!」
傍に誰かが居ると思わなかったのだろう。
弾かれたように顔を上げた少年は、表情を驚きに染めて目の前で膝をついてこちらを見詰めるアーウィンを見返した。
また犬が1度鳴いて鼻を鳴らしながら尻尾を2回ぱったぱった振りながらアーウィンを見ているのを確認するとその驚き顔を犬にも向けて、もう1度、彼の頭がアーウィンの側へと戻って俯いた。
「……お前が、他の人にキュンキュン言ってるの、初めて聞いた……」
「そなたと共に生涯生きてゆける方法を早く教えろと言っているのだよ」
「えっ⁈」
シュンとなってしまった顔にもう1度驚きを浮かべ直して犬を見て、そこで漸く犬と自分自身がいつもとは違う見た目になっていることに気がついて、あちこちに視線を彷徨わせながらそれを確かめた。
「そなたには従魔獣士の才がある。そしてそなたの友は、ただの犬ではない。湿原角狼の幼体だ。冒険者ギルドで正式に従魔として登録すれば、そなたの年齢が登録歳に至っておらぬでも雑用レベルの仕事をしたり、2人で街の外に出て採取や狩りが出来よう。今の暮らしを己が力で変えられるぞ?」
アーウィンの言葉を少年は、ポカンとした表情で口を半開きにしたまま聞いていた。
孤児の自分に才能?
友達の犬が湿原角狼?
提示された情報が現実として上手く飲み込めなくて、戸惑った顔をしていた少年にグイグイと兜に覆われた頭を押し付けて来たのは、友達の犬だった。
「でも……僕もコイツも……名前すらないのに……」
「そんなことか」
少年の言葉に左手を翻して小収納の魔法陣を起動したアーウィンは、そこから1枚の金属板を取り出した。
右手に嵌めた手袋の中指辺りを咥えて引くことで外し、人差し指へ魔力を込めると点高熱でそこへ文字を書き記して最後に指先へ何かの紋章を光で灯すとそれを焼き付けた。
「そうだな。そなたの名はフェンウルフの友という意味から取って、ジーフェンというのはどうだ?」
「……僕に、名前をくれるの?」
少年の問いかけにアーウィンは、笑顔で頷きだけを返した。
「ジーフェン……お前の友達。うん。ありがとう。僕の名前、嬉しい」
「フェンウルフの名は、そなたがつけるがよい。何にする?」
「え? ……僕が……決めるの?」
話しを振られた少年がオドオドしながら答えると隣で「オン!」と一声鳴いた友達犬が、パタパタ尻尾を振りながらまるで期待して待っているみたいに首を傾げてみせた。
「……お前が嫌じゃないなら……ずっと僕と一緒に居てくれて、ずっと友達でもいてくれた。お前が居たから僕は今日まで生きていようって思えたんだ。だから、これからもずっと一緒で、友達でいられるように、希望。僕の希望。僕の友達……」
ギュッと隣の犬に抱きついて口にした名を気に入ってくれたのか、尻尾を振りながら1番近くにあった耳の辺りをベロベロ舐められた。
「くすぐったいよ、エリピーダ」
くすくす笑いながら嬉しそうに名前を呼ぶと前脚甲と自前の爪でカッシカッシ音を立てて前脚を石畳で掻く動きをしたエリピーダは、何かを強請っているように、ひゅんひゅん鳴いた。
「Iːuːɛndeː¨ɛɐɛsteːɛːumlautɛndeːiːteː.
Peːɛleːɛːumlautɛseː veːɛːumlautiːteː Aːɛliːteː¨ɛleː
ɛløːumlautɛngeː¨ɛɐ」(分かって居る。もう暫し待て)
ひゅんひゅん鳴きにそう答えて、手にしていた金属板を点高熱で加筆したアーウィンは、書き終えたそれを2人の目の前に差し出した。
「ジーフェンは、ここに左の中指で触れよ」
「? うん……」
「Eːɛlpeːiːdeːaː, Peːɛleːɛːumlautɛseː
peːyːumlautumlaut¨haːeː ɛleːɛfteː
haːɛːumlautɛndeː haːeːɛɐeː.
