天空国家の規格外王子は今日も地上を巡り行く

有馬 迅

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第1章 ウィムンド王国編 2

リゼパァンズ恩寵大神殿 -3

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「お待ちなさい、そこの貴方」

 神殿に付随する治療院へ収容されている貴族騎士や貴族魔法士の面々から調書を取り終えたスライは、帰り際の身廊で背後からそう声をかけられて足を止めた。

(うはぁっ……ヤッバイ女に捕まっちまったぁ……)

 声には出さず、背後も振り返らぬまま心中にてそう呟いたスライの顔は、物凄く嫌そうに歪んでいて、この場に他者が存在しないことを感謝すべき酷さを誇っていた。

「昨日のワイバーン戦のことで、お聞きしたいことがございます。さあ、こちらにおいでなさいまし」
「………」

 否やは認めん。
 彼女の言葉には、それがハッキリと現れていてスライは思わず舌打ちしそうになってしまった。
 神の御前で嘘偽りを申すことは許しません。
 常よりそれを主張しながら虚飾と淫行に塗れている女であると、この街の人間ならば誰もが知っている……彼女の名は。

「なぁ、エザベス・ハマクリンさんよー?」
「わたくしの名は、エリザベス・ハウィーマックリンですわっ! 神の御加護でブチのめしますわよっ⁈」

 言うが早いか両手に神聖魔法の塊を生じさせた彼女にスライは深々と溜息をついて振り向いた。

「アンタの用事なんざ、わざわざ聞かなくても分かる。俺に言えることは1つだけだ。あの方への橋渡しなんか絶対ぇしねぇ!」
「………っ!」

 最終的に要求しようとしていたことが、完全に図星だったのだろう。
 言葉を詰まらせたエリザベスは、両手の神聖魔法を握り潰す勢いで拳を作り、ギリっと歯を鳴らした。

「アンタが将来有望そうな男を片っ端から漁って食い散らかす・・・・・・のは、別にアンタと食われる奴の自由だろうから、とやかく言う気はない。だが、あの方は他国の王族で、しかもこれからが色々大変なんだから。邪魔してくれんなよ」
「あら。ならば尚のこと、異国の地においでくださった貴き御身の無聊をお慰めして、英気を養っていただくべきじゃなくて?」

 コロコロと笑いながら、豊か過ぎる両胸を下から腕で持ち上げるようにしてしなを作って見せたエリザベスにスライは、つい本能的にそこへ目をやってしまってから嫌そうな顔をした。

「アンタさぁ、何で聖職者なんかやってんの? 娼館勤めの方が性に合ってんじゃね? ……いや、セクハラとか女であることを蔑んで言ってるんじゃなくさ? こう……適材適所みてぇのあんじゃん?」
「神聖魔法に適性があって? 子供の内に口減らし同然で親に神殿へ放り込まれて? 少し身体つきが女らしくなった所でクソ神官共に無理矢理輪姦まわされてから、もう、神殿も娼館も変わんないじゃんって、分かって。どうでもよくなったのよね! ……って言ったら同情でもしてくれるの?」

 美しいストロベリーブロンドの髪。
白い肌に淡い緑色の瞳と左の目元に小さな泣き黒子。
 そして……確かに男好きすることは間違いないだろう、僧服の上からでも分かるメリハリのついた魅惑的な肢体。
 確かに今、聞いた話しと街で広まっている噂を総合して考えても「性的被害者の末路」「ただの男好きな淫乱」どちらの可能性も捨て切れなかった。

「それがホントか嘘か、事実を知らない俺には判断出来ねぇけど。もしそれが本当だったとしてもさ? 過去のことに同情なんかした所で何も変わらないだろ」
「………」
「男の俺が何を言ってもアンタを余計に傷つけるか、綺麗事に聞こえるだけだろうし」

 言い返して来なかったエリザベスに、やっぱり彼女が求めていたのは、言葉通りの同情なんかではなかったのだろうと勝手に思った。

「アンタが好きで今のアンタみたいになったんじゃねぇってのなら、さっきの言葉は取り消すよ。これまでの俺だったら、日頃の行いが悪い所為だろ、で笑って済ますトコだけど。今の俺は、それじゃダメだって確実に言いそうな人の配下になろうとしてるからさ」

