天空国家の規格外王子は今日も地上を巡り行く

有馬 迅

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第1章 ウィムンド王国編 1

濃青のバンシー

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 騎士バリナと飲食店街の者達に別れを告げて、倉庫街の現場へ再び降り立ったアーウィンは、説明もそこそこに魔導錬金マギステルアルケミーを発動し、出来上がった金剛透石の入った袋をまとめてバシェックへと差し出した。
 アーウィンの使う御技自体に驚きこそあるものの、アレコレ見てしまった後だと多少の慣れが出てきた彼は、差し出された袋をまとめて受け取りながらチラリ、と倉庫の端へ目をやって、その光景が相変わらずなことを確かめてから口を開いた。

「あの、アーウィン殿下。色々と御心を砕いてくださっておられるのにこのようなことを申し上げるのは、大変心苦しいのですが」
「うん? 何だ? これでは足りぬか?」
「あ! いや! そこに問題はないです! お預かり致したこの袋は、直ちに該当者への引き渡しを行います! 有り難うございました!」

 不用意なタイミングで切り出したことでアーウィンにいらぬ誤解を与えてしまったのを即座に否定して、謝礼を紡いだバシェックは、やや言い難そうに再び目を左へと泳がせる。

「それで……あの……お話ししたいのは、あそこの端っこに蹲っている商人のことなのですが」

 袋を両腕で抱えていた都合上、右手の指先だけで示すことにはなってしまったが、左側にある、今はただの空き地と化してしまったそこに膝をついてずっと座り込んでいる背中を指した。

「消火が終わった後、すぐにあそこへ向かって、焼け焦げた箱を抱き締めたまま、どれだけ声をかけたり身体を揺すってみたりしても反応がなく、あの場所から動かなくなってしまって。彼は、アーウィン殿下がワイバーンをお見せになられた、あの商人で……その、何か、ああなるのに、御心当たりがないかと……」

 ワイバーンを見せた商人。
その言葉に彼のことを思い出したアーウィンは、何故か目を細めて商人自身ではない何かを見ているような視線を投げかけた。

「ふむ。あのワイバーンは、ただの通常種であったし、目が覚めてからあそこまで自力で移動したと申すならば、私には特に心当たりはないが……よかろう。彼奴あやつのことは私が引き受ける」

 バシェックの腕から商人に渡す分の袋を拾い上げ、笑みを浮かべて見せながら告げる。

「そなたは、残りの袋を早く配ってやるがよい」
「はい。お願いいたします」

 見送るバシェックの目には当然見えてなどいないのだろうが、視界を切り替えてみたアーウィンの目には、商人の背中へ悲しみを司る精神精霊であるバンシーが超巨大化して張り付き、しくしくしくしく全力全開で泣いているのが見えていた。
 失われた商品や財産を惜しんで泣いているにしては、バンシーの纏う青色が濃過ぎて流石に看過するのは気が引けた。
 どうしても反応が見られないならば精霊から事情を聞いてもいいのだけれど、と考えながら蹲るようにして座り込んでいる商人の前へ回り込むとバシェックの言う通り、彼は焼け焦げた箱を1つ両腕に抱え込んでいた。
 地図魔法と共に発動していた探知魔法がアーウィンの視界へと焼け焦げた箱の中身をリークする。

・リムリアポーション
 等級:低級
    → 焼成により劣化。低級- -ダブルマイナス
 効能:難治性神経症をほんの少し緩和する
    → 焼成により劣化。緩和微弱
 作用:緩和 → 焼成により劣化。軽微な作用

 難治性神経症の緩和薬。
 魔法属性が一般的に四つしか知られていないこの国で例え商人といえど、この薬を手に入れるのにどれだけの金と時間を費やしたことか。
 それがワイバーンのブレス1発で、ほぼ水泡に帰したのだ。
 背に張り付いたバンシーが大泣きしているのも頷ける。

「誰か、難病を患っておる知己でも居るのか?」

 入れ物の瓶ごとコンガリと焼け焦げて、劣化しているのが色からもハッキリと分かるそれを箱より拾い上げながら尋ねると、その行方を目で追うように見上げられた顔がアーウィンの方を向く。

「妻が……12年前から、ウラナダ病を……」

 ウラナダ病。
それは血液や開放汚染傷から細菌などが体内に入り込み、骨や髄に感染症を起こす髄膜炎の一種だった。
だが、少なくとも神経症の薬ではそれを治すことなど出来ないだろうとアーウィンには思えた。

「そうか。だが、この薬では焼け焦げる前だったとしても、どの道、感染症であるウラナダは治らぬぞ? これは神経症の薬だからな。効果は望めぬ」
「えっ⁈ そ、そんな! ……高価な薬だが、これで治ると教会の奴等が言ったのに!」