'ʏpsilɔnbeːeːtseːøːumlautɛmeː
Aːbeːɛleː teːøːumlaut teːɛːumlautɛlkaː
veːiːteːhaː ɛːumlaut geː¨ɛfeːɛn
iːɛf'ʏpsilɔnøːumlautyːumlaut
deːøːumlautɛsøːumlaut.」(エリピーダは、ここに左前脚を置いてくれ。そうすればジーフェンと話せるようになる)
ちゃんとアーウィンが話している内容が分かっているようで、エリピーダは金属板の自分の名が書かれた右端に左前脚を「たしっ」と置いた。
両者が触れた板が淡い光を放って、ゆっくりとそれが収まった。
[できた? これでいい? おれ これで ずっと ともだち?]
「えっ?」
これまで聞いたことのない、男の子の声が聞こえてジーフェンはそちらへ目を向けた。
そこには当然ながらエリピーダしか居なくて。
「エリピーダの話して居ることが分かるようになったか?」
「えっ?」
[おれ もう ともだちと はなし できる?]
「そうだな。まだ慣れが足りぬようだが、それは時間が解決しよう。これからずっと共に居るそなた達には時間など、たっぷりとあるのだからな」
[ずっといっしょ うれしい! うれしい!]
驚きに次ぐ驚きの連続を体験しながら、この拙く喋っている男の子の声がエリピーダであることだけは理解できた。
その上、自分とずっと一緒に居ることを喜んでいる発言が聞こえてジーフェンの表情が喜色に染まる。
「ホント⁈ エリピーダ! 僕と一緒に居るの、嬉しいって言ってくれるの⁈」
[ともだち おれ いってること わかってくれた! うれしい! いっぱい たくさん うれしい!]
「凄い! お前の言ってること分かるようになった! 何で⁈」
喜び合いながらも疑問を呈するジーフェンにアーウィンは、手にしていた金属板の右角にある丸い部分を押して掌に収まるくらいのサイズになったそれを差し出した。
「そなたの従魔獣士としての才をほんの少しだけ拓く手助けをしたまでだ。この板を冒険者ギルドの受付に居るミューニャという猫獣人の女性に見せるとよい。優秀な女人ゆえ、多少は便宜を図ってくれよう」
差し出されたそれを受け取って、じっと視線を注ぐ。
何が起きているのかは、今ひとつよく分からないけれど、この板に一緒に触れたことで話せるようになったのだから大事な物である気がして、ギュッとそれを両手で握り込んだ。
「ありがとう! でも……僕、何もお礼とか……できないから……」
「では、そなたがいつか一人前の従魔獣士となり、エリピーダが最終進化した後にでも、まだ今日のことを覚えていたならば、私の国へ遊びに来てはくれぬか?」
「 “さいしゅうしんか” ?」
「ああ。フェンウルフは幼体から成体になった後は派生進化する個体であることが研究から明らかになっていてな。どのような個体になるかは、育てるそなた次第な所もあるが、最終進化形では翼が生え、全ての個体が空を飛べるようになるのだ」
「そ、空、飛ぶ、の……⁈」
[おう! おれ そら とべるんだぞ! いまは まだ むり だけどな!]
「ふああああっ」
つい今し方まで今日の夜御飯すらままならなかった身だったのに、火事に遭って目が覚めたら上等なものを着せられていて。
名前をもらえて、エリピーダと話せるようになって、いつかは一緒に空を飛べるなんて言われて。
この短時間で、これまでの人生で損してた分を取り返してるみたいにいいことずくめだったのもあって飽和しかけている感情は、もう感嘆しか表に出してくれなかった。
「我が国の名は、天空国家ヴェルザリス。気が向いたなら、その板の裏を使って来るがよい」
「裏?」
言われて握り込んでいた手を開いて、金属板の裏側を覗き込むと何かの模様みたいなものが刻まれていた。
「これ、何?」
「成長したそなたとエリピーダが協力することでしか、それは使うことが出来ぬゆえ、失くすでないぞ? コートの内側にポケットがあるから入れておくがよい」
「分かった」
[おれと ともだち……ともだち……じーふぇん? じーふぇん!]
確認するようにこれまで友達としか認識していなかった少年の名を呼んで、ジーフェンに頭を撫でてもらったエリピーダは、満足そうにフリフリと尻尾を振ってからアーウィンの方を向いた。
[おれと じーふぇん でっかくなって おまえに あいに いくからな! まってろよ!]
「ああ。待って居るぞ」
最悪、それまでには私も何とか国に戻らねばな……などと口には出さず考えたアーウィンは、そっと息をつきながら立ち上がって振り返り。
呆然とこちらを見つめる者達の視線に漸く気がついたのだった。
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