 彼女を侮辱するつもりはなくて、素朴な疑問だとか素直な感想だとかを投げかけただけだったのだが、きっとアーウィンに知られたら尚悪い、と余計に叱られそうな気がした。
 自分がどう思っていたかではない、女性にしてみれば決して気持ちのいい言葉ではなかったことだろう、と反省を促されるに違いない。
 そう思ったから。
 素直にエリザベスへ頭を下げて謝罪した。

「何も知らない癖に好き勝手言って悪かった。この通りだ」
「ちょ、ちょっと! やめてくださる? う…そ、に、決まってるじゃございませんの! わたくしの美しい身体に虜となる男達を魅了して、跪かせるのが快感過ぎてやめられないだけですわ! ほほほほほほほほほほほ」

 無理矢理、嘘ということにして笑って誤魔化しているようにも、予想外の反応をされて戸惑いながら話しの筋を元に戻そうとしているようにも見えた。

「嘘ならそれでいいさ。そういうことがあった女が、汚されたとか言って死んじまうの、仕事で何回か見てるから……嘘であってくれ方が、正直、ホッとする」
「………貴方、変な男ですわね」
「は?」

 訝しげに呟いたエリザベスは、ツカツカとスライに歩み寄って何も手に持っていない右手を捕まえると自分の胸に押し付けた。

「いっ⁈」

 スライが驚いて息を詰めた所で、すかさず彼の足の間に自分の左足を差し込み、確認するように局所を掴む。

「身体の反応は普通ですのに……もしかして童貞?」
「ンな訳あるかっ⁈」
「まぁいいですわ。どうせこの神殿なんて、けがれまくっているのですから。何処でヤろうと今更ですもの」

 胸を掴ませていた右手で払うようにしてストロベリーブロンドの長い髪を肩から後ろへ跳ね上げると、素早くスライの足の間へ突っ込んでいた左足を使って、彼の膝を後ろから前へと押し出すことで、身体を支えている力を無理矢理逃し、その身を床へと押し倒した。

「ぐっ!」

 期ぜずして2人分の体重を受け止めることになったスライの呻きを捨て置いて、エリザベスは、さっさとボトムのベルトを外しにかかった。

「ちょっ、なっ⁈ 何してんだ! おい!」
「童貞じゃないなら分かりますでしょ? 味見させて差し上げますから、わたくしをワイバーン討伐勇者様である、王子殿下の寝所へ……」

 エリザベスが、そんなことを言いながらボトムの前ボタンをプチプチ外し始めた所で。

「なぁあにしてるのニャー!」

 スパーン! っと小気味良い音がして、一瞬、目の前の視界を通過して行ったのは、ふいごの蛇腹部分みたいに折り畳まれた革のような物。

「きゃあああああああっ⁈」

 同時に間近へと迫って来ていたエリザベスの姿が尾を引くような長い悲鳴と共に、何処ぞへとスッ飛んで行ったような気がした。

「シャハァーッ‼︎」

 怒った猫が威嚇する時みたいな音を喉から出している彼女の姿に、スライは幾度も幾度も目を瞬かせてから。

「…………ミューニャ…………」

 どうにかこうにか、その名を呼ぶことが出来た。

「スぅラぁイぃ?」
「お? おう?」

 右の肩に先程の蛇腹革で出来た殴打武器(?)のようなものを担ぎ、ゆぅらぁ~っと振り向きながら呼びかけて来るミューニャに、ついつい上擦った声で返事をしながら、まるで浮気現場に踏み込まれた男みたいな具合で、慌てて身形を整え直し、何故か身体が勝手に揃えた膝を前向きで折り畳み、脛と足の甲を下敷きにペタンと座るような形を取ってしまった。
 この国では直座ちょくずわりと呼ばれる、罪人が斬首される直前にやらされる座り方だった。
 それを見たミューニャが、仄暗ぁく微笑む。

「対策会議始まるのニャ。街1番のアバズレ自慢と乳繰り合ってる暇があるなら、とっとと来るニャ!」

 何だか良く分からない迫力で要求されたスライは、壊れた梃子車みたいにコクコク、コクコクとただ只管に頷いていた。


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