 この国やこの大陸では、それで治ると信じられているのか、それともこの商人が騙されてしまったのか、そこまでは流石に判断がつかなかったけれど。

「儂は……これまで……何のために……」

 愕然とした声と抜け落ちてしまった表情で呟く商人と更に纏う青を色濃くしたバンシーが、彼の心の声を代弁しているかの如き悲嘆に暮れて大号泣した。
 ついつい後ろ頭の辺りをポリポリと掻きながらアーウィンが息をつく。
 何故ジーフェンとエリピーダのことを捨て置いてでも倉庫の火を消せと怒鳴り散らしていたのかは理解した。
 彼のしたことは決して褒められることではないが、彼には彼の大事ものがあり、助けたい人がいて、その優先度が目の前のジーフェン達よりも高かっただけなのだ。
 見知らぬ誰かではなく、己の身近に居る助けたいと強く思う人をまず助けたい。
それは普通に、当たり前に、選択されて然るべき欲求だと思えた。
だからこそ。

「?」

 翻した左手で小収納の魔法陣を起動して、劣化したポーションをそこへと放り込み、代わりに小さな紙袋を1つと丸っこい瓶を1つ取り出した。

「ウラナダに対する完全治癒効果があるのは、この錠剤とポーションの組み合わせになる。先にこの錠剤を飲ませ、10minミニエ(約10分)経過した後にこちらのポーションを飲ませるがよい」

 空になった焦げ箱に紙袋と瓶、そして金剛透石の入った袋を順に入れながら、そう言った。

「………」

 何が起こっているのか分からないのか、ポカンとした表情で箱とアーウィンとを往復する商人の顔へと笑みかける。

「そら。早く妻の元へ戻ってやらぬか。ああ、そうだ。隣の袋は、そなたがこの倉庫へ預けていて、此度のことで炭と灰と化した品を全て私が買い取った対価となる。商売を立て直すのに使うがよい」

 そう言って微笑み、夕陽を背負って立つ青年が眩しく、どこか神々しく見えた。
 あれだけ無礼千万な言葉と態度をした上に彼が助けようとしていた年端もいかぬ少年と犬を見殺しにしようとした自分。
そのことを一言も責め立てることなく、薬を盾に何かを要求してくるでもなく、ただ、救いの手を差し伸べてくれる。
 少年や犬にした時同様、知り合いでも何でもない、会ったことも見たことすらもないだろう、己の妻にすら。
 その病を完全に治すことが出来る薬を惜しげもなく、当たり前のことみたいに。
 貴重な筈の品々だろうに、すぐに使えと笑顔で渡してくれた。
 真っ直ぐに向けられたその気持ちと彼の姿に自然と涙が溢れてきて、薬と2つの袋が入った焦げ箱をギュッと抱えて、地面へ頭を擦り付ける勢いで下げた。

「……有り難うございます! 有り難うございます……あり」
「もうよい」

 優しく、ぽん、と肩に触れた手にこれまでの己の行いを恥、込み上げる後悔が心中に溢れた。

「数々のご無礼をどうぞ、お許しくださいませ」
「赦す。礼も謝罪も受け取るゆえ、早う行け。これまでずっとウラナダで苦しんで、自由も利かず、そなたに対して心苦しい思いをしていただろう奥方にこれ以上心労をかけぬよう、早々に商売へも復帰するがよい。国の経済は、そなた達、商人が中心となってしか回せぬものなのだからな」

 例え他国の民であろうが、救える者を片端から救ってゆくのが、王族たる己の役目。
 常よりそう心に決めていることをアーウィンは彼にも行った。
ただそれだけのことだったとしても。

「はいっ!」

 救われる方にしてみれば、この上もなく喜ばしく、また心の底より安堵できることばかりだった。

「申し遅れました。私、交易商のエンデバンスにございます。アーウィン王子殿下! この御恩は生涯、絶対に忘れません! 有り難うございました!」

 深々と頭を下げたエンデバンスは、焦げ箱の蓋を閉め、しっかりと両腕で抱え直すと自宅に向けて走り出した。
 その背で泣きまくっていたバンシーも元の緑っぽい白色を取り戻し、アーウィンに向かって1度頭を下げてからニッコリと晴れやかに微笑んで、精霊界へと還っていった。
 彼らの背をどこかホッとしたような息を漏らして見送ったアーウィンは、視線を1度、ネードリー平原のある南東方向へと向けて、表情をやや厳しいものへと改めた。

「さて。事後処理に私が関わるのは、ここまでとしようか。問題は……」

 亜竜種 ハーモニアエリゾン通常種。
この国にとって、間違いなく懸念事項となるだろう魔物を何処まで放置しなくてはならなくなるのか。
 己が参戦出来なくなる可能性への危惧と共にそのことへと思いを馳せた。